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「『大邪蛇』に遭遇した、ですって⁉」
ギルドの受付に、大声が響き渡った。
コリンさんが、目の玉が飛び出さんばかりに驚いている。そりゃそうだろう。Fランク、それも2人しかいないパーティーが、大邪蛇に遭遇して生還できることの方が少ないのだ。 ギルドの受付にいた他のパーティーたちが、なんだなんだと聞き耳を立てている。
「ええ。本当、死ぬかと思いました」
「でしょうね。それにしても、ケリットの街で大邪蛇ですか……あそこは今冒険者がいないんですよね。早急に派遣しないと」
「あ、それなんですが、大抱熊とあわせて討伐してきました」
「は?」
「だから、我々黒いメンフクロウが、大邪蛇を討伐しました。これ、その時の素材です」
ごとり、と牙と毒袋をカウンターに置く。
コリンさんの口から、先ほどよりも大きな声が飛び出し、ギルド中の人間が興味深そうにこちらに注目した。
「ええええええええええ⁉何で⁉どうして⁉」
「無我夢中で戦ってたら、何とかなりました」
「……クリスさん」
コリンさんが俺の肩に手を置く。
「悪いことしたら、償わなければなりませんよ。私だけには言ってください。どこの商隊を襲ったんですか」
「襲ってませんよ」
「拾い物なら、もう少し向こうに警備の詰め所があるので、そちらで……」
「拾ってもいないですって」
「じゃあ、本当に……?」
「ええ」
俺とアリアン嬢が頷く。コリンさんは何かを受け入れるように、一度大きく息を吐くと、視線を牙にやり、それから俺たちへと戻した。
「わかりました。どうやら信じざるを得ないようです。こちらについては、後ほど詳しくお伺いするとして……まずは本命の用件から片づけましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
アリアン嬢が、待ってましたとばかりに大抱熊の耳を取り出す。コリンさんはそれを受け取り、虫眼鏡を取り出してしばらく調べた後、笑顔で言った。
「おめでとうございます。大抱熊の討伐により、『黒いメンフクロウ』はEランクに昇格となります。ふふっ、これからもよろしくお願いしますね」
俺とアリアン嬢は、思わずお互いの顔を見合わせ、それからハイタッチをする。彼女にとっては、人生で初めてのランク昇格だ。嬉しくないはずがないだろう。
溶けてしまいそうな笑顔を浮かべている少女を見ると、俺も自然と笑顔になってしまう。妹といっていい年の差だが、まるで娘のように思える。そんな存在が喜んでいるのだ。嬉しくないはずがあろうか。
コリンさんが、騒ぐ俺たちに咳ばらいをする。
「ああ、すみません。ちょっとはしゃぎすぎました」
「いいんです。ランク昇格はおめでたいことですからね。気持ちはわかります。ただ、こちらの」大邪蛇の牙を指さしながらいう。「件を片づけなければいけないので。申し訳ありません」
そして、先ほどの虫眼鏡を取り出すと、牙と毒袋を調べ始めた。途中、何か難しい顔をして、別の受付嬢を呼び止めて話をしている。
しばらくして、こちらへ牙を押しやると、コリンさんは言った。ため息をつきながら。
「間違いなく本物です。残念ながらギルドの依頼外案件となりますので、こちらからの報奨金などは出ませんが……」
「おい本物かよ」「マジか」といった声があちこちから聞こえてくる。うんマジなんだ。俺たちもびっくりしてる。
コリンさんに笑いかける。
「結構ですよ。ただ、素材を加工できる武器屋か防具屋を紹介してほしくて」
帝都に限らず、素材を加工して武器や防具を作ってくれる職人は、ギルドの紹介がないと仕事を請けてはくれない。出所が確かでない素材を使用すると、あとでトラブルの種になるためだ。
