047話 右目の傷痕
おまた!
なんとか危なげなく初戦を勝利で収めた俺。(勝ってしまった……)
戦ったのは個人的な事情に寄るものが大きかったが、まあこれでミズリーの不安も取り除けただろう。
てなわけで俺は一仕事終えた感じで来賓席に戻ったのだが、しかしそこには以前とは違った微妙な空気が流れていた。
「……何かあったのか?」
沈黙する皆に向かって俺は疑問を投げかける。
対する皆の反応は、誰もが何か言いたそうにしながらも、何故か互いに牽制し合っているようで。
「どうしたもこうしたも……」
見兼ねたディズが、代表して俺に回答を寄越した。
「やりすぎじゃと言いたいらしい」
「はぁ?」
うんうん、と皆の視線が一様に俺へと向かう。
「じゃから先程の試合のことじゃよ。あそこまでやる必要はなかったと、皆はそう思うておるのじゃ」
「…………」
え……いやいや、相手は俺を殺す気だったんだぞ?
俺が挑発した分もあるかもしれないが……それでも五体満足で返してやったんだから、俺って紳士ではなかろうか。
「お前もそう思うのか?」
「儂は別に良かったと思うぞ。主の活躍も見れたしの。文句などあろうはずもない」
さすが、ディズはわかってる……じゃなくて。
「いいえ、あれはどう考えてもやりすぎでしょう!?」
「そ、そうだよ! あれはやりすぎだよ!」
「お嬢様の言う通りなり!」
「動けない相手を切り刻んで笑ってましたよね」
「俺でもあれは引くわ」
「私も意見は同じだな」
賛成一、反対六の大ブーイングだった。
ディズだけが俺の味方でいてくれたことには、素直に感謝したい。ありがとう。
「君らが懲らしめてくれと言ったんじゃないか……」
「でもあれじゃ……アキヒトくんのイメージが悪くなっちゃうよっ!」
「えっ?」
おいおい……なんてこった。
皆は俺のことを心配をしてくれていたのだ。
それなのに俺ときたら自分のことばかり……なんて、なんて嬉しい事を言ってくれるのだろう。ありがとう。
「そうだな……ごめん、俺のやりすぎだったよ……」
「いいや、アレはアレで中々の手際だった……見事だと言わざるを得まい。正直、見直したぞ」
どっちの意見なんだいリーファさん!?
「私、嫌だよ……私のせいでアキヒトくんが悪く言われるの」
「そうね……私達が試合前に嗾けたりしなければ、こんなことには……」
見ればミズリーとキャルルが哀しそうにしている。
「別に、そこまで思いつめなくても」
「おい、なんだその態度は。貴様、反省する気はあるのか?」
そして手のひら返しまくりなリーファさんだった。
まあ若干やりすぎたかもな、とは思ったような思わなかったような気もするので、取り敢えず事情を説明。
あれは俺個人の意志で戦っていたのと、少々やりすぎていたことは反省していると、俺もリーファさんを見習って彼女等を気遣う。
「しかし、モンさんの試合も砂埃で全然見えなかったし……もっとこう、わくわくする戦いは見れないものかねぇ」
と、キースが云いたいこともわからないでもない。
確かにモンさんの試合内容は、ほとんど砂嵐観賞と言っても過言ではなかった。
一応俺の眼には興味深い映像が映っていたのだが……魔力を感じない一般人にはつまらない試合だったのだろう。
「私は色々と大変だったのだがな……特に試合後は大変だった」
「で、でで、ですよねー!」
モンさんの呟きに敏感なキース。一体お前とモンさんとの間に何があった?
