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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第二章 巡り逢い編
34/59

034話 極式

ヘイお待ちっ!

豪華なベッド(天蓋付きではない)で朝の起床。

しかし思いのほか良い眠りは体験できなかった。

昨夜の失敗が尾を引いている。招待されてなんだが、いきなりこの家に居辛くなってしまった。


とゆうわけで、目覚めと共に街へと出かける。


ニコラス氏がずっと屋敷に篭りっぱなしというのも考えにくいが、昨日の今日で相見(あいまみ)えるのは遠慮したい。

記憶消してえなぁとか思いつつ、まだ熟睡しているディズのためにメモだけ残して、俺は街を探索することに決めた。


「……ふぅむ」


朝の街はやはり人気が少ない。

まだ貴族特区とかいう金持ちの通りだからだろうか。

街並みを眺めなら、なけなしの記憶を頼りに商店街の方へと向かって行く。


当面の目的はギルドの場所を発見すること。

それからこの街の地図を頭の中に描くこと。

あとも候補は色々とあるのだが、取りあえず今日一日はそれで潰れるかもしれない。

なので、今日は久々の一人の時間(エンジョイタイム)と洒落込もう。俺は今、自由の名の下にいる。


「HEY,You! Come on baby baby baby!」(ちょっと待ちな、ゲラゲラゲラ)

「うわっ?! な、なんだぁ?」


慣れない街を走駆するため、無理やりテンションを上げる必要がある。

そう思った俺は通りすがりの人物と英語でもってコミュニケーションをとってみた。

勿論、誰も俺のことを知らないというのが前提条件である。……いや? 知ってる奴でもやるかもしれん。


「Where is the GUILD's house?」(ギルドハドコデスカ?)

「な、何を言っているんだっ!?」

「OK? Do you understand?」(ワタシイッテルコト、ワカリマスカ?)

「え……あ……?」


……ふと思ったが、俺の喋った言葉はベルバ語に変換されているのではなかったか?

なぜ、相手は反応を示さないのだろう? 曲がりなりにも俺は今ベルバ語を話しているはずだっ!


「I'm freedom! You're freedom! We're friends!」(あえて訳さない)

「す、すまない。急用があるのでっ――!」


通行人は去ってしまった。ダメだ、通じていないらしい。

俺が英語を喋っていると認識しているのが悪いのだろうか? ……解からない。

不思議な事もあるもんだと辺りを闊歩(かっぽ)し、人を見つけて今度は日本語のつもりで話す。


そんなことを何度か続けて……。

歩いて歩いて、ついに辿り着いたギルド。(……案外遠いぜ)

それを見た俺はギルド3度目の感想を告げた。


「……な、なんという……!」


これは凄い、と本場(?)のギルドに舌を巻く。

土地をごっそりと買い取って作られた、由緒ある金持ち専用の学校みたいな感じだ。

大きさはもう言うまでも無いが、それと共に気品に満ちた歴史ある建造物に目を惹かれる。


「さすがジュノン、さすがギルド」


『やってくれると思っていたよ』とか、訳も解からずに捲し立てて。

はやる気持ちはそのままで、ギルド内部へと足を踏み入れる。内心、それだけで感動モノだった。


そして中へと入って、一頻り見渡した後に一言。


「イッツァビューーーティフォワァーーールド♪」(出来る限りの流暢な発音で)


