045話 ジュノン国選武道大会、開催!
刻々と時を刻む秒針を眺めながら、俺はベッドに腰かけていた。
何とも言えない心地の良い温もりと静けさが、部屋の中で混じり合っている。
ともすれば漸く訪れた安息にこの身を任せてしまっても良かったのだが、夜はまだまだ長い。
このまま眠ってしまう前に、色々と片付けておきたいことがあった。
「――――なあ、ディズ」
薄暗闇の静寂を引き裂いて、俺は手元に丸くなっている白猫に声を掛ける。
返って来た返事は音だか言葉だかわからないくぐもったものだったが、こいつもまだ眠るつもりはないようで、俺の腕に抱かれてご満悦といったご様子だ。
それを見て先程までの痴態はなんだったのかと問いたくなるが、態々面倒を蒸し返すような馬鹿な真似をするつもりもない。
「唐突なんだが、昔話していいか?」
取り敢えず、話したいことと話すべきこと、その二つがあった。
場の雰囲気と照らし合わせると、話すべきことの重要性は思ったよりも低く感じて。
必然、深く考えるまでもなく俺の口からは話したいことが出た。
「昔話?」
余りに唐突過ぎたためか、ディズは顔ごと俺の方を向いて聞き返してくる。
「ああ、俺がまだ子供だった頃の話」
面と向かって話すほど真面目な話でもないので、俺は視線を時計に固定したままで答える。
「主の、幼少期の……っ!? なな、何故急にそんな話をするのじゃ?」
「ま、何となく言いたくなってな。別に興味がないなら違う話もあるけど……」
「否、知りたい。聞かせてくれ」
妙に力の入っているディズの言葉に、思わず笑いそうになるが堪えた。
「うん、まあ勝手に話すつもりだったんだけどさ……」
改めて話せと言われると何処から入っていいのか難しい。
が、考え過ぎるのも良くない気がするので、俺は思いつくままに喋っていく。
「お前、自分が生まれた時のことを覚えてるか?」
「儂か? ……まあ不鮮明な部分もあるが、精霊になってからは大体記憶しておるかの」
「俺はな、全く覚えていない」
そう断言した。
「……そう、なのか?」
「いや、当り前だけどな。そりゃ覚えてる奴もいるかも知れんが、物心つくまでは皆そんなもんだろ」
そう答えつつ、記憶とは忘れるものじゃなく、思い出す切っ掛けがなくなるだけなんだと思い出す。
まあそんなことはどうでもいい、これは話を進めるための切っ掛けに過ぎない。
「だから、俺が覚えているのは真っ赤な夕焼けだ」
空を燃え尽くすような、空に燃え尽きるような……そんな赤。
「それが俺が思い出せる最古の記憶」
俺の最も深い場所にある、最も強く焼きついた景色だった。
「たぶん五、六歳かな? 詳しくは覚えてないけど、不思議な気分だったのは覚えてる」
何しろ昔の頃なので、感覚的なことしか思い出せない。
それに人に話したこともないので、うまく形にできないことが少しだけもどかしかった。
「そう……たしか、それも病院の屋上だったな。成程、そう考えるとあそこが俺の精神の太源ってのもあながち嘘じゃない、か」
一度しっかりと意識したおかげか、その時の記憶が蘇ってくる。
色々と思い出深いその場所が、俺の記憶の根底に刻まれていたという事実は中々に感慨深いものがあるが、同時に複雑な想いもあった。
「他にも思い出す事もあるけど……そうだな、やっぱり子供だからだろうな」
話すのは俺に至る物語。
誰かに話すのは、正直少し恥ずかしくもある。
決して短いとは言えない話だし、面白くもないはずだ。
「今がそうじゃないとは言わないけど、あの頃は何もかもが新鮮だった」
それでも。
何故か俺は今、そんな話をしたいと思っている。
自分のことをもっと知って欲しいと思っている。
自分でもよく分からないまま、口だけは不思議と滑らかに動いていた。
そしてディズは、俺が話し終えるまで、黙って耳を傾けてくれていた。
「その頃世界は、何もかもがガラクタみたいにきらきら輝いてた――――」
◆
「で、図書館に来たわけだが」
「うむ、今日は空いているようじゃ、良かったの」
図書館に来ていた。
おっさんと別れて屋敷に帰った次の日だ。
不貞腐れていたディズを宥めて、昔話を語って夜を過ごした後でもある。
とは言っても、さすがに何時間も語れるほど俺の人生経験は豊富なわけじゃない。
昔話の後は雅樹達の近況や、アルメキスの遺跡についての情報を総括してディズに報告したのだ。
そしてそこからあれやこれやと議論を交わして、ディズからとんでもない情報を引き出した所と言える。
「というか、何で今まで黙ってたんだよ……」
呆れながらもその想いは小さなものではない。
今までディズはそのことを知っていながらも、俺には教えてくれなかったということだからだ。
「……聞かれなかったからじゃ」
言う割にディズの歯切れは悪い。
確かに、聞いたか聞かなかったかと言えば、俺はそのことについては言及していなかったのかもしれない。
……そうだけど、そうなんだけどっ。
「勇者に会ったことがあるってことは、聞かれなくても言ってくれよ!」
なんて。
俺がそう叫んでしまうのも無理はないだろう。
そんな重要なことを、どうして今まで教えてくれなかったのか!
