043話 戦いに集う者達
俺は焦っていた。
人は歳を重ねるにつれ、時の流れが速まっているのではないかと錯覚することがある。
俺は思うのだが、これは錯覚というよりも体感的に本当に速くなっているのではないだろうか?(否、それを錯覚というのか?)
鼠が俺達とは違う時間の中にいるように、象が俺達とは違う時間の中にいるように。
森羅万象、すべての時は移ろいゆく成長と共に、その姿を刻々と変化させているのではないだろうか?
「何をブツブツ言ってますの! 早くしないと時間に遅れてしまいますわよ!」
気付けばジュノンに着いてから早一月以上が経過していた。
旅の日にちも合わせて逆算すると、俺が今まで先延ばしにしていたある案件が顔を覗かせるわけで。
正直気になってはいたのだが、まだまだ先のことだと高を括って棚に上げていたのは認めよう。
なるべく考えないようにと棚上げしていた問題は、すでに自らの重みでその棚を押し潰し、俺の前へと進行を開始していた。
「だから早く着なさいと言っているでしょう!? ほらっ、アキヒト!」
「わかってる、わかってる」
キャルルに怒鳴られて、俺は渋々その艶やかな背広に腕を通す。
「……本当にこれを着るのか?」
「いいから早くなさい!」
腕を通した所で躊躇っていると、凄い剣幕で怒られた。
まぁ、言ってしまえばただの黒スーツなのだが……なんかテカテカだし、ポケットや襟元、果ては背中に至るまで変な刺繍や飾り物(純金?)でいっぱいで、着るのが恥ずかしいほどの仕上がりを見せているわけだ。
聞けばこれが貴族の正装らしい。(マジ焦った)
貴族には羞恥心がないのかと、問いたい。正気の沙汰とは思えん。
「俺は貴族じゃないから、これはさすがに着れないよ」
「フ、フフフ、そろそろ怒ってもいいのかしら……?」
もう怒っているはずなのに、この御仁はそろそろ怒ると仰る。やはり、貴族はどこかおかしいのだ。
「嫌だ! こんなん着て行きたくない!」
「ア~~キ~~ヒ~~ト~~ッ!!!!」
理性を持った俺の最後の抵抗は、その狂気の前に無惨にも儚く散った。
「大事なものを、また一つ失ってしまった……」
「大袈裟ね、間に合ったのだから感謝してほしいくらいよ」
数人のメイドたちに攫われ、この歳になって俺は他人に無理やり着替えさせられるというレアな体験をしてしまった。
しかしあんなに小っ恥ずかしいことをしてくれたというのに、少しも顔を赤らめないとは……思った以上にエトラナ邸のメイド達は鍛えられていた、ということにしておこう。でなければ俺は男として自信を失うはめになる。
そしてボンボンがついたような恥ずかしすぎるスーツに着替えさせられた後、俺はキャルルにある会場へと連れてこられていた。
「ここが俺のターニングポイント……」
俺は今夜の式典を忘れることはできないだろう。
今から俺は人々の記憶に刻まれるのだ……とっても恥ずかしいこの姿を。
「それじゃ私も用事があるから、後で会いましょう、アキヒト」
「え!? まさかそんな! 俺をこのまま一人にするのか!?」
「何を言うの子供じゃあるまいし。それに格好だって大丈夫、なかなか似合ってるわよ?」
キャルルよ、お前の目は節穴か?
「似合ってる? ねぇ、マジで似合ってる?」
「コ、コホン……ええ、その、まあ」
「ちゃんと俺の目を見て言ってくれ」
「に、似合っているわ、よ?」
目が泳いでるよっ!?
