暗転撫斬
寝坊が許される世の中になるまで、私は戦い続ける。
「……ガァッ!!?」
何故だ?
「……くっ!!《リング》『水龍……」
何故だ!?
「その指輪なら先の一太刀で壊しました。」
「……何故そこに居る。」
「私は私の足でココまで来ましたよ。……はぁ!!」
右肩に刺さった緋色の痛み。
容赦無く抜き取られるが、痛みだけは居座り続ける。鈍感になってしまった私でも感じる痛みに、少しばかり恐怖を抱く。
「可笑しい!可笑しい可笑しい可笑しいぃ!!」
傷、傷、傷。チャンバラなら全て受け流している筈なのに増える一方の傷。使おうとした指輪は壊され、女は瞬きと同時にその身を視界外に移動する。
「能力は何だ……瞬間移動か!?強制的に傷を作るモノか!?」
「いえ、そんな大層なモノでは無いですよ。唯のまやかしです。」
レベル以上の動きをしているからして、奴の攻撃能力は明らかに向上している。それだけなら対応も出来るが……何が起きているのだ!!
右足に痛み、左腕に雷の焼き跡、そんなもの俺は知らない。銀の響音の中で起こる意識のズレが怖くて仕方が無い!
「…………なっ……ア!!?」
数秒の間ーー
恐る恐る自分の胸に手を当てる。
その手はものの数秒で温かく赤い液体に染め上げられ、手から伝わった触感で悟ってしまう。
「貴様……心臓を……」
「致命傷です……助かる術はポーションを使うぐらいでしょうけど……生憎、指輪なら壊させて頂きました。」
「…………ッ!」
「そんなに睨まなくてもお教えしますよ、冥土の土産にでもして下さい。
私の『アンテンナデギリ』の能力は、所有者の速度上昇、攻撃力上昇など戦闘能力の向上を図るモノが大半です……が、特筆すべき能力は【7撃目を受けた相手は、その部分と少し前の時間を忘れてしまう。】という所です。」
「そんなもの……」
「6撃目までは何でも良いのです、蹴りでも魔法でも、撫でる様な優しい剣撃でも。」
腹ただしいが、忘却の剣なら合点はいく。
知らぬ間に増える傷も、1人でに壊れる指輪も、瞬間移動の様に感じた奴の動きも。全ては7撃目に奴自身が行った所業だったのだ。
「あ、その魔法を使って良いのですか?」
「……!!」
この指輪に何をした!?何かを仕掛けたのか!?いや、けれど7撃目という限定的な時間でそこまでの事が出来るとは……
「……記憶の無い時間が怖いですか?疑心暗鬼になっていますよ、けれど安心して下さい。私はその指輪に何もしていません。」
副隊長は馬鹿にした様にせせら嗤う。凛とした素振りですら、私を馬鹿にしている様に思えて仕方ない。
……掌の上で踊らされている??
「……フハッ!……グッ……フハハハッ!!」
「狂いましたか?」
「こんな小娘にコレを使うとは……非常に遺憾だ。」
魔力を流動的に、そして集中的に収集、絞り尽くして良い、森の全部を喰らう。
腐の嵐が周辺を覆いだし、生気を無くした木々が騒めき始める。
「……!!」
あぁ、カラカラの喉を潤す様な感覚だーー
身体中の傷は癒え、胸の穴さえ塞がっていく。五感が鋭く洗練され、表皮は鎧の様に黒く染め上がる。これが蓄積された魔力を具現化した姿か。だが、まだイケる、まだ取り入れられる。
「させないッ!!」
「…………フッ!」
「……………キャァァァ!!」
ミシミシと骨が折れる美音が耳を喜ばせる。片手で振り払っただけでこの威力か……実に素晴らしい。
「刀匠の忘形剣『キュルレイーパー』最大だ。今の俺は、死人とのコネクションを切り、完全に自分だけに魔力を送っている。森の魔力を吸い続けている間は無敵だ。」
副隊長は、木にもたれかかる様にしながら辛うじて立っている。
「さぁウルトでも何でも使いたまえ。君の7撃目を記憶の中に捉えられるか捉えられないかなど、今の私には差異は無いがねッッ!!」
軽く殴った程度でも、一帯を削り飛ばす程の力が発生する。木々諸共吹き飛ばされた副隊長は、まるで紐で吊るされた人形の糸を、無情にも切ってしまったみたく崩れ落ちる。
「成る程悲しき、死んでしまうとは情け無い!!」
「…………」
虚ろな目に脇腹を押さえながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。そして指差すその先にはーー
「やっと意識を逸らしたわね……!!」
心臓を握られている感覚とはココまで冷たく残酷なのか。自分の命は今、奴の掌の中かッ!
