腐敗
人によって態度を変えない人なんて人じゃない。
銅指輪《フォレストバットの牙》
銅指輪《フォレストバットの牙》
青指輪《フォレストバットの翼》
340ゴールド
シャランっと落ちた指輪はクエスト完了報告の為に必要なので、回収しつつモノイレロに入れる。勿論ゴールドも回収するのだが、フォレストバットを倒しても落ちるのは自販機でジュースを買う程度、まぁ自販機など無いのだけれども。
「グキィィ!!」
「はぁぁ!!」
背後から攻めてきたフォレストバットに一太刀を入れると、間髪入れずに光となり浄化する。
この醜いコウモリが頻繁に出没するということは、矢印の方向は当初の目的である泉を指してる筈だ。
「剣技が使えないだけでここまで時間を食うとは……もっと急いで進まないとダメですね。」
「まさか剣技や魔法を放つとこのクモが飛びかかって来るなんて……魔力に反応する特性があるのかしら?」
ノアの推測は正しい。カサカサっと木々を這い回るクモ達がいる以上、剣技と魔法は不可だ。
塵も積もれば山となる……では無いけれど、クモも集まれば脅威になる。
そしてクモある所に狼あり。
そう言ったことわざを作りたい程、クモの多い場所で狼との交戦が多い。この点からも、魔力でクモ達を集めてしまいたく無い理由だ。私情を挟むのなら気持ち悪いってのも大いにある。
それでも俺達3人は足を止めずに、奥へ奥へと進んで行く。
「このクモがダンジョンの難易度を大幅に上げています。ここまで辿り着けなかった冒険者も多いかもですね。」
この森の特性に気付かなければ詰みだ。フォレストバットを倒すのに範囲魔法や剣技を使ったら最後、魔力がクモを呼び、クモが狼の群れを呼ぶ。仮に狼を倒したとしても、そこで剣技を使っていたら、またクモが発生するというループに陥る。
「セナ、このクモの所為で冒険者が帰って来れなかった可能性もあるかしら?」
「無いと思います。森のループに殺されたのなら、その冒険者がここに居た痕跡が1つも無いのは可笑しい。指輪や剣の1つぐらいあっても良いのでは無いでしょうか?」
「セナちゃんの言う通りです。実はここへ来るまでに私達3人以外の足跡は見つけました、けれど死亡した痕跡が無いのです。」
シャルナは歩みを止めずにうーんと考え込む。
「って事は……誰かが回収してるって事?」
「そう見るのが妥当かと、でも誰が何の為に?武具を売って金にする為でしょうか?」
「………!!
………その答えはこの先にありそうですね、アレを見てください。」
俺の言葉に2人は目線を向けると、まるでもう1人の自分を見た様な驚きっぷりを見せる。それもその筈、ある一帯を境に木々が枯れ果てていたのだ。
それは最早、森と呼ぶには値しない。
生命を象徴する緑は全て消え去り、残ったのは森の死骸、名前を付けるなら腐敗の森といったところか。
「森が……死んでる?」
「草木だけじゃ無いわ。この色、水も腐敗しているわね。けれど、水が流れているという事は泉は目と鼻の先みたい。」
「とにかく急ぎましょうか。」
霧でボヤけているが明らかに異常だ、クモが少なくなってきたのはこの所為だろう。流石に腐敗の森にまで生息されては困る。これで剣技、魔法共に解禁された訳だが、この先で使う事になるシチュエーションが1番怖い。
水を頼りに腐敗した大地を蹴り続ける事10分。
晴れて俺達は目的の泉に辿り着いた。勿論それは泉でも何でも無い、本来なら透明度の高い湧き水が森に命を齎す神聖な場所、今となっては湧き出る腐敗水が森の命を削っている。
「助けて……」
「……!!」
消え入りそうな声の主、マイナは巨木を背にその身をロープで縛られていた。攫った人質を仲間の目前に晒す行為は、その仲間を誘い出す以外に考えられない。
「マイナ!!」
「ダメですノア!!安易に近づいてはーー」
「グァァァッ!!!!」
キィィィン!!!
