052話 決勝戦!
早朝、まだ陽が昇る前に起床した俺は、誰にも告げずに一人で街のはずれへと出向いていた。
思い立ったら吉日……とでも言うべきか。
別に誰と一緒でもよかったが、偶々起きていたのが俺だけだったという話である。
それにこの時間帯が一番都合がよかったこともある。
――パン、パン。
透き通る空の下、両手を叩いて黙祷する。
これまでの旅路を共にした相棒へ向けて、俺は純粋な感謝を捧げた。
「…………」
暫しの静寂。
吹き抜ける風が、言葉以上のものを運んでくれるような気がした。
「今までお努めご苦労様でしたっ!」
最後の締め括りに労いの言葉を送り、俺は頭を下げた。
――そこには“感謝”と“詫び”がある。
頭の先には、地面に真っ直ぐ突き立てられた、一本の折れて欠けた柄のない剣。
故に、志半ばで役目を終えた士さんのその姿は、どうしようもなく俺の至らなさの結果だった。
「……さて、と」
振り返るべきではない。
見据えるべきは後ろではなく前だから。
もし俺が最初からそうしていれば、今ここにある現実は訪れなかったかもしれない。
――そんなたられば。
後悔先に立たず。
現実に『もし』はなく、未来に『絶対』はない。
……だから、これはもう終わった話だ。
「帰りますか」
そう思い、それを忘れないために、俺は振り返らずに街へと引き返して行った。
▼
今日は大会最終日。
空は朝からずっと晴天の兆しをばら撒き続けていた。
会場には今か今かと決勝を待ち続ける人々のうねりが渦巻いている。
そんな様子を肌で感じ取りながらも、俺は選手控室で準備体操に励んでいた。
「ふと思ったんだが……これだけの人が連日集まって、ジュノンの都市機能は本当に安定できているんだろうか?」
「そんなことを聞かれても儂は知らん」
「……だな」
普段控室にいるのは選手だけなのだが、何故か今日に限ってディズが付き添っていた。
特に追い返す理由もないので、柔軟を手伝ってもらっている。
小さい癖に力だけは人並み以上なので、便利と言えば便利だ。
「ぅ~~~~」
「ぬんっ」
開脚体前屈で後ろからディズの馬鹿力が加わる。
ほんの少しの抵抗の後、俺の身体は間もなく地面へと吸いついた。
「おおー……!」
と、地味に感想が漏れてしまうも無理はない。
何気にこの世界に来てから(ディズの助言もあって)続けていた日々の柔軟体操。
当初の頃から比べると、もはや俺の身体は蛹から蝶へと進化したと言っても過言ではないほどの差が見て取れる。
「足もほぼ水平に開いてるしな……やばい、なんか俺が凄いことになっている……」
この調子だと360度の開脚も可能なのではないかと考えてしまう俺。
そうなったらそうなったで、俺の身体はどんなおぞましい体勢を取ってしまうのだろう……。
「うひょ~」
「い、いきなり奇声を出すでないっ」
「あ、いや、これはだな……」
奇声とは失礼な……とか思いながら弁明する。
が、いや然し、無言の柔軟というのも味気なくないかと思い直して。
「ぐぉぉぉおおお!!!」
「やめい!」
そんな感じで柔軟は終わり、そろそろ試合の時間が近づいてきた。
「お前もそろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「あ、うむ」
そう答えるが、なかなか立ち去ろうとしないディズ。
「……どうした?」
「否……主、本当に大丈夫なのか?」
気遣うような仕草で揺れ動く瞳は、俺を心配しているようだった。
今朝方、俺が姿を消していたせいで誤解させてしまったのかもしれない。(理由は言ってないしな)
ディズはまだ不安なのだろう。
俺の戦う理由に、少なからず疑問を抱いているのだと、思う。
「……はっ」
確かにそうだ。
人間、そう簡単に変われるのなら苦労はしない。
その証拠に、俺はまだ戦うことに対して良い印象を持てずにいる。けれど……。