「じゃ、じゃから今言っておるじゃろう……その、悪いとは、思っておる」
「……それは、わかってたけど隠してたってことか?」
「そ、そういうわけではないっ。儂は、確かに勇者とは会ったことがある……じゃがそれだけじゃ、短い間じゃったから詳しいことは何も知らん。儂があの地に赴いた時には既におったというだけじゃからの」
……ということだそうだ。
しかもディズが来てすぐに勇者は旅立ってそれっきりだったらしい。
いや、それだけでも知る知らないでは大違いだと俺は思うんだけど。
「……取り敢えず、裏をとろう」
げんなりしながら歴史の本を探す。
調べるのは魔王にまつわるエトセトラ。
ディズと勇者が繋がっているのなら、それはつまり魔王とも繋がりがあるということで。
ざっと調べてみて情報を吟味し、わかったことをメモに上げていく。
――――話はディズが精霊となる少し前まで遡る。
およそ四百年前、その頃の時代は日本で言う戦国時代末期だった。
稀に見る戦乱時代、天下統一を目前まで修めていたのは言うまでもなく魔王軍である。
その力は凄まじく、ほとんどの国や村が支配下に置かれ、もはや目的達成までは時間の問題という乗りまくりな戦状況。
幾多もの例に漏れず、その時の戦火を被ったのがディズの故郷らしい。
故郷というよりは縄張りと言った方が正しいかもしれないが、魔王軍による武力行使でディズは住処を追われる。
そして息も絶え絶えになりながらも辿り着いた場所こそが、アルメキスだった。
この時、既に勇者はアルメキスに存在している。
ディズの言葉を信じるならばやはり勇者は召喚されたらしい。(その頃の村人の証言)
肝心の魔法陣がないわけだが、俺達がここに存在している以上可能性はあるのでそこら辺は保留しておく。
ディズはそのままアルメキスに居付くが魔王軍にやられた傷が原因で死亡、後に精霊となり崇められるようになる。
一方勇者はディズと入れ替わりに村を旅立ち、魔王を倒してそのまま行方不明に。
本当に勇者が魔王を倒したのかは伝聞でしかないが、時期的に見ておそらく間違いはないとのこと。
劇的なデビューを飾ったにも関らず勇者の記録が少ないのは、登場が遅すぎたためだと思われる。
どうもアルメキスの人々ほど、勇者の活躍を熱心に後世へと伝えてくれる者はいなかったのでは? という結論だ。
因みに、記録では魔王軍を打倒したのはエルフ主導の人類連合軍であったと記されている。(勇者の存在は秘匿?)
