046話 二人の実力
『早速いくぞ野郎共ッ!! 奮える拳は握っているかァ!? トイレはちゃんと済ませたかァ!? 今からァ第一試合の紹介をォーーーー始めんぞクラァアアアアアアアア!!!!!!』
――――ドワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
歓声が会場を揺るがし、闘技場内に熱気が籠っていく。
予選の時よりも二回りほど大きいその場内には、きめ細やかな砂粒が満載に敷き詰められていた。
私はその柔軟な大地をしっかりと踏みしめながら、自分と戦いの場のコンディションをゆっくりと確かめていく。
『東から入場したのは今大会の数少ない華役者ァ! クリムゾンレッドのポニーテールが野郎共を熱くする――――皆様ご存じAランクの女傭兵、モンモレッーーーート・リャナンシィーーーーーーーー!!!!!!』
――――ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
適度な緊張感が身体を支配していた。
乾いた風も肌に気持ち良いし気力は充分。
目覚めも良かった……うむ、今日は調子が良い。
『対する西の挑戦者はァ……おォ? まだモテることを諦めてなかったのかァ!? それともこれも逆恨みの延長なのかァ!? 恥ずかしいから名前は皆で叫びましょう――――三、二、一、オッッッッパーーーーイ!!!!!!』
――――オッッッッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
……なんて下品な。
相手の名もそうだが、それよりもあの司会。
観客達を煽って卑猥な単語を叫ばせている。
(信じられん……本当に司会者なのかアイツは?)
そう思うが、場内の溢れんばかりの歓声を聞くとそう思っているのは私だけではないのかと不安になる。
皆、場の雰囲気に酔っているだけだろうが……いや、それ依然の問題か。全く理解に苦しむ。
頭を抱えたくなるが、まあ落ち込んでいる暇もない。
私はすぐに気を取り直して対戦相手に意識を移した。
「グフフフフ、おめーがおでの相手かぁ」
「う……っ!」
相手を見た瞬間、生理的な嫌悪感が背筋を伝う。
何故なのかはわからない。
顔面は布で覆われ、体には所々包帯が巻かれていた。
布地はちょうど目となる部分が丸く開いていて、確かに不気味ではある。
体の線はがっちりしたもので、かなり鍛えられていることが窺えた。
外見はたったそれだけのことなのに……。
「キレーだなぁ……」
「ち、近寄るなっ!」
一歩踏み出した敵から、私は三歩後ろに引く。
本能が拒絶していた。
大した理由もなく、けれども男の全てが耐えられない。
(何だこいつは……? 何故こんなに気持ち悪い……!?)
こんな気分は初めてだった。
相手は私が出会ってきた中で、一番まともではない。
私は一刻も早くこの試合を終わらせることを誓った。
『それじゃ試合開始だァアアアアアアアア!!!!!!!』
――――ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
「“炎を司る番犬達の帝王”」
試合開始の鐘の音を聞いて、直ちに炎犬を召喚する。
四匹の番犬達が寄り集った、一匹の巨大な炎の狼だ。
その巨大な炎狼は辺りの酸素を急激に消費しながら、一足で目の前の男に襲いかかる。
「グオオオオオオオオオ!!!!」
男の雄叫びが砂塵に乗って拡散する。
灼熱の炎は普通に考えれば男の皮膚を焼き、致命的なダメージを与えたはずだ。
だが腐っても敵は本戦まで進んできたほどの手練、魔力の心得もあるだろうから間違ってもこの程度で死ぬはずがない。
(しかしダメージは与えているはず……問題はそのダメージがどの程度のものなのか……)
警戒を解くのはまだ早い。
早くこの試合を終わらせたいという思いはあるが、急いては事を仕損じる。
今までの経験上、戦いにおいて『待つ』意味の重要さを、私は知っている。
途端、男を覆っていた炎が弾け飛んだ。
「グフフフフ」
「な……に……?」
信じられない光景を見た。
(無傷……だと?)
男は平然と立って笑い声を上げている。
顔を覆う布さえ焼けておらず、まるで何もなかったとでも言うように。
(攻撃が、効いていない……?)