「初戦は大体終わりましたか。二回戦は明日ですから、今日はもう休んだ方がいいんじゃないですか?」
「たしかに、一理ある」
オスカーの確認に、モンさんが神妙に頷く。
モンさんの面持ちは堅いのは、別に俺達のせいじゃない。
そこには次のモンさんの対戦相手が影響しているようで。
「確かウラトさんでしたか?」
「ああ」
本人同士にしかわからないが、因縁の対決なのかもしれない。
去年モンさんが負けたのもウラトさんとか言ってたから、その辺が関係だろう。
だからオスカー、あんまりモンさんの邪魔はするんじゃないぞと、俺は眼力で警告を発する。
「確か去年の優勝者とか」
「そうだな」
「そんなに強いんですか?」
「まあな」
「へぇー……やっぱり凄いですね」
「はは」
お前には無理かもしれないが……そろそろ空気読んだ方がいいと思うぞ、オスカー。
「主、儂は腹が減ったぞ」
俺が遠い目をしていると、ディズがひょこっと頭の上に乗っかって来た。(中々飽きてくれない……)
帰って飯を食おう、と俺を体のいい人力車に仕立て上げるつもりのようだ。
なので、俺はささやかながら反抗にでる。
「お前は最近そればっかだな」
「仕方なかろう。空くものは空くのじゃ」
試合に出た俺やモンさんならまだしも、今日ほとんど座っていただけのディズにその台詞は似合わない。
「太るぞ」
「ぬ、主は細身の方が好みか?」
「…………」
例えば……もしここで俺がイエスと言ったら、ディズはやっぱりやめたとか言うんだろうか?
「Yes」
「!?」
気になることは追求する。それが俺イズム。
「……主、腹は空いておらぬか?」
そうきたか……!
「別に」
本当は若干減っていたのだが、俺は嘘を貫き通す。
「そ、そうじゃ、確か甘味所が沢山出ておったじゃろ? 興味はないか?」
「特にないな」
「主、今日は試合じゃったから腹が減っておるのではないか?」
「さっき減ってないって言わなかったっけ……?」
「そういえば向こうに人気の甘味屋があってな……」
そんなに食いたかったのかっ!!
根負けした俺は仕方なく屋台に出向き、ディズにお菓子をたんまりご馳走してやる。
こんなにいらんとやや焦り気味のディズに、俺は無理やりアイスなどをぶち込んだ。
「今日の食事は少なめにしようかしら」
「私もそうしよっかな」
「お嬢様方!? どこか具合でも悪いんですかっ!?」
俺とディズが乱闘している頃、後ろの方でそんな会話が行われていたとか、いなかったとか。
「平和だなー」
「平和ですね」
最後尾にいた男性陣も、何やら呟いていたらしい。
☆
『何故だァ! どうしてこうなったァ! 大会二日目にして闘技場を飾る二輪の花! モンモレットとウラトが戦うことになろうとはァ! お前らハンカチの準備はいいかァ! 今日の試合、どっちが欠けてもオレ達は悲しむことになるだろーーーーう!!!』
――――オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
暖まりきった朝日を浴びて、漸く試合が始ろうとしていた。
司会の弾けた紹介も観客の悲喜こもごもな声援も、今日に限って私には届かない。
そんなものに気を回す余裕があるほど、目の前の対戦相手を甘く見てはいけない。
ウラト・フラージュ。
それが今から私の戦う相手の名前。
前回の大会で、私が負けを喫した相手でもあり、優勝を果たした相手でもある。
実力差は歴然。
いや、あって然るべきものだろう。
前回とは違い、今回の私は挑戦者なのだから……!
「…………」
「…………」
殺伐とした静寂だけが両者を包み込んでいた。
まるで蟻の一穴で決壊を待つだけの、酷く脆弱な均衡を保ってそれは成り立っている。
「(おまえは私をどう楽しませてくれる?)」
ギラギラと挑発するように、私にそう問いかけてくる双眸。
「(私は全力で行くだけだ)」
私は闘気を全開にして睨み返す。
すでに戦闘態勢に入っている。
ここに至って会話はいらない。
それ以外の魔力の力が、此方の意志を相手に伝える。
ここからは先は――――本気の戦いだ。
『皆ッさん! お待たせしましたァ! これよりィ試合開始です!!!!!!』
――――ワァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
その瞬間、大地を蹴ってウラトにレイピアを向ける。
相手も強烈な勢いで此方に向かってきた。
剣を突きだす。相手はそれを避ける。
カウンターで拳が接近する。私はそれを避ける。
風になっていた。
息を吐く間もない攻防の連打。
殺気を乗せた容赦ない一撃を何度も繰り出し。
同じく凶悪な速度で打ち出された拳を幾度も躱し続ける。
開始早々、トップギアになった身体を限界ギリギリまで酷使する。
それは常人には目にも止まらないスピード。
数秒が一秒に凝縮されたような、そんな濃密な時間の中で――――。
「ほう、やるようになったじゃないか」
「――――!」
耳に届く。
動揺が顔に出た。
相手は喋る余裕すらあるのか、と。
「……っ!」
驚きは一瞬の隙に繋がる。
相手にミスはない。
こちらのミスを拾われた。
「そら!」
「ぐあっ!?」
体の中心に走る激痛。
前に流れていく視界。
足で体ごと持って行かれた。
「はぁ、はぁ……!」
見た目以上に重たい一撃。
なんとか立ち上がるが、既に疲労が蓄積し始めている。
おかしくはない。どう考えても序盤から飛ばし過ぎだ。
「体術は合格点だ。私と張り合うとは恐れ入る」
「……何様、だ」
さすがに強い。
あれだけ動いて息一つ乱していないのだから異常とさえ言える。
「そろそろ体は温まったか?」
「…………っ」
先程の攻防は準備運動とでも言うのか……。
(……冗談じゃない)
が、どの道このままでは私の体力がもたない。
(だったら、最初から目に物を見せてやる……!)
