048話 すれ違いラダー
――――会場の皆さん、ご機嫌の程はどうですか?
――――俺は少し憂鬱です。
天気は頗る快調。
闘技場内は今、俺の試合が始まろうとしている最中だ。
今日も一段と賑やかな観客達と心の中で会話して、俺は荒んだ気分を紛らわす。
「ん~、君が僕の相手かい?」
「…………」
さあ、目の前の男に注目しよう。
やたらと余裕綽々な、中年近い気障な貴族。
汚れることを意図していない派手な服装。
加えて金ピカ眼鏡、変な帽子、紫色の長髪……。
あなたは何処の道化師ですかと訊ねたい。
「はっはー、緊張しているのかな? まあそれは仕方がない、この僕と戦うのだからね」
「……」
「君が負けるのは当然だけど、それを悔やむ必要はないよ。僕が勝つことなんて最初から分かりきったことじゃないか」
「……」
俺はつくづく痛感している。
たしかに身内にこんな人がいれば、俺であっても近づきたくはない。
対戦相手を風景として眺めながら、俺は試合前のリーファさんの様子を思い返していた。
「だから君は安心して負ければいい。大丈夫、痛い思いはさせないよ」
何故なら俺の前に立つこの面妖な男の名は、ファウゼン・デル・クラリーチェ。
……リーファさんの“兄”である。
・
・
・
『アキヒト、絶対に負けるなよ』
試合前に、俺の胸倉を掴んでそう脅してきたリーファさん。
『……負けるな? 勝つな、の間違いでは?』
『違う。必ず貴様が勝て』
脅迫の内容は“必勝”の二文字。
取り様によってはかなり無茶にも聞こえるが、それがまたリーファさんの性格にピッタリで。
出来ればもう少し暴力に訴えないやり方で応援して欲しい、と思った俺の考えは、しかし微妙に間違ったものだった。
『ここまで来たらもう隠し通せはしないだろう……良い機会だから貴様には教えておく。貴様が次に戦うのは私の兄だ』
『……マジで?』
突然の告白に度肝を抜かれた。
怪訝に聞き返すも、頷かれる。
『だから、必ず貴様が勝て』
『ごめん、わからない』
『っ……いいか!』
ガタっと凄い剣幕で壁に押し付けられる。
周りには誰も居ない、薄暗闇で二人っきりのシチュエーション。
状況が状況ならかなり嬉しいのだが、相手がリーファさんなので俺は身の危険を感じていた。
『な、なんでしょう?!』
『私の兄は、人格が破綻している』
『……は?』
なんといきなり自分の兄の人格を否定し出したリーファさん。
あまりの唐突さに毒気を抜かれて放心するが、紡がれる呪詛はそれだけに終わらない。
『もはや手のつけようのない愚かさなのだ。アレが私の兄であるということは、私の人生の唯一の汚点』
『…………』
『これ以上私兄が周囲に迷惑を掛けるのを阻止したい……否、阻止しなくてはならない』
『はぁ……』
取り敢えず、リーファさんの必死さは伝わってきた。
あと、彼女がここまで言うほどの人物に多少興味も沸いてきた。
しかし、モンさんも負けてしまい、彼女と戦う約束をしていた俺は、大義を見失っていた。
『えっと、ですね……』
『言っておくが私は本気だぞ』
『…………』
正直な所、試合のレベルはかなり高い。
モンさんが病院送りにされたほどだから、俺が今後病院のお世話になる可能性も十分ある。
そして俺には――――これに尽きるわけだが――――これ以上戦う理由がない。
優勝賞金は確かに魅力的だが、今の俺ならもっと安全にお金は稼げるのだ。
だから実を言うと、当初の予定では俺は初戦で負けるつもりだった。
思わぬ事情に予定は崩れてしまったが、これ以上戦うのは俺にとって危険の方が大きい。
といったわけで今日の試合、俺は適当に戦って適当に負けて、不自然なくらいに後腐れなく、平和に事を終えるつもりだったのに……。
『だから、勝て』
…………これである。
相反する二つの想いに、思わず溜息がこぼれた。
どうしてここまで必死になって、俺に勝利を叩きつけるのか。
もしかしたらリーファさんは、俺のやる気のなさに気付いていたのかもしれない。
『お嬢様達も貴様を応援している。無様な負けは許されない』