………………。
とまあ、これがディズから聞いた時代の経緯である。
今よりも過酷な時代であったようだが、確かにディズの言う通りわかったからどうということでもない。
単にこの世界の歴史に詳しくなっただけかもしれないが、それは知っていて損ということもないだろう。
だがしかし――――。
「繰り返すようだが、もっと早くに言って欲しかった……」
「……その、すまぬ」
ここは天然だからで澄ますのか、いくら天然でもと突っ込むべきか……。
まあ、これ以上過ぎたことを言っても仕方がないので他の懸案事項へと移るとする。
「その勇者ってのはどんな奴だったんだ?」
何気なく質問したが、これは結構重要なことでもある。
何たって勇者は黒目黒髪。
俺と雅樹もそれは同じで、さらに出現場所がこれまた同じアルメキスという共通点。
これはつまり、その勇者は俺達と同じように地球からやって来た可能性が高いということだ。
「刀とかもってなかったか? 士さんみたいな」
「いや、手ぶらじゃったな」
「丁髷とかは?」
「ちょん……? なんじゃそれは?」
一通りディズに聞いてみたが、やはり情報は少ない。
なので予測の範囲を出ないのだが、やはり俺は十中八九間違いないと思っている。
だとすれば、一番気になるのは勇者が何処の誰とかいう問題よりも、勇者のその後の処遇について、だ。
考えられるのは、勇者は魔王との戦いで死んだのか。
それとも無事に、彼は元いた世界へと帰ることができたのか。
そうでもなければ、その後ひっそりとこの世界で暮らしていたのか。
「わからん、村を出てそれっきりじゃからの」
俺の問いに、ディズは呟くように答える。
「……ただ、『帰った』のじゃと、儂は思う」
そんな気がする、とディズは言う。
「儂はな、一度直に魔王を見たことがある」
「それは、故郷で……?」
「うむ。偶然その場に居合わせただけじゃったが、それでも一目見てわかった……アレはな、確かに『人外』じゃったよ」
淡々と。それは思い出しているというより、感情を押し殺しているのだとわかった。
「アレを倒せる者は、儂の知る限りにおいて勇者以外にはおらん。……じゃから、魔王はやはり勇者が倒したのじゃと思う」
「いや、でも本当の所はわからないんだろ? 相討ちになったかもしれないじゃないか」
「自分は必ず生きて帰ってくると、村を出る時にそう言っておった……」
けれども勇者はアルメキスに帰っては来なかった。
それは勇者が元の世界へと帰っていったからだと、ディズはそう考えている。
死んではいないと、きっと生きていたはずだと信じている。
もしくは、そうであってほしい、と。
「主なら、どうする?」
「――――」
俺に問いかけたのは痛いほどに真っ直ぐな真摯な瞳。
なんとなく、ディズは最初からこれが言いたかったんじゃないかと思った。
「俺なら――――」
考えてみれば、勇者と俺の立場は良く似ている。
もし俺が勇者だったとして、魔王を倒した後に帰る手段が見つかったなら。
皆に説明する時間も無く、その瞬間にしか帰ることができないとしたなら。
「俺なら――――やっぱり帰るかな」
答えなんて決まっていた。
皆に事情を説明できないのは心苦しい。
それでも俺はそうするために、こうやって旅をしているのだから。
「そうか。そうじゃろうな」
と溢したディズは、なんだか少し寂しそうに見えて。
「まあ、その時はおまえも一緒に連れてってやるさ。約束だろ?」
ディズの頭に手を置いて、俺はそう言ってやることにした。
「…………」
「ん?」
「……う……む。約束、じゃぞ」
「ああ、約束だ」
ディズの細めた睫毛が一瞬光って見えたが、それは俺の見間違いにしておこう。
「…………お」
そう思って目を背けた先に、シアを見つけた。
いつもの定位置に座って毅然と本を読みふけっている。
あれから何度か図書館に通っているので、それはもはや見慣れた光景とさえ言えるかもしれない。
「おいっす、今日も一人か?」
ディズを連れたまま、俺はいつも通りにシアに声を掛けた。
とりあえず見知った仲になったので、見かける度に声を掛けていたのだった。
「うん」
その甲斐あって、一応返事は返してくれるようにはなっていた。
「……誰じゃ?」
「……誰?」
どうやらディズは覚えていない様子。
その声にシアも顔を上げるが、同じ疑問を持っているようで。
「こいつはディズだ。猫の癖に人様の言葉を喋るが、俺の相棒なんで気にしないでやってくれ」
「…………」
視線だけがスライドして俺の肩に乗った白猫に合わさる。やはり無言だった。
「彼女はシアだ。三度の飯より本が大好きな俺の友達だ。仲良くしてやってくれ」
「…………」
視線だけがスライドして俺の手先にいる彼女に合わさる。何故か無言だった。
「…………」
「…………」
あれ? なにこの空気?