「“炎帝”、“雷帝”」
一気に炎の狼と雷の狼を降臨させる。
その大きさや強さは番犬達とは比べ物にならない。
王の名を冠する彼らは、一匹で大群に画する力を秘めている。
「……ふむ」
「これでどうだ!」
一噛みで胴を真っ二つにするほど大きな狼達が、ウラトに向かう。
「正面からとは……少し迂闊じゃないか」
その声と共に、ウラトはおもむろに空中に両手を振った。
「…………なッ!?」
半歩遅れて、違和感に気付く。
目の前の景色が止まっていた。
停滞しているのは時間じゃない、動きだ。
ウラトに飛びかかった二頭の炎雷が、空中で“停止”している……!?
「縛」
そして細切れにされる炎と雷。
「な、にを……っ!?」
したんだ、と思う前にウラトがさらに腕を振った。
何かはわからない。だが、何かが迫ってくる。
危険を感じた本能に従い、回避行動をとって。
「――――?」
音はなかった。
先程まで私がいた場所には何の変化もない。しかし……。
(ただの思い過ごし……ではないのだろうな)
咄嗟の勘は当てになる。
(見えない攻撃……)
それはたしかに脅威ではある。
だが、感じ取ることはできた。
だからたとえ見えなくとも、信じるべきは自分の力――――。
心が叫ぶ。
(――――全力で、いけ!)
「……!?」
私に近づこうとしていたウラトの足が止まる。
無暗に近づくのは危険だと、本能が感じ取ったのかもしれない。
もし相手が本当にそう思っているのなら――――それは正しい判断なのだろう。
「“雷神”」
体はもう充分に帯電していた。
行き場を失った余剰分が、尾を引いて空気中に散布される。
鳴り続けるラップ音は、周りに増え続けていく雷犬の数を意味している。
「ほう」
その壮観さに息を溢したのはウラトだ。
前にも後ろにも、もはや逃げ場はない。
百匹以上の雷犬に取り囲まれても平然としているのは、はたして余裕があるのか、ないのか。
「いくぞ!」
「……ッ!」
私の合図にウラトが大地を蹴る。
「はぁあああああ!!!」
夥しい数の雷犬に牙を剥かれたウラトが、弾けるようにこちらへと走ってきた。
一歩踏み出す度に三度両手を組み動かし、襲いかかる雷犬を細切れにしていく。
(迅い……それに広い……!)
空中で八つ裂きにされる雷犬。
だが犠牲と共にその力が見えてくる。
ウラトの半径十数メートル内、それがあの見えない攻撃の範囲のようだ。
「ぬうっ!?」
そしてさすがに雷犬すべては捌ききれない。
当り前だ。辺りを埋め尽くす雷犬達は惰弱ではない。
防ぎきれない雷犬は徐々にウラトにダメージを与えていく。
「ぉおおおおおお!!!」
それでも揺らぐ相手ではない。
攻撃を受けつつも、私に近づいてくるウラト。
その間に討ち滅ぼされていく雷犬達の数も、無視できるものじゃない。
しかし、攻撃してくるのは何も雷犬だけとは限らない。
「雷撃」
「うぐっ!?」
私の手から光速の雷撃が伸びる。
肩に直撃するが、それでも足を止めることはない。
「ちっ……!」
一撃でワイバーンを仕留められるほどの威力だったはずだ。
耐久力、それに抵抗力も半端ではない。
「はあっ!」
私の第二撃の前にウラトが飛ぶ。
(くっ……もう射程圏内に……!!)
