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動きの鈍っている大邪蛇が、こちらを睨みつけ、頭を高く持ち上げて大きな口を開ける。
口の端から、紫色のもやが漏れ出しているのを見て、『ポイズンブレス』が来ると直感した。
「アリアン嬢!あいつの毒はただの毒じゃない!逃げろ!」
「毒消し持ってきてますんで!大丈夫じゃないですかね多分!」
「大丈夫じゃないから!早く逃げろって!」
彼女は俺の叫びを聞かず、こちらを見てにこりと笑うと、『刀山剣木』を発動した。長槍斧が、蛇の尻尾に深々と突き刺さり、そして、ついに切断する。
「見ましたか!やりましたよ!――ッ!!」
喜んでいた少女の顔が、一瞬で苦痛にゆがむ。『ポイズンブレス』によるものだ。紫色の霧で彼女を見失いそうになりながら、俺は息を止めて走り出す。
この毒は、致死性だが即効性はない。すぐに毒消しを飲ませれば助かる。それは俺が、自分の体で体験したことだった。
ただ、万が一、激痛で意識などを失っていた場合は、そのまま死んでしまうことも考えられた。
ねっとりとした紫色の霧の中、倒れている彼女の姿がうっすらと見えた。
慌てて駆け寄り、抱き起こす。アリアン嬢は息も絶え絶えと言った様子で、弱々しくつぶやいた。
「いやあ……結構効きますねこの毒」
「だから大丈夫じゃないって言っただろ」
彼女のカバンを探り、毒消し薬を取り出す。良かった。割れてない。
喋ったことで、俺自身も猛毒に侵されてしまったが、極力顔に出さないようにする。
蓋を取り、彼女の口元に薬瓶を持っていく。
「あ……飲ませてくれるんですか……ありがとうございます……」
「動くのもきついだろう。飲んだらだいぶ楽になるから」
「そうですね……きついので、できれば口移しなどで……」
「そんな冗談言っている余裕があるなら、大丈夫そうだな」
彼女はしぶしぶといった様子で、瓶を口につけた。片方の手で彼女の瓶を支えながら、もう一方の手で自分のカバンから毒消し薬を取り出す。
毒の霧が晴れかけた瞬間、回復は許さないとばかりに、蛇が噛みついてきた。『偽電気ブラン』だろう。尻尾を切られ、怒りが頂点に達している。
アリアン嬢をかばうように立ち、構えを取る。
激痛が走ったのは、左太ももだった。痺れが全身に回る。『刀山剣木』のデバフ効果、「対象の攻撃力減少」により、ダメージ自体はそこまで深刻なものではない。
「『刀山剣木』!」
アリアン嬢が長槍斧を振りかぶる。鱗を突き破り、首元に突き刺さった冷たい金属の塊に、たまらず魔物がのけぞった。すぐに傷口に薄皮が張り、鱗が再生する。『脱皮』だ。
痺れが収まり、身体が動かせるようになる。
指を鳴らして、もう一度、スキル『組織暴力』を発動。バフとデバフがかかったことを感じ、少女に向かって叫ぶ。
「アリアン嬢!今だ!」
「はいっ!砕けて散らせ!『火樹銀華』!」
地面から、太さ80センチほどの枝が何本も生えてくる。枝はまるで魔物の触手のようにしなり、うなりを上げて蛇に襲い掛かった。
体長20メートルの大邪蛇と遜色のない質量が、無慈悲に魔物を打ちのめす。体のあちこちで鱗が吹き飛び、むき出しになった肉を削り抉る。『組織暴力』で強化された彼女の攻撃は、Bランクの怪物をして、その戦意を砕くほどの威力だった。
地面に横たわる蛇に、枝が雁字搦めに絡みつく。
大邪蛇の頭に近づき、アリアン嬢が長槍斧の切っ先を向けた。蜂蜜色の瞳を、見たこともないほど冷たく輝かせながら。
「手こずらせてくれましたが……これで詰み、ですね」
振り下ろした長槍斧がのど元に突き刺さる。抜いた瞬間、大量に噴き出す青い体液。
少しして、大邪蛇の金色の目から、光が消えた。
アリアン嬢と、しばらく無言で見つめあい、どちらからともなく、両手を突き上げ雄叫びを上げる。勝ったのだ。俺たちが、大邪蛇に。
「うわあああああああ!やった!やったぁぁぁぁぁ!」
「やりましたよ!二人なら勝てるとは思ってましたけど!でもやりました!勝ったんですよ私たち!」