小走りで去っていったキャルルは、きっと笑いを堪えていたに違いない。
ああもう、なんてこった……何故俺がこんな仕打ちを受けなければならないんだ……。
そんな感じで、俺は哀しみに明け暮れながらきらきら光る会場内へと足を踏み入れる。
――――ザワザワザワザワ。
早足で受付を通ると、無駄に広い会場内ではすでにパーティらしき催しが進行していた。
そこかしこに並べられた料理に、入り乱れる人の洪水……五十人はいるかもしれない。
さらに一番目立つ場所に垂れ下がる天幕には、“祝ジュノン国選武道大会”と描かれている。
そう、何を隠そうこの式典を開いているのはこの国を統べる三大貴族(以下多数)らしい。
もうすぐ開催される大会の前祝いとして、国がその参加者たちを招待して回っているのだ。
「あーやだやだ」
だからここにいるのは大会を飾る参加者+お偉いさんってことになる。
一応全員参加らしいので、モンさんもここの何処かにはいるだろうが……。
勿論、俺はこの姿で誰にも会いたくないので、端っこの方でちびちび料理を頂くつもりである。
――――ディズが羨ましい。
今、一番傍に居て欲しいディズはここにはいない。
呼ばれたのは大会の参加者だけで、それ以外の者は基本、立ち入り禁止だからだ。
しかし三大貴族の関係者は特別にゲスト扱いされているので、キャルルは普通に入場できたりする。
当然ながらディズは駄々をこねたのだが……そのことでまぁ、色々と一悶着があったのなんの……。
『ふ、ふん、……ぬ、主など、一人で勝手に楽しんでくれば良いのじゃ!』
と、最後に一言吐き捨てて部屋に引きこもってしまったディズ。
どんな捨て台詞かと思ったが、後で必ず何かしらのフォローが必要になるだろう。
面倒なことこの上ないが、奴のへそを曲げてしまえばのちのち、怖ろしい粛清が俺の身に待っているかもしれない。
今フォローして欲しいのは、ディズではなくて俺の方なんだけどな。
なんて考えながら、一人こそこそと会場の端っこに潜む俺……うん、今宵はロンリーウルフで攻めてみますか。
「おお、やはりアキヒト君も来てくれていたか。嬉しいよ」
「…………」
思った傍から出鼻を挫かれた。
げんなりしながら真横に視線を移すと、犯人の顔が見える。
いきなり俺のロンリネスを破壊してくれたのは、あろうことかこの国のトップ……ニコラス氏だ。
「……あんたか」
さっそく出会いたくない男ナンバーワンに出会ってしまった。
ついでに取り巻きの皆さんも一緒にこっちへといらっしゃる。(来んなよもうっ)
ってか、普通にタメ口で喋っちゃってるけど、これって結構やばくね?(自覚はある)
「君の大会での活躍を期待しているよ。盗賊団を壊滅させたその実力、どれほどのものか見せてくれ」
「いえ、俺なんてまだま……だぁ!?」
なにィィィィィィィ!!??
「? どうかしたかね?」
「……いや」
衝・撃!
俺は気付いた。
周りに居る貴族のお偉いさん方が、誰一人貴族の正装たる恥ずかしい格好をしていないということに!
何故だ!? おかしいじゃないか!? どうして皆の服にはごちゃごちゃしたアクセや刺繍がついてないんだ!?
「それにしても君は上等な上着を着ているな。ふっ、私の目に狂いはなかったということか」
「そうですか」
あ? なに? おっさん、ケンカ売ってる?
「まあ、それは置いておこう。この会場には大会出場者が集まっているからね。君も顔合わせだけでもしておくといい」
「そうですか」
うるせーよ! 余計なお世話だよ!
「ふふ、ではな。私もこれから面倒な接待で大変なんだ」
「そうですか」
言いたい事だけ言って、ニコラス氏は去っていった。
ナニコレ、何なのコレ……俺は誰にこの想いをぶつければいいの?
とりあえず、俺はもうあのおっさんに敬語は使わないでいいかな?
