富良野に現れた異世界ワイナリーの話する?【2 of 5】
「まったく。二人ともご飯も食べずに、何やってるんだか。あら?」
畑を歩いてきたユミコは、記憶にない石造りの建物に気がついて首をかしげた。
「やあねえ。土地貸しでも始めたのかしら。相談もなく。」
彼女は臆することなく境界を越えて、朱色で塗られた木の扉をノックした。扉が開き、美しい金髪の少女が現れた。蒼い瞳が、ユミコを見上げた。
「あら。お嬢ちゃん。こんにちは。可愛いわね。言葉、分かる?うちのおじいちゃんと旦那が、お邪魔していないかしら?」
「いるよ。どうぞ。」
少女は微笑んで、ユミコを招き入れた。広間に足を踏み入れた彼女の視界に、ソファに横たわって目を閉じたシゲルの姿が映り込んだ。
「ちょっと、お父さん!どうしたの!?」
声を上げたユミコに、正装をした口髭の西洋男がお辞儀をした。
「これはこれは、シゲル殿の娘さんでいらっしゃいますか。彼は我々の訪問に少し驚かれたようでして、一休みしたいと申されたのです。わたくし、ミゲラと申します。」
「は、はあ。そうですか。それは、ご面倒をおかけしまして……」
よく見れば、確かにシゲルは寝息をかいているようだ。そこへ、腰の曲がった白髪の老婆と話をしながら、テルユキが戻ってきた。
「素晴らしい設備でした。我々も大いに見習うべきところがある。」
「そうかい、そうかい。死んだ夫が生涯かけて整えたんだ。同業にそう言ってもらえて、あの世で喜んでるよ。おや、またお客さんかい?」
「ユミコ、どうしてここへ?」
「あなたこそ、何してるの?この方たちは?」
部屋の奥から、少女に劣らない美しい髪の女性が、ティーセットを載せたトレイを持って現れた。
「お二人とも、そちらにお座りになってください。さあ、あなたたちも。」
テーブルに六人が揃って座ると、ミゲラが口を開いた。
「改めまして。そちらから、母のシーア、妻のティナ、娘のカンナです。」
「ユミコは私の妻です。ミゲラさん一家は、ワインの醸造家だそうだ。訳あって醸造所ごとお引っ越しされたらしい。」
「引っ越し?うちの畑にですか?」
「はい。異世界の方にご迷惑をおかけする結果となり、申し訳ない。我々も困惑しているところなのです。」
「……異世界?」
ユミコは眉間にしわを寄せて、腕組みをしているテルユキの顔を見た。
「その、要するにな。あそこにおわす『ワインの神様』にワインを捧げると、願いごとを叶えてくれるんだそうだ。家ごと引っ越したいと願えば、その通りになる……らしい。」
自信無さげに言葉をつづったテルユキが指さした先には、洋風の神棚とでも表現すべきものがあった。二本の赤い蝋燭と、添えられた小さなワイングラスが目に入る。ミゲラが先をつづけた。
「アイスワインを造ることができる土地に行きたいと、神に願いました。北の国に行くのは覚悟していましたが、まさか異世界とは。我々の世界には、そのような場所はもうないのかもしれません。」
ソファで寝ていたシゲルが飛び起きた。
「今、アイスワインと言ったかな?」
ミゲラは嬉しそうにシゲルに歩み寄った。
「ええ、ええ。うちはアイスワインに注力しておりまして。シゲル殿も?」
「いや。これから始めたいと思っているんだ。そこにいる社長が、首を縦に振ればの話だがね。気候は問題ないはずだ。ここらは十分に冷え込む。」
「左様ですか。ではやはり、我々も来るべくしてここに来た、ということなのでしょうなあ。」
しげしげと窓の外を見ているミゲラに、ティナが冷ややかな視線を送った。
「あなた。いくらワインのためとはいえ、カンナをここで育てるのですか?異国というだけでも不安があるのに、異世界だなんて。」
「しかしね。私たちの世界には、もうアイスワインを造ることができるほど寒い土地がないということなのだよ。お前も、年々冬が短くなっているのを知っているはずだ。」
「ワインより子供のことをお考えください。どうしてもと仰るなら、あなただけこちらに残ればよろしいじゃありませんか。」
強い調子で放たれたティナの言葉に、その場が沈黙した。少しの間をおいて、ユミコが「ぷっ」とふき出した。
「どうして男たちは、皆こうなんでしょうね。ワインのことになると見境なしで、家族もほっぽりだすのだから。」
それを聞いたティナの表情が和らいだ。
「うふふふ。この世界にも、同じ悩みを抱える同士がいらっしゃるとは。テルユキさまもお義父さまをここに置いたまま、『蔵を見せてくれ』ですからね。」
横を向いたテルユキの顔を、シーアが呆れたように見た。
「男なんてのは、皆そんなものだよ。好きなだけ働かせて、せいぜい稼いでもらうのが賢いやり方さ。」
三日後。総出で行われた葡萄の収穫作業には、ミゲラとカンナが参加していた。「醸造技術を伝えにドイツから来た講師」というのが、ミゲラの表向きの肩書だ。手伝いに来た町内の同業者たちは、こぞって彼に話しかけていた。
「すっかり馴染んでるわね。あの二人。」
葡萄が山と積まれたコンテナが、ユミコからテルユキに受け渡される。
「参ったよ。お義父さんとミゲラさん、結託してアイスワインをやると言ってきかない。やるなら本腰を入れるしかない。四分の一は、冬まで残すことにした。」
「そんなに?じゃあ、春先の出荷分はだいぶ減るわね。大丈夫なの?」
「ああ。ミゲラさんにはそっちも手伝ってもらうことになってる。品質が上がったら、その分値上げして埋め合わせるさ。それが成功しなきゃ、彼らも帰れないんだから。」
その二日前。テルユキ一家は、ミゲラに招かれて石造りの建物に集まった。ミゲラは、元の世界に戻ることを決めたと皆に伝えた。しかし――
(つづく)




