16
「あんた、クリス・イングブルムだろ?元『夜の牙』の」
思わず振り返ってしまう。ギルドに併設された酒場兼レストランの端に、大柄な女性がにやにやと笑いながら座っていた。傲岸不遜、という言葉を女性という概念で作れば、こうなるであろうという存在。
背中まで伸びた赤い髪、赤い瞳、褐色の肌。座っているので定かではないが、身長は俺よりも高いかもしれない。一見して目を引くのは、彼女が纏っている鎧。闇夜のように真っ黒な中に、血管のように赤い線が入っており、それがまるで血の流れのように明滅していた。
「リザ。クリス君が驚いてるから。ちゃんと順を追って説明しないと」
隣に座っていた女性が、そういって赤髪の女性をたしなめる。
こちらは俺よりも背は低いだろうか。透き通るような金色の髪に、透き通るような白い肌。髪と同じ、金色の瞳が、何か値踏みをするように俺たちを見つめていた。
背中には長い槍をしょっている。まるで氷を削りだして作ったかのような、不思議な透明感を持つ槍。見たことはないのに、ただ事ではない武器だ、ということだけはなぜか伝わってくる。
彼女は胸当ても鎧もつけず、薄衣のローブのようなものを羽織っていた。豊かな胸が、ローブの下から存在感を誇示してくる。
「ああ、悪い悪い。そうだよな、運命の出会いも、お互いを知らないんじゃすれ違いだもんな」
そういうと、こちらに近づき手を差し出した。
「初めましてクリス。リザ・メナだ。『明けの明星』のリーダーをやってる」
差し出された手と握手をする。驚くほど力強く、俺の手を握りつぶさんばかりだ。
それにしても、リザ・メナ……?『明けの明星』……?
はっと気が付き、慌てて差し出した手の主を見る。真紅と言っていいほどの赤い瞳が、いたずらっぽく笑った。
「クリス。君の思っているリザ・メナであっているぞ。私以外に今まで、この名前を持つ者に出会ったことはないな」
「誰なんですか?」
「そうか。君は私を知らないか。私もまだまだだな」
握手をしている俺とリザ・メナの間に入り、アリアン嬢が俺に問いかける。見知らぬ人間を警戒しているのだろう。俺は彼女の肩に手を置くと言った。
「アリアン嬢。この人は、帝都で唯一のSランクパーティー、『明けの明星』のリザ・メナさんだ」
「Sランク……!」
俺の言葉に、目を丸くしてリザ・メナを見る。少女の頭を撫でながら、半ば伝説上の存在となっているパーティーのリーダーは柔らかく微笑んだ。
『明けの明星』。
結成は20年前。女性メンバーのみで構成されている。当時Fランクながら、上位ランカーのサポートとして高ランク依頼に帯同し、そのすべてで成果を出す。そして、10年前に魔神の使徒として魔王が現れた時に、これを討ってSランクへと昇格した。
当時の俺たち『夜の牙』も、ギルドの壁新聞を見るたびに心躍らせていたっけ。荒くれどもが集うギルドの酒場で、ボロボロになった紙に書かれていた「リーダーのリザ・メナは並みいる敵を切り倒しながら進んだ」という記事。その雄姿を何度も想像したものだ。
その伝説が今、目の前にいる。ギルドの酒場で、何でもないことのように酒を飲みながら。
憧れの存在に対し、こんなことをしていいのか悪いのか、どきどきしながらも『鑑定屋』でスキルやステータスを確認する。
リザ・メナ【火属性】 レベル:68
攻撃:228 (神の祭壇の剣+85 炎による追加ダメージ)
防御:215(纏炎地獄鎧+83 炎属性吸収)
速度:92(法の理の外の指輪+25)
精度:90
抵抗:95
運:55
【スキル1】炎の尖塔
敵一体に攻撃を行い、75%の確率で対象に炎による追加ダメージを与える。
【スキル2】超新星爆発
敵全体に、自分の体力に比例したダメージを与え、炎による追加ダメージを与える。
【スキル3】不死鳥(パッシブ)
自分に攻撃してきた対象に対し、炎による追加ダメージを与える。また、自分の体力が25%以下の時、防御力が2倍となり、自分が戦闘不能になった場合、体力100%で復活する。この復活は、一度の戦闘で一度のみ使用できる。
「なんだ……これ」
「ん?どうした?」
「い……いえ、なんでもありません」
文字通り、レベルが違う。半ば人間ではない、というギルドの連中の冗談も、あながち嘘ではないと思えるほどの驚異的な能力。
スキルもさすがとしか言いようがない。すべてのスキルに炎の追加ダメージがセットされているし、単体攻撃、全体攻撃、パッシブと揃ったバランスの良さ。
それにパッシブの内容ときたら。戦闘不能になっても復活?パーティーを組まずにソロで挑んだとしても、相当なところまで昇り詰められるだろう。
「まあ、こんなとこで話すのもなんだし、私たちの席で話そう」
「話を聞いてみようと思うんだけど、いいかなアリアン嬢」
「はい。もちろん大丈夫です」
アリアン嬢が了承してくれたので、彼女たちのテーブルに移動し、椅子を引っ張り出し座る。先ほどリザ・メナをたしなめた女性と、その奥に二人。『明けの明星』が全員そろっている。すげえ。
あの日、ダニたちとその冒険譚を語りあかしたヒーローが目の前にいる。そんな子供っぽい、熱のある視線を感じたのだろう。リザ・メナが苦笑いしながら、メンバーを紹介してくれる。
「そこの金髪が、シャルロット・ペンドラゴン。うちの火力担当だ」
「あんたもそうでしょうに。よろしく、クリス君」
「奥に座ってるうち、右っかわの癖の強そうなのが、ファイ・プレスト。回復担当」
「よろしく」
「最後がドロシー・ディードリッヒ。こいつも火力担当……うち攻撃ばっかだな。良く生き残れたもんだ」
「そりゃあたしらが強いからだろ。よろしく。『黒いメンフクロウ』」
奥に座っている二人のうち、ファイさんは明るい栗色の髪を肩まで伸ばし、黒檀色の瞳。白金に輝く鎧の下には、胸元が結構きわどい赤い服に金のネックレスをつけている。背中には、重そうな金の錫杖を背負っている。こちらにむけて手を振ってくれた際に錫杖の輪がシャラン、と澄んだ音を立てた。
ドロシーさんは、金に近い赤髪を編み上げていた。ゆったりとした黒い上下の服に、同じ色の髪留めをしている。鳶色の瞳が印象的だった。4人の中では一番大柄で、筋骨隆々といった感じ。こちらを見て、不敵に笑っている。
「さて、それじゃ話をしようか。元Bランク……いや今はAランクか、『夜の牙』のクリス君とお嬢さん」
そういって、いたずらっぽく笑った。