「雷撃!」
「縛縄の幻糸!」
貫く雷槍。
振われる魔手。
行動はほぼ同時。
「あぐっ!?」
まずはウラトが文字通り雷に貫かれた。
声をにじませながらそれに耐え、見えない手先が私を捉える。
途端、鋭い痛みが体中を駆け抜けた。
「っっっ……これはっ!?」
見えない何かが私を切り刻んでいた。
細長い何かが、私の体を拘束しているのがわかる。
「糸……?」
のような細長い何か、だ。
目には見えない。だが確実にそこに存在している。
「まだだ!」
「なっ!?」
それに気を取られている内に、私の体が引き寄せられた。
ウラトの目の前目掛けて飛ばされていく。
「っ雷犬!」
「おそい!」
「――っ!?」
勢いを利用して、容赦く掌を私の胸に突き出したウラト。
私自身を盾にされたまま、ウラトと共に今度は逆方向に飛ばされて足蹴にされる。
「く……触れるだけでこのダメージか。だが、これで何もできまい」
「……ぐ……かはっ……」
体を拘束されているかどうかは別に、受けたダメージの方が深刻だった。
さきほど胸を突かれた一撃で、息が出来なくなっている。
激痛はもとより、力が入らないので本当に何もできない。
(この、ままでは……)
「ふふ、久々に真に迫れた戦いだった」
「う……がふっ」
地面に倒れたまま吐血する。
(まずい……とどめが来る前に……何とか、しないと)
痛みがガンガンと頭に響く。
突破口を探そうとする思考に、靄がかかる。
脳が酸素を欲し、目の前の視界を歪ませる。
(意識が……意識を……)
体が重くなる。
力が入らない。
途切れそうな薄い視界に、黒い影がどんよりと舞い込んだ。
「終わりだ――――」
(………………?)
ぼんやりとふやけていく視界に入り込むものがあった。
逆光に照らされたウラトの黒い影ではない。
それは私の瞼の裏に浮かんでくる、遠い昔の私の記憶――――。
………………。
…………。
……。
――――それは、古い教会。
そこはある『神』を信仰する宗教の教会で、村の外れにぽつんと、取り残されたようにひっそりと建っていた。
その教会の管理していたのはたった一人の女性……『エウリー・リャナンシー』という壮齢の優しい神官。
何故あんな辺境の村の教会に着いたのか不思議なくらいに出来た人で、村の人からの評判も良く皆から慕われていた。
私も、彼女を慕う孤児の一人だった。
まだ生まれて間もない頃に、教会の前に捨て置かれていたらしい。
親の顔も、自分の名前すら知らない私に、『モンモレット』という居場所を与えてくれたのは彼女だった。
生活は、お世辞にも良いとは言えない慎ましいものだったと思う。
その生活に不満がなかったとは云わないが、それでも私は幸せだった。
血の繋がりこそなかったが、私達は三人は皆、紛れもなく家族だったから――――。
そう、三人だ。
その頃私には双子のような存在がいた。
私と同い年で、姉でもあり、妹でもあり、親友でもあった存在。
教会で暮らしていた理由も、魔法の才を持って生まれたところも、私達は同じだった。
似ていなかったものと言えば私達の容姿と、あとは『マヤ』という短い名前くらいかもしれない。
似た者同士の私達は進む道も同じだった。
「いつか傭兵になってお金を稼いで、エウリーに楽をさせてあげよう。私達の力で、今よりずっといい生活をさせてあげよう」
十歳になった日の夜、月が良く見える小さな丘で、私達は互いにそう誓い合った。
それからは見よう見まねで剣を倣い、マヤと一緒に魔法を勉強した。
寝る間も惜しむほどの努力。
互いを高め合えるだけの好敵手。
駆けあがるために必要な知識の数々。
幸い、そのどれもが私達には揃っていた。
だから、私達が強くなるのは時間の問題だった。
けれども――――。
その時間だけが、なかった。
――――嵐が来た。
それも特大の大嵐だ。
