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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第三章 闇の胎動編
51/59

051話 舞台裏で


「傭兵の失踪しっそう?」


朝一番の病院で。

殺風景な個室のベッドに横たわりながら、見舞いに訪れたキャルル達御一行からそんな話を聞かされていた。


御一行とはキャルル、ミズリー、リーファさん、それにモンさんの計四人。

どうやら男組は別行動のようで、そのおかげか朝から気分良く出迎えることが出来た。

因みにモンさんは病院内からのご出立だ。まだ退院してはいないが、歩く程度なら問題はないらしい。


いや然し、野郎成分がないというのは本当に空気からして違う。

一気に人口密度が増えたというのに、まったく息苦しくならないのは何故だろう。

それ所か、室内には決して野郎共では醸しだせないエレガントでフローラルな香りが溢れていて……。


――――どうやら今日の俺の運勢は最高らしい。


「それも大会の参加者達が失踪しているそうですわ」

「へぇ~」


思わぬリラックス効果を肌で実感しながら話を聞く。

小声で返事を返したのは、ディズが泣きつかれて俺の隣で眠っているからだ。

早朝、いきなりノックの音がした時には焦ったけど、もう用事はあらかた済んでしまったので招き入れても問題はないだろう。

皆にあまり心配はかけたくはないし、呼びに行く手間も省けた。


「大会の参加者って……二十人以上いるだろう。どれくらい失踪してるんだ?」

「確認されているのは四人ですけど、他にも連絡が取れない人もいるでしょうし……あのモンさんに負けた……彼も行方が掴めないと聞きましたわね」

「……試合に負けて帰っちゃったんじゃないか?」

「ですが、失踪者の中には試合が残っている人もいますし……第一、大会が終わった後の閉会式は全員参加ですわよ?」


そんな面倒な式があるのか……そういえば予選の時も何かあったな。(また逃げようかな?)


「それはアレだ。身内に不幸とかあって仕方なく……とか、色々とやむを得ない事情ってあるじゃん」

「それは、そうですけど」


自分の事情は棚上げして、この話題には特に興味もなかったので適当に答える。

本音を言えば今はそれどころじゃないってことだ。

状況はかなり切羽詰まっている。


「そんなことより、今日の試合どうしよう?」


本日の肝だ。

昨日俺は試合に勝った。なら今日も試合がある。

いや、怪我してるんなら棄権すればいいじゃない。大義名分じゃない。

……なんて喜んだのもつかの間、しかし俺の回復力はその予想をはるかに上回るものだった。


全身の裂傷……完治。

左手に空いた穴……ほぼ完治。

そして気になる腹の傷も……たぶんほぼ完治カインドレス


……故に、俺は今、猛烈にピンピンしている。

これじゃあ棄権しました! なんて大手を振って歩けない。

むしろ今すぐ退院して、会場入りしなくてはならない立場に俺はいるのだ。


「俺の試合って何時からだっけ? 準決勝だからすぐ? これから行って間に合うかな?」


ディズが面会謝絶していたせいではないと思いたい(たぶんそのせいだろう)が、俺は何も聞いてない。

それで遅刻して負けてしまうのは、俺としてもなんだか水を差された気分で。

今回の件は色々と思うこともあるので、正直有耶無耶にはしなくない。

そう思いつつ矢継ぎ質問する俺に――――。


「大丈夫だよ!」

「え?」


ミズリーが嬉しそうに答えた。


「まったく……貴様は悪運だけは強いようだな」

「え、……えっ?」

「まあ、アキヒト君なら結果は変わらなかったと思うがな」

「なに? どういうこと?」


悪態を吐くリーファさんに、済ました顔のモンさんも。

皆揃って苦笑しながら、俺の反応を見て愉しんでいる。


「そうね、アキヒトも元気そうですし……これなら結果は同じだったでしょうね」

「だから、何が?」

「くすっ……だからそれは、アキヒトが決勝に進出した、ということですわよ」

「…………決勝?」


耳を疑って聞きなおした。


「どういうことだ……?」


今日の試合は準決勝だ。

何もしてない俺が決勝にいけるわけがない。

それなのに決勝進出とは一体……?