有り得ない。
私の渾身の攻撃である。
それを食らって無傷というのは少々納得がいかない。
ちらりとアキヒト君の姿が脳裏に浮かぶが、今は振り払う。
彼ならば確かにそれも可能かもしれないが、敵はそうではない。
何より私の炎が突然弾け飛んだことが、彼とは“違う”と私の直感に訴えかけてくる。
(特殊能力とは違う、何か『仕掛け』があるはずだ……!)
そう私が考えていると、男がポツリと呟いた。
「本当にキレーだなぁ……」
嫌悪感が這い上がってくるが、私はそれを堪えて相手の出方を慎重に窺う。
「キレーなものはぁ……」
「……?」
「壊してしまおう」
「――――ッ!?」
来た! と思うと同時に、男の腕が私に掴みかかっていた。
「くっ!?」
身を捻ってギリギリでそれを躱す――――が、もう一つの手が私の腕を掴み取る。
「ちっ!」
すぐに取り出せるようにしていたレイピアを反対側の手で抜いて、男を突いた。
それを見越したように男はレイピアの切っ先を躱し、反動で私の後ろへと回る。
(――――まずい!)
後ろを取られたと思った瞬間、私は反射的に身を屈め足を蹴り上げた。
「グフッ!?」
どこに当たったのかは知らないが、腕を掴まれていた力が緩む。
その隙に全力で男の手から逃れ、その場から脱出して距離を取った。
「……はぁ、はぁ」
「グフフフ。残念」
……危なかった。
予想以上に相手の動きが速かった。
あのまま捕まっていたらと思うとぞっとしてしまう。
私は油断してなどいなかった。
なのに接近を許してしまった。
その衝撃が大きいのは、私が敵を侮っていたからだ。
(私としたことが……)
男が触れた腕を無意識に払う。
距離をとった理由の一番はそれだ。
この嫌悪感はどうにかならないものだろうか?
「今度は、逃げるなよう?」
そして男の言葉と、風がきた。
闘技場の砂を舞い上げて、男の姿は煙に消える。
「風か……成程。炎犬、雷犬!」
男の周囲は砂煙に塗れて見えない。
その状態で砂塵は私に近づいてきていた。
これ以上それが近づく前に、四匹の炎犬と四匹の雷犬で対抗する。
あの身のこなしからして接近戦では分が悪い。
あるいは私と互角くらいかもしれないが、体力差では負けているだろう。
というよりそもそも近づきたくもないので、最初からその選択肢はないのだが……。
「いけ! 炎犬! 雷犬!」
炎と雷、二匹一組で砂塵の中へと突っ込ませる。
…………、…………。
――ドン!
と、砂雲が膨れ上がったように見えた。
「なっ!?」
もの凄い勢いで広範囲に渦巻いたそれは、当然私もろとも闘技場の半分ほどを飲み込んでいく。
(くっ、視界が!?)
中では砂が吹き荒れていた。
身を切るかのような鋭い風に乗り、私の肌に突き刺さってくる。
鎧に守られているはずの体にも、その隙間を縫って砂は侵入し細かな痛みが全身を侵す。
素肌でいる顔などは特に凄まじく、両手でガードしていても目も開けていられないほどだ。
「く……そ……っ!」
それでも必死に薄目を開けて敵を探す。
痛みは我慢できないものではないが、これが長時間続けばさすがにまずい。
……だが、それは敵も同じはずではないだろうか?
――ゴオオオオオ!!!
「ぐあっ!?」
突然の真横からの突風。
砂嵐で踏ん張れもせず、体ごと投げ出された。
(敵の攻撃!? 何処からだ!?)
困惑しながらも一瞬で辺りを見渡すが、敵の姿は見えない。
(……まさか中心から?)
竜巻の中心点は無風のはずだ。
この嵐を作りだしたのがあの男なのだから、その可能性は高い。
ただ突っ立っているだけではいい的になるので、私はほふく前進しながら中心を探すことにした。
――ゴオオオオオオ!!!
(何ッ!?)
