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大邪蛇が、大人の男の腕ほどもある牙で俺に噛みついてくる。脇腹に深く刺さった牙を見た瞬間、脳が焼きつくような激痛。声も出せず、その場で転がる。
腰のカバンからポーションを取り出し、傷口にぶっかける。皮膚を焼くような音と共に、傷口に薄皮が張るのがわかった。
立ち上がり、再度蛇の腹を殴りつける。大丈夫。まだ力は入る。
続けて3度殴ったところで、尻尾による攻撃を受ける。今度は身構えることもできず、まるで石ころのように転がった。テントをなぎ倒し、ようやく止まる。
「これが正規の依頼じゃないってんだから、割に合わないよなあ」
胸当てがあって助かった。まだ動ける。
追撃で振り下ろされた尻尾を躱し、再び腹への攻撃。二度ほど殴ったところで、今度は牙による攻撃が来た。わざと胸当てで受ける。黒曜石が、鋭い一撃に悲鳴を上げる。
顔が近くなったので、腹への攻撃を顔に切り替える。目を狙ったが、潰すまでには至らない。よく見ると、目の周りに薄い鱗があることに気が付く。マジかよ。
動揺したところに、斜め上から振り下ろされるような尻尾での攻撃が来る。肩口から、腕がもげるかと思うほどの衝撃が走った。持ってる武器が拳鍔でよかった。剣や槍では、取り落としてしまっていただろう。
痛みをこらえながら、『素手喧嘩』で蛇へと攻撃する。デバフが発動したのを本能で感じるが、続けて攻撃しようとしたタイミングで、今度は『偽電気ブラン』をもらってしまう。
ダメージはあったが、幸いなことに身体が痺れて動かないということはなかった。
距離を取って、再びカバンからポーション。浴びるように全身に振りかける。
体から痛みが少し引いたところで、カバンの中身を確認すると今のが最後のポーションだったようだ。後は毒消しが2本。
「ケチケチせずに、ハイポーション買っておきゃ良かったなあ……」
Bランク以上の、いわゆる上位冒険者になっても、ハイポーションは旅のお供に必須だ。そのため当然値段も高い。ハイポーション1本で、大体ポーションが15本は買える。
まさかEランクの昇格審査に来て、討伐依頼を出せばBランクにカテゴライズされるような化け物と遭遇するとは考えてもみなかった。
「これ明らかにギルドの調査不足だろ。どうなってんだまったく……」
ぼやきながら、『組織暴力』を発動。『素手喧嘩』で横っ面に拳を振りぬく。大邪蛇が、大きくのけぞった。
それにしても、こいつの底なしの体力はどうだろう。もう何度殴りつけたことか。俺が貧弱なボウヤだということを差し引いても、この怪物は強大だった。
ケリットの街には、今アリアン嬢以外の冒険者はいない。こいつが街まで行けば、彼女含め、街ごと壊滅は必至だろう。
「アリアン嬢を襲わせるわけにゃいかないんでな、お前はここで死んどけや!」
もう一度、今度は痺れの取れてきた左拳を胴体へ。全体重を乗せた渾身の一撃だ。鱗が剥がれ落ちる。
「鱗の下の柔らかい部分が見えたぜ。直接殴ってやらぁ!」
右こぶしを振りかぶる。
鱗が剥がれ落ちた箇所から白い肉が見え、その上に薄皮が張っている。
拳を突っ込んでかき混ぜてやる。
現状Fランクの、しかも2人組のパーティーがBランク相当の魔物を倒すことができれば、大きなニュースになるだろう。
激痛にもだえやがれ。
大邪蛇の鱗や牙も、いい武器や防具の素材になる。「夜の牙」で戦った時は、ダニの『聖光重爆撃』のせいで、ほとんど使い物になる素材が取れなかったんだっけ。結局、エカテリーナの肩当てになってたな。「今の装備と、色合いが全然合わない」とぼやいてたっけ。
今回はいい素材が大量にとれそうだ。帝都に、大邪蛇を加工できる腕のいい職人はいるだろうか。
アリアン嬢の武器も防具も、店売りの一般的なものだ。Bランクの魔物で作る装備をプレゼントしたら、喜んでくれるだろうか。