………………、…………。
「よし、帰るか」
「ちょっと待ちなさい。どこに向かっているの?」
即行で帰ろうとする俺を背後から止める声があった。
「やっほ~アキヒトく~ん!」
振り向くと、なんだか落ち着きのないキャルルと俺に向かって手を振るミズリーがそこにいた。
「おー」
二人を見て、驚きと絶賛の混じった声が俺の口から漏れる。
ドレス姿だった。
キャルルは首元から肩まで露出した青いイブニングドレス。
首飾りなどの装飾品も、その金髪に良く似合ったデコルテ仕様だ。
ミズリーは桃色の髪とお揃いのピンクのツーピースドレス。
連続したレースのフリルと相まって彼女の魅力を引き立てている。
「おー」
またしても同じ嘆きが口から漏れる。
普段とは受ける印象が全然違っていて、とても新鮮なのだ。
華やかさと気品を耽美に着こなした見目麗しい乙女達が、俺の前に鎮座していた。
「『おー』ってなによ『おー』って……もっと他に言うべき言葉があるのではなくて?」
「用ってのは着替えだったんだな」
「…………」
いかん、思った事を率直に述べようとしただけなんだが……。
「キャルルはすごい似合ってて綺麗だ」
「そ、そうかしら……///」
「アキヒトくん、わたしはわたしは?」
「ミズリーはお嬢様って感じで可愛い」
「えへへーありがとー♪」
ごっつぁんですよ、ええ、はい。
自分もここにいて良かったです。
招待してくれてありがとな、ニコラスのおっさん!(しかし敬語は使わない)
「あはは、でもアキヒトくんはやっぱりその服着てるんだね~」
「???」
「誰のを選ぶか勝負してたのにね~」
「えっ?」
「あっ、ダメ!」
キャルルが慌ててミズリーの口を塞ぐが、時すでに遅し。
やっぱり?
やっぱりって何? ミズリーは知っていた?
何を……決まってる! 俺がこの貴族の正装モドキを着るということを!
「ちょっとそこんとこ詳しくお願い」
「えーと、わたし何かしちゃった?」
「……はぁ、仕方がないわね。できれば言いたくはなかったのだけど……」
聞いて見れば皮肉な話だ。
この前に女性陣だけが出かけた件。
あれはこの日のためのドレスを買う予定だったらしい。
だがそれはいい。それはいいとして、問題はやはりディズであった。
ディズがその日彼女等についていったのは、どうも俺のスーツを買うためだったようで。(余計なことを)
散々迷った挙句、人の忠告を度外視して採用されたスーツが俺が今着ている服だという。(ほんと余計なことを!)
一応、キャルルもミズリーも俺のためを思ってそれぞれ違う服を用意してくれていたようだが……哀しいかな、ディズが一緒に行けないと知って駄々をこねたために、せめて俺がディズの選んだ服を着ていくというところに収まったというわけだ。
俺の知らない所にそんな裏事情があったとは……。
ああ、だから時間もないのにディズに俺の無様な姿を見せたのか。
てっきり笑いを取って、ディズの機嫌を取る手はずだったのかと思ったぞ。(失敗したがな)
「何でディズに行けないと言わなかったんだ」
俺だって知ったのは前日だ。
「ちゃんと言ったわよ、ドレスを買いに言った日に。それでもあの子、『大丈夫じゃ』って言い張るんですもの」
ほんとにアイツの思考回路は正常に動作しているのか?(心配である)
しかしその話が事実なら、今日の今までついてくる気満々だったことも頷ける。
最終的には俺の名声に傷がつくとか、適当に大袈裟なこと言って引いてもらった形だったし……。
「でもそれじゃあ、ディズちゃんもアキヒトくんも得してないよね」
「…………」
なんという悲しみの連鎖!
ディズの直情径行的な性格が負のスパイラルを生み出している!
「すべての元凶はアイツか」
「あ、一応言うけどダメだよ、そのことでディズちゃんを叱ったりしちゃ! ディズちゃんに悪気はないんだからね!」
「ならば放置しておけと?」
ミズリーはそう言うが、俺はイマイチ納得できない。
勘違い……いや、一方的な思い込みはアイツの悪癖であると言える。
悪気がなければ何をしてもいいなんて、そんなことがまかり通っていいわけがない!