出てこいギルドの総責任者。

夢の先駆者(パイオニア)よ、俺は貴方に最高の感謝を捧げたい。


そこに居たのは期待を裏切らない素晴らしきガイドさんたち。

綺麗で可愛いスタッフのお嬢さん。ナイスなバディを見せつけてくれるお姉さん。百花繚乱の美人畑。

もう何も言うまい。俺、ギルドの宿のお世話になろうかなと真剣に考えてしまうほど、そこには光で満ち満ちていた。


無論上機嫌で店内を回り、飲食店で朝食をとった俺は次に武器屋や宿屋、防具屋、道具屋などを冷やかしてゆく。

目星(めぼし)い物はあるにはある。が、やはり大量生産品が多くを占めているようで、どうもピンとくるものが少ない。

しかしそれだけでも時間はお昼に差し掛かり、これはヤバいなと漸く我に返った俺は昼食後に街の散策に戻ることにした。



†



「まったく、何処をほっつき歩いとるんじゃっ!」


ディズの機嫌は悪い。

それは秋人が居ないからだ。

と、すぐに解かるほどには彼等は時間を共にしている。


「まあまあ、ディズちゃん。落ち着いて」

「もう昼じゃぞ! 主は何時になったら戻って来るのじゃ!」


昼食の時間。細長い食卓に並んでそれぞれが料理を口にしていた。

そこには秋人を除いたいつものメンバーが集まっている。

他にもリーファやメイド、執事達も傍に仕えているが、ニコラス達は不在だ。


「キャルル殿、少し話があるのだが」


ディズの喧騒の後、話を切り出したのはモンモレットだった。


「今日から私はギルドの宿屋に泊ろうと思う」

「えっ? 何故ですかっ!?」


その発言に驚いたのはキャルルだけではない。

その場にいた全ての人間がモンモレットを見た。


「私は傭兵だからな。ギルドの宿屋の方が効率的なのだ」

「そ、それはそうですが……」

「確かに招待してくれたことは嬉しいが、この前、私はまだ未熟者なのだと気付かされたからな」

「あ……」


モンモレットもあの夜の出来事を悔いていた。

もっと自分がしっかりしていれば、事はすぐに済んでいたのだと。


「それにジュノンの大会もある。それまでに私ももっと強くなっておきたいのだ」


それは傭兵であるなら誰しもが持つプライドだった。当然、キャルルにも同じ思いはある。


「そうですね……モンさんの仰ることもよく分かりますわ」

「せっかく招待してくれたのにすまないな」


そして傭兵は彼女等だけではなかった。


「……確かに良く分かります。すみませんキャルルさん。僕もギルドへ行きます!」

「オスカーならそう言うと思ったわ」

「もっと強くなるために、アキヒトさんに追いつくためには……すみません」

「……ええ。気にしないで」


モンモレットとオスカーがギルド行きを発表する。

ミズリーは近くに実家があるので今日いっぱいで帰るつもりだった。

そうなると残るのはキースと秋人だけになる。必然、残ったキースに視線は向けられた。


「あ、俺は残るよ。料理も美味しいし、風呂もあるし、部屋は広いし。此処よりいい所なんてないじゃん?」

「……まあ、大会が終わるまでならいいでしょう」


キースは微妙に歓迎されていなかったが、幸か不幸かそれに気付くことはなかった。


「キースは傭兵じゃないから残るとしても、アキヒトくんは傭兵でしょ? やっぱりギルドの方に行っちゃうのかな?」

「……どうでしょうか」


キャルルもミズリーも内心ではここに居て欲しいと思っていた。

しかし彼は皆と同じようにギルドに行ってしまうのではないか、そういった不安が胸に燈る。


「ねえねえ、ディズちゃんはどう思う?」

「ふぅむ、どうじゃろうな。主にはあまりそういった気質はないように思うが……」


ディズはポツポツと考えながら話し出した。


「戦いは好まぬと言っておったし、そもそも大会に出たのも儂が進めたからじゃからのぉ」

「へぇ~そうなんだ。じゃあここに残ってくれるかも?」

「う~む……しかし主は変わっておるからな」


ディズは判らないと判断する。

残るような気もするし、残らないような気もする。

知っていたつもりで、けれども自分はまだ秋人のことを良く知らなかったのだと、ディズは気付いた。


「ディズはどちらがいいの?」

「儂か? 儂はキャルルの家の方が良いかの。まあ、主が居ればどちらでも構わんが……」

「うふふ、貴女ってホントにアキヒトのことが好きなのねぇ」

「い、否、違うぞっ!? 儂は主と契約しておるから、傍に居らんとならんのじゃ!」


ディズはその手の話には弱いので取り乱してしまう。

理由は色々とあるが、今までそういった事に触れる機会が少なかったのは事実である。

しかしそれも、秋人に出会ってからは増加傾向にあることは確かだ。


「あら? じゃあ契約がなければ違うのかしら?」

「う……それは、じゃな……ぬ、主は……」

「ふふ、冗談よ♪ そんなに悩まなくともわかっているわ♪」

「むかーーーっ///」

「きゃっ、痛い! ごめん! やん、私が悪かったからっ!」


ディズの機嫌は悪い。

それはキャルルがディズを揶揄(からか)ったからだ。


「お嬢様!? 大丈夫ですかっ!?」


ディズに引っ掻かれるキャルルを見てリーファがすっ飛んできた。(傍にいたのだ)