彼女が嬉しそうに笑う顔を想像し、思わず顔がほころぶ。
拳を当てようとした瞬間、視界がゆがんだ。
ボールのように転がる。遅れてくる激痛。息を吐こうとして、思わずえづく。泥を踏んだような「びちゃっ」という音とともに、赤い水たまりができた。血の塊を吐いたのだ。
滲んだ視界で大邪蛇を見る。先ほど鱗を破壊した場所には、他よりも色の薄い鱗がすでに張っていた。
そうか。あれはダメージを負ったんじゃない。いや、正確にはダメージを負ったのだろうが、『脱皮』の効果だったのだ。
誘われたのだ。金色の瞳が、「してやったり」とばかりに俺を見下ろしている。
畜生、なんてこった。みっともねえ。
もうあと一息だ、と思ってしまった。なんとかなりそうだ、という希望に縋ってしまった。
はたから見ていれば、まだまだ蛇に余裕があったのがわかったのだろうか。
脱皮をした部分を弱点に見せかけて俺の攻撃を誘い、横から尻尾による攻撃。俺はやつの傷口しか見ていなかった。狙っての一撃など、あくびが出るほど簡単だっただろう。
起き上がろうとして、刺すような痛みに目を見開く。あばらが折れたのだろうか。身体、特に足に力が入らない。
このままでは『偽電気ブラン』による追撃が来る、早く逃げなければ……!
力を振り絞って体を捩り、なんとか牙の範囲から逃れる。助かった、と思った瞬間、視界が紫色に染まった。
『ポイズンブレス』。
ここでか。このタイミングでか。
最悪だ。
はっとした瞬間、息をしてしまった自分に気が付く。肺を引き裂かれるような痛みに、悲鳴を上げることもできず蹲った。猛毒が、驚くべき速さで俺を蝕む。
痙攣する手で、カバンから毒消し薬を取り出し、飲む。青臭い草の匂いとともに、幾分か呼吸が楽になった。力の入らない足で、なんとか立ち上がる。
負けるわけにはいかないのだ。
刺し違えてでも、止めると決めたのだ。
再び、尻尾による一撃。
受け身を取ることもできず、まともにもらう。メズの棍棒もかくやと言うレベルの一撃は、先ほどのあばらに加え、追加で数本を持っていった。
冬寸前の枯葉のように簡単に吹き飛ぶ。飛ばされた先には牙。痛みを感じるよりも早く、『偽電気ブラン』による痺れが身体を覆いつくす。
ふと、アリアン嬢の笑顔が脳裏に浮かんだ。
俺が死んだら、あの子は泣くだろうか。怒るだろうか。
彼女は今頃、どこまで行っているだろうか。この魔物がその気になれば、ケリットの街は壊滅だろう。正義感の強いあの少女は、街を守るために戦うだろうか。可能であれば、逃げてほしい。何事も、生きていてこそだ。
パーティーをクビになった俺が見た、希望の光。
彼女のスキルは、どこに行っても重宝されるはずだ。このまま成長すれば、Sランクにたどりつくことも夢ではないかもしれない。
少し、寂しさが胸に去来する。Eランクパーティーに誘われたにもかかわらず、断って『黒いメンフクロウ』に残ってくれたのは嬉しかった。彼女の力を理解し、活かせるパーティーに出会えるといいのだが。
大邪蛇の尻尾が、まっすぐ上から、まるで断頭台の刃のように俺の体を打ち据えた。衝撃で、逆に地面から俺の体が浮き上がる。
不思議と痛みはなかった。『偽電気ブラン』の痺れが身体に回っているのだろうか。だとしたら有難い。
この何か月か、驚くほど楽しい日々だった。自分の力を隠さず、堂々とパーティーの助けになること、その清々しい喜び。
ランクを上げていく達成感。自分たちのスキルが目覚めていくことにより、パーティーが強くなる実感。かみ合っていく連携。
思い出すのは、ダニや、スタール、エカテリーナたちと上を目指した、純粋な日々。
ああ、そうか。
俺は、もう一度。
あいつらとしたような冒険がしたかったのだ。
じゃあ、良かった。
二回目の旅。あの時よりも、ずっと良い時間を、俺は生きていた。
そう思ったのが最後で。
俺は、意識を失った。