「それも全部、アキヒトを想ってのことでしょ?」
「っ!?」
う~む。確かに……そう言われればそうなのかもしれない。
「たぶんまだあの子落ち込んでると思うから、帰ったらちゃんとアキヒトが慰めてあげなさいよ?」
「……具体的にはどうすれば?」
目から鱗とはこのことか。
やはり女性のことは女性に聞くのが一番のようで。
彼女等の意見はとても参考になると、俺は心の片隅で感心していた。
「ディズちゃんの愚痴を最後まで親身になって聞く♪」
「その時、ディズの目を見て頷くことね」
「ディズちゃんの頭を撫でて上げるのもいいかも♪」
「そのまま腕に抱いてあげるのもいいわね」
「それでもディズちゃんの機嫌が直らない時には、『なんでも言うことを聞く』って言えばいいよ♪」
「そうそう、なんでも言うことを聞く……え? なんでもっ!?」
俺は敬服を抱きながらメモを取った。
これぞ十全の構えなり、おかげで俺の悩みが一つ減った。
また何か悩みがあったら、その時は彼女たちに相談に乗ってもらおう。
「嘘はダメだからね? できないことはできないって言わなきゃだよ?」
「成程……嘘はダメ、と」
「ああ、そうだ、大事なこと忘れてた!」
まだあるのか……女心は奥が深いな。
「先に謝ることを忘れちゃダメだよ♪」
「そうね、それが一番大事よ」
理不尽すぎやしないかい? 俺はなんも悪くないのに。
「ディズちゃんを悲しませたじゃない」
「それは自業自得だろう」
「そうじゃなくて、その自業自得にアキヒトが関係してることを謝るのよ」
「ハードル高ぇよ」
俺に関る人すべてに謝れというのか?
「大丈夫だよ、その後に『ありがとう』っていえば♪」
「俺は一体何に感謝すればいいんだ?」
「服のことでしょ……えと、この場合は服を選んでくれた好意に対して」
「う~ん……それならまぁ、何とか……」
譲歩できるギリギリのライン……その好意が今俺を不幸にしてるわけだけど、悪気はないだろうし。
「謝って感謝する、か……」
今思ったが、謝ると感謝は同じ漢字が使われているんだな。成程、『言』を『射る』か……これは深い。
「大事なのは誠意よ」
「ははあ、ありがたきお言葉」
残らずメモした。
「ああ、お嬢様、こちらに居ましたか。ミズリー様もご一緒のようで」
俺が経験値を荒稼ぎしていると、またもや新たな人物が現れる。
クールにまとめた紫髪に濃い紫色のマーメイドドレスをシックに着こなす、紫づくめのリーファさんだ。
「あら、リーファ」
「リーファさん、お久しぶりです~♪」
「あ」
「む、ブホワッ!?」
俺を見た瞬間、リーファさんがいきなり噴き出す。
「……し、失礼……貴様、な、なんなんだその服は……プククク」
「…………」
リーファさんは小刻みに震えながら必死に笑いを堪えている。
口元はすでに痙攣しているので、俺はバカにされている気分以外を味わいようがない。
「笑いたきゃ笑えよ!」
「い、いや……一応、今夜のお前は客だからな……きゃ、客を笑うのは……さすがに……か、勘弁して、やろう……ぷはっ」
その煮え切らない態度が不満だ。つか、笑ってるじゃん……。
「でもリーファの気持ちもわかるわ。私も初見だったら危なかったかも」
「わたしもわたしも」
「帰るッ!!!」
「アーハッハッハ!」
帰れなかった。
「イーヒッヒッヒ!」
俺が帰ろうと向かった先に、モンさんがいたからだ。
「ウーフッフッフ!」
何が最悪って、俺を見たモンさんが大声を上げて笑うものだから、俺の存在が会場内に知れ渡ってしまったことだ。
会場の一帯から容赦のない笑い声が届き、嘲笑と憐憫を絡めた容赦の無い視線に晒される俺、もう涙目。
「くっくっく、すまないすまない。いや、少しツボに入ってしまった」
「あんまりだ! 人権侵害だ! 俺だって好き好んでこんな格好してるわけじゃないんだ!」
笑いという現象は不思議なもので、俺が必死に訴えているというのに誰にも伝わらない。
百歩譲って女性が笑うのは許そう。俺は紳士なので女性に笑われるくらいなら、我慢だってできる。
しかしその他の連中(男共)には俺の迸るパトスを抑える術を知らない。てめーら、絶対に後で覚えとけよ?
そうやって、俺が大会における決意を固めた時だった。
「災難だな、アキヒト」
ポンッと、肩に手を置かれる。
振り向くとそこに天使がいた。
いや訂正だ、ものすごいコケティッシュなドレスを身にまとったウラトさんがそこにいた。
「周りの戯言など気にするな、しっかりと自分を保て」
「…………」
めちゃめちゃカッコイイ言葉で俺を励ましてくれるウラトさん。
野犬の群れに迷い込んだ一匹の子犬は、まさに今救われたのだ。
もう一度訂正しよう。やはり俺の隣にいるのは天使だった……!