「だからアキヒトくんは今日の試合勝ったんだよ! “不戦勝”で!」

「……あー……“不戦勝”、ね」


まあ、いきなり決勝って、それしか考えられないわな……。


「ということは、相手が棄権したのか? 俺の相手って誰だったんだ?」

「いえ、そういう事ではなく。先程の話に戻りますけれど、その試合を残して失踪した傭兵というのが……」

「あ……成程」


そこに繋がるわけか。

身内の不幸で急遽故郷へと戻ることにでもなったのか、あるいは何かの事件に巻き込まれてしまったのか……。

兎に角、何らかの事情で試合には出れなくなって、対戦相手だった俺は自動的に決勝進出、と。

……なにこの追い風。今日はマジで朝からついてるフィーバー


「私達はそれを伝えに参りましたの。本当は私だけでも良かったのですが……ミズリーがどうしても、と」

「ええっ!? 口実ができたってルルちゃんも喜んでたじゃないっ!?」

「そ、そんなこと、ありませんわよっ?」

「お嬢様……あれほど嘘はばれないようにと、厳しく申し上げておりますのに……!」

「先に私の所へ見舞いに来てくれてな、ついでに私もご一緒させてもらったというわけだ」


俺は何も言ってないのに、皆さんそれなりにハシャいでいらっしゃる。

その一方で、やはり今まで心配させてしまっていたんだろうと思った。

みんなには色々と後ろめたい感情もあるが、今さら蒸し返すことでもないだろう。

俺にできるのは――――っと、そうだ、まだお礼も言ってなかったな。


「皆心配してくれてたんだな、来てくれてありがとう」

「「「――――」」」


お礼を言った後、何やら空気が変わる。

……え? なぜか知らんが、めっさ注目されているぞ……。


「……ま、まあ、お礼は受け取っておきますわ……」

「ふふっどういたしまして♪ でも思ったより元気そうで良かったよ~」

「いつもながらお嬢様のご厚意にもっと感謝すべきだと、早々に自覚しておけ」

「そんなことは気にするな、と言いたい所だが……改めて言われると気恥ずかしいものだな……」


キャルルとモンさんは照れていた。こういう時に照れられると言った方も恥ずかしくなるんだが……。

ミズリーはそれが分かってるのか、対応がとても自然。たぶん、慣れているのだろう。お人好しだし。

リーファさんは相変わらずの辛辣っぷり。もう慣れたが、この前みたいにデレたりはしないだろうか。


…………って、何を冷静に分析しているんだ俺は。


「――――んん」


と、ここで漸くディズが反応を示し始めた。

途中から普通に喋ってたから、ちょっとうるさかったかもしれないが――――でも起床時間はとっくに過ぎてる。


「おう、やっと起きたか」

「……む、主――むにゃ」


まだ少し寝ぼけているのか、焦点が定まってない。目も半分閉じてるし。


「むにゅぅぅ……むふぅぅぅ」


気持ち良さそうに俺のふところへと納まってくるディズ。そのまま小さく丸まって……二度寝する気だ。

……うーん。皆もいるし、色々と自重しておいた方がいいとは思うが……。

ま、愛らしいので良しとしよう。


「あ――――」


俺がディズを撫でてやると、どこからか掠れた声が聞こえた。


「ディズ殿もこうして見ると微笑ましいな」

「すっごい気持ち良さそうだね~~」


ミズリーがちょいちょいと指でつつくが、煩わしそうに猫撫でするだけ。

愛玩とはまさにこのこと。……写真だ、今すぐ写真が撮りたい!