『それは……そうなんだけど』
『貴様、私にしたことを忘れた訳ではあるまいな?』
『う、卑怯な……!』
男の哀しい性に、俺は敗北を余儀なくされる。
『ひ、一つだけ条件が……』
『なんだ、言ってみろ』
聖母の笑みを浮かべるリーファさんに、その話題で脅すのはこれっきりにしてくれと願い、それは叶った。
『これで契約成立だ』
『…………』
そして悪魔は、天使のような笑みでそう言ったのだった。
・
・
・
『ヒャッホーーーーーイ! 試合開始ィィィィィヒャッホーーーーイ!!!!』
風が涼しい。
地面が熱い。
司会はただ、寒かった。
「さあ、僕が輝くために潔く負けてくれ、アキヒト君!」
「あいたたた……」
これが兄とか……リーファさんの苦労が偲ばれる。
たしかにこの男をのさばらせておくのは、大変よろしくない。
ここは紳士として……いや、一人の男として、世界の秩序を保つお手伝いをしよう。
……まあ、負けたら俺、死ぬかもしんないしな。
「リーファさんが泣いていたぞ、何故大会に出てしまったのかと」
「おや? 君はリーファを知っているのかい?」
「まあ」
「可愛いだろう? 僕の愛する妹だよ。なかなか素直になってくれない所がまた、兄として頑張らなければならないと思うね」
なんだか背筋がぞくぞくする。
今、漸くリーファさんの言っていた意味が理解できた。
これならまだ野生のライオンと戯れる方がマシかもしれない。
……というかこの大会、変な奴多すぎじゃね?
「と、試合は始まっているんだったね。どうだい? まずは君の攻撃を軽く躱したいから、何か見せてくれないか?」
「……言われなくとも見せてやるよ」
どういう意図で言っているのか全然理解できないが、その必要もないだろう。
ディズと比べるとどちらがぶっ飛んでいるのだろうと思いつつ、俺は極式でファウゼンに攻撃する。
「いくぞ」
「ちょ、ちょっと待ったっ! もう少し軽い攻撃を……ぎゃああああ!!?」
最初の数発を躱すも、直撃を食らいのたうちまわるファウゼン。弱ぇー。
「ま、待ったっ! 待っただ!! ……はぁはぁ、よ~し……もう少し。ふぅふぅ」
両手を上げて待ったを要求してきたので、手を止める俺。(優しい)
その短い時間で呼吸を整えたファウゼンは、タフと言えるかもしれない。
たぶん、何度もリーファさんに殴られているせいじゃないだろうか……と、予想してみる。
「もういいか?」
「もうちょっと待ってくれ」
仕方がないので、もう少しだけ待ってやる。
「……?」
「ど、どうかしたのかい?」
「いや――――」
余りにも自然だったため、一瞬見間違いかと思った。
魔法を使った様子もなかったが、空気中にファウゼンの魔力が溢れ出したのである。
徐々に広がっていく緑色の薄い気体が、風に乗ってゆっくりと俺の方へ流れてくる。
「いやあ、君は強いな。僕の弟子にしてあげようか?」
「やめてくれ」
「そうか……あ、そういえば君はリーファの知り合いだったね」
「?」
何故か積極的に話かけてくるファウゼン。
「リーファは何か僕のことを言っていたかい?」
散々に言っていた。
妹にあそこまで言われる兄も少ないだろう。もういい大人なのに……。
「愚かな兄だと言っていたな」
「あははは、照れ屋だからね」
もの凄いポジティブだ。
「他には何か言っていたかい?」
「恥とか汚点とか色々言ってた」
「それだけかい?」
「……まあ」
なんか尋問されてる?
と思った所に、漸く流れてきた奴の魔力が俺を包み込む。
そこで、俺は気になったことをファウゼンに聞いてみた。
「ところで――――」
「ん? なんだい?」
「これは何の匂いなんだ?」
「っ!?」
ハッと驚く顔を向けるファウゼン。
「あれ? 君、体は何ともないのかい? 眠くはならない?」
「これを嗅いだら眠くなるのか?」
「あ、いや……そそ、そんなことは、ないことはないとは、思うけれど?」
……今、肯定したよな?
「ああ、なんだか眠くなってきたような気がする」
「そ、そうだよね!」
「んなわけないだろ」
――ドドォオオオオン!