「心配すんな。俺はもう大丈夫だ」
俺は変わったつもりはなかった。
変わったは俺じゃなく、俺を取り巻く環境……その“認識”だ。
「だからお前は安心して見てくれればいいさ」
「……じゃが」
ディズの不安は、言葉では取り除けないものなのかもしれない。
何にせよ、俺から言えることは決まっていた。
「なら俺は負けた方がいいのか?」
「っ、それは、然し……」
「だったら今さらゴタゴタ抜かすな。それに、お前の見立てなら俺は優勝できるんだろうが」
「う、うむ」
ディズが弱気になったのなら、俺が強気になればいい。
それでバランスは取れるじゃないか。
「その時にも、お前はそんな辛気臭い顔で俺を迎えるつもりなのか?」
「――――!」
試合のアナウンスが始まる。
俺はもう試合に行かなくてはいけない。
だから最後にこれだけは言っておこう。
「――――俺を誰だと思ってる」
俺は入場口へと歩き出した。
背後から、威勢の良い声援が聞こえた。
☆
『さァーついに決勝となっちまったァ! 残すところあと一試合、今年度ジュノンチャンピオンは誰なのかァー! みんなも熱いが俺もアツイ! 手に汗握る最後の一幕を戦い抜くのは、このお二人さんダアアアアアアアーーーー!』
――ワアアアアアアアアアアアア!!!!!
会場では試合前にも関らず二つの名前が飛び交っていた。
一つはウラトへの声援。
女性でハーフエルフ、その実力に加えて他を圧倒する美貌……と、彼女の人気の理由を上げていけばキリはない。
さらに彼女は前回の優勝者であるため、今年は二連覇が懸かっている。
決勝まで到達した今、それを期待するなという方が無理な相談だろう。
そしてもう一つは秋人への声援。
その筋の多くは秋人のものというより挑戦者に対する激励であったが、秋人個人に対する応援も決して少ないわけではなかった。
秋人は突如として現れた無名の選手で容姿も端麗と、話題性には事欠かない。
今までの試合からその実力も申し分なく、内容にはやや論議があったが、それ故か熱狂的なファンにも恵まれていた。
とはいえ、全体的にはウラトへの声援が大多数。
大勢としては、ウラトが試合に勝つだろうという見方に傾いていた。
だが見る者が見れば勝負は互角と言った所だっただろう。
キャルルは七対三で秋人が有利と見ていた。(少しは贔屓目もあるかもしれない)
ディズは勿論、二つに一つである。
「始まったわね」
会場の来賓席では、それぞれが思い思いに耽っていた。
「アキヒト~~、お前に全てを賭ける……頼んだぞ~~!」
「懲りないですね、キースさん」
借金をしてまで秋人に賭けたキースは、まさにギャンブラーと言える。
それを窘めたオスカーは呆れつつも感心していた。
彼らは秋人の勝利を願っていた。
「とうとうここまで来たのだな……」
「せめて使い切った運の代わりに、健闘を期待しておきましょう」
モンモレットは秋人に自分を重ねて見ていた。自分の立ちたかった舞台に、自分の為したかったことを、秋人に重ねて託す。
リーファも言葉では辛辣さを呈していたが、本音を言うなら彼を讃えたい心境だった。
彼女等は秋人のことを認めていた。
「なんか……ドキドキするね……」
「そうね……本当に凄いことですもの」
知り合いが大舞台に立っていることを、ミズリーはまるで自分の事のように緊張している。
キャルルは自分に『優勝する』と啖呵を切った秋人の姿を思い返していた。
二人の想いは違うようで……実は根が同じものだ。
「あら、今までアキヒトの所に居ましたの?」
「うむ」
皆がつらつらと試合開始を待っていると、ディズがその輪へ戻ってくる。
「アキヒトくんのことだから大丈夫だとは思うけど……どうだった?」
「朝から姿が見えませんでしたからね」
「だから、ずっとトイレに籠もってたんだってブバッ!?」
「……それで、アキヒトは何か言っていましたか?」
