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唇に、柔らかい感触がある。
薬草だろうか?特有の、苦みが口いっぱいに広がる。吐き戻したいが、なぜかそれができない。自然、飲み込む形となる。
すぐに、落下する感覚と衝撃。頭を打ち付けたらしい。
衝撃のせいで、びっくり箱のように目が開く。星の見えない闇が広がっていた。
「何してんですか本当。死にたいんですか?」
ぼんやりした視界の先に、アリアン嬢がいた。
「アリアン嬢……なんで」
「なんでじゃないですよ」
声の調子で、怒っているのがわかる。不機嫌になると、ちょっと低くなるのだ。声が。
靄がかかったような脳みそを回転させる。そうだ。蛇はどうしたんだろう。俺と戦っていたはずだ。なぜ襲ってこないのか。
アリアン嬢が、深いため息をつく。
「罠用の肉と煙幕が役に立ちました」
あれか。今回の討伐対象のためにと持ってきた道具。確かに、彼女のカバンに入っていた。
アリアン嬢が、ぐぐっと顔を寄せてくる。端正な顔が、今はひどく不機嫌にしかめられていた。
「怒るが正解だったか」
「は?何か言いましたか?」
「いや何も」
「言いたいことはたくさんありますが、まずはいい加減にしてくださいよ。なんであんなになるまで頑張るんですか」
少し顔を離して、少女が大きく息をつく。
「クリスさん、私を逃がそうとしましたよね。すぐ後から追ってくると思ったのに、全然来ないし。わかってますか?クリスさん死んだら、次は私一人で戦うんですけど」
「あー……面目……ない……。勝てると……思ったんだけど……」
「ていうか、逃げるなら逃げる、戦うなら戦う。なんで別行動を取るんですか?私たち、パーティーじゃないですか。あれですか?そう思ってたのは私だけですか?」
アリアン嬢の顔は、しかめすぎてもはや泣きそうだった。
「挙句の果てに死にそうになってるし。一人だけ命をかけて、私が喜ぶと思ったんですか?『ああ、あのときクリスさんが逃がしてくれたおかげで、今の私があるんだなあ』とか言えばいいと思ってるんですか?」
「それは……ちょっと思ってた……」
「死にそうになりながらボケないでください。こっちは怒ってるんですよ」
「ごめん……」
「もしも本当に死んじゃったとして、クリスさんのこと、そんなにちょいちょい思い出したくありません」
「それも……ごめん……」
「今のはボケたんですから、ツッコんでくださいよ」
困ったように少女が笑う。
カバンの中からポーションを取り出し、傷口にかけてくれた。身体が少し楽になる。
「さて。まだ毒によるダメージはあるでしょうが、もう少ししたら煙幕が切れます。私はクリスさんみたいにカッコつけたりしないし、性格も悪いので、遠慮なく言いますよ」
アリアン嬢がこちらをまっすぐ見ながら言う。こんな状況なのに、まっすぐ前だけを見つめるその蜂蜜色の瞳を「綺麗だ」と思ってしまった。
「手伝ってください。私には、クリスさんの力が必要です」
こんなに純粋で、こんなに必死で、こんなに可憐な少女の頼みを断れる人間がいるだろうか。
いや、いないだろうな。
立ち上がり、力強く頷く。毒による痛みはあるものの、嘘のように体が軽かった。
「任せてくれ。勝とう、二人で」
「はい!」
煙幕が晴れると、煙の向こうに、大邪蛇の姿が見える。
よくもやってくれたなこの野郎。『黒いメンフクロウ』の力を思い知らせてやる。
「『組織暴力』!」
スキルを発動するのと同時に、力がみなぎってくるのを感じた。俺たちには攻撃力アップのバフをかけ、敵には防御力ダウンのデバフをかける。
「アリアン嬢!頼んだ!」
「はい!」
アリアン嬢が、長槍斧を風車のように振り回し、切っ先を大邪蛇に向ける。
「砕けて!散らせっ!『火樹銀華』!」
地面から生えた枝が、大邪蛇を滅多打ちにし、その動きを封じた。まるで囚人をつなぐ枷のように。
枝で打たれた蛇の鱗が剥がれ落ち、新たな鱗が生まれる。なるほどこれが『脱皮』か。
脱皮に成功したとはいえ、蛇が苦しそうに悶える。そりゃそうだろう。彼女のスキル『大樹将軍』は、クリティカル発生率を50%アップさせ、さらにその威力も50%上昇する、破格の性能だ。
『火樹銀華』発動時はそもそもクリティカル発生率が50%上昇するため、確実にクリティカルとなる。火樹銀華の追加効果で大邪蛇の行動が阻害されているのも納得の結果だ。
すげえなあの子。
単純にそう思った。通常、クリティカルは普通の攻撃の2倍程度のダメージが出るといわれている。それだけでも有難いのだが、彼女はほぼ2回に1回の確率で3倍のダメージを出すのだ。『脱皮』程度の回復量では、とても追いつかない。
『素手喧嘩』で蛇に襲い掛かった。腹にめり込んだ拳に苦悶の声を上げ、行動速度の減少が始まったことを感じる。
魔物はまだ動けない。『火樹銀華』による行動阻害が続いている。
アリアン嬢が、『刀山剣木』を放つ。長槍斧を自在に振り回す姿は、まるで舞っているかのようだ。思わず見とれてしまう。
彼女の攻撃はまたしてもクリティカルだったようで、切りつけた部分の鱗が剥がれ落ちてゆくのが分かった。耳では聞き取れないほどの甲高い音を発しながら、蛇がもがき暴れる。
拘束を解いた化け物が、金色の目に怒りの炎を宿す。
鞭のようにしなった尻尾の一撃が、俺の腹部に炸裂した。アリアン嬢に対する攻撃でなくてよかった、と思いながら吹き飛ばされる。思ったよりもダメージを受けていない。
少し考えて、これが彼女のスキル『刀山剣木』のデバフ効果によるものだということに気が付いた。先ほど、俺のあばらを砕いた大邪蛇の一撃が、抱熊の攻撃ほどにしか感じない。
すぐに立ち上がり、魔物を思い切り殴りつけた。アリアン嬢ほどの威力はないが、俺には手数がある。自分で言うと悲しくなるが、ちまちまとした攻撃の末、魔物の怒りをこちらに向けることに成功した。
「アリアン嬢!『火樹銀華』をもう一発食らわせられるか?」
「ごめんなさい!まだ無理です!」
スキル、特に俺の『鑑定屋』でスキル2やスキル3と表示されるものには、「リキャスト」と呼ばれる待機時間が発生する。一度発動すると、しばらくの間同じスキルを使用できなくなるのだ。
俺の「『組織暴力』もそう。一度発動すると、なんともいえない倦怠感のようなものが身体を支配し、スキルを使うことができなくなる。
ダニたちとの冒険の中で、スキルのリキャストタイムは、それぞれ異なるということがわかった。ダニの『聖光重爆撃』は、明らかに『組織暴力』よりも待機時間が長かったし、スタールの『金城湯池』は短い。
また、パッシブは常時発動なので、スキル3にあったとしてもその限りではない。
俺はアリアン嬢に頷くと、『素手喧嘩』を発動した。 先ほど一人で戦っていた時の絶望感はもう、ない。