極式で緑色の気体を吹き飛ばす。
ついでにファウゼンにも何発か当てておいた。
「な、何故だ……僕の“誘い香”が効かないなんて……」
「しぶといな」
体中からだらだら血を流しながら、全然そう思わせない機敏さで立ち上がる。
「どういうことなんだ!」
これは……効いてる?
「俺に話かけてきたのはフェイク。匂いの元を俺に届かせるための時間稼ぎだな?」
「なな何、わかっていたのか!?」
「『視えて』なければ危なかったかもしれない……魔力の隠蔽はさすがと言った所か。……まあ、意味ないけど」
そんなことだろうと思っていた。
眠りか痺れかと睨んではいたが、こうもあっさりと引っかかってくれようとは……。
だが極式を避けながらも、俺に悟られず風上に移動していたのには驚きだ。意外に侮れない。ただ――。
「相性が悪かったな」
「そんなバカな! 絶対に効くはずだ! “痺れ香”」
パァッと奴の頭上に舞い上がった粒子が、広範囲に散らばって雪のように降ってくる。
その間……今もだが、奴の魔力は殆ど感知できないだけに、無駄に凄い。
俺も魔力無効化がなければ、どうなっていたかわからない……見え見えだが。
「そのふざけた挙動で油断させて、気がついた時にはもう手遅れってか? 中々に狡いやり手だな、ファウゼンさんよう」
「ふざけてなどいないッ! 僕はいつでも大真面目だ!」
……リーファさんが手を焼くわけだ。
「んじゃ、さっさと終わらせますか」
「それは僕の台詞ダグレビバァアアアアアアアアア!!!!???」
俺は極式でファウゼンをタコ殴りにする。
「痛ぁい……痛いよぅ……」
「あれ? まだ元気だ!?」
本当に頑丈だ。リーファさん、殴りすぎ。
「さ~て、もう一踏ん張り」
「ギャーーーーーーーーーーーーーー!!!!???」
・
・
・
「良くやってくれたアキヒト! 礼を言う!」
「は、はあ」
試合が終わると満面の笑みのリーファさんがお出迎え。
なんなんだその笑顔は……なんでそんな向日葵のような笑顔なんだよ! と、動揺を隠せない俺。
スキンシップの首固めも、この時ばかりは幸せな痛みであることを否定できはしない。
「私はお前を信じていたぞ!」
「ぐえぐえぐえ」(幸せそうに)
首をロックされたまま、メイド姿のリーファさんに連れていかれる。
道すがら人々から視線を向けられるが、リーファさんの胸の感触を堪能している俺はそれ所ではない。
「リーファ! アキヒトを放してやって!」
「ああ! アキヒトくんが死んじゃう!?」
「え? ……はっ! すまない!」
酸欠状態だった天国は来賓席まで続き、漸く俺は解放された。
「……ごち」
とりあえず、合掌して拝んでおく。
「何か言ったアキヒト?」
「…………(ブルブル)」
ギロっとキャルルに睨まれて、俺は首を横に振った。
「買って参りましたーーーー!!!」
そこへキースが駆け足で登場。
手にはお菓子やフルーツの詰め合わせがたんまりと。
口には何かを食した痕跡と思われる黒いソースが付着している。
「キースさん、途中で何か食べましたね?」
「オスカー君、変な言いがかりはよしてもらおうか。証拠があるわけでもなしに……」
もう一度言う。
キースの口の周りには、何かを食した痕跡と思われる黒いソースが、たんまりと食欲をそそる匂いを醸し出して付着している。
「皆のお金なんですよ? 勝手に買い食するなんて酷いじゃないですか!」
「だから何で決めつけんの!? たとえ買ったとしても俺の金ならいいじゃないか!?」
「さっき無一文と言ったのはどの口ですかっ?!」
キースはモンさんに持ち金を全賭けして無一文になっていた。
それは特に思うこともないのだが、キースに買い物を任せたことは間違いだったと判断する。
まあ、俺の試合中に決められたことだから、どういう経緯があったのかは知らないが……。
「さて、それでは行きましょうか」
男共の醜い言い争いを無視して、キャルルが号令を掛ける。
「そだね。いこーいこー」