「おのれ白猫! お嬢様に何をする!」

「キャルルが悪いのじゃ!」

「ちょっと、リーファ!? 止めなさい!!」


睨み合った二人を見て、キャルルが慌てて仲裁する。


「今のは私が悪かったのですから、リーファは下がっていなさい。ディズも少しふざけていただけよ」

「は、申し訳ありません」

「うむむぅぅぅぅぅぅぅ」


どちらも冗談が通じない困ったさんであった。


「あ、それじゃあさ、ディズちゃんから頼んでみてよ!」


頃合いを見計らって、ミズリーがいい事思いついた、といった感じで提案する。


「何を頼むのじゃ?」

「アキヒトくんがこの屋敷に残ってくれるようにだよ!」

「わ、儂がか? し、しかし主は聞いてくれるじゃろうか……困らせることにならんかの……」

「大丈夫だって! アキヒトくんはディズちゃんの頼みを無下にしたりしないよ♪」

「そ、そうかのぉ……」


何時になく謙虚なディズ。

珍しいこともあるものだ、と他の皆はそれを温かい目で見つめ。

さらにその光景をリーファが針を通すような目で見守っていたのだった。



★



「……迷った」


超まずい。ここは何処だ。


祭りの如くに人が行き交う商店街。俺はウキウキしながら観光に勤しんでいたはずなのだが……。

あまりに人が多すぎたせいか、はたまた何かが俺を呼んだのか、気ままに進んだその先は少々予定外な場所で。

商店街を抜けた先、家々の間を抜けて小さな橋を渡った後、気がつくと俺は路地裏みたいな別世界に迷い込んでいた。


やばい。完全な迷子になってしまった。人も皆無。そして……。


「抜けれん……!」


迷路だった。曲がれど曲がれど同じような道、同じような風景が続く、狭い歩道に薄暗い雰囲気を灯す未知の空間。

もう彼是(かれこれ)30分くらいはそこを彷徨っているだろうか……そろそろ違った風景を見たいのだが如何したものか。


「あ、ドアあるじゃん」


今までスルーしてきた景色に、ちゃっかり紛れこんでいた(見落としていた)扉。

というか、何度扉の前を通り過ぎたのだろう。

く、俺としたことがこんな事に気が付かなかったとは……!


「お、空いてる。すいませ~ん」


と、気の抜けた声で扉を開いて来訪を告げつつそのまま中へと入る。

不法侵入かもしれないが甘い事は言ってられない。こちとら立派な迷子なのだ。

あまり大声で言いたくはないが、誰かに保護して貰わねば迷路は抜けれない自信があった。


「……?」


侵入したその先は店の中のようだ。古臭い印象を受ける商品(?)や古臭い人形など様々な物体が列挙されている。

たぶんアンティークショップだと思うが少々薄気味悪い。雰囲気……というか空気が違う。重たくて暗い感じだ。

靄がかかった心のまま俺は異様に広い店内を見渡す。が、やはり人は居ないようで――。


「――いらっしゃい」

「うぇい?!」


真横にあった老婆の人形が突然喋り出した……否、人形じゃなかったらしい。

マジでビビったじゃねえか。心臓に悪い。ったく、なんなんだこの婆さんはよぉ。


「おんやぁ? 新規のお客さんかえ?」

「……? まぁ、確かにここへ来たのは初めてだが……」


新規の客って……こんな迷路みたいな所にある店に客なんて来るのか?

っと、そんなことよりもさっさと帰り道を聞いておこう。これで助かった……!


「婆さん、俺迷っちゃったんだけどさぁ……どっちに行けば貴族特区へ行けるのか教えてくれないか?」

「ふぇっふぇっふぇ、そうかい、お前さん呼ばれてきたのじゃな。珍しいのぉ……はて何年ぶりじゃて」

「ギルドでもいいんだ。知ってるなら道を教えてくれないか?」

「そんなことよりお前さん。今探し物があるんじゃないかえ?」


…………アレか? 道を教えて欲しくば何か買って行けと、そういうことか?