森に響く鉄の響音。ノアに向けられた殺意の刃を弾き返すは、つい先程まで隣に居た筈のシャルナの剣。
「予想通り貴方達でしたか、デメテー。
残りの2人はどうしたのですか?」
「……アァ。」
「【メインリング】【シャトルーズ・ムーン】
……はあっ!!」
ギリギリと火花を散らす鍔迫り合いの最中、甘くなった脇に一太刀浴びせる。
「【メインリング】【フラマ・ウインク】」
よろめき、たじろぐデメテーに追い打ちを掛けるノアの炎撃斬、黄金色に染まった刀身に宿る強烈な赤が、デメテーの身体を襲う。
「助かったわシャルナ……。
……やっぱりこいつらが犯人だったのね、とりあえず残り2人の居場所を吐かせるわ。」
パチンッとノアが指を鳴らすと、デメテーの身体を覆う炎が徐々に衰退し、そのまま黒煙となって宙に消えていった。そして彼は腐った地面に顔面から崩れ落ちる。
「……ァァ。」
「アンタに死んで貰っては困るわ。マイナを捕らえて私達をここに誘き寄せた理由と、仲間の居場所を吐きなさい。」
「……ァァア!」
「ちょっと!聞いてるの!!」
「ノア、待って下さい……様子が変です。」
先程俺が斬りつけた傷と、ノアがつけた火傷の痕。それ以上に彼の身体には傷が付いている。
そして一言も発しない言葉……敵に情報を得させない為にワザとかもしれないが……
「私が調べます。【リング】【ライト】」
指輪から眩い光が漏れ始め、シャルナはそれをデメテーの瞳に近づける。
「きゃっ!!」
後退り並びに尻餅をついてしまうシャルナ。
「大丈夫ですか?」
「……はい、少し驚いただけです、それよりも聞いて下さい。この冒険者の瞳は、光に対して何の反射も示しませんでした、つまり瞳孔が開いたままなのです。」
明るくても瞳孔が開いている?
余分な光を絞る役割、基本的な反射すら起きないという事は……
「何時からでしょうか?」
「詳しくは分かりませんが、ノアさんを襲った時には……既に。」
「ちょ、ちょっと待って二人共!どういう事なのよ!?」
頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる彼女にも分かりやすく、簡潔に言おう。
「……彼は死んでます、ノアに襲いかかる前から。」
「そんなーー」
死してなお、動く人ならざる人。つまる所……
「正解だ冒険者。」
「「!!!」」
冷や汗、心臓を掴まれる感覚、竦然、慄然、震駭。
幼子ならそういった感情を覚えるだろう。
突如、俺達の目の前に現れた白髪交じり長髪男性からは、そういった類の匂いがする。この恐怖の起因は何だと問われれば即答出来る、セナと対面する男との圧倒的レベル差だ。
「アンタ……何か知ってそうね。」
「成る程、金色の虎は臆面する事も無い……か。素晴らしい。だが、畏怖を知らない冒険者は短命だ。」
ピクリと動く男の右手を、俺達3人は見逃さない。
「《剣技》『ツインステップ!』」
ノアの掛け声と共に、フラマ・ウインクは仄かに光を帯びる。華麗に繰り出された2段構成の剣技は、何を捉える事なく宙を斬る。
「王族の剣術か、冒険者が見様見真似で覚えたか?それにしては様になっているでは無いか。」
「《剣技》『ディスチャージ!!』」
「いささか力不足とはいえ、雷系統の剣技とは珍しい……ふっ!」
「今のを良く受け止めましたね、敵ながら賞賛を送りましょう。」
「雷光に合わせて背後からの一撃を狙うとは……流石は副隊長格といった所だな。」
俺達の3人の攻撃を完璧にいなして見せるとは……この男は何者なんだ?
「こうなると私でも3対1は不利だ、応援を呼ぶ事にしよう。」
ゴゴゴゴゴッ!!
男が湾曲した鎌を地面に突き刺すと、立つ事が難しい程の揺れが発生する。
「……ッッ!!?地震!!?」
数秒の揺れに騒めく森と、腐敗した泉からは無数の手が天を掴もうと生えてくる。まるで地獄の門から亡霊が現れるようなそんな光景に、俺だけじゃなく2人も息を飲んで目を見開く。
「……グァァ。」「…ァァォォ!!」「……ガァゥ!」
重い体に鞭打って、泉から現れたのは数名の男性だ。その中にはザンダとパンテノの姿も見受けられる。地面に這い蹲っているデメテーを含めれば、3人とも勢揃いだ。
「最近この森から冒険者が帰ってこないらしいな。簡潔に言えば、それは俺のせいだ。」
「……!!!」
「嘘……こんな事って……」
「ノア、セナちゃん……私を含め、1度引いた方が良かったかもしれませんね。」
デメテー、パンテノ、ザンダだけじゃ無い。泉から現れるの人影は止まること無く腐敗の地に足を踏み入れている。その数50は居るだろう、そしてそれは最早人では無い、屍の行進だ。
「行方不明になった冒険者全員、君達の敵だと思って貰って良い。死人を操るなど趣味が悪いが……王族の剣術と雷の娘、軍の副隊長を仲間に入れれるなら……中々に悪く無い能力だな。」
「……もう私達を倒した気でいるのですか?
言っておきますが、数だけで怯んだりしません……きゃっ!?」
「シャルナ……ッッ!!」
誰とも分からない死人の一太刀を受け止める。剣技で一掃したいが、次々と襲いかかって来るので発動の隙すら見つけられない。
「ノア!!」
「分かってる!!二人共耳塞いで!!!