今度は上から叩きつけるような豪風。
「うぐ……雷、犬……!」
風の重さと砂の猛追に辟易しながらも、私は苦し紛れに真後ろに向けて雷犬を放つ。
「グアッ!?」
「!?」
男の呻き声が聞こえた。
――――何故?
男は中心に居なかった。
最初は横から、次は上からの攻撃。
男はどうやってこの嵐の中で動き回っている?
いや待て、その前に――――。
(攻撃が効いた?)
炎犬は弾いた。
にも関らず雷犬を食らった。
つまり、効く攻撃と効かない攻撃がある――――。
(……やはり、そうなのか?)
そこまでの思考は一瞬。
空から敵が落ちてきた。
ズサッという鈍い音に反応して、私は体を起こす。
敵が立ち上がるその前に、魔法を唱えて攻撃した。
「雷犬っ!」
「グ……!」
男は不安定ながらも曲芸のような体捌きで雷撃を避けた。
やはり、この攻撃は無効化できないということか。
しかしあの体勢から躱すとは……敵ながら感心する。世辞抜きで褒めてやってもいい。
「チッ!」
舌打ちを残し男が退散する。
追って行くのは難しいが、今度はこの目ではっきりと見た。
(やはり、風か……!)
体の周囲に風を張り巡らせていた。
それも自分を中心に外へと風を追い出すように。
だから、この嵐の中でも男は自由に動けたのだ。
(仕組みはわかった。あとは……)
謎は解けたが、砂嵐は相変わらず酷いままだ。
男は逃がしてしまったので何処に居るかはわからない。
このまま体力を削り、こちらが力尽きるのを待っているのだろうか?
(だとするなら厄介だな)
手間と時間を省けば、それは有効な手段と言える。
じわじわと効いているだけに、このまま事態を長引かせるのは得策ではない。
(……仕方ない、か。この技はもっと後までとっておきたかったのだがな)
心中でそう吐露して、私は深く集中していく。
軽く魔力を練るだけで、直ぐに体が帯電し始めた。
その光を野に向けて放つ。
瞬く間に目の前には無数の番犬達が生まれた。
私を取り囲むように集まった彼らは、主に仕えるが如くに膝をつき首を垂れる。
千陣の風に捉われず、数多の砂塵さえ意に介さずに、彼らはただ私にだけ従順な僕達だった。
▼
「むう?」
オパイがその異変に気付いたのは、事の始まりから僅か数秒後のこと。
現場の状況から考えて、それは彼が集中状態にあった点を考慮したとしても、優秀な数字だったと言える。
異変を察知したオパイは直ちに行動に移った。
モンモレットの様子を見に、もう一度接近していく。
その途中、彼は一匹の雷犬に出くわした。
「“衝撃波”」
反撃する暇も与えず、地面を蹴って衝撃波を起こす。
波打った砂塊が雷犬をかき消した。
そしてオパイは異変の正体に気付く。
雷が効くと知られた。
つまり、これは雷犬達の人海戦術。
炎ならば焦る必要はないが、相手が雷ならば話は違う。
そう思ったオパイは方向を転回し、いまだ続いている嵐の中心部へと向かった。
もちろん、雷犬共を一掃するために、である。
中心へ着くまでにさらに三匹の雷犬を葬って、彼は早速準備に取りかかる。
程度の低い攻撃ならいざ知らず、雷を駆逐するほどの大技は連発できない。
準備が整うまで一、二発はもらう覚悟で、魔力を練っていく。
「グ……ガッ!?」
やはり邪魔が入った。
しかし準備は整った。
これで奴等を一網打尽にできる……!
そして彼は、持てる限りの最大限の魔力を解き放つ。
「“衝爆波”」
ボンッと空気が膨れ上がるように爆散した。
オパイを中心に衝撃波が同心円上に広がっていく。
地面を伝う波は巨大な砂の津波となって、雷犬を蹴散らした。
――――否。
蹴散らした、はずだった。
「……?」
だからオパイは、目の前の出来事を理解できない。
「……あ?」
いや、正確には理解していたのかもしれない。
ただそれを信じられるかどうかは、また別の問題だった。
「な、ぜ……?」
何故、目の前に無数の雷犬共が存在しているか?