「精霊とは思えんな……やはり使い魔ではないのか?」

「……ちょっと懐き過ぎじゃない? アキヒト、貴方一体何をしたの?」

「いつも一緒に居るからだって」


キャルルの問いには微妙に答え辛い。

いや、何かをしたわけではないが、どう答えてほしいのだろうか……。

さらなる追求を避けるため、俺は誤魔化しついでにディズの長髭をワサワサすることに。


「ディズー起きた方がいいぞー」

「むぅぅぅ……やめぃ……ぬし、こそば……ゆい」


イヤイヤと顔を振ってディズが目を覚ます。さて、問題はここからだ。


「ディズ、まずはゆっくりと周りを見渡してくれ」

「なんじゃ主。そんなこ……――――っ!?」

「OKOK,状況が確認できたら、次は深呼吸いってみようか」


経験上、寝起きのディズは案外乙女だ。

普段は羞恥心すらあるのかどうか疑わしい行動をとるディズだが、こと寝起きに限っては顔を見られただけでも赤くなって飛び上がる性質を帯びる。

そこには一体どんな基準があるのか……実に興味深い内容ではあるが、今は割愛して頂きたい。

何故なら俺は、今からディズを落ち着かせるべきだからだ。


「あ……あ……ああ……!!」

「深呼吸だ。わかるか? 落ち着いてやれば何も問題は……」

「のああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



「や、おっさん元気してる?」


所変わって。

ここは俺のいた病室の真下に当たる。

キャルル達が帰路に着いた後、早々に顔面の傷を治癒した俺は、病院を後にする前におっさんを見舞っていた。


「傷の具合はどう? いやーちょっとやりすぎちゃった、ゴメンゴメン!」

「…………」


気まずい雰囲気にならないように、多少テンション高めで話かける。

おっさんは無言の表情で俺を観察していた。


「ま、おあいこだけどねー!」

「…………」


俺は気にせず親指を立てて『気にしないで軽くいこう』アピール。

足元にはディズがいたが、この場は静観を決め込んだ様子。

ならば、とさらに俺が軽快なトークを披露しようと……。


「はぁ……見なかったことにしてやるから、普通に話したらどうだ」

「わかった」


溜息混じりにおっさんの体が弛緩する。不評だったらしい。


「……で、その後、どうっすか?」


今度は緊張しながら声を発する。


「見ての通りだ。さすがにまだ歩けはしないが、まあ命には別状はあるまい」


昨日の今日だ。土手っ腹に風穴を開けられては、いくらおっさんでも何日か安静にする必要があるのだろう。

服の隙間から包帯が見えるが、表情からはそれほど酷くはないように見てとれた。

“外”は治っても“中”はまだ完治していない、ということか。


「ん? そういえばお前は歩いて平気なのか? なるべく臓器は避けたつもりだが、それでも傷の深さは私と似たようなものだろう」

「ああ、俺はもう完治してるんだ。ちょっと人とは違うらしくて」

「まさか……理不尽な、お前もか……」


おっさんの妬むような視線が俺に突き刺さる。

迫力ある顔なのでやめて欲しかったが、それよりも聞き捨てならない単語があった。


「『お前も』ってことは……やっぱり雅樹もか!?」


傷の治りが早いのは、俺だけではなかったらしい。ということは……。


「やはり、主のその体質は“異世界人”だから……ということか」


ディズが俺の思考の先を言葉にする。


確かに可能性はあった。

ディズもそれについては考えを巡らしていたんだろう。

意外な所から繋がった情報だったが、それでもどこか真に迫るものがある。


「恐らくそう考えるのが妥当だろうな。そのような特異が偶然で合わさるとは考え難い」

「ああ」

「うむ」


三人の意見が一致する。……おお、なんだか気まずさも和らいだ気が……。


「実を言うと半信半疑だったんだがな。……まあ、これでは認めざる得ないか……」

「信じてなかったのかよっ!?」


おっさんの今さらな発言にはがっかりだ。


「いや、お前達が何処の誰かなど、私にとっては差して問題ではなかったからな。まあ姫様からするとそこが一番重要らしいが……」

「おっさんも立場的には気にしといた方がいいと思うけどな」


でも、おっさんの云いたいこともわかる。

大事なのは目に見えること。

俺は今、そのことを強く実感していた。

見えないものも大切ではあるけれど、惑わされてはいけない。

理由や理屈に捉われ続けると、見えているものまで見えなくなってしまうから。


「個人としては害はないのは解かるからな。寧ろ気に入っているほどだ」

「――――嬉しいことを言ってくれるねぇ」


柄にもないことを言われて、少しこそばゆい。

照れ隠しにディズに視線を移すと、「意外じゃ」という表情で。

前に試合の会場で顔を合わせた時から、何故かディズはおっさんに無愛想だ。


「試合の方はいいのか?」

「ああ、不戦勝だってさ」


キャルルから言われたことを伝える。

するとおっさんは難しい顔をして「妙だな」と呟いた後――――。


「――――で、もう大丈夫なのか?」


もう一度同じ質問を俺に投げかけてきた。


――――何故?