「アリアン嬢すげえよ!なんだあの破壊力!」
「クリスさんこそ!『組織暴力』のおかげです!あれ反則じゃないですか⁉」
二人で手を取り、ひとしきり笑う。痛む体に、毒の存在を思い出した。
地面に寝転がりながら、空を見上げた。
「毒消し薬、飲まなきゃですね」
「すっかり忘れてたが、このまま笑い続けたら死ぬとこだったんだな」
「後世の人が笑い続けるいいネタになりますね」
「一気に笑えない話になったもんだ」
俺の答えに苦笑いを返しながら、アリアン嬢がカバンの中をあさる。
「……あれ?」
「どうした?」
「毒消し薬が、あと一本しかないです」
カバンの中をひっくり返し、困ったように少女が言う。
「いや、そりゃアリアン嬢が使うべきだろ。俺のことは気にするな。街に戻るまでは、何とか生きてられる気がする」
「勘ですか」
「勘だね」
「じゃあダメです。これはクリスさんが飲んでください」
「アリアン嬢はどうするんだよ」
「私はホラ、若いですから。大丈夫ですよきっと」
「勘か?」
「勘ですね」
「ダメだろ」
二人して、頭を抱えてしまう。ふと、アリアン嬢が手をポンと打った。
「半分こしましょう。それでも、今よりは大分ましになるはずです」
「効くのかそれ?」
「お互いに譲らないんだから、しょうがないですよ」
言いながら、瓶のふたを外す。青臭い刺激的なにおいがあたりに広がった。緑と茶色を混ぜたような、むしろこれ自体が毒物なのではないかと思ってしまうような色。毒なんて、かからないのが一番だ。
彼女が、薬の瓶を突き出してきた。てっきりアリアン嬢が飲んでから渡されるのかと思ったが、まずは俺にということらしい。
「飲まないの?」
「若くない方が、毒に弱そうですからね。先に飲んでください。ああなんて年長思いの私」
「さりげなくジジイみたいに扱われてるのは気のせいってことでいいのかな?」
良く振って中身が均一になるようにし、半分ほど飲んで彼女に返す。だいぶ楽にはなるが、やはり毒が完全には消えないようだ。彼女の体は大丈夫だろうか。
瓶を受け取った少女は、じっと薬を見つめている。
「大丈夫だよ。ちゃんと半分残したから」
「……ッ!そういうことじゃないんですよ!別に気にしてませんそんなこと!」
「なんで顔が赤いんだ?毒?」
「だから気にしてないって言ってるじゃないですか!」
「毒は気にしてないから大丈夫ってもんじゃないと思うけど……」
もしかして、俺が口を付けた後は嫌だったのだろうか。だから、飲まないのか聞いたのに……。
とはいっても、すでに飲んでしまった後。どうしたもんかな。
そうだ!せめて!と思い、瓶の口を肌着で拭こうとする。少女が、絶叫を上げながら後ずさった。
「そんな声出さなくてもいいじゃない。早く飲まないと危ないんだから、そんなに嫌ならこうやって拭けばいいんじゃないかと思ったんだよ」
「大きなお世話ですよ。大丈夫です。本当に大丈夫ですから。マジで大丈夫だから寄らないでくださゴホッ!ゲホォッ!」
「いや大丈夫じゃないじゃん」
「本当に平気ゴホォッ!ちょっと気持ちを落ち着けてたゴホッ!ゴホォッ!」
いかん。早く飲まないと彼女の命が危ない。
毒消し薬をためつすがめつしているアリアン嬢を見て、何とかならないかと考えていると、ふと素晴らしいアイデアを思いつく。神が降りてきたとはこのことだよまさに。
「アリアン嬢!大丈夫だ!助かるぞ!」
「え?どうしたんですかいきなり」
「今の今まですっかり忘れてた!」
俺は、足元に倒れている大邪蛇を指さしながら言った。
「こいつの牙の奥にある血清が、この毒を消してくれるはずだ!いやー今の今まで忘れてた!待ってろよアリアン嬢!そんな毒消し薬なんかよりよっぽど効く血清を今取り出して」
「もう飲んじゃいました」
「え?」
「だから、もう飲んじゃいました。ん……確かにまだ毒が残りますね。しょうがない、血清を取り出すとしましょう」
そういうと、ナイフを取り出し、蛇の頭に突き立て始めた。
……若い子の考えることはわからんな。