客なんて滅多に来ないから、偶然転がり込んできた俺を逃さないつもりなんだな? そうに違いない。


「……そうゆうことなら仕方がないか」


タダで教えてくれるなんて虫の良い話だということだ。世の中そう甘くはないらしい。


「じゃあ、指輪とかある?」


丁度ディズに買ってやる約束をしていたのを思い出した。

しかし猫がどうやって指輪を嵌めるんだろうか? 尻尾に通すのかな?


「指輪か……いくつかあったかのぉ」


婆さんはそう言って徐(おもむろ)に奥へと引っ込んでいく。

歩くというより、地面を滑っていく感じで動くので少し怖かった。

そして数分も経たない間に、「こっちへ来んかい」とカウンター(レジかな?)へと呼びつけられる。


「これかえ?」


カウンターの上には指輪が3つあった。

どれもこれも怪しい光を放っている様に思うが、見た目はそれほど悪くない。


「あ、これいくら?」


その中の一つを手に取る。

ネックレス型の指輪だったからだ。

これならディズも着けられる。理由はそれだけ。


「それなら金貨10枚じゃな」

「……は? 金貨、10枚?」


思わず復唱してしまう。ちょ、金貨10枚って、1000万だぞ? 

いくらなんでも吹っ掛け過ぎだろう。ってか、そんなに金持ってないよ!?


「買うのかえ?」

「買えんわっ!」


この前あった臨時報酬を足しても金貨3枚ほどが俺の持ち金……到底届かない。(それでも300万だ)

試しに何度か値段を聞いてみても金貨10枚の壁は揺るがない。あっちもマジらしい。

そうか、客が来ないのに店が続いているのはそうゆうカラクリだったんだなと、俺は妙に納得した。


しかし何か買わないと道は教えてくれない。……どうする俺っ!?


「ふむ、指輪ではないらしいの。他に捜し物はないのかえ?」


く、一番安いものはダメなのか? 他に俺が探してるものなんて……。


「……あ、いや、でも……“鞭”なんて……置いてないよな?」


ここは武器屋じゃあるまいし、そんなものが置いてあるとは思えない。

だけど俺の探してるものなんて他には……あ、地球への手がかりとか?


「鞭、とな?」

「……ああ」


婆さんの目つきが変わった。

皺くちゃの目を見開いて俺を睨みつけてくる。怖っ。


「な、なに?」

「もう一度訊くが、お前さんは鞭を探しておるのじゃな?」

「……まあ、一応探してはいるけど」


その様子からして本当にあるのかもしれない。ここは一体何屋さんだ?


「オロウ!! オロウや!!」

「!?」


イキナリ謎の雄叫びを咆哮する婆さん。(オロウ屋……だと?)

もう、マジで勘弁してほしい。この婆さんはホントに心臓に悪いぞ。


「オロウ! 聞こえ取るじゃろ! はよう出て来んかい!」

「わーってるよ、ばあちゃん。今行くからっ!」


カウンターの奥の通路から男の返事が返ってきた。

ついでに俺とそう変わらない歳の青年が出てくる。


「あれ? お客さん来てるの?」

「オロウや、アレの準備をし」

「何、アレって? ばあちゃんボケたか?」

「ボケとる場合か! あの鞭の準備じゃ!」

「……ええっ!? マママ、マジでっ!?」


オロウと呼ばれた青年と婆さんが慌てている。俺にわかったのはそれだけだ。


「さっさと行かんかい!」

「いてっ!? わっーた、わっーたからっ」


婆さんに足を蹴られて奥へと引っ込んでいく青年。

呆気に取られていた俺も漸く口を開くことが可能になった。


「最初に言うけど俺の予算は金貨3枚だぞ?」(全部は使いたくないけど)