奴等は自分が消し去ったはずではなかったのか?
その答えは直ぐに、声として降って来た。
「どうしたオパイ? 口が開いたままになっているぞ?」
モンモレットだ。
荒れ狂う砂嵐の中で、一際光明を放っている。
奇妙なのは、周囲に渦巻く砂塵の風がモンモレットを避けるように吹いていることだ。
しかし混乱するオパイはそこまで気がつかない。
「衝撃波か……風を限界まで圧縮して解放したな。ふん、私の炎が消し飛ぶわけだ」
内容はその通りで、オパイは風を操って砂塵や衝撃波などを作り出している。
風を全方位に向けて放出、または全方位からの風の圧縮……それが彼の得意分野だ。
加えて言うなら、彼の体術もその風の力を一部利用したものである。
「中々の威力だった。おかげで私のかわいい番犬達が大分減ってしまったよ」
「……ッ!?」
それを聞いてオパイは愕然とした。
攻撃が成立していたことに小さな安堵を得。
それを塗りつぶしてしまうほどの敵の多さに、絶望したのだ。
「だが、良かった……これくらいの数なら、砂塵の中でこの技を使っても人目に触れずに済む」
「う、ア……アアアアアアアア!!!!」
嬉々として喋りながら何故か攻撃してこない敵の恐怖に、オパイは自分で終わりを紡ぐ。
最後の力を振り絞って、オパイはモンモレット目掛けて特攻を掛けた。
「ふ、その必要もないか。さあ狩りの時間だ雷犬達、今こそお前達の力を見せてやるがいい」
百匹に迫る雷犬達がモンモレットを庇うようにオパイに突進する。
「ウガッ……!?」
最初の一匹が合図となった。
「ガ……ガガッ、ガガガガガガガガガガーーーーーーー!!!!!????」
それは終わりの遠い、加電の連鎖だ。
走る暇もなく、反撃する隙もなく、そう思う間さえない。
絶え間ない感電の激痛と苦痛に、オパイは気を失わざるをえなかった。
†
『ここまでの盛り上がりはキープしたままでェ、試合はドンドン消化していきまっしょう! さあてお次の試合は……第五試合の出場者達だァアアアアアアアアア!!!!!!!』
――――ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
観客の皆さんが元気すぎると思う今日この頃。
時間は普段の三割増しに速く流れて、ついに俺の出番が回って来た。
俺自身、待ちわびていたのかと言うとそうでもなくて、今は巣立ちを控えた雛鳥の気分。
飛び立つのは構わない。だけど一人で飛ぶのはやっぱり恐くて……落ちたらどうしようとか、今すぐやらないといけないのかとか、色々と考えて二の足を踏んでしまう……そんな複雑な心情だ。
『そして東から現れたのはァ突如として頭角を現してきた新参者! なんと今回ィ! CランクからAランクにクラスチェンジしての再登場だァ! 全く、そんなに賞金が欲しいのかァ――――ミナセェーーーーアキヒトォーーーー!!!!!』
――――ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
……賞金目当てにされてしまった。
いらないと答えるわけにはいかないので、まあ間違ってはいないのだが……。
それに、よく考えたらディズが賞金に目がくらんだのが始まりだったんだよなと、案外的を得ていた紹介に俺は感心する。
『続いて西の挑戦者はこちらァ! ワイルドでアバンチュールな肉食系傭兵ッ! 色々と噂の絶えない目立ちたがり屋な性分ですッ! ――――『あ、因みにこれ、言わされてるだけだからね?』――――アノルゥーーーストリィーーートーーーー!!!!!』
途中ぼそっと言い訳が聞こえた。
言わされてる割にノリノリだったが、そこは俺に関係ない。
「クソがッ! 後で潰すッ!」
「…………」
例え目の前の男が切れかけていたとしても、俺に関係はないのだ。
「…………」
見た感じ金の長髪が目印の、目つきの悪い、二十後半と思われる男である。
黒づくめの服を着ているので、ギターを渡せば中々のロックンローラーになれそうだ、と。
……うーん、それにしてもなんか見覚えのあるような気が……。
「テメェ……何を見てやがる!」
「…………」
そんなこと言われても。
俺はただ対戦相手を見ているだけだ……疚しいことなど何もしていない。
だからそれが気に入らないというのなら、原因は俺の方じゃなく、向こうの方にあると思うんだ。
「黙ってねえで何か言ったらどうなんだ? え? この田舎モンが」
「……!」
その目、その声、その台詞。
そうか、そうだったか……思い出したぞ。
こいつは、前のパーティで、俺を田舎者だと笑い者にした野郎じゃないか……!