「どうせ大したことではないとは思うが……」
「私には関係ないが、お嬢様方が気にしておられる」
「考えることは皆同じゃな……」
その中でも特に心配性なミズリー向けて――――。
「案ずるな。主なら心配は無用じゃ!」
ディズは晴れ晴れした顔でそう言った。
☆
会場全体を見渡せる観客席の一番端。
最高階に設けられた座席のさらにその上。
天幕に掛けられた土台から、闘技場を見下ろす二つの視線があった。
「…………」
「ふぅん……あれがシアちゃんの気になる男の子?」
フードを被った少女と、同じくフードを被った女性だ。
片方は真剣そのものな瞳で、秋人のことを観察している。
もう片方の視線は、自分の傍らの少女と秋人の間を行きつ戻りつしていた。
「もしかして……標的なの?」
シアが首を振る。
否定ではなくまだ判らないという意味だったが、隣にいた女性はそれを正確に理解した。
「そう……だから、なのね」
女は目を細めて少しだけ微笑みを浮かべた。
一心不乱な少女に……そして、その少女を虜にする銀髪の青年に向けて。
それが言葉通りの生易しい意味ではないと解かっていても、彼女はただ成り行きを見守ろうと思った。
そして、闘技場の真ん中で秋人とウラトが向かい合う。
様々な思惑が絡み合い、視線を釘づけにして。
試合は始まった。
†
試合開始の鐘が鳴った。
大きな歓声に飲まれながらも、集中している今ならその鐘の音さえも聞き取れる――――。
そう思った瞬間、目の前のウラトさんの姿が消えた。(俺、冷静)
――右だ。
俺の強化された知覚能力は容易くそれを捉えた。(俺、凄い冷静)
「くくく……」
「?」
耳元からウラトさんの忍び笑いが聞こえた。
俺の右手は彼女の拳をしっかりと受け止めている。
自分の攻撃を止められたことに、彼女は喜びを見出していた。(俺、冷静でいられない)
「……何が嬉しんですか?」
「君が強いから……という理由は変かな?」
「…………」
前から薄々は感じていたが、彼女は根っからの戦闘狂かもしれない……。
「今、楽しいですか?」
「もちろんだ」
戦闘狂と判断した。
「ではどんどん行くぞ!」
そしてまたもや視界から消えるウラトさん。
楽しいのは結構だが、そんなに動くと疲れるんじゃ……。
「――っとぉ!?」
ぼけっとしてる場合じゃなかった。
俺の死角をついた攻撃が次から次へと繰り出される。
(うお、凄げぇ風圧っ!?)
心の中で叫びながら、俺はウラトさんの豪速球を躱していく。
豪速球と言っても拳だ。
だが、その拳が空気を切り裂いて、凄いうねりを上げながら俺のすぐ側を通過していく。
(……当たったら死にそうだな)
いや、強化した身体なら最悪は免れるだろうが……正直、並の魔物なら一撃クラスだと思う。
「~~~~!!」
「どうした、避けてばかりでは私は倒せんぞ!」
必死に攻撃を避けていると、どこかで聞いたような言葉を吐かれる。
まったく……ウラトさんといいおっさんといい、皆本気過ぎるだろ。
「でも――――っとぉ!」
「ちっ!? 外したか!」
それでも戦えないことはない。
確かにウラトさんの拳は速いが、おっさんの槍に比べると迫力不足なのは否めない。
得物を持っていない分、彼女の懐へは入りやすく隙も突きやすい……ってまあ、素手だからな。
「じゃ、やりますか」
言って、俺も高速移動を開始した。
観客を置き去りにして、肉弾戦闘の極地へと足を踏み入れる。
「く!?」
「っ!?」
俺達の身体はすれ違い、弾け合う。
それは二人のスピードが拮抗を保っている証だ。
いくら強化した身体が凄いといっても、そこには限界がある。
「同じスピードだと……!」
何故なら動いているのは人の身体だからだ。
筋力の力で運動を行い、骨がそれを支える。
人体がその機構を順守している限り、強化した肉や骨の耐久力にもやはり限度がある。
つまりは“質”としての限界。