「主、行くのじゃ」
「……了解した」
ディズはどうしても俺を乗り物にしたいらしい。
前の争いで敗れた俺には、拒否する権限がない。(奴は無限の胃袋を持っていた……)
「貴様等、出るぞ」
「「は、はい!」」
剃刀のような一言でオスカーとキースを操る、リーファさんの見事な手腕。
「ああ、それとキース――――」
そしてくるっと歩き去りながら、キャルルの背が言い放つ。
「今日から屋敷の出入りを禁止します」
「……………………え?」
歩みを止めたキースを置いて、俺達一向は進んでいく。
もちろん帰るわけじゃない。
行き先は、モンさんの所だ。
☆
病院内は割と静かだった。
白を基調とした景観は清潔感と中性感を促し、受けるストレスを最小限に留める。
漂う薬品の独特な匂いは、俺の記憶の片隅のある事柄を否応なしに刺激していた。
「みんな済まないな、ありがたく受け取っておく」
見舞ったモンさんは個室のベッドで元気そうにしていた。
点滴や包帯などをしているが、もう痛みは引いているとのこと。
見る限りたいして大きな怪我ではなかったかのように思うが、実は結構危ない所までいってたようで。
「まだ魔力が上手く捉えきれなくてな」
「魔力が?」
何でも限界ぎりぎりまで魔力を行使した魔術師には、珍しい状態ではないそうだ。
急に魔力を消費したことを体が覚えていて、魔力を使おうとすると拒否反応が出てしまうらしい。
まあそれも一時的なものだが、それが治るまでは今までと同じような魔力行使は出来ないだろうと笑って仰られた。
「そんなことが起こるのか……」
「私の時もありましたわよ?」
と、横からキャルルが教えてくれる。
「私の症状は軽いものでしたから二、三日で治りましたけど」
影響は個人差が強く出る。
早い人なら数時間、遅い人は一か月近くもかかる、と。
「モンさんも早く治るといいですねぇ」
「まあ、怪我自体はもう大丈夫だからな。これから暫くは一般人としてゆっくりするさ」
モンさんはその事を……というか試合に負けたことも含めて、あまり気にしてはいないようだった。
そこから俺の試合のことや次の相手のことなど聞かれ、何故かディズやキャルルやミズリーさんがそれに答えていく。
リーファさんはそこから一歩引いた場所に居座り、彼女等の様子を逐一観察しながらも、手元ではフルーツの皮を綺麗に剥いでいる。
「「「…………」」」
弾きだされた異分子達は当然の如く集まり合った。
「まあ元気出せよ、キース」
「……金ないんだぞ?」
「大丈夫ですよ。何も死ぬわけじゃないんですから」
「……家ないんだぞ?」
全てを失ったキースは夢も希望も失いかけていた。
賭けごとは程々にしないといけない。そのことを彼は身をもって教えてくれたのだ。
「僕の宿に来ますか? ギルドの狭い部屋ですけど、雨風は凌げますよ」
「「なに!?」」
オスカーは基本いいやつである。
思い込みが激しくて、目的のために他人の感情を顧みないやつだが、それ以外は好青年だ。
俺には到底為し得ないことを、オスカーは簡単にやってのける。
因みに俺なら最悪、金を工面して別の部屋を用意する。(そもそも招かない)
男と同室で、しかも二人きりで一晩を過ごすなんて……考えただけでも怖気が走るぜ。
「……いいのか? 過ちを犯した俺を……お前は泊めてくれるのか?」
「ええ、いいですよ。僕らは友達じゃないですか」
「すまん。俺はお前のことを勘違いしてた」
「いえいえ、僕も言い過ぎました」
がしっと手を掴む二人。
見つめ合う彼らの友情は微笑ましくもあり、反面恐くもある。
(百人に一人は――――とか聞いたことあるんだよなぁ。だとすれば確率は百に一つ……)
キースは前にエロ本話で盛り上がったことがある。率先して風呂にも突撃してたし、まあ大丈夫だろう。
オスカーは………………あれ? 怪しいぞ。
「……そろそろ手を放してくんろ」
「え、あっ、すみません」
恐怖! 顔を赤らめるオスカー!