とは思わない。

おっさんは俺が試合に乗り気ではないことを知っている。

試合の時に起きた俺の異変にも、薄々は気が付いているのかもしれない。

だからたぶん、言外にあるのはそういう意味だ。


「うん」

「そうか、ならいい」


俺とおっさんだから通じる会話だった。


「私は試合は見に行けんからな、今ここで健闘を祈っておく」

「ははは……」


俺のせいでもあるので素直には喜べない。


「でもそっか……もう明日で大会も終わりなんだよなぁ……」


気がつけば決勝戦だ。

大会なんて来なくていいと思っていたのに、いざ迎えるとあっという間の出来事のようだった。

俺は少しだけ感慨に浸りながら、窓から見える空を眺める。


「明日も晴れるといいなー」

「そうだな」


おっさんもつられて外の景色を眺めた。


どこまでも続く空、雄大に広がる青色、すべてが繋がったその下で。


さて、アイツ・・・は今何をしているのだろう――――。





――――同日、同時刻。


秋人がグレーニンと空を見上げている頃、雅樹達はジュノン郊外のすぐ側まで来ていた。


彼らがグレーニンの報せを受けたのが、数日前。

そこから寄り道もせず、ひたすら最短経路でジュノンに向かって爆走している。

とはいえ広大な領土を持つ大国ジュノンだ。何日もかけて高速で馬車を走らせても、すぐに目的地へたどり着けるはずもなく……。


端的に言うと、雅樹は焦っていた。

急かされていた、と言ってもいい。

秋人の消息が掴めたことによる安心感と、すぐに会えるわけではないという苛立ちが交錯していた。

そのせいで、雅樹は危機管理がおろそかになっていた。


「何者か答えなさい。なぜ私達を狙ったのですか?」


急ぐ旅路に現れたのは突然の襲撃者。

油断していた雅樹は、その分痛手を負っていた。

エルシアとクゥが居なければ、命さえ落としかねなかった状況。


「フー……三対一はさすがに分が悪かったか」


しかしそれも、数分前の出来事。

現在、取り押さえた男をエルシアが尋問している真っ最中だ。


「いけると思ったんだが。まいった」


地にひれ伏した若い男が、一本の赤い前髪をたなびかせるように短く息を吐く。

喉元に切っ先を突き付けられてはいたが、襲撃者の男は平然としていた。

雅樹は何があっても動けるように警戒しながら動向を見守っている。

その後ろでは、クゥが雅樹に慣れない治癒魔法を施していた。


「答えなさい」

「…………」


先程とは打って変わって、冷酷な声色で尋問するエルシア。

それに伴って空気も重くなる。


「“勇者”――――と言えばわかるか?」


超然とした態度は崩さずに、男は答えた。


「……俺は始末したと聞かされていたんだがな」

「なに?」

「狙いは、勇者と……?」


キリッと刃が動く。エルシアの目がさらに鋭くなっていた。


「いい殺気を放ちやがる……ま、トチったのは俺だ。少しくらいは答えてやるさ」


自分を捕えた褒美と言わんばかりに、男は続けて口を動かす。


「“聖痕の咎人スティグマ”って知ってるか? 否、知らないだろうが……せめて『何』に狙われてるのかぐらいは教えてやる」

「“聖痕の咎人スティグマ”……それが勇者を狙う組織ですか」

「概ねは。別に勇者だけを狙う組織ではないがな」

「組織の規模は? 誰の指示で動いているのですか」

「はっ、そんなことは口が裂けても言えないが……」


おもむろに男の顔が雅樹に向かう。


「そこの小僧……雅樹とか言ったか?」

「お、俺!?」

「お前を狙う理由を教えてやろう。髪と目が黒い、それだけさ」

「え……」

「勇者は脅威、だから排除する。疑わしきも罰せよ……とまあ、それがお偉いさんの考えだ」


雅樹は変装しているわけではない。

髪も目も黒いまま、今まで各地で秋人の捜索をしていた。