「主」
「なんだ?」
気のせいか、ディズの声が不機嫌なものに聞こえる。
「時々足繁く図書館に通っていたのは、そういうわけじゃったのか……」
「そういうわけとはどういうわけだ?」
何言ってんだこいつ?
「アキヒト」
「なんだ?」
今度はシアが話かけてきた。これは珍しい。
「私、友達?」
「ん? ああ友達だ」
「ディズも、友達?」
「わ、儂かっ!?」
シアの言葉にディズが焦る。
「ほら、お前をご指名だぞ、答えてやれよ」
「う、うむ。主の友達なら、儂の友達じゃ」
俺を介しているのが微妙だったが、まあ悪い気はしない。
「……そう」
そしてそれっきり興味を失ったように、本へと視線を戻してしまうシア。
俺はシアのこういう対応には慣れてしまったのでなんとも思わないが、ディズには衝撃的だったのだろう。
「ぬ、主よ、儂は変なことを言ったかっ?」
狼狽えていた。
「お前のせいで完全に機嫌を悪くしたな」
適当に理由をつける。
本当は単にシアはこういう性格というだけだ。
それを言わなかったのは、ディズの慌てっぷりをもう少し見ていたかったからである。
「俺まで嫌われたらどうするつもりだ。何とかしてくれ」
「むむ、無理じゃ! 儂にどうしろと言うのじゃっ!?」
耳元で騒ぐディズをシアの前へと下ろす。
痛いくらいに爪を立てて追い縋ってきたが、俺は心を鬼にしてディズを突き放した。
「…………」
「シ、シアよ……お、怒っておるのか?」
「…………」
「…………」
黙々と本を読み続けているシア。
テーブルの上で縮こまるディズ。
……自分でやっておいてなんだが、ディズが不憫に思えてしょうがない。
「シア、とりあえずディズに何か言ってやってくれ」
たまらずに助け舟を出す俺。
「何を?」
「何でもいい」
俺がそう言うと、シアは本を読むのをやめてディズをガン見し出した。
そしてディズが一分ほど居心地悪そうにした後、漸くシアがその重い口を開く……!
「本」
「…………」
「読む?」
「…………」
俺達はこの日、その本を読み終えてから帰ることとなった。
◆
『レディーーーース、エーーーーン、ジェントルメーーーーン!!!! 大、変ッ長らくお待たせしましたァ!!!! 皆ァ、目と耳をかっぽじってよォーーく聞いとくれェ!!!! 準備はいいかァ!! 元気は溜めたかァ!! これよりィ、ジュノン国選武道大会を開催するよォーーーーーーー!!!!!』
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
司会のアニキのやたらテンションの高い下手な巻き舌宣言で、ついに大会の幕が上がった。
集まった観客達の多彩な歓声が天まで轟き、会場となる闘技場はむさ苦しい活気の嵐に包まれる。
空模様は雲一つない晴天、けれども快適な涼しい風と共に、ジュノン国選武道大会はその日を迎えた。
「はぁ……ついに始まったか」
「なんじゃ主、覇気がないぞ」
観客席で開会式を眺めながら俺が小声でそう漏らすと、頭上にいたディズ(時々思い出したように乗ってくるのだ)に拾われた。
「ちょっと、私に勝ったのですからもっとシャキッとしてなさいよ」
「あはは、でも仕方ないよ。あんな舞台私でも緊張しちゃうもん♪」
そこから横に居るキャルルやミズリーに伝わる。
「アキヒトさんでも緊張することがあるんですね……なんだか意外です」
「怖気づくなアキヒト! おまえには俺の全財産が懸っているんだぞ!」
後ろにいたオスカーとキースにも伝染していく。
「何? と、いうことはキース殿は私が負けると思っているわけか……」
「貴様、如何なる理由があろうとお嬢様の期待を裏切ることは許さんぞ」
最後にモンさんとリーファさんに届いて、俺の溜息はその役目を果たした。
全部で七人と一匹の大所帯。
円形闘技場の一角に、多大な権力を投資してこの場所は用意されたらしい。
来賓席というだけあって、会場を見下ろすような特等席で試合を堪能できるようになっている。
「結局おっさんには会えなかったな」
「まあ、そう急く必要はないじゃろ」
来賓席や貴賓席を回って見たが、おっさんとは会えずじまいだった。
報告したいこともあったのだが仕方ない。
因みに他の皆には集まってもらった際にある程度話している。
その時リーファさんが動揺を隠せずに変な行動を起こしたりしたのだが、それを言うと俺の身に危険が迫るので割愛しておく。
「ところで俺の相手は誰なのかな?」
今やってる開会式が終わると試合が始まるわけだが……俺は何も聞いていない。
誰かが教えてくれるからと対戦表を見に行かなかったのが、仇になったようだ。
「どうして今それを言うのかしら……普通は調べてくるでしょう?」
「大丈夫じゃ、相手が誰であっても主が勝つに決まっておる!」
「またお前はそんなことを……」
と、言いつつ半分はディズの意見に賛成だ。
どうせ戦うのだから、知る知らないはこの際余り関係ない。
ただ相手がモンさんとかウラトさんとか、女性だった場合は先に知っておきたいと思う。
「あ、そうか。モンさんなら知ってるはずだ」
「サーセン! サーセン!」
「?」
振り返ると何故かキースがモンさんに平謝りしていたが、俺は気にせずモンさんに情報を求める。
「ん? アキヒト君の対戦相手? ああ、確かチラッと見たような……何だったか……アナ……アナル……? いや済まない。忘れてしまったよ」
え、ちょっ!? アナルって!?