水は氷になるが、鉄よりも硬くなれるわけではない。
「っら!」
「甘い!」
だからこそ、俺とウラトさんのスピードは拮抗する。
要は、ここが身体強化の一つの到達点というわけだ。
「いや――」
「!?」
「――捉えた!」
大振りの蹴りを布石に、反対の足で真っ直ぐ突き出すような蹴りをお見舞いする。
ウラトさんはガードしたが、その上からでも強烈なダメージを受けたはず。
受け身を取って、少しだけ息を乱したウラトさんが距離を取った。
「……いい格闘センスだ」
「それは、どうも」
女性を蹴って褒められても嬉しくはない。(それに前回醜態を晒した俺は紳士とは言えない)
が……昔、同じことを言われたことがある。
――――幸か不幸か、俺にはセンスがあるらしい。
武道や武術に“型”があるのは、それが最も効率的な動きであるからだ。
幾多の先人が数多の時間と経験を積んで学んできたそれを、俺の感覚は無意識に掴み取る。
正確にいうと俺のそれは“型”ではないが……。
たぶん、その場に応じた対応がそれに酷似しているだけなのだろう。
……だが、それも副産物だ。
俺の感覚の本質はそこではない。
「ならばこれはどうだ――――」
そして、今度は本当に目の前からウラトさんの姿が消える。
今までの速度を超える、超スピードだ。
モンさんの時に見せたものと同じ、俺の目にもほとんど捉えきれない速度。
「が――――!?」
痛い!!!
突然横っ腹に突き刺さった衝撃は計り知れない。
俺の身体は数メートルも砂場を転がる。
なんとか起き上がった瞬間、そこにウラトさんの追撃が迫ろうとして――――。
「なにっ!?」
身体を軽く横に向けて、俺はそれを回避した。
イイのをもらってしまったと脇腹を擦りつつ、もう一度今度は背後から来た攻撃を回避して。
「……私の攻撃が見えているのか……?」
不意にウラトさんの動きが止まった。
息を呑むように俺に語りかける。
「見えてはいませんよ?」
「それでなぜ回避できる」
動揺を押し殺したような声。
彼女の疑問も当然と言えば当然だ。
見えない攻撃を俺は避けているのだからな。
「読んでいるんです」
「……私の動きを予想していると?」
「まあ、全部じゃないですけど」
――――なんとなく相手の動きが読める。
それが先程ウラトさんがセンスと呼んだものの正体だ。
これは意識的にやってできるものじゃない。(オンオフくらいはできるが)
恐らくは視覚、聴覚、触角から得られる莫大な情報を、脳が無意識に処理しているのだろう。
平たく言ってしまえば、もの凄い精度での先読み。(と言われた)
「…………っ」
例えば今、ウラトさんの重心が何ミリか前に傾いたことを視覚情報として得る。
それだけで、俺の頭の中にはウラトさんがどんな行動に出ようとしているのかが、なんとなく出力される。
しかもそれはリアルタイムで修正されていくので、俺からすれば感じた通りに、それに対応するように動くだけで大体の動きに対処できるのだ。(無論、読めないこともあるが)
「くっ……成程。私の動きを読めるというのは本当らしいな」
「それだけの速度だと、どうしても動きが直線的になるのが弱点ですね」
まあそれで反応できるかと言えば、それはまた別の話。
今のように目で捉えきれないほどのスピードでは、例え運良く動きが読めても反応することは難しい。
視覚情報に頼らずに戦うとなると、はっきり言って動きを読めるかどうかは五分五分といったところである。
なので、次の攻撃も避けられる自信はない。
「それでも、だ。この速力について来れるものがいるとはな……正直、驚いている」
ついでに手も出せないけどな。
避けるだけで精一杯で、さらに攻撃できないのではついていけてるとは言い難い。
「……ついでに言うと弱点はまだあります」
「ほう?」
俺がそう言うと、またもや(嬉しそうに)ウラトさんの姿が消えた。