打ち付ける雨風と豪雷が、容赦無く村に襲いかかった。
怒号が村を駆け巡り、教会が瞬く間に吹き飛んでしまうほどの巨大な災厄。
突然過ぎて逃げる間もなかった。
村の全てが、嵐の餌食になった。
たった一晩。
たったそれだけの時間で、私の村は壊滅した。
その時の状況は散々で。
はっきりと思い出せることがある。
はっきりと思い出せないこともある。
軋む教会の中では、エウリーが私達を守るように覆いかぶさっていた。
マヤと私は二人で抱き合って震えながら、覚えたばかりの結界を張っていた。
その全てが吹き飛ばされていく瞬間、暴風の中でも互いの手を離さなかった私とマヤだけが、たぶんそれを見た。
黒い影。
あまりにも巨大なその全長。
圧倒的な存在をさらに凌駕するほどの恐怖感。
最初はそれが何だかわからなかった。
山とも雲ともとれる曖昧なその概容。
きっかけは単純で明解。
要はソレと眼が合ったのだ。
――――“竜”。
真っ赤な虹彩。
真っ黒な瞳孔。
そんな自分よりも大きな瞳が――――見ていた。
私達を。
私達の未来を。
私達の死を――――見つめていた。
その時、マヤが言った。
『あんただけは、生き延びて』
今にも引き裂かれんばかりの突風の中で。
『あたしの分まで、強くなって』
握った拳が痛くなるほど力を込めて。
『せめて……アイツに負けないくらいに、ね』
最後に、笑って。
『じゃあな。あたしの自慢の親友――――』
ぽんっとマヤが私を突き放す。
淡い光が私の体を包んでいた。
それは私の知らない温かい魔法で。
竜の蹄が、私達に向かって振り落とされた。
そして私は、帰る家と家族を、失った。
……。
…………。
………………。
「はは、はははははは」
「……?」
突然笑い出した私を見て、その影はぴたりと動きを止める。
「何がおかしい」
「懐かしい、ものを見た」
これが死ぬ間際に視るという走馬灯だろうか。
まさか、本当に自分が体験するとは思わなかった。
私という人間の半生を、もう一度振り返ることになろうとは。
「そうだ。そうだったな……」
今では見なくなった光景。
昔は良く夢にも見ていた。
自分だけが生き残った村。
もう誰もいなくなってしまった故郷。
私に残されたものと言えば、友の死と引き換えに得た、右目の大きな傷跡だけだ。
『私は手を差し伸べるだけ……それをどうするのかはあなた達が決めることよ。私の信じる『神』を信仰するかどうかも、あなた達の自由。だから傭兵になるかどうかだって、あなた達の自由よ』
かつて、そう言ってくれた人がいた。
神職として見れば異端だったのかもしれないが、私にとってはたった一人の母親で。
あれから随分時が経ったが、どうも私には彼女のような立派な人間にはなれそうにない。
だから今、私は傭兵をしている。
『じゃあな。あたしの自慢の親友――――』
せめて、親友との約束は果たそうと思っている。
強くなって。
いつか竜を討とう。
でなければ、私は胸を張って言えそうにない。
私はマヤの自慢の親友である――――と。
右目の傷痕が、誓いの証だ。
込められた想いは、私しか知らない。
「だからだ」
「なに?」
だから私は力を求めた。
それは例えば、たった一人で戦場を生き抜くための力だったり。
それは例えば、この大きな大会で優勝できるだけの力だったり。
「……む!?」
漸くウラトは気付いたらしい。
私が呼び寄せた雷犬の軍勢に。
「やってみろ、お前も巻き込まれるぞ」
確かにそうだ。
私はウラトの足元で瀕死の状態。
今攻撃を仕掛ければ、私も確実に巻き込まれてしまう。
ウラトは、そう思っている。
笑いが込み上げた。
「…………」
「……まさか、最初から自分を囮に……?」
「次で、最後だ」
「ちっ!?」
そして雷犬が全方向から飛びかかった。
「――――!!!」
――ズゴォオオオオオオオオン!!!