「……アキヒトさんの相手はアノルだったと思いますよ」
モンさんの失態を気まずそうなオスカーが訂正してくれた。
「……焦った。そうだよな、さすがにそれはないよな」
「そうですね。最初は僕も耳を疑いました」
「何がだ?」
素で聞き返してくるモンさん。まさか気付いていない!?
「そ、それよりアノルです。アキヒトさんも気をつけた方がいいですよ。色々と黒い噂の絶えない男ですからね」
「知ってるのか?」
「ええ、ここではどうか知りませんが僕のいた所では結構有名でしたよ。魔物に態と人を襲わせて被害を大きくしているとか、奴隷を何人も連れているとか、他にも色々と聞いています」
とんだ悪も居たもんだ。
俺は噂に関しては余り考慮しない性質だが、それでも悪評ばかりというのもな。
「そんな人が大会にいるの!? アキヒトくん! そんな奴は懲らしめちゃってよ!」
話を聞いて憤然するミズリー。気持ちは判らんでもないが、それはそれで真に受け過ぎだろう。
「いやいや、飽くまで噂だろ。そんなに怒らなくても」
「でも、火のない所に煙は立たないとも言いますわね」
「そうだよ! ルルちゃんの言うとおり!」
「そうだ、お嬢様とミズリー様の言うとおりだぞ。なんなら後処理くらいは私が引き受けよう」
最後にリーファさんが危険な台詞を吐くが、毎度のことながらこの人は本当にやりそうで困る。
「心配せずとも相手に気取られるミスはしない」
リーファさんがニヤッと笑い、やる気になっているのが心配だ。話題を変えよう。
「モンさんの相手は誰なんですか?」
「私の相手はオパイとか言う奴だったな」
「…………」
先程からモンさんが危険な語句を連発している。
……というか、普通の名前の奴はいないのか?
「オパイ……? オパイだって!?」
そして今の今まで地面と向き合っていたキースが、漸く話に加わった。
「モンさん、そいつはかなり厄介な相手ですぞ」
神妙な顔でキースがモンさんに忠告する。
「生きる伝説、恨みの権化とはまさにそいつのこと……それは誰しも一度は悩む思春期時代にまで遡る――――」
「こやつ、何を言っておるのじゃ?」
「しーー」
「痛っ」
茶々を入れるディズを黙らせようと、人差し指を奴の口に当てる。
が、頭の上だったので間違って鼻の穴に突き刺してしまった。うわ、汚っ!
「モテたくてモテたくて仕方がなかったオパイ。しかし、自らの容姿故に全くモテることはなかった。それでもモテたいと諦めきれず、必死に自分を磨くが一向にその気配は訪れない。月日は流れて彼は悟る、『ああ、俺は世界から拒絶されている』だがそれは、彼の持つその抑えがたい欲求が反転する切っ掛けに過ぎなかった。彼は憎悪と怨嗟にまみれてもう一度悟りを開く、『ああ、こんな世界は俺が拒絶する』」
その間にもペラペラとオパイ情報を語るキース。……なんでこんなに詳しいんだろう?