急に現れたり消えたりと忙しいが、俺の能力も先読みだけではない。
つまりは、この超スピードのカラクリが、最初から俺の目には視えている――――。
「――これだ」
地面すれすれを移動して掴んだのは、普通の人には視えないはずの白い魔力の糸。
まるで蜘蛛の巣のように空中に織り込まれたそれを、俺は渾身の力で引き千切る。
「なっ――――!?」
目に視えるということは、それに触れるということ。
勿論本当に触っているわけじゃないが、まるで違うというわけでもない。
俺の身体は魔力をすり抜けてしまうが、俺の魔力はそれに触れることができる。
「触れるだけじゃない――――」
空中には他にも数個ほど同じような蜘蛛の巣が浮かんでいた。
バネのようなゴムのような(何だこれ?)……兎に角、それを使って彼女は超速スピードで移動していたのだが……。
俺は同じように空を蹴って、驚きに止まっていたウラトさんの背後に回った。
「――――このように利用することもできます」
「かはっ!?」
貴重な隙が得られたので、その無防備な背中に掌底を叩きこんだ。
「くはっ……そうか、魔法を……!」
苦痛に顔を歪ませながらウラトさんが理解したのは、魔法が通じない俺の能力。
否、通じないだけじゃなく、魔法を取り込んで利用することもできる俺の特異体質か。
「成程。半端な魔法は逆効果ということか」
「いえ、半端じゃないから逆効果なんです」
「くくく、そうか……あはははは!」
「…………」
ウラトさんがいきなり笑い出した。
「嬉しいぞ。態々Aランクに留まって大会に出場した甲斐があったというものだ」
「えっ」
変な言い回しの言葉を聞いた。
態々……というからには、ウラトさんの実力はその上……Sランクと比較しても大差はないということだろうか……。(おいおい)
それにAランクに留まる理由……それはSランクの傭兵は大会に参加できないという規定に因るものだろう。
ということは、そもそもウラトさんが大会に出る理由は……。
「え、まさか、そこまでして戦いたかったんですか……」
「ふふ、最初は余興つもりだったのだがな。最後の最後で君のような者と戦えるのだから、冥利に尽きるというものだ」
呆れるぜ……戦うために戦っているだなんて。
「……負けてもリベンジはしないで下さいね?」
「ふっ、それは私に勝てると言っているのか?」
「……」
「……いいだろう。私を楽しませてくれるのならな」
たぶん勝ったらリベンジされそうな気がする。
「それでは……これからは本気でいかないとな」
「なら俺も本気で」
……少しだけ、心のどこかで戦いを楽しんでいる俺がいた。
「――――“幻糸の鎧”」
そして幻惑の白い鋼糸がウラトさんの身体へ巻き付いていく。
鎧のように織り込まれる刺繍は、見惚れるほどに綺麗だった。
「おっと、見惚れている場合じゃないな……」
同時に、俺の描いたをイメージを魔力を通じて定着させる。
次の瞬間、巨大な砂の大蛇が二匹、ウラトさんの左右に顔を出した。
頭だけで高さ5メートル強の有り得ない怪物である。
その巨大な大蛇でもって、俺はウラトさんを両側から押し潰した。
「――――」
シュパッと砂の塊に亀裂が入る。
直後に、爆散する砂。
気付いた時にはもう遅い。
背後から超スピードで発射された弾丸のような拳が俺を襲う。
「――――っ!」
声は言葉にならない。肺の中の全ての空気が一瞬で吐き出されたからだ。
痛みも、体感としては殴られた肩が麻痺していると受け取った。
まさに一撃で事足りる凄まじい威力。
「っは……!」
すかさず、使い物にならなくなった左腕は無視して右手で反撃する。
が、すでにそこに対象はいない。
……くそ、見えん。
「痛~~……っ」
攻撃の初速度が速すぎる。
察知したと同時に攻撃が来るのでは、反応するのは不可能だ。
超スピードの速度で打ち出される必殺の拳か?