《シンボルスキル》『炎虎の咆哮!!』」
肌で感じるほど空気が振動し、その振動が辺りを包み込む。今だ、ノアが生み出してくれた隙を活用する他無い!
「《剣技》『ディスチーーうわッ!!」
「セナちゃん!!」
「何でこいつら……くっ……動ける!?」
「……死人に口無しと言う、勿論聞く耳も持たない。敵の聴力を利用したバウンズなど奴らにとっては心地よい波音と同等か。」
こいつらを振り払って先ずあの男を倒すべきか!!クルリと回転し敵の攻撃を軽くいなすが、足元の地面から生えてきた手によって足を掴まれてしまう。
「……っ!……貴方は……何者なんだ!!」
「私の名は【アイザー・エポック】……闇に心を売った生きた屍だよ。」
首元の黒と赤は……魔格団体、レメゲトンの刻印……
「グァァァ!!」
刹那ーー
後頭部に鈍い痛みを感じ意識が遠退いていく。
あぁくそっ……腐った地面に身体を預ける事になろうとは……
「セナ!!セナーー」
「屍共……あまり手荒ーー扱うなーー傷は少ない方がーー良ーー」
目は閉じるな、意識を保て……ここで落ちるたら2人が危険だ。
「僕…を捕まえて……ゾンビにでもするつもりですか……」
「しぶといな銀髪。それにその質問……答えなくとも分かるだろう?こいつは1つの運命だ、運命には抗えない。」
「《剣技》『炎虎の牙!!』」
「《剣技》『ウォーターバレッジ』」
唸りを上げるノアの炎は、アイザーが繰り出した水の弾幕によって、届く前に消化されてしまう。
「なっ!?」
「炎系統の剣技は発動後の硬直が長い、この場で使うべきじゃなかったな。」
「嫌っ!!離しなさいッ!!」
「これで2人目、あと1人はーー」
「上ですよ!!」
いつの間に!?
もし俺がシャルナと敵対していたらそう思うだろう。彼女は腐りかけの木を利用して、その身を宙まで運んでいたのだ。凄い、完全に男の虚を突いている!!
「く……来いッ!!!」
ザシュッ!!!
研ぎ澄まされたシャルナの刃は、デメテーが男を庇う形でシャットアウトされてしまう。
「な、仲間を盾に!?」
「はっ!?の非情と思うか?異常と考えるか?
俺にとって、コレは日常なんでね。それに、消耗品は消耗しないとな。」
「消耗品?違います!!この人達は冒険者です!!」
「違う副隊長、此処へ足を運んだが最後。命を取られた冒険者の亡骸さ、既に言葉も人権も無いね。それを道具として再活用する、何が悪い?」
命を取った……だと?
この世界で蘇生の魔法を俺は知らない、ならばこの人達を助ける事は既に……
「道具にする為にこれだけの人間を殺しておいて……絶対に許しません。此処で死んで頂きます。」
「そうやって物事の全てを悟ったつもりか軍の犬。お前らは何時もそうだ、疑わしきは罰する、それが罪無き人だとしても。……お前に何が分かる?私が此処にいる理由さえも知らないお前に!」
「……知る必要なんて無いです。私の興味は1人の男性にしか向けられないので。」
「その……言葉……」
「動かないならこちらから行きますッ!!!」
シャルナが動き出しに合わせて、周りの死人は彼女に襲いかかる。
「消耗品は……消耗品はな、捨てても、捨てても補充が容易だから消耗品なのだ。そしてソレは数多く無ければならない、こんな風にな。」
もう1度言おう。
竦然、慄然、震駭、幼子ならそういった感情を覚えるだろう。いや、幼子で無くともこの光景を目にした人間は、否が応でも覚える。
「コレは……打開の予知が有りませんね……」
「まだ闘うか副隊長。ならばお相手しよう、257人の消耗品と共に。」
俺達が相手していたのはゾンビ兵の一部だった……今の現状はスクランブル交差点を思い出す程の人集りだ。流石のシャルナでもコレを打開する策はきっと無い、ノアはその身を拘束されており、俺自身も身体の自由が効かずに魔力玉を飲める隙も無い。現状出来るのは目で戦況を追うぐらいだ。最高の選択肢を選ぼうとする心意気は、選択肢を選べる場面でこそ活躍する。今の俺達は、そんなもの選べない。
ゴロー「天翔る龍、月の女神を添えて。」
観衆「凄い!!何故あの様に繊細なモノを作れるのだ。たかが紙だぞ!?」
観衆「彼は天才だよ。まごう事なき。」
ゴロー「地を這う猛牛、月の女神を添えて。」
観衆「息を飲む美しさだ!!」
ゴロー「宙に浮かぶ月の女神、月の女神を添えて。」
観衆「なぁ……月の女神って絶対に添えないとダメなのかな?」