「オパイの狂気は凄まじいものだった。男を見れば顔を潰し、相手を自分よりも醜い姿に変えてしまう。女を見ればその素顔を晒し、自分を拒絶する相手にトラウマを与えてしまう……彼を見た人々は口を揃えて彼のことをこう呼んだ――――『逆恨みの狂気オパイ』、と」
「…………」
「…………」
「…………」
ハッキリ言って、みんなドン引きである。
「頑張ってね、アキヒト君! モンさん!」
場の沈黙を払拭するようにミズリーさんの応援が掛けられた。
「アナルだかアネルだか知らんが、そんな名前の奴には野郎には負けたくないな」
アナルに負けた秋人とか、一生の恥じゃないか。
「そうだな……何か、人として負けてはならない気がしてきた」
話を聞いた俺とモンさんの気持ちは同じだった。
「そろそろ時間ですわね、二人の健闘を期待します。大きな怪我だけはしないように」
品のある一礼。キャルルのお辞儀は見惚れるほど綺麗だ。
「お嬢様に心配をかけさせるのは許さんぞアキヒト。モンモレット様はお気を付けていってらっしゃいませ」
これがリーファさんなりの応援なのだと、俺にもわかるようになった。
「ここで試合を見て勉強させてもらいます。あ、もちろん応援もしますからね」
オスカーは余り嘘をつかない。その二つは本心だからこそ、清々しい。
「ま、死なない程度に頑張れや」
軽口に真剣さを和らげるのはキースの癖なんだと思う。俺も時々そうする。
「ここで見ておるから、勝って戻って来い」
それは、もしかすると俺だけに向けられた言葉なのかもしれない。そういう所もディズらしいと思う。
「じゃ、行ってくる」
「それでは、また」
仲間たちの声援を受けて、俺とモンさんは闘技場へ向かって行った。
☆
今、街の中に人通りは殆どない。
それは現在大会が開かれている真っ最中であり、人波が街の中心部に集中しているためだ。
全く人がいないわけではないが、見渡す限り道を往く歩行者を二人と見つけることは難しい。
そんな中、フードを被った女性が歩いていた。
美人で、背は高く、スタイルも良い。
もしここにすれ違う男性がいたなら、間違いなく振り返っているだろう。
ただ歩いているだけなのにフェロモンをまき散らしているように見えるのは、フードを被ったくらいでは自分の魅力を隠しきれないからだ。
と、彼女はそう思っている。
ただそれが彼女の思いあがりではなく事実なのだから、彼女の認識は潔く正しい。
どこに居ても男が寄ってくるのは非常に鬱陶しいことだが、それが自分の容姿のせいであることに悪い気はしない。
寄ってくる男共を選りすぐり自分の快楽の礎にするくらいには、彼女の生き方は自由と奔放にその重きを置いていた。
例えその生き方が、彼女にとって許されないものだとしても――――。
「ちょっといいかしらん、そこのお嬢ちゃん?」
図書館に入ったその女は迷う事なく一直線に足を動かし、とある少女に話かけた。
熱心に本を読んでいた少女が顔を上げる。
「もぉ~探しちゃったじゃない。こんな所で何やってるの? 大会始まっちゃったわよ?」
「…………」
無言のまま本を閉じて、少女は立ち上がった。
「……あなた、相変わらず寡黙よねぇ。それで息詰まらない? お姉さん心配だわ」
「平気」
「あらそう? それなら別にいいんだけどね」
女にとって少女は少しだけ特別だった。
だから構いたくもなるのだが、わかってもらえない。
それがわかるだけの経験が、少女には足りていないのだ。
女は、そのことが少しだけ哀しかった。
「でも可愛い顔してるのに勿体ないわ、せめてもう少し笑いなさいな。そうするだけでお姉さんやる気出るわよ?」
「必要無い」
「あらん、振られちゃったわ~」
シクシクと嘘泣きしながら、女は来た道を戻っていく。
その傍らには少女の姿があった。
まるで機械のように、目の前の目的を遂行することだけに集中している。
そうすれば余計なことを考えずに済むからだと、少女はそう思っていた。
ある意味でそれは正しい。
だから、少女は機械になりたかった。
何にも煩わされることない生き方に憧れた。
機械になればそれが叶うと、少女はそう思っていた。
ある意味で、それは間違っていた。