「……ウラトさんは俺を見ても笑わないんですね」
「私は人を見た目では判断しない。下らないことで理不尽に虐げられてしまう者の気持ちは、私にはよく解かるからな」
ウラトさんはエルフだ。
しかもハーフエルフと呼ばれる人間とエルフの間に生まれた者。
純粋なエルフとは違う褐色の肌を持って生まれた彼女には、何か思う所があったのかもしれない。
「しかし妙だ、私にはその服が君に似合っていると思うのだがな?」
「ははは」
俺には乾いた笑みしかできなかった。
彼女はちょっと人とは違った感性をお持ちなのかもしれない。
着ているドレスも、布で巻き巻きにしたような奇抜なデザインであるからして……おお、きわどい!
「本当だぞ?」
「……、あざっす」
「礼などいらん」
ウラトさんに礼を言う。
今度はちゃんと笑えたと思う。
彼女は澄ました顔で飄々としていた。
「ところでアキヒト君、ディズ殿の姿が見えないようだが?」
漸く笑いを抑えてくれたモンさんが会話に入ってきた。
因みにモンさんはドレスを着ておらず、普通のTシャツと長ズボンでのご入場だ。(モンさんも少々浮いてる)
彼女には服の見た目よりも機能性を重視している傾向が見られる。(今の姿もいいけどね?)
良いモノをお持ちなのに、非常にもったいないと言わざるを得ない。(ドレス姿も見たかった……)
「ああ、アイツは来てませんよ。大会参加者じゃないし」
「そうなのか? それは……大丈夫だったのか?」
いやいや、大変でしたよ。
「ディズ……とは、確かあの白猫の名前だったな」
「そうですね。あのセンスのない白猫のことです」
何故かウラトさんがディズに興味津々だ。
「君の使い魔だったな。試験で見ていたが、あれほどの使い魔はそういない」
実は使い魔じゃなくて精霊なのだが。
「あれほどの使い魔を従える君の実力にも期待しているよ。大会を楽しみにしている。私を失望させてくれるなよ?」
「え? ああ、はい」
「モンモレットも……少しは腕は上げてきたのだろうな?」
「……当然だ。そちらこそ腕は鈍ってはいまい?」
「ふっ、いい返事だ」
あらぬ誤解を与えたまま、去ってしまったウラトさん。
颯爽と歩く後姿もまた、カッコイイというか刺激的というか。
というか、モンさんとも何か知り合いだったようだけど……ん? あれ、待てよ?
「ウラトさんも大会に出るのか……?」
今さら気付いたが、そうなのだ。
傭兵でここに居るということは参加者だ。
全然知らんかった。まぁ、当り前だけど。
「意外だな、彼女と知り合いだったのか、アキヒト君」
「Aランク試験の時にちょっと」
成程、とモンさんが頷く。
「モンさんも彼女のことを知ってるんですか?」
「知ってるも何も、彼女は前回の優勝者だぞ? ここに居るもので知らないのは君くらいだ」
本日二度目の、衝・撃!
なんと、ウラトさんは前大会の優勝者だった!