「――――っ!!」
「ああん? 何だよ? お?」
こいつは、こいつだけは……絶対に許さんっ……!
『御二人さん、準備は整いましたでしょうか? えー、ごほん。これより、試合を………………開ッ始するよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』
――――ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
試合が始まると同時に、俺はビシッと指を差した。
俺の人差し指に当てられた相手は、一体なんだと動きを止める。
そして観客の怒声が響き終わるのを待って、俺は力いっぱいに宣言した。
「お前は許さん。捻り、潰す……!」
「――ッ!?」
気持ちよく突き出した拳を反転させて、リンゴを握り潰すジェスチャー。……よし決まった。
「上等だこの田舎モンがぁ!」
「ご託はいいからさっさとかかって来い。それとも怖気づいたか? 小さいアナルの申し子よ」
「なッ!? うぐ……テ、メェ……!」
血走った目で俺を睨むアナ……いや、アノル。
その反応からして、やはり紛らわしい名前に相当苦労したんだろう。
安心しろ、お前に罪はない。
でもな、だからって親を恨んでも、取り返しはつきはしないんだぞ?
「それよりも親と和解するぐらいの器量をだな……」
「出ろ“隷属動物”」
アノルが自分の親指を噛んで、両手の指を交差させる。
「――!」
血を代償にした魔物召喚。
宙に浮かんだ赤い魔法陣から、わらわらと無数の蝙蝠達が現れる。
最小の犠牲で最大の効果を発揮その技巧は、確かに実力に裏付けされたものだろう。しかし――――。
「奴のすべて吸い尽せ! 吸血こう――――」
――ドゴォオオオオオオオオ!!!!!
「――――も……り……?」
向かってくるその前に、極式で叩き潰した。
その衝撃に砂が空高く舞い上がり、蝙蝠達の血飛沫がアノルを染める。
「な、んだと……?」
信じられないと言ったように、大きく目を見開くアノル。この程度で驚きすぎだ、小物かお前は?
「冗談は顔だけにしとけよ?」
「なんだとぉおおおお……!」
激昂するアノルがもう一度指を交差させる。今度込められた魔力は……デカイ。
「もう、容赦はしねェ……死ぬがいい! “隷属魔獣”!」
「――――ブオオオオオオオオオ!!!!!」
まずは咆哮が場内に響き渡った。
次いで、ズシンと重たい何かが地面を踏みしめる。
巨大な体が無理やり空間にめり込み、その自慢の姿を衆目に晒した。
「……こりゃまた、デカイのが来たな」
たぶん、象……に似た何かだと思う。
黒く凝り固まった皮膚に丸太みたいな四本の図太い足。
象みたいな巨大な体と耳に、キャノン砲みたいな長鼻がしなっている。
つーか、どっから来たんだろう?