雷が落ちたような、腹のそこまで震える重音。
凄まじい衝撃波が地面を伝い砂を舞いあげた。
…………、…………。
――ザ。
「はぁ、はぁ……モンモレット……!」
その様子を横で見ていたのは、やっと息を乱し始めたウラト。
いつの間にか雷犬達が攻撃した地点から、十数メートルも離れた所にいる。
「目にも見えない、とはこのことか……最初から舐められていたのだな、私は」
「!?」
拘束を自力で解いて、私は立ち上がっていた。
「……本命はそっちだったか」
「次で最後、と言ったはずだ」
煙が晴れて私の姿が露わになる。
バチバチと髪の毛が弾けながら、私は先程よりも青白く輝いていた。
あれだけいた雷犬達はもういない。
彼らは私の糧となって、私の中で駆けまわる力となった。
「吸収したのか、あれだけの雷犬を……!」
それも限界を超えて、だ。
今にも焼き切れそうな熱と歪んだ電場に、意識が途切れそうになる。
ギリギリ意識を保っていられるだけの魔力を回復にまわし、後は攻撃のためだけに費やす。
「これで、最後だ」
次の一撃こそが、正真正銘、最大最後の私の攻撃となるだろう。
★
モンさんがスーパーサイ〇人になった。……マジだ。
「しかも2だ」
「?」
髪の毛は金髪になっていないが、それ以外はかめ〇め波を打つなどの類似点が多々みられる。
「主、どう見る?」
頭の上のディズが真剣に訊いてきた。
「次で決まりそうだな」
そう、断じてふざけている場合ではない。
「ふむ。やはり主もそう見るか」
事態はもうクライマックスを迎えている。
ウラトさんが百匹程の雷犬達に襲われそうになったが、最小限の被害と超スピードでなんとそこから離脱。
残されたモンさんが敵を見失った雷犬の餌食となった……かのように思われたが、なんと雷犬達を体に取り込んで魔力を底上げ、スーパーモンさんになって立ち上がった。
「も、モンさんが勝つんだよねっ?!」
「次の攻撃をはずせばモンさんの負け、当てればモンさんの勝ち、かしらね……」
おそらくキャルルの見立て通りだ。
モンさんは立っているのもやっとの状態。
だが迸るほどの魔力は一撃必殺の威力を秘めている。
「でも、さっきのあの包囲網を切り抜けるほどのスピードだと……まずくないですか?」
「いや、あの距離ならモンさんの攻撃の方がたぶん速い」
ウラトさんもそれがわかっているから、動かない。
無理に動けば軌道修正の際の一瞬の隙を狙われる。
座して攻撃の来る寸前を予期して避けなければ、回避行動は間に合わない。
「おまえら、何でそんなことがわかるんだ……?」
「大丈夫だよ、私もわからないから」
キースとミズリーが話についていけず、一般人同士のシンパシーを感じ合う。
「そんな、僕も似たようなものですよ」
「いやそれはない」
俺はオスカーに突っ込んだ。
☆
――パン!
渾身の力で放った豪雷が、空中で何かを弾いた。
―――パン! パン!
二度、三度。
軌道上にあった障害を破壊して進んでいく。
その音がする度に雷の威力は減衰していく。
――パン! パン! パン!
全てがスローモーションのようにゆっくりと進んでいた。
常人の耳には一度しか聞こえなかったであろうそれを、私の耳は六度捉える。
同時に、それがウラトの見えない攻撃で、雷を阻害していたのだと理解した。
ウラトがぶれる。
“何か”を蹴ったウラトが、残像さえ残せそうな速度で迫る雷を避けていく。
あれが先程の包囲網を突破した超スピードだろう。
直線的な動きだが、それだけに一点を突破する力は強い。
そしてゆっくりと。
歩くような速度で、雷は宙を走る。
真っ直ぐに標的を捉えたそれは、ウラトの逃げ遅れた半身に迫った。
「――――く!?」
閃光が眩い。
弾かれたように、ウラトが宙を回転する。
雷鳴は遅れて、ウラトが地面に倒れると同時に響いた。
「…………」
「…………」
静寂が場を支配する。
(掠っ……た……?)
思うと同時にクラっと頭が沈んだ。
地面に向かって追突していく視界。
倒れることすら、今は遅く感じる。
(結局、私の方がもたなかったか)
身体は動かないが、頭は雲一つなく冷静だ。
私の勝ちはこれでなくなる。
けれど、相手はどうだろう。
このまま立ち上がるのか、立ち上がらないのか。
(はは……関係ないか、勝てはしないのだから)
勝ちたかった。
ただそれだけ。
それでも全力を出して、この有様では……。
(私の……負け、だな――――)
結末は見れない。
ただ私の中ですでに勝負は着いている。
悔しさと、情けなさと、ほんの少しの清々しさを抱いて、私の意識はそこで途絶えた。
試合数はぼかすとして……えーと、あと2試合か3試合ほどかな?