「……なっ!?何故貴様が……!!やめろッッ!!私のキュルレイーパーに触れるなッッ!」
「用心深い貴方は私と交戦しながらもノアの動きも把握していましたね……けれど、分かりませんでしたか……セナちゃんを介抱する彼女が、少しずつ移動している事を……」
そんな筈は無い!!奴に不穏な動きは無かった!!黒猫にHPポーションを使っていた、確かにそれだけだけだった!!
「私が気付かない筈がァ!!」
「……貴方は気づいていましたよ……けれど忘れてしまった……」
「なッ………!!」
ウルトの効果が発動する、7撃目の瞬間にだけ動いていた……のか!?
「話はもう良い?それならココで消えて貰うわ!」
ゾクリと背を撫でる死の吐息。私が死ぬ?こんな所で?そんな事は予定に無い、死んではならない。
※※※
「大丈夫だから。きっと大丈夫。」
温かい光に包まれるーー
それは陽だまりの様に温かいーー
「大丈夫……」
意識が戻ってくるーー
ブレる焦点が定まり、ゆっくりと目を開ける。
「グワァァァ!!!ハヤクッ!ハやクタすケ……」
先程まで隣に居た筈のノアが、鎌を引き抜くと同時に男は悶え苦しみ始める。
……バキッ!!……グチャッ!!
不快な音と共に人の形をした肉塊は捻れ、歪み、複雑に絡み合い、重力に逆らった罰の様に、その身は小さく小さく押し固められていく。そうして次第に存在は希薄なものとなり、小石ほどまで圧縮された肉塊のみが腐敗の森に残された。
そして、へたりとその場に座り込むノア。
「シャルナの作戦通り上手くいったわね……」
「……えへへっ……リバウンド型のウルトだと……予測でしたが合っていて良かったです……アレだけ大規模に能力を使えば、鎌が大地から離れた時に、自身が滅びるぐらいの反動が来ることも分かりきっていた筈でしょうに……」
盤面は俺が用意した。しかし実働の2人に感謝しなければならない。
「ノア!シャルナ!有難うございます!」
ただ……
「セド……んんっと……セナ!起きるのが遅いわよ!悪いけど先に魔格者は倒しちゃったわ、私とシャルナでね。」
何かが気に食わない。
「シャルナの怪我を治さないとだけど、ポーションを既に使っちゃったから……急いでギルドに帰りましょう。」
引っかかる事が有る。
「……急がなくても私は……平気です。けれど身体中の骨が折られていて……動けないです……こう……目を開けるのもやっとで……」
そう言って徐々に目を閉じるシャルナ。頭からウサギの耳がピョコンと生えており、魔力が底を尽きそうだという事を知らせる。
「全部終わったんだから……無理しないでゆっくりと帰れば良いわ。」
【……はっ……はっ……こ、この先に……川が有ります!!其処まで逃げ込めれば……奴らも諦める筈です!!】
……何故言い切れた?
「はい……」
【では……言い出した私と御三方で行きましょう!女性に取りに行かせる様な無粋な真似はしないですよね?ほら!】
……俺達を分断させたのは?