「全力で蹴散らせ、レメファント!」
「ブオオオオオオオオオ!!!!!」
法螺貝みたいな雄叫びを上げながら俺の方へ走ってくる象。
それだけならまだいいが、体に似合わずめちゃくちゃ速い。
「ちっ!?」
びっくりして退く……が、奴の長いノズルは俺を捉えたままだった。
「ブオオオオオオオオオ!!!!!」
「!?」
そこから火炎が放射される。
「ヒャハハハハ!!! 死んだか田舎モンがァ?」
「あちち……いや、返すけど」
「…………え」
炎に包まれたまま返事を返して、乗っ取った炎を魔獣に返す。
「ブオオオオオ!!??」
火だるまになる魔獣。
しかしあまり効いてはいないのか、のた打ち回る様子はない。
暫く様子を観察していると、そのまま息を荒くして俺の方に突っ込んできた。
「はん……悪く思うなよ」
言って、突進中の魔獣に向かい鞭を打つ。
一度目でその巨体が揺らいだ。
二度目で反対側から押し返し。
三度目で足が地面から離れた。
悲鳴も上げずに数メートル吹っ飛び、煙を残して動かなくなる。
「ば……莫迦な……」
「いい加減お前が来いよ、弱虫野郎」
「くっ……!」
アノルは怯えていた。
それも現在進行形で。
奴は、俺を、恐れ始めている。
「どうした? ビビって腰でも抜けたのか? だったら、這いつくばってそこから逃げ出してもいいんだぜ?」
まだ怯えるなよと、俺は挑発する。
この程度で終わらせるつもりなんてない。
無論、黙って相手を見逃す気などさらさらなかった。
「……クソ、ガキがぁ……ふざけるな……ふざけるなよっ!」
「ガタガタ抜かすなチキンボーイ。お前についてるのは口だけなのか?」
「ぐおおおおおおお!!!!!」
自分の腕を爪で引き裂いて奴が叫ぶ。
元々キレやすい性格だったんだろう。
寧ろ、よく今まで堪えられたものだと思う。
「“血染めの背刀”」
傷口から血が噴き出し、それが空気中の水分と混じり合って一つの大きな剣となる。
「殺す!」
目で殺す、と言わんばかりの形相で向かってくるアノル。
士さんで応戦する手もあるが、あの剣は嫌な感じがする。
「……砂を使うか」
俺は足から地面に魔力を送り込み、一匹の蛇を作った。
それを生き物のように操って、直接アノルへぶつける。
「ヒャハ!」
アノルは俺の攻撃を寸前で躱し、砂蛇の横っ腹を血染めの剣で斬りつけた。
途端、大蛇の斬られた部分から先が崩れ落ちる。
「……?」
俺の魔力は緩めていない。
にも関らず、斬られた場所の魔力が途切れた。
おかしいな。砂で出来ているのだから、斬られたくらいでは動じないはず……。
(……奴の血に阻まれたか?)
考えられる。
斬ったものに干渉する魔剣。
それは奴の血から作られたものだ。
(斬った場所に、自分の血を混入している?)
血液には魔力が宿っている。
先程奴が行った召喚魔法と同じ。
血の契約を行い、動物や魔獣を強制的に従わせる。
――――だと、するならば。
あの剣に斬られた相手は、あの男の言いなりになってしまうのだろうか?
あの蝙蝠も。
あの魔獣も。
そうやって奴に従わされていたのだろうか?
…………。
「……気に入らねぇな」
その時ふと思った。
俺の能力に似ているな、と。
そう、思ってしまった。
「ますます、気に入らねぇ……!」
「ヒャハハハハ!!」
その頃にはもう敵が間近に迫っていた。
興奮状態にあるのか、アノルは馬鹿みたいに笑いながら赤黒い魔剣を振り上げる。
避けることはできた。極式で払いのけることも。その気になれば素手で剣ごと奴の鼻柱をへし折ってやることも。
「死ねェエエエエエエ!!!!」
「――――」
――ザシュッ。
鈍い、音がした。
だらっと血が滴って、地面の砂を赤色に染めていく。
「ヒャハッ……ヒャハハハハハ!」
流れているのは俺の血だった。
左手で剣を受け止めた俺を見て、奴が高笑いする。
それを淡々と目視しながら、俺は静かに苛立ちを募らせていた。
「終わりだぁ……これでお前はもう、自由に動くことは出来なくなる」
「…………」
その言葉にどれほどの意味があるだろう。
聞く価値すら見出せずに、俺は左手を深く握り込む。
「散々俺を馬鹿にしやがって……楽に死ねると思うなよ?」
「…………」
「ゆっくりと斬り刻んでやろうか? それとも少しずつ感覚を奪われるのがいいか? ヒャハハハハ! 泣き叫んでも無駄だぞ? どっちにしろお前は他の奴等と同じように、苦しみながら死ぬことになるんだからなぁ!」
「……他の奴等と同じように、か」
「あ?」
そして俺は最後通告を出した。
「お前の最後はそれでいいんだな?」
「ああ?」
「いや、最後くらいはお前に選ばせてやろうと思ってな」
「はあ? 死ぬのはおま――――」
――――バリンッ!