明らかに肉体の限界を超えている。
それだけの技を使って、身体の方は無傷でいられるだろうか……。
(……ありえない)
多分、ウラトさんも無理をしているはずだ。
でなければ俺に勝ち目はないだろう。
次の攻撃も耐えられるか……左腕はもうダメか……。
「短期決戦だな」
急ぎ、砂の膜を俺を囲うように隙間なく張る。
半球状に圧縮し、全方位に壁を作った防御陣。
真っ暗になった檻の中で、外から来る敵の動向を探る。
――ピシ。
決壊したのと攻撃を知覚したのは一瞬。
腹のど真ん中で起きた爆発に、俺は吹っ飛んで吐血した。
「があ……は……っ!」
肋骨が何本か持っていかれた。
すぐに立ち上がることはできない痛みである。
一瞬負けたかと思ったが、敵の追撃はやってこなかった。
そのことに安堵するともに、辺りを警戒しながら俺は力を振り絞って立ち上がる。
(あれは鎧……身体の各部に糸を纏っている……)
攻撃の際に微かに見えた姿から、相手の情報を探る。
(鎧は盾でもあり、矛……)
身体の可動部にあの糸を使えば、超スピードで拳を打ち出せる。
乱発ができないのは必然。あの超速力に生身が耐えられるわけがない。
(どうする……)
タイミングの察知は五分五分だから、半端な攻撃はなんとか対応できなくもない。
すぐに攻撃してこないのはそのためだろう。捨て身であるが故に、万一にも俺に攻撃の先手をとられることを恐れているのだ。
だが、然し――――。
………………、…………負ける。
――――手立てがない。
魔法無効化は間に合わない。
反撃も不可。
避けられるかわからない。
対抗する手段がない。
――――負けるのか。
この俺が。
手も足も出ず。
このまま負けてしまうのか……。
嫌な汗が顔を伝って、ポツリと地面に落ちる。
「――――!」
その時、声が聞こえた。
「――――、――――!!」
「!?」
遠い観客席から、聞こえるはずのない声。
(――――ディズ?)
思わず、顔を上げた。
青よりも蒼い藍。
諦めかけた俺を嘲笑うかのように、頭上に君臨する碧。
それは青天の霹靂を通して、俺の目と耳に直接飛び込んできた。
「ーーーー!!!」
「~~~~!!」
「――――!」
「…………!」
皆の応援している姿が目に入った。
遠いので、何と言っているかは全然聞き取れない。
だけどその姿は、聞こえるはずのない声は、必死に何かを伝えようとしていて。
(――――ああ)
仲間達の声援に、一度萎えかけた意志が引き締まる。
内からではなく、外からくる不思議な力。
俺は負けられないのだと悟った。
――ドン!!!
「……っっっ!!」
その一瞬の油断のおかげで、背中に激痛が走った。
手放しかけた意識が寸での所で揺れ動く。
つまらない意地だけが、俺が崩れることを許さなかった。
「……くっ」
こぼれた声はウラトさんのもの。
度重なる三度の超速攻撃に身体が悲鳴を上げているのだ。
向こうもあと一度の攻撃が限界だろうと、確証もなく判断する。
「は……ははは」
――――男には引けない時がある。
あいつの泣き顔を見た時、それが今なんだと思った。
理屈じゃない。感情でもない。ただ訳もなくそう理解する。
それは多分、俺にとっては呼吸に等しく当り前で必要なことで。
――――だからここに立っている。
……それに、ここらで紳士としても挽回しておかないといけない。
俺のせいで泣かせてしまったのだから、俺の力で笑顔に戻したい。
そう思うのは俺で、この腕も俺のものだから。
誰かの為じゃない。
――――すべては俺のために。
「勝負だ……!」
有りっ丈の魔力を地面に通す。
最大限の魔力を放出し、出来るだけの砂に浸透させる。
一瞬で、より広く、より強く。最初に限界を決めるのはいつだって意志の力だ。
――――!!!
大規模な衝撃は地震に似ていた。
噴火した砂柱は場内の高低を押し上げる。
砂には俺の魔力がブレンドされているので、触れれば魔法は解除される。
その攻撃の瞬間はウラトさんのピンチであり……逆に俺を狙うチャンスでもあるはずだ。
だから勝負はこの一瞬で決まる。
(一瞬でいい。タイミングさえ分かれば――――)
「――――っ!!!」
そして闘技場は、砂煙に包まれた。