つまり、そういった風の噂がたまたま男の耳に入ったと、そういうことだった。


「俺自身、馬鹿な話だとも思う……が、不思議に思ったことはないか? 何故この大陸に髪の黒い者がいない・・・・・・・・・のか――――」

「え……」


男は暗に残酷な事実を仄めかす。

仄めかしただけで、それは事実ではないのかもしれない。

男自身、真実を知っているわけではなかったが、例えそう・・であっても何ら不思議なことではなかった。


「そんな……それは……っ」

「上は相当勇者のことが嫌いなようだ。まあ正確には、双黒の勇者を……だが。俺もまさかまだ生きているとは思わなかった」


抹殺指令は他の奴が受けていたはずなんだが……と男は眉を捻る。

狙われたのは自分だと、改めて知った雅樹は動揺を隠せなかった。

髪が黒いから……勇者に酷似しているという理由だけで命を狙われたのだから、事情を知らない本人はたまったものじゃない。


「っ……俺は、勇者じゃ、ない」

「見ればわかる。だから言ったろう? 俺が狙うのは“双黒”だと」

「……まだ立場がわかっていないようですね」


男の首に刃の先が食い込む。僅かに血が滲んだ。

それでも尚、男は少し楽しげに言い放つ。


「せいぜい足掻けよ、“勇者の卵”さん」

「黙りな――――えっ!?」


エルシアが腕に力を込めようとした瞬間、男の全身が凄まじい勢いで発火した。


「っ!?」

「わわわっ!?」

「そんな、身体が……!!」


押さえていた腕をすり抜け、男は飛ぶように空へと駆け上がる。

男は炎に包まれているのではなく、炎になっていた。

比喩ではなく、本当に炎の塊に。


「今回は俺も急ぎの途中でな。この場は挨拶程度で見逃してやる」


雅樹達が茫然とする中、不自然な人型の炎が声を響かせていた。


「俺の名は『ヴォーデル』。よく覚えておけ。次にその名を聞いた時が――――お前の最後だ」


そして宣告とも取れる台詞だけを残して、男は空を猛スピードで飛んでいった。

後に残ったのは、気の重い静けさのみ。


「…………」

「雅樹様……」

「マサキ、あんまり気にすんなー」


茫然としていた雅樹に、エルシアやクゥが慰めの言葉を掛ける。

二人に心配されていることを自覚しながらも、雅樹はある一点から目を離せなかった。


「とにかく、今はジュノンへ急ぎましょう……!!」

「……ああ」


エルシアの強い口調に、漸く視線を外し馬車へと戻る。

それでも雅樹は男が飛び去った方角が気になっていた。


男が飛び去った方角。

そして雅樹達が向かっていた場所。

紛れもなく、その二つの方角は同じ位置関係を示していた。





物影に身を隠し、俺は辺りの気配を探っていた。

呼吸を浅く、自らの気配は空気のよりも薄く、儚く。

余計なことをされないように、ディズにも細心の注意を払う。


「…………いったか」


周りに誰も居ないことを確認して、ほっと一息。


「主よ、何故隠れる必要がある」

「ここ病院だし。煩くするのはマナー違反じゃないか」


俺は白猫に常識を説いた。


――――ファンの話だ。


日がな一日を暇して過ごすことになった俺は、おっさんを見舞った後、病室に戻って静かに読書に耽っていた。

昼過ぎにキースとオスカーが来て割と楽しく雑談を楽しんだ後、またも読書に勤しむ読書家の俺。

読文すること三時間、そういえば退院手続きをしてないなと思い、それは起こった。


「俺にもまだファンの子がいたんだ」


受付に向かった所、数人の女性たちがたむろっているのを発見した。

まあ、これは俺の名前がやたら連呼されていたせいでもあるのだが。

何にせよ、彼女等は俺のファンらしかった。


「それがどうしたのじゃ」


案の定(?)、俺は姿を見られて大騒ぎになる。

なんとなしにディズを見てみた。

なんと、奴はキレかかっていた。(俺にはそう見えた)