「「…………」」
キースは顔を引き攣らせ。
俺は疑惑指数を修正する。
微妙な沈黙の後、割と深刻な顔でキースが俺に進言した。
「アキヒト……頼みが――――」
「当社比十倍ってとこか。緊急だな、今日中に対策を練ろう」
「神よ!」
最悪の結果を避けるために妥協する。
確かめなければならないことがある。
場合によっては一度認識を改めないといけない。
「いや、個人の主義嗜好は自由だ。それは認める」
「なんのことですか?」
「なんでもない」
▼
俺は一人、外を出歩いていた。
日差しは十分、そよ風も心地よい。
連日の盛り上がりで道往く人もいつも以上だ。
出店なども多数出展しており、街の中は活気に溢れて中々よろしい。
敢えてケチをつけるなら、お菓子の類はもう食べ飽きてしまったので見ていると胃が痛くなりそうだ、と。
「主ーーーー!!!」
人ごみの中、そんな声が聞こえる。
――――“主”。
唐突に思う。
――――何故俺は“主”なんだろう?
たしかに人のことを主と呼ぶことは、ある。
でもそれは相手が目上の者である場合や、畏まった礼儀を通す敬称だ。
それは俺と奴の間には当てはまらない。
なら、そこには意味があるはずだ。俺を……いや、俺だけを“主”と呼ぶ理由――――。
「あまり大声で呼ばないでくれ。恥ずかしいから」
「遅いぞ、主!」
出向いて溢した俺の意見を、ディズは遅いの一言で切って捨てる。天然は強い。
「――――って、みんな一緒だったの」
「ひ、暇でしたからっ」
「あはは、やっほー♪」
ディズだけかと思いきや、他にもいた。
キャルルはなんだか落ち着かない態度でそわそわしている。
ミズリーは頬笑みを浮かべながら、小さく手を振ってくる。俺も小さく手を振り返す。ああ、なんかいい。
「リーファさんは?」
「屋敷に戻りました。リーファも忙しい身ですから」
「ああ、成程」
少し前に知ったのだが、実はリーファさんはキャルルのお世話係の他にメイド長も兼ねている。
どう考えても仕事過多じゃないかと思うのだが、リーファさんはそれを難なくやってのける凄い人だ。
いや、難なくとは語弊があるか……まあ兎に角、彼女はエトラナ家にはなくてはならない人材だということ。
「して、主等は何処に行っておったのじゃ?」
「…………」
ディズの言葉に虚をつかれる。しまった、言い訳を考えていなかった。
見舞った後の自由行動は、男性組と女性組に別れた。
と言っても、男性陣がさっさと出て行ってしまっただけだが……それには深い事情がある。
キースは警戒を露わにオスカーの部屋に案内され、俺は調査のための下準備を行っていた。
この事件の根幹に根差す深ぁ~い事情は、できれば誰にも知られたくはない。
今夜白黒つけるつもりなので尚更だ。
「野暮は止せ、男同士の話だ」
カッコ良く茶を濁してみた。
「そ、そうか」
「お、男同士……ゴクッ」
「え、そ、それって……」
どうやら俺はしくじったらしい。それも最悪の方向に……。
「……何だ?」
「なんでもありませんっ!」
「なんでもないよっ!」
興味津々にこちらを見てくる女子二人。こいつら、絶対に誤解してやがる……!
「何をしておるのじゃ? さっさと行くぞ」
今日だけは、天然がとても頼もしく見えた。
「はぐれた」
ポツリと。
周りを見渡す。
人ごみは波のように押し寄せ、一所に立ち止まることを許さない。
寄せては返し、やがて卵から孵った子亀が海へと旅立っていくように、俺は一人大海へと呑まれていく。
もう一度言う。
「はぐれた」
大事なのは、主語が俺ではないということ。
誰にだって認めたくないことはあるはずだ。
「あいつら……まったく、世話が焼けるぜ」
ふう、と満更でもない溜息を吐く。
所で、話は変わるが女子の買い物はパワフルだ。
お菓子のフードファイトなんて、その一端でしかなかった。
どうして彼女等は買わない物に対して、あれだけ情熱を傾けられるのだろう。
「一々感想を求められてもなぁ……」
しかも、同じ感想はあまり良ろしくないらしい。
ディズは当然の如くそれに張り合う。
キャルルもミズリーも触発されて意地を張る。
つまり、行きつく先は終わりの見えないメビウスの輪。
「――――お」
そして漸く安堵を得た人ごみの中で、俺は見知った人物を発見した。
「よう、まさかこんな所で出会うとはな」
「――――?」
振り返った赤い瞳が俺を捉える。
「こんな所で何してんだ? シア」
シアと言えば図書館。
テーブルに座って、ずっと本を読み続けているような、そんな勝手な俺のイメージ。
実際その通りだったので、こんな街中で、それも人ごみの中で出会うなんてかなりの違和感が……いや、別におかしくはないが。
「…………」
「…………」
返事がない。が、こんなことは日常茶飯事である。
「何か予定があるのか?」
「?」
首を傾げられる。く、意図が読めん……。
「人を待ってるとか?」
こくっと頷く。
(そか。友達……いや、親御さんかな……?)