と、俺は奴の剣を握り潰す。
「え……なっ!?」
「ん? どうした、動きたいのか?」
パクパクと口で喘いで、奴は自分の現状に困惑していた。
「あ……あ……っ!?」
「動けないだろ?」
今、奴の体は俺の魔力で拘束されている。
奴の血なんて関係ない。
要はそれを超える力で支配してやればいいだけの話だ。
「まずはゆっくりと斬り刻むんだったな」
「なっ!? 待っ――――」
折れた血の剣で奴の腹を斬りつける。
「――――――――ッ!?」
悲鳴さえ上げられない。
俺が許さない限り、奴は震えることすら出来はしない。
「次は少しずつ感覚を奪っていく、と」
「?」
あらかた傷を増やした所で、次の段階に移る。
俺は奴からある程度の離れた場所に立ち、奴の足元を陥没させた。
「――――――――ッ!?」
徐々に、広がっていく砂の穴。
奴もそれに気付いたのか、表情だけが絶望に染まる。
大口を開けて獲物を飲みこんでいくそれは、一度落ちれば二度と抜け出せない砂漠の中の蟻地獄だ。
「足元から順に感覚が無くなっていくのがわかるか? 次は膝、その次は腰、胸ときて、最後に頭が潰れる」
「――――あ、やめっ、助けっ」
自分の辿る結末を教えてやった所で、奴の口を自由にしてやる。
体は動かないはずなので、奴は俺に助けを乞うことしか出来ない。
先程までの威勢と比べると……くく、実に滑稽だ。
「た、助けて! お、お願いだっ……何でも、何でもする……からっ……俺をっ、たす、け――――」
「喋るのも苦しいだろう? 俺の魔力に拘束されている間はずっとその痛みがお前を襲う」
身体の半分が沈んだ。
懇願にも泣きが入る。
「そん、なっ……俺が悪、……もう……しな……ゆ、ゆる……しっ……」
「泣き叫んでも無駄だと言ったはずだがな……それともお前は聞いてやったのか? 今までお前が苦しめてきた連中の最後の言葉を」
「あぐ…………がっ……ごめ……ごめん、な……」
「どちらにせよ、もうすぐ終わる」
「あ――――」
と、最後に短く言葉を吐いて急に奴が静かになった。
どうしたのかと観察すると、口から泡を吹いて気を失っている……うむむ、ちょっとやりすぎたかな?
「まあ、全部嘘だけどな」
蟻地獄を元に戻してアノルを引き上げた。
感覚を消しただけなので勿論五体満足だ。
俺がつけた傷だって皮膚を薄く裂いただけで、それほど痛くもないはずである。
……てか当り前だ。
さすがに殺しはしたくない。
相手はどうだったか知らんが、試合が死合になるなんて笑えない。
…………。
チクッと痛む。
少しだけ切れたその左手を見た。
傷自体はもう塞がっているが、べったりとした赤い血は未だにこびり付いている。
この血のたった数滴ほどに、人を操る力があった。
いや、俺に至ってはそこに血を流す必要さえない。
ほんの少し魔力を流すだけで、それ以上のことができる。
それは、とても――――理不尽だ。
「……やっぱり気に入らねー」
俺はぽつりとそう呟いた。
「ま、とりあえずはこれで終わりか」
そんな風に言って顔を上げると、会場にファンファーレが鳴っていた。
観客達の盛り上がりは依然衰えず、熱狂はどんどん深まっていくばかりである。
ついでに司会が何か俺のことをとやかく言っているが、俺には何の関係もないことだった。