「ファンは大事にしないといけない」

「?」


危機を感じた俺はディズを抱えてその場を逃げ出した。

追いかけてくるファンの子らを撒き、ナースの人々に注意されつつ、俺は一応の目的を達して今に至る。


「はぁ……ままならないな」


最近、街中で肩がぶつかっただけで悲鳴を上げられた俺だ。(女性に)

街の中でどんな噂が立っているのか……気にはなるが、知ってしまうのも怖いもので。

恐らく大会での俺の印象操作が行われたものだと思われる。(真に遺憾である)

しかし、そんな俺にもファンの子がまだ残っていたのだ。

そんな大切な彼女等の記憶を消させることだけは、なんとしても阻止しなければならなかった。


「主、客じゃぞ」


ディズの呼びかけで現実に復帰すると、目の前にシアがいた。WHY……ナゼ?


「…………」

「…………」


白い床、白い壁、白い髪、白い肌。

全てが染まった人通りのない廊下で、無機質な赤い瞳が俺を射抜いていた。


「よ、よう。こんな所で珍しいな」

「…………」


どことなく、雰囲気が出逢った頃に戻ってしまったような気がして。

妙な胸騒ぎを抱えながら、俺はシアに話かける。


「アキヒト、何処から来た?」


そんなシアからの想定外すぎる質問。意味がわからない。


「何処からって……アルマから?」


気がついたのは、答えられない質問だということ。


俺は地球から来た。

厳密に言えば、アルメキスの遺跡からになる。

でも、そんなことをどうしてシアが尋ねてくるのか……俺は不思議でならなかった。 


――何故こんなにも唐突に?

――ただの興味本位で?

――俺のことを知らないはずのシアが?


「アルマの、何処?」

「東の方」

「東って?」

「……東の田舎だ。言ってもわからんと思うぞ」

「言って」


その姿は、どうにも意固地すぎた。

どうしてそこまで聞いてくるのか。

どうしてそんな事が気になるのか。


「シアよ、少し不躾ではないか」

「ディズは黙って」

「ぬ…………」


周りの温度が氷点下まで下がる。……姉さん、俺、泣いてもいいですか?


「…………」


シアは挑むような視線を崩さなかった。

鋭く尖ったディズの威嚇を受けて尚、その表情は変わらない。


俺は賭けにでることにした。


「……アルメキス」

「――――主っ!」


外れてほしいと思いながら。

杞憂であってほしいと思いながら。

そのキーワードを呪文のように投げつける。


「――――」


けれども、シアの反応は俺の期待を裏切っていた。

俺の言葉を受けて、凍るように表情が消えていく。


――――アルメキス。


今この場で、その言葉が持つ意味は、極めて大きい。

そこは、俺と雅樹が初めてこの地に降り立った場所。

俺と雅樹がおそらく関係しているだろう場所。

四百年前、勇者が現れたとされる場所。


だけど、その事実は誰も知ることのないはずで――。


だから、その反応は、あってはならないはずだった。


「……シア?」

「…………っ」


俺が思わず声を溢すと、シアは振り切るように踵を返して走り去っていった。

追いかけようと思ったが、如何していいかわからなかった。

その場から動くことさえままならず。


(どうして……)


頭の中に、意味のない言葉が浮かんでは消えていく。

茫然と立ち尽くしていた俺に、ディズが問いかけた。


「主よ、アレ・・は何者じゃ?」

「…………」


ディズの不安を孕んだ問いに、俺は何も答えられなかった。

答えられるほど、俺はシアを知らなかった。

知らない、はずだった。


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