『夜の牙』の頃は、王都で紹介された職人にお願いしていた。Fランクでは、素材になるような魔物が依頼対象とならないため、今まで紹介してもらえなかったのである。
「大邪蛇の素材を扱える職人さんですよね……結構、値が張りそうですが」
「構いません。いくらなのか知ることができるだけでも違いますし」
「なるほどですね……少々お待ちください」
コリンさんは奥に行き、なにやら分厚く大きい本を開き始めた。
あれにはおそらく、職人たちの連絡先が掲載されているのだろう。しばらくページを繰り、メモを取ったり他の人に確認を取ったり。10分ほどして、受付に戻ってきたコリンさんの顔色は暗い。
「申し訳ございません。現在ギルドでは、ご希望の職人をご紹介することができません……」
「どうしてですか⁉そんなの困ります!」
声を荒げたのはアリアン嬢だ。無理もない。武器にしようとして、価格面で断られたとかではないのだ。そもそもの紹介から断られるとは、考えもしなかったのだろう。
俺はアリアン嬢の肩に手を置いた。アリアン嬢が、ハッとした表情でこちらを振り返る。彼女に向かって微笑むと、再びコリンさんに問いかけた。
「理由をお聞きしても?」
「はい……まず」コリンさんは眉根を寄せ、表情で申し訳ないと語っていた。「大邪蛇の素材自体は、Bランクの魔物ですので加工が難しくありません。首長龍の骨を削るように、刀虎の爪を研ぐように、うちで紹介する職人によって加工できます」
「それなら!」
「……ただ、毒袋をお持ちになっていらっしゃるので、こちらの加工ができる職人が限られております。現在毒袋、それも猛毒の毒袋を加工できる職人は4名。そのいずれもが、」
「パーティー専属、ですか」
「ええ」
コリン嬢が頷いた。毒袋を武器に加工することまで考えて職人を探してくれたのだ。有難い。残念ながら、すでに専属契約を結んでしまってはいたけれども、変に腕のない職人を紹介されて後悔するより、ずっと良い。
パーティー専属職人とは、文字通り特定のパーティーの武器防具だけを加工する職人だ。AランクやSランクのパーティーが使用する武器や防具は、人智を超えた魔物の素材を使用していることが多く、そのため腕利きの職人が専門で対応する。
パーティーにとっても、腕のある職人と契約することはステータスだ。命がけでとってきた貴重な素材を使うのだし、信頼している職人であればもし失敗したとしても受け入れられる。お互いにメリットのある契約だった。
「そうですか。では仕方ないですね」
「申し訳ございません。牙だけであれば、加工できる職人はご紹介できますので、そちらでよろしければ」
「いえ。いったん持ち帰って考えます。ありがとうございました」
そう言って、カバンの中に牙と毒袋をしまう。
残念だったが仕方ない。帝都では無理でも、王国やもっと北の端、ドワーフの国に行けば、まだ見ぬ職人がいるかもしれない。ギルド管理の職人以外に頼むのは初めてなので、ちょっとした怖さはあるが、やむを得ないだろう。
「アリアン嬢。これからは、ちょっとした旅になるかもしれない」
「旅ですか」
「うん。毒袋を扱える職人を探す旅。王国のギルドに聞いて、それでもいなければまだギルドに登録されていない職人を探すことになる。しばらく、こっちでの依頼はうけられなくなるけどついて」
「ついていきます」
「早」
「大体、聞くまでもないんですよ。私たち、二人合わせて『黒いメンフクロウ』ですよ?一緒じゃないっていう考えが、どこから浮かんでくるのかわかりませんね」
アリアン嬢の優しさが嬉しい。確かにその通りだ。何なら、専属の契約が結べる職人がいる国に根を下ろしたっていい。
悩みがすっきりと解決すると、腹が減ってきた。アリアン嬢を振り返りながらいう。
「じゃあ今日は、蛇肉を調理できるレストランを探して」
「待ちなよ」
突然、見知らぬ女性から声があがったのは、そんな時だった。