「それは初耳っす」
あーー……うん、でも、逆にすっきりしたかもしれない。
彼女が優勝者だと言われれば、なんとなくすんなりと受け入れられる。
そうかそうか、確かに強そうだし、綺麗だし、カッコイイし……おお、やはり最強だ。
「私が去年、敗北を喫した相手でもある」
「ああ……ってことは、モンさんは去年も本戦に進んだんですか?」
「うむ。あの時は初戦で破れてしまったが、今度はそうはいかない」
グッと拳を胸の前で握りしめるモンさん。
燃えてるなーと思う反面、彼女もやはり戦いに生きる者なんだと、そんなことを思った。
「アキヒト君と当たっても容赦はしないぞ? ……いや、容赦はできないと言った方が正しいか」
「はい」
モンさんと戦うのは、本音を言えば複雑だ。
「君も本気でかかってこい。女だからと言って手を抜いたりしたら承知しないからな」
「…………」
ばれてた。
「女性に甘い所があるのは結構なことだが、それとこれとは話が別だ。戦いにおいては特にな」
「……わかりました」
俺は、紳士だ。
女性を殴りたくはない。その想いは確かにある。
しかし試合でそれを実行すれば、彼女の気持ちを裏切ることになるだろう。
自分本意な理由だけで女性を裏切るなんて、そんなの二流の紳士でしかない。
相手のことを想ってこその一流。
だから、彼女が望むのなら、俺は本気で相手をしよう。
例え女性を殴ることになっても、それで彼女の気持ちを裏切らないで済むのなら、それが彼女のためになるのなら、俺の心が傷つく方がよほどマシだと、そう思う。
「容赦はしません」
ジリッと焼け付くような胸の漣を感じながら、俺はモンさんに向かって本気でそう答えた。
「……ふ、ふふふ、ふははははは!」
モンさんが笑いだす。
それは強敵を前にした戦士の笑みだった。
心の奥底で、恐怖と快楽が混ざり合ったような、戦うために本能が作りだした力だ。
「そんな闘気も放てるのか。いや、やはり君は面白い」
彼女が感じ取ったのは、おそらく俺の無意識に反応した微弱な魔力。
普通の人には感知すらできないそれを、しかし達人の鋭い感覚は容易く掬い取ってしまう。
目に視えないが、今のモンさんから伝わってくるざわめきにも似た赤い陽炎が、おそらく俺からも放たれているのだろう。
「モンさんは……」
「ん、どうした?」
そしてたぶん、モンさんは気付いていない。
先程からこの会場を包み込む、その強烈なまでの圧力に。
「いえ、心配してくれてたんですね」
「なに、これで思う存分、私が戦いに専念できるというだけだよ」
気付かないのも無理はない。
だって、それらは全て俺に向けられている。
「ではな、大会でまた会おう」
「そうっすね、また、大会で」
モンさんと別れた後に、俺はその人物に目を移す。
彼女こそ、俺の闘気を引き出すに至った張本人だ。
「ふっ、さすがに気付いていたか……」
遠すぎて声は聞こえなかった。
空気では届かなかった声を、糸よりも細い魔力が伝える。
「先に非礼を詫びよう。すまない、だが少し試してみたかったんだ」
目線の先で、大胆不敵な笑みを浮かべていた。
「私の闘気に、ここまで平然としていた者は久方ぶりだ……確かにモンモレットの言った通り、君はいい気を持っている。ふふふ、どうか私と当たるまでは負けてくれるな」
そう言われたと思った瞬間、俺に向けられていた圧力がなくなる。
なんだか狐に化かされた感じがして、俺も彼女から視線を外していた。
「――――ふぅ」
と、肩の力を抜いた。
ここに居るのは皆、普通の人達ではない。
そのことを、俺はこの身を持って実感させられたのかもしれない。
「ウラトさん、マジこえーよ……」
会場の隅に戻り、窓から外を眺めて俺はそう嘆いた。
窓から見上げた星空は、今の俺をあざ笑うかのようにキラキラと馳せている。
「…………」
なんだか少し眩しい感じ。
ウラトさんの、モンさんの瞳も、同じような輝きを放っていた。
彼女達は、その瞳の先に何を見ているのだろう?
彼女達は、一体何を求め闘おうとするのだろう?
――――たぶん、それは信念。
確固たる何か。
意志を貫く力。
この場に集まった他の参加者達も、きっとみんな、持っているはずのもの。
――――なら、俺は?
何のために戦う?
何を求めて闘う?
俺は何に飢えている?
――――戦いに?
違う。
――――強敵に?
違う。
――――勝利に?
違う。
なら俺は、一体何のために戦うのだろう――――――――?
――――。
「……?」
誰かが俺を覗きこんでいた。
窓の反射を利用して、男の目と俺の目が合わさる。
そこに映っているのは、俺にとって見覚えのある男の顔。
「え……?」
俺は自分の目を信じられずに、振り向いて。
「まさか……」
そう溢した男の声が、微かにあった俺の記憶を呼び起こす。
威圧感のある体格、低くて太い声、細長く尖った鋭い眼光。
五感から得られる全ての情報が、やがて一つの答えへと帰結する。
「……お前……アキヒトか?」
「……おっさんっ!?」
驚いた。
驚きすぎて、何も分からなくなる程に驚いた。
振り返った俺の前には、俺がこの世界で初めて出会った人物……グレーニン・グランバルトの姿があった。
次は雅樹を登場させてみようと思います。