「ほらセナ、早く行きましょ?こんな所に長居はしたく無いわ。」
「2人と共に捕まっていた彼女は何処に行った?」
「……え?」
固く結ばれた紐を解いていく様に……丁寧に丁寧に記憶を辿る。
【決まってんだろ。金だよ。唯、最近は森に行く奴なんざ、変わり者だけさ。今日だっておたくらが初。】
【残念ながら死人化出来るのは1日に4人までだ。今日は既に3人、あと1人のみ】
何故1人の枠が余っている?俺達の仲間は4人、そしてその全てが捕まって居た筈なのに。
【森林狼は森の守護者です。強敵なのではっ!?】
その守護者がクモを必要に追かけるのは?
【私は大丈夫です。
出身の森にはこんな奴ばっかでしたし!
しかもこのクモ、触っても大丈夫な部類ですよ、ほら……可愛い!!】
【クソッ!!あいつめ!魔力を追う様に命令したのがアダになっているでは無いか……!!】
「……クモだ……!!!」
……ッ!!
俺は背後から迫る影を間一髪避ける。
「うーん。もう一歩って所だったのにネェ。惜しい、惜しいよ子猫ちゃんッ!」
闇に蠢く黒い影と、聞き覚えのある声と顔。
「……お前が……!!」
※※※
「クエストクリアおめでとうございます♪フォレストバットの討伐、お疲れ様でしたぁ。」
「マイナ……」
彼女はけろっとした素振りで、柔かな笑みを向けてくる。
「君達がぁ、アイザーを倒すとは思って無かったからさぁ?今回、私の出番が有ると思わなかったの、だからあんまりお洒落出来なかったんだけど……こんな場所だし良いよねぇ?」
「いつから……!!?」
シーッと口元に指を当て、問いよりもアレを見ろ。と指を指し示す。
「……うぅ……」
「……うぁッッ!」
途端に苦しみだす2人、自分の肩を抱きながら、その場に崩れ落ちてしまう。
「ノアとシャルナに何をしたッ!!」
「簡単な麻痺毒、立っていられない程の苦しみは味わうけど死にはしないよ♪」
「お前ッ!!」
「待ちなよぉ、そんな姿でさ?私を倒せると思うのかな?勝てないにしても、せめて元の銀髪ちゃんに戻ったら?」
「ならもっとイイモンに戻ってやるよッ……!!」
目にも留まらぬ速さでーー
防ぐ暇も与えずにシャトルーズ・ムーンの斬撃が彼女を襲う。咄嗟に腕でガードするものの、鋭く研ぎ澄まされた【セドナ】の1撃は、止まることなくその腕を斬り落とす。
「イッタぃなぁ。片腕無くなっちゃったじゃ……無いッ!」
「……!」
何処から湧いて出たかも定かでは無いクモの群れが、四方八方から俺を中心に飛びついてくる。触れれば、噛まれれば麻痺毒に侵される。
俺は、クモが自分のパーソナルエリアに入る前に次々と斬り落としていく。
「アハッアハッ!!腕ぐらい良いよぉ、あげる。だって子猫ちゃんが、月の神格者様なんて知らなかったんだもん、神様にはお供えしなきゃ………………あ?腕は1本で足りる?」
無限に飛びついてくるクモとクモの間から、見るマイナが持っていたのは【手】だった。その手の指先には、金指輪の輝きが。あろう事か、その指輪に掘られていた名は【フラマ・ウインク】であったーー
「ノアの……!?」
……ッッ!!