シアが待っている人というのも気になるが、問題はそこじゃない。
俺が話かけてから、シアはまだ喋ってはいないのだ。
即ち。一期一言。
それが俺とシアとの暗黙のルール。(俺が勝手にそう思っている)
「おなか減ってる?」
「少し」
「よし」
返事がもらえて小さくガッツポーズ。
その勢いで近くにあった屋台から〇ュッパチャップスらしき飴を二つ購入する。釣りは入らねーぜ、おっさん!
「――――」
「まあ、何もないよりはマシだろ」
一つをシアに渡して、早速味見してみる。
口の中に広がるこの甘い味は……うえっ!?
「苦っ!?」
有り体に言えばまずかった。
ペロペロ。
と、思いきや目の前には無表情で飴を舐め続ける赤い瞳の少女。
「……まさか、うまいのか?」
「うん」
……そんなばかな。
いぶかしみつつ、勘違いの可能性を示唆してもう一度舐めてみるが……やっぱり不味い。
これは俺の味覚が変なのか。シアの味覚が変なのか。(同じ飴です)
正直、今はどっちでもいい。
「気に入ったのなら俺の分も上げよう」
「うん」
捨てるのが勿体ないのでシアに処理してもらう。
ペロペロ。
ペロペロペロ。
ペロペロペロペロ。
…………、…………。
「で、俺は何をしてたんだっけ?」
無心に飴を舐め続ける少女は、確かに微笑ましいものがあった。
この際もっと飴を買い与えようかとも考えたが、どうも何か忘れているような気がして……。
「主ーーーー何処じゃーーーー!!!」
……ああ、思い出したぞ。
俺ははぐれた仲間をピックアップしようとしていたんだ。
微かに届いた音源から仲間の位置を大まかに予測すると……OK、把握。
「じゃあな、今度はもっとおいしい飴を紹介するとしよう」
「はむ」
俺の上げた飴を確保しつつ、自分の飴をしゃぶり続けるシアに別れを告げる。
踵を返そうとした所だった。
「主ィィィィィーーーー! 迷子かァァァァーーーー!」
「……おおぅ」
大勢の人波が一斉に同じ方向へ顔を向ける。
俺は今からそこへ向かわねばならない……つまり羞恥プレイというわけですな。
「ふぇふはふぉんへむ」
シアが何か言った。なになに……。
「ディズが呼んでる?」
「ん」
頷く。ええ子やのう。
「じゃ、行ってくるわ」
そのあどけなさに負けて、シアの頭を撫でてからその場を去る。
「何処に行ったのじゃァァァァァーーーーーー!!!!」
「……聞こえてるっつーの」
嘆息しつつ、俺はそのまま人ごみを避けて目的の場所へ向かう。
態々自分から危険地帯へ乗り込むのはどうかとも思うが、俺が行かないとこの騒ぎは収まらない。
ここは一つビシッと言ってやろうと心に決めて、俺は先を急ぐのだった。
†
人ごみの中を歩いている。
視界に映り込む荒波に行く手は阻まれていた。
別にそのまま道を突っ切っていくこともできるが、それでは美しくない。
だから前を往く障害物を軽やかに迂回して、できるだけ早く目的地に着くことが私の最善の道になる。
――――私の往く道は美しくなくてはならない。
それが私のポリシーだった。
誰に感化されたわけでもなく、私はそれを目指している。
果たして、私がそう思い始めたのは、一体いつの頃からだったろう。
過ぎ去った過去は遠く、もう思い出せない。
だから、理由はない。
たぶん、必要もない。
“私”が“そう”であるように、“それ”が“私”なんだろう。
「主ィィィィーーーー!!!!」
視界の端には、少し怒った声で叫ぶ白猫がいた。
珍しいモノを見て、好奇心が疼く。
後ろでそわそわしている少女達の、そのどちらかの使い魔だろうか……。
「いいわねぇ、私も欲しいわ~」
面倒な仕事を押し付けられたら、と軽い気持ちでそう漏らす。