「……別に金など取りゃあせん。お前さんが持ち主ならな」

「持ち主?」

「まだわからん。ついてこい」


そう言って婆さんも奥へと引っ込む。

俺も訳もわからず奥の階段を下りて。

怪しさMAXの薄暗い部屋へと案内された。


「……これ」


入ってすぐに息を飲む。


小さな部屋の中央の台座にそれが設置されていた。

透明な箱があって、さらに白い包帯みたいな布で箱ごとぐるぐる巻きにされている。

中に入っているのはとぐろを巻いた黒い蛇のような物体……それが何かというのなら、鞭という名称が正しいのか。


息を飲んだのはそれが禍々しいまでの魔力を纏っていたからだ。

目で視なくとも分かる、黒い狂気が溢れだしたかのような不気味な魔力。

逆に目に視えてしまっていることが、さらに忌避とした感情を訴えかけてくる。


「来たか、ばあちゃん」


青年は台座の傍にしゃがみ込んで手袋を装着していた。


「準備はできたのかえ?」

「ああ、いつでもバッチシよ!」


婆さんは緊張感を保った声で、青年は少し興奮した声だった。


「これがお前さんの探している鞭じゃな?」

「……ああ」


自分でも何故かはわからない。

どう見ても危険な代物なのに、しかし琴線に触れるモノが確かにあった。

アレは俺の物なのだと、心の何処かで確信している。そんな奇妙な感覚が俺を支配していた。


「十中八九、お前さんはアレに呼ばれたのじゃろう。……爺(じじい)が言った通りにな」

「爺?」

「これは俺のじいちゃんが作った魔導器なんだ」


俺の疑問には青年が応えてくれた。


「じいちゃんは魔導器を創る天才職人だったのさ……もう死んじゃったんだけどね。それでも、今でもこの業界でじいちゃんの右に出る者はいない」

「魔導器……」

「そしてコレが、じいちゃんの最高傑作であり……一番の問題作でもある魔導器なんだよ」


誇らしく、それでいて厄介そうな顔をして彼が言う。


「こいつの名前は『極式(きょくしき)』。勿論ただの鞭なんかじゃない。周囲の魔力を喰い散らかしちまう危険な奴だ。俺でも封印がないと迂闊に近寄る事もできないくらいには凶暴な魔導器さ」


『ホント、こんなのどうやって作ったんだか』と青年が呟く。

尊敬と畏敬の念に溢れたその表情に、彼も職人なんだろうと思った。


「いいか? 今からその封印を一時的に解く」

「……大丈夫なのか?」

「んなわけないだろう。まあでもアンタがこいつに呼ばれたってんなら、たぶん大丈夫だ」

「もしそうじゃなかったら?」

「アンタの魔力が喰い尽されて死んじまうな」


道を聞きたいだけなのに、俺は命を賭けるのか。

クリアな意識の中で葛藤する。やるか、やめるか。

けれど俺は引き返せない。俺の勘はそう告げていた。


「汝(なんじ)、主人を欲する者也(ものなり)。汝、主人に振われる者也。汝、数多を喰い尽くす者也」


突如として婆さんが念仏を唱え始める。


「汝、魔也て魔を払う者也。汝、在るべき場所に在るべき主人現れん」

「じいちゃんの遺言だっけ?」

「違うわい。ソレを創った時に爺が説いた祝詞(のりと)じゃ」

「……どうゆう意味?」

「いずれわかる」


要するにあんたもわからないってことでいいか?


「じゃ、始めるぞ? 準備はいいか?」

「いつでも」


と俺の返事に青年は一度だけ頷いて。


手袋を嵌めた手で封印の布を解いてケースを抜きとった。


瞬間、あたりは深い闇に包まれる。それは闇自身が創りだす漆黒の闇――――。





――キ――カ。





気付くとそこは不確かな風景。

幻惑の白いフェンス。記憶の中の病院の屋上だ。

前に一度来たことがある……ディズが言うには俺の中の心象風景ってやつか。


しかし辺りは黒い悪魔の気配で溢れている。

屋上は闇の触手……いや、黒い鞭に浸食されていた。


どこまで続いているのか判らない黒く長い触腕。

それが屋上のフェンスや地面にびっしりと張り付いている。


――キサマ――レノ――カ。


その黒い悪魔は、いつの間にか俺にも巻きついていた。


「くっ!?」


自覚した途端、浸食される痛みと力が抜けていく感覚に襲われる。

俺を殺そうとしているのか、あるいは乗っ取ろうとしているのか……。


「はっ、お前如きが。させるかよ」


痛みに耐えながら吐き捨てた。

軋む屋上の上で、俺は反撃に出る。


俺を浸食していく悪魔、悪魔を侵略していく俺。

俺が受ける痛みと苦しみは、悪魔に与える痛みと苦しみ。

俺が奪われたモノは、悪魔から奪い返す。


………………。


…………。


……。


否、待て――――――――何か――――――――。






――――貴様が、我の主人か?