横たわるノアの片腕からは、血の飛沫と鮮血の赤。地面に刺さる血の滴る一刀と、刀身に飾られた真っ赤な斑点が、喜ぶ様に血を吸う。
「【アラクネノハコニワ】うんうん、ウルトだよ?所有者の寿命を縮める代わりに巨大クモの生成、使役が可能なんだぁ。ほら、もう1人の手も取っちゃおう!」
「《剣技》『空白!』」
「闇雲に攻撃したってさぁ……アレ?私の剣は?」
「マイナ……お前のソレは、この世界で知った残虐や残酷の中で1番腹ただしい。時間はかけない、ここで死ね。」
『空白』超高密度の雷の束がその刀身を隠す、故に空白。アラクネノハコニワを真っ二つに折ると、周囲のクモは悉く消えていく。
「アァーー!!ウルトだよ?すっごく貴重な剣なのに何してんのさぁ!!君だって私のクモを利用したんだからもうちょっと優しくしなよぉ!」
「……。」
言葉を交わす必要も無い。
「エッ!?……はやっ……ガハッ……」
……獲った。
「酷……いなぁ?」
「……なっ!?」
ゾクリと身体中を疾る悪寒に、身体を思いっきり捻り、その場から距離を置く。
「そこ……逃げるの?……この子の方が勇気あるよねぇ。ほら、無意識に君を助けたこの子の方がさぁ。」
ドサッ。目の前に落ちる人影。肩にはすっぽりと穴が空いており、代わりにマイナの斬り落とした筈の左腕が、真っ赤に染め上げられていた。
「にぃ……さ……」
力無く呟いたシャルナは、目を開けること無く崩れ落ちた。
「マイナァァッー!!」
「……君だって猫耳出ちゃってるし、私は貫かれちゃってる。折角楽しい戦いなんだし、お互いフルパワーが良いよねぇ……だからここは撤退♪」
撤退?そんな事、俺が許すと思ってんのか。
「《剣技ーー」
「はい、どーぞ♪」
「ーー!!」
追撃の一歩は、目の前に投げられた手によって阻まれてしまう。発動してしまった剣技を無理矢理にも捻じ曲げると、金の雷が森の一帯を更地に戻した。
「ンハァ♪君の秘密は言わないでおくよぉ。こんな美味しいネタは、レメゲトンの中でも独り占めしたいんだぁ。」
金の移動用指輪を発動するマイナ。このままでは逃げられる、しかし手を伸ばしても彼女には届かない。
「バイバ〜イ。」
「ッーー」
腐敗の森に注ぐ止めどない光に包まれて、マイナ・ディランスはその身を逃した。
※※※
「……はぁ……はぁ……はぁ。」
その場で作り上げたけど、やっぱり本物の手じゃないとキツイなぁ。
「マイナ様のご帰還だ!!」
「ただいまぁ。」
「……!!!その傷、どうなされたのですか!!」
「おい!重傷だ!!早く指輪持ってこい!!!」
「いや、良いよぉ。この痛みに少しだけ、浸っていたいんだぁ。」
「けれど……流石に腕と足ともなれば、出血量が多すぎます!」
「んぁ……足?」
すぐに座り込んだから気付かなかった。移動の際に剣技を貰っていたらしい、私の膝から下は無く、代わりに雷の余韻がピリピリと空気を縛り付けていた。
「アハッアハハハッッ!!!!」
良いよ、良いよねぇ。本当に厄介だなぁ。
「マイナ様!?」
「呪いを背負った猫かぁ。久々に気に入っちゃったなぁ……」
「マイナ様治療を……」
1人の女性が指輪を持って来る。年齢も、背丈も、うん大丈夫そう。
「私、腕と足を森に置いてきちゃったんだぁ。これを戻すには相当時間がかかるでしょう?」
「……はい。けれど私に任せて下さいマイナ様、レメゲトン3大将の1人である貴方を、他の誰よりも早く治してみせます。」
「そっかぁ……ありがとぉ」
私が心にも無く褒めると、女は頬を赤く染め上げる。
「じゃあ腕と足……貰うね。」
「……え?」
バキバキッ!!グチャッ!!
「……マイナ様、後片付けをしますので、退室を。」
「このアジト、もう良いよ。多分雷の余韻から場所が割れちゃってると思うだよねぇ。彼、抜け目なさそうだしぃ。」
「承知。」
「ふんふん♪」
あー……つまんない悲鳴だなぁ。つまんない顔だなぁ。もっと絶望してよぉ。月の神格者みたいに……ね?
ポイントを付けて頂いた方、本当に、本当に有難うございます!!
これからものんびり続けていきますので、たまーに目を通して頂けたら嬉しいです。
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