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「これ……ですかね?」
「これ……だろうな。話に聞いた通りなら。でもこれ、毒だったら最悪じゃね?」
「骨は拾いますよ。安心してください」
「死ぬ前提?」
大邪蛇の持つ、2本の大きい牙。その付け根を注意深く取り外すと、その奥に淡い黄色の液だまりが見えた。とりあえず、野草採取用の試験管に移し替える。
「どのくらいの量で効果を発揮するのかもわからんな」
「ちょっとでいいんじゃないですかね。猛毒に効く血清が、大邪蛇を倒しても一回分しか手に入らない、とかだったらコスト高すぎで誰も買えないですよ」
「確かにね」
「それに、もしも毒だったら最悪ですよ。もう毒消し薬ないですから。『猛毒』になったらひとたまりもないです」
まあ今のままでも街に行くまでに死んじゃいそうですけどね、と、犬歯を見せて笑う。
俺たちの体には毒が残っている。彼女の言う通り、このままいけば夜明けを待たず俺たちは鴉のエサとなるだろう。毒入りだが。
「となると、残る道は一つか」
試験管に入った液体を見る。淡黄色の液体は、ちょっとした粘度を持っていた。傾けると、ゆっくりと移動する。
そのまま、指の上に少しだけ出した。勢いよく舐めとる。
なんともいえない生臭い匂いが口の中に広がった。生の肉のような、血のような、いずれにせよ不快な味と香りが口中を支配する。
動きを止めた俺を見て、アリアン嬢が不安そうに尋ねてきた。
「ど……どうですかね……?」
液体が身体中にしみわたっていくのがわかる。そして、巣食っていた毒の塊を退治してくれる感覚……良かった、こいつは血清で間違いないようだ。
「アリアン嬢、これはいいぞ。驚くほどキマるからやってみなよ」
「そんな危ない薬みたいに言われても」
言いながら、アリアン嬢の指の上にも血清を垂らしてやる。俺が先に試したことに安心したのか、躊躇せずに一気に舐めとった。
「……これはキマりますね」
「だろ?もし猛毒で意識を失ったとしても、これさえあれば大丈夫だ」
「意識を……失う」
なぜか頬を赤らめて、アリアン嬢がうつむく。
試験管に、コルクで蓋をする。血清はまだたっぷりと残っている。売ってもよし、『猛毒』に備え持っていてもよし。にんまりしながら、カバンにしまう。
「さあ、体調も回復したことだし、お楽しみ素材剥ぎタイムと行きますか」
「セリフだけ聞いてると、クリスさんまるで山賊みたいですよ」
「冒険者はみんな、心に山賊を飼っているのさ」
「もっといいもの飼いませんか?」
俺は頭から、彼女は切り離された尻尾から、それぞれナイフを入れていく。
「尻尾、いい具合に残ってますよ!これなら素材として十分使えそうです!」
「おおー、いいね!こっちは、まずはもう一本の牙から血清かな」
「牙で指を刺さないように、気を付けてくださいね」
俺は頷き、丁寧に作業を行う。牙の根本にある淡い黄色の粘液を、先ほどのとは別の試験管で掬い、カバンに入れた。ついでに取り外した大きめの牙もしまう。
「この牙、アリアン嬢の武器とか防具とかに使えそうだな」
「確かに、頑丈さも鋭さも言うことなさそうですもんね。これ防具にしたら、肩とかですか?そしたらクリスさんの方が良くないですかね?悪の魔王みたいで」
「こんな貧弱な魔王がいるかなあ」
「魔王なんて名誉職ですから。戦うのは部下に任せておけばいいんですよ。楽勝楽勝」
「『貧弱な』ってところは否定してくれないんだね」
大邪蛇の頭部からはその他、金色の瞳や二股に分かれた舌、それに数枚の鱗を素材として得ることができた。胴体もそうだが、鱗はアリアン嬢の『火樹銀華』で滅多打ちにされてへこんだり傷がついているものも多く、なかなか綺麗なものを見つけられない。
胴体を捌く作業に入った。
「……ところで、蛇の肉って食べられるんですかね?」
「一部の国では、薬代わりに食べてるとこもあるって聞いたぞ。さっぱりした感じらしいけどな」
「なるほどなるほど。食べると元気になるんですね」
「そうみたいだね」
「さっぱりした感じというと、美味しかったりもするんですかね?」
「前に依頼で行ったある国だと、小さくぶつ切りになったやつがスープに仕立てられてたな。味は……なんだろう、鶏肉に近いかなー。まあまずくはなかったよ」
「じゃあ、大ぶりな蛇の肉なら、もっと美味しいかもしれませんね」
「食べたいの?」
恥ずかしそうにアリアン嬢が頷く。恥ずかしがるところが間違ってるとは思ったが口には出さず、鱗の下の肉を削いで持ち上げた。
「でもなあ。あんだけ毒持ってたやつの肉だぜ?大丈夫かなあ」
「血清あるじゃないですか。大丈夫です。意識なくても私が飲ませてあげますよ」
「食べる代金に命を置くような真似はしたくないって言ってるんだよ」
平然と恐ろしいことをつぶやく彼女をたしなめながら、肉の色を確認する。綺麗なピンク色をしており、一応大丈夫そうではある。大丈夫そうではあるが、やはり怖い。
「こうしよう。この肉を持ち帰って、レストランで調理できるか聞いてみようぜ。それで大丈夫なら、心置きなく堪能しよう」
「えー」
「ほら、俺たちだとどうしても調理法が偏っちゃうし!レストランでいろいろな味で楽しめたらいいじゃない!」
「……わかりましたー」
ちぇっ、と不満そうな彼女。そんなに蛇が食べたかったのか。食い物の恨みは恐ろしいというしな。こんなことでパーティー解消とか言われても困る。帝都に帰ったら、白身魚ではなく蛇だな。
「! クリスさん! 見てください! 大邪蛇の毒袋です!しかもこんなきれいな状態で!」
食べ物のことを考えていると、アリアン嬢が嬉しそうに何か内臓のようなものを掲げているのが見えた。あれが毒袋か。
毒袋は、主に武器の素材として使われる。通常のダメージのほか、常に一定の割合でダメージを与えていく「毒」の追加効果を与えるのだ。
毒の種類は人類が把握している者で3種類あり、下から順に毒、猛毒、劇毒となっている。劇毒に至っては、人間であれば1分持たないレベルだ。
「すごいな!大邪蛇の牙もあるし、アリアン嬢の新しい武器が楽しみだ!」
「え?私はいいですよ。クリスさんこそ、拳鍔を新しくしたらどうですか?」
「……アリアン嬢。君のやさしさは本当にうれしい」
「えーと……はい」
「だが俺たちはパーティーだ。そして役割分担もハッキリしてる。ここで、攻撃担当の君が強くなってくれれば、俺はもっとら……ランランと戦える」
「いま、『楽に』って言いかけましたよね?なんですかランランって」
「見てみろよアリアン嬢。空がきれいだなあ」
「真っ暗じゃないですか」
俺は口笛を吹きながら、使えそうな綺麗な鱗を剥いでいく。
不思議と、まったく眠くならなかった。