☆★



「ははは、マジでやりやがったよ」


青年の声が聴こえた。立ちこめていた闇はすでに無くなっている。


「おおぉ、爺、見ておるか……ついに時が来たぞ」


婆さんの声も聴こえた。俺はというと、鞭を握ったまま台座の前に突っ立ていた。


「げ、震えてる」


鞭が勝手に振動していた。


「喜んでおるのじゃ。持ち主が現れるのをずっと待っておったからの」

「意思があるのさ。そいつはとびっきりの魔導器だからね」


実際困ってたんだよ。と青年は俺に語ってくれる。

爺さんが全盛期に残した遺産。それはオロウが生まれる前にはもうここにあったらしい。

近づく者全てを危険に晒してしまう魔導器は、完成してすぐにこの家に封印されていたのだ。


「爺はよく憂(うれ)いておった」


最高の魔導器が完成したのに、それを扱える者がいない。

魔導職人にとってそれは耐えがたいほど悔しいものであったようだ。

死ぬ間際まで愚痴をこぼしていたそうで、自分の代わりに見届けてくれと婆さんは言われていたらしい。


持ち主は奴が呼んでくれるから、と。


「結界を張ってあるのも半分はそのせいなんだ」


そして俺の迷い込んだ迷路。実はあれ、魔法で歪められた空間だったらしい。(どうりで)

もし鞭の封印が何かの拍子で勝手に解けた時、被害が拡大しないためだそうだ。(これが半分の理由)

勿論偶然そこに迷い込むなどあり得ず、やはり俺は鞭に呼ばれていたのだろうと言われた。(自覚はないが)


「ホントに金はいいの?」

「ああ、持って行ってくれ。じいちゃんからの遺言だ」

「ちゃうわい。何でもかんでも遺言にしおってからに」

「似たようなもんだろ? ずっと言ってたじゃん」

「それよりお前さん、名は何という?」


名を聞かれたので言ってやる。


「成程。覚えておこう」

「俺はオロウ。将来はじいちゃんみたいな魔導職人になるからよろしくな!」


おう、と返事を返す。婆さんの名前は聞いても教えてくれなかった。


代わりに帰り方を教えてくれる。

というか、裏口に案内されただけだが。

ここから外へ出ればあの迷路空間とおさらばできるようで。


「合言葉は――――ぢゃ」


この店に入るためには合言葉が必要らしい。

お前さんならまた来る時があるやもしれん、と丁寧に正規の来店方法まで説明してくれた。

一応守秘義務があるみたいで特定の客以外はお断りなんだと。怪しい物も沢山あるのだろう。(これがもう半分の理由)


「それじゃ、色々ありがと! 婆さん、オロウ」

「ちょい待ち」


別れようとして、呼び止められる。

そして婆さんから高すぎて買うのを諦めた指輪を渡された。


「餞別じゃ。持って行け」

「いいのか?」

「ちょ、ばあちゃん、あれ、金貨10枚……」

「まあ、新規のお客さんじゃからのぉ。初回特典じゃ♪」


ニッコリ笑ってピースしてくる婆さん。

その親切心に感動した。気味悪いとか思ってごめんな、婆さん。


「それじゃ、サンキュ!」


そう言ってドアを開ける。外は路地裏のままだった。

大丈夫なのかともう一度ドアを開けようとすると、鍵がかかっているのか開けられない。(し、閉められた!?)


だが婆さんの言葉を信じるならもう迷路にはなっていないはず。

そう思い、俺は気を取り直して歩き出した。空はもう赤くなってきていた。



本篇よりも鞭の名前決めるのに時間かかった。


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