でも実際にはそう簡単にはいかないことを、私は知っている。
「運が良かったのねぇ」
人に害を為す動物は“魔物”、そして人語を解する動物は“魔獣”と呼ばれる。
その魔物や魔獣の中でも魔力を扱い、さらに知能の長ける種族は別称として“魔族”とされている。
他にも精霊や幻獣など様々な者達がいるが、一般的に知能が高くなるほど、彼らは人の姿を取るようになるらしい。
無論、中には例外もあるにはあるが、人語を解するほどに知能の高い魔獣ともなれば、ほぼ確実に魔力も扱えると言っていい。
私が珍しいと思ったのはそこだ。
使い魔自体はそれほど珍しいことじゃない。
だけど、人語を話せるほどの知能の高い使い魔は、そうはいない。
使い魔とは契約による従属の証。
絶対服従を根幹に据え置く契約は、相応のリスクを伴う。条件も同じだ。
そして、あれはまさに、人に従わせることのできる最高レベルの使い魔。
普通に考えれば、あんな小娘達の力では、あれほどの魔獣を使い魔にすることなどできない。
だが、それを可能にするのが――――“双方の合意による契約”。
パートナーとしての絆の強さが、魔術においての不可能を可能にする。
想う力は、それほどに強い。
自分を慕ってくれる魔獣に出逢えたこと、それ自体がすでに奇蹟だと言える。
まあ、そこまでくると、特に使い魔にする必要もないのかもしれないが……。
「いやになっちゃうわ~」
その言葉が向かうのは、運のない自分か、それとも彼女達か。
未練は一瞬で断ち切って、私はそこから歩き去って。
「おっと――――」
「あらら」
突然現れた第三者を避けることもできず、衝突してしまう。
「――――失礼」
男はそれだけ言って、私にはほとんど目もくれず去ってしまった。
「――――?」
不思議な香りがして、足を止める。
甘ったるくて、どこか渋みのある強烈な刺激。
そんな私の知らない香りが、妙に強く印象に残る。
「何かしら……?」
少しだけ考えて、歩を進めた。
今度は誰にもぶつからないよう、華麗に優雅に努めて。
それからすぐに目的の人物を見つけた。
「シアちゃん、ごめんね~。お姉さん待たせちゃったかしら?」
子供のように首を横に振る姿に、私は改めて少女の可愛さを実感する。
「昨日の二人はダメね。今日は……あら? それ、もしかしてあなたが買ったの?」
「ふぁっへふぉらっは」
「買ってもらった? 誰に?」
「ふぁひひふぉ」
「……誰よそれ」
真相が気になる。気にはなるが……。
今は目の前の現実を喜びたいと思う。
彼女がここまで他人に隙を見せるのは、本当に珍しいことだから。
「おいしい?」
「うん」
「そう。じゃあ……お姉さんにも少し分けてくれない?」
「……欲しい?」
「うん♪」
私は出来る限りの満面の笑みでそう答えた。
すると少女は僅かに逡巡して、口から飴を取り出して違う手にもっていた飴と見比べる。
「こっち」
「えっ?」
なんと、彼女が舐めていた方の飴を差しだしてきた……!
「ありがとう♪」
最大の感謝を述べて、宝物を扱うように優しく受け取る。
嬉しさのあまりすぐに齧り付いてしまった。
「苦っ」
……なによこれ、全然美味しくないじゃない。
「あなた――――」
よくこんなもの食べられるわね――――と言おうとして。
ふわりと。
鼻腔の奥まで漂ってくる匂いにハッとした。
甘く饐えたような、ほろ苦いような、その独特な芳香。
ついさっきここに来る時に感じたものと全く同じ、どこか印象深い不思議な香り。
(これは……)
きっかけはそれだけだった。
(まさか――――)
あるいは、私はもう答えに辿り着いていたのかもしれない。
「――――まさか、ね」
けれども、この時の私はまだ、それに気付こうとはしていなかった。




