富良野に現れた異世界ワイナリーの話する?【1 of 5】
「お義父さんのいうことを聞いてたら、うちは倒産するよ!?」
「畑も設備も俺が守ってきたもんだろう?テルユキのいうことを聞いていたら、何もできないじゃないか!」
声を聞いて駆けつけた女が、入り口の扉をガラガラと開けた。
「またやってんの?明日も早いんだから、いい加減に寝たら!?」
「「……はい。」」
一喝を受けて大人しくなった二人の男は、右と左に向きを変えて事務所を出ていった。女はため息をついて、デスクに置いてある見慣れない本のタイトルに目をやった。
〔The Science of Icewine(アイスワインの科学)〕
「……お父さん、英語読めるのかしら?」
翌朝。秋晴れの空の下で、畑の葡萄は実りの時期を迎えていた。毎年悩むのは収穫するタイミングだ。ワインの出来栄えの半分以上は、葡萄で決まる。年配の男――シゲルが、中腰で葡萄に顔を近づけた。
「今年は気候に恵まれたな。病気も虫もなし。テルユキは、どう思うね?」
口に含んだ葡萄を舌で転がしながら、テルユキが何度も頷いた。
「うん。あと何日かで収穫していいんじゃないかな。期待できそうだ。」
シゲルはニヤリと笑うと、無精髭が残った頬をポリポリと掻いた。
「同感だ。十年もやっていれば、婿殿にも勘所が分かるようになるか。」
「茶化さんでください。Brixは違和感のない値が出るけど、酸度は自信がない。あとでラボで確認しますよ。ユミコ、人集めを頼んでいいか?三日後にしよう。」
「はいはい。天気もよさそうだし、一日で終わるといいね。それにしても、あなたたちは仲がいいのか悪いのか分からないわ。」
ユミコは嬉しそうに笑って、その場を後にした。テルユキは測定にかけるサンプルを集めるために、畑を回りはじめた。シゲルが自宅に戻ると、ユミコは台所に立っていた。
「昨夜はなにをやりあってたの?」
シゲルは口を尖らせた。
「北側の二列だけでいい。収穫せずに残すよう、テルユキに言ってくれんか?」
「アイスワイン?洋書まで持ち出して、お父さんの探求心には頭が下がるけど。結果が出るのはずいぶん先なんでしょう?」
「ああ。だが、やってみないことには何も分からん。あいつのいう、高級路線とも合致するはずなんだ。何を尻込みしているのか。」
「言ってはみるけどね。小なりとはいえ、社長になって慎重になってるのよ。自分だって散々苦労してたくせに。」
「やだやだ。その言い方、死んだ母さんにそっくりだ。」
しわの深い顔を一層しわくちゃにして、シゲルは台所を後にした。気分を変えようと庭先に出ると、道路を歩いていた男がこちらを覗いた。同じ町内の同業者だった。
「おはようございます。お宅は景気がいいんですなあ。お婿さんはやり手のようで。」
「景気がいいとは言えんよ。うちのは、やり手というより孫の手だな。」
「そんなことないでしょう。いつの間に建てたんです?新しい醸造所ですか?」
男が指差したほうを見ると、先ほどまでいた畑の奥、山の麓に見慣れない建物があった。オレンジ色の屋根が目を惹いた。
「……なんだありゃ。さっきまで、あんなもんなかったぞ。」
シゲルは畑に駆け戻った。張りぼてか何かだと思った建物は、近づくほど本物に見えた。石造りのお城のような質感だ。間近に、テルユキと孫のヒロトが立っていた。二人は、似たような顔で同じように口を開けて建物を見上げている。
「あ、じいちゃん。おはよう。凄いね!これ。どうしたの?」
「おはよう。じいちゃんにも分からん。ヒロト、学校は?」
「いっけね!飯食う時間なくなる!」
背丈が学ランに追い付いていない中学一年生は、余った袖を振りながら大慌てで自宅のほうに走っていった。テルユキは微動だにせず建物を見つめたままだ。
「お前の仕業じゃないよなあ。」
「まさか。畑にいたら、ぴかっと光ったんですよ。何だろうと思って見回したら、これが。」
建物は一軒家の三倍ほどの大きさだった。周囲の地面は石畳で、草むらとの境界が綺麗な楕円形になっている。その境界には僅かに段差があり、場所によっては土が覗いていた。まるで、石畳ごとくり抜いて草むらに埋めたかのようだ。
「いたずらにしちゃ、大げさだ。頭が追いつかんな。」
小奇麗な建物だが、近くで見ると石の隙間には所々草が生え、年季を感じさせる。気味の悪さに、シゲルは背筋を寒くした。そのとき、建物の扉が開いた。顔を覗かせたのは、背が高くて口髭のある、西洋風の男だった。男は目を丸くして、二人を見た。
「は、はろー。」
シゲルが右手を挙げると、ビクッとした男は扉をバタンと閉めた。扉が閉まる音で、二人は飛び上がった。足をすくませたシゲルを残して、意を決したように歩き出したテルユキは、境界を跨いで建物に近づき扉をノックした。
(つづく)




