翡翠色の入水
カラオケにて
友「あれ?もう終わり?」
私「うん。TVバージョンにした、喉痛いし。」
私《間違えて短い方入れちゃってたー!!》
夜半からガクッと気温が下がり、冷え込む身体を温める為に即席で作った焚き火を囲む。きっとすぐに消えてしまうのが、今はそれで十分だろう。
「うう。」
震えていた俺に、シャルナがモノイレロから取り出した毛布を渡してくれる。こうなると俺の心境としては、川に落ちた事を後悔する他無い。
「少し肌寒いです……私も入れて貰いますね。」
もぞもぞと毛布の右半分に包まるシャルナ。こうしてると恋人同士みたいだな………って待て、待て待て待て……シャルナは妹だ。
「それで……私の兄の呼び方は、兄さん、兄上、兄様、お兄ちゃん、セド兄……どの呼び方が喜んでくれますかね?今までは、その場の感じで変えてたのですが……やっぱり統一した方が良いですよね。」
「んふっ……そ、そういうのはセナが詳しいわよシャルナ!」
ノアさん……随分楽しそうですね……。
「へぇ〜!詳しいんですね!!あ!もしかしてセナちゃんにも兄が居るとか?」
「そ、そうなんです、そうなんです!!僕は兄を「兄さん」って呼びますよ!それが普通です!」
シャルナにお兄ちゃんなんて呼ばれたら、恥ずかしくてマトモに会話も出来なさそうだ。
「兄さん……兄さん……兄さん……うん。
兄さんが良いですね!いきなり距離を詰めている感じも、呼ばれて不快になる事も無いです。
相談に乗ってくれてありがとうございます!」
「や、役に立てたなら嬉しい限りです……。」
「ふーん。アンタ、兄さんって呼ばれたいのね。」
やめろよそのジト目……俺だって本当はお兄ちゃんって呼ばせたいんだよ。
「ではこれをどうぞ!」
「「?」」
エメラルドグリーンに光るブレスレット。突然シャルナから手渡されたので受け取ったが、何故貰ったのかも、それが何を意味するのかも全然理解していない。それは隣で受け取ったノアも同じ様だ。
「これは私からのお礼です。
マンタ鉱石を削った光るブレスレットです。ノアにもセナちゃんにも似合うと思ったんですけど……わぁ!!やっぱり凄く良いですね!」
兄の呼び方を確定させただけでお礼を貰うなんて恐縮です。要るか要らないかで言えば要らない部類ではあるが、シャルナの満足気な顔をみたら有難く貰う気持ちにさせられた。
「ありがとうシャルナ!私、大切にするわ!」
「ありがとうございます!」
「これを受け取ったが最後……2人は私の兄さん探し同盟の仲間入りですよ……フフフ。」
「えぇ〜そんなぁ〜。」
シャルナ、君はまさか同盟内に兄が居るとは思いもしないだろう……まさか自分を探す同盟に入るとは思って無かった俺の様に……。
けれども実際問題、彼女とは会っておいても良いだろう。国の副隊長であるし、妹のようだし、避ける理由も無い。けれど会うのはセドナの時であるべきだ。それこそ妹であっても呪いの事はあまり知られたくないからな。
「ねぇ、どうしてシャルナは其処までしてセドナを探すのよ?国に居ればいつか帰って来るでしょ?その時に会えば良いんじゃ……」
「それでは遅いんです。私、今直ぐにでも兄さんに会いたくて!」
「そ、其処まで尊敬しているの?」
こ、これを!?
みたいな言い方すんなよ!!自国には俺の事を尊敬する人だらけなんだからねっ!!
「尊敬もしていますが好きなんです!
兄弟の垣根を越え、1人の男性として!!」
!!?……どうしてそうなった!?
バッシャーン!!!
闇夜の森に響く入水の音ーー
突然の告白に驚きを隠せない俺よりも、更に驚いた人物が居たみたいだ……
「ノ、ノア!!?」
「シ、シャルナ?
兄妹で……その……そ、そういう関係は良くないんじゃないかしら?」
自慢の金髪もツインテールも、水に濡れてしまってはその輝きは曇ってしまう。ノアが川から這い上がって来るその姿は、幽霊すら彷彿とさせる。
「え?そうですか?
私は兄さんを心から愛してますし……問題無いと思いますよ!」
シャルナはビショビショのノアを、焚き火の1番近くに座らせる。
「セドナはシャルナが思ってるよりも変態で、強くなくて、鈍感な男だと思うわ!それでも良いの!?」
ノアさん……俺のライフは既に0っす。
「もしかして……ノアは兄さんに会った事があるのですか?」
「あるわっ……無いっ……けど……。」
「ならば、推測で物事を言わない様にして欲しいです。私の前で兄さんの悪口はノアであっても許しません。」
「そ、そうね……少し無粋だったわ、ごめんなさい。」
こんなつまらない事で雰囲気が悪くなるのは良くない。小さな亀裂から岩石が割れる様に、少しの確執が後に響く可能性は大いにある。
「っでも!!ディアナの神格者って女好きって噂ですよね!!偏った世間論かもですが、本当はなら女の敵ですね!!ははは!」
刹那ーー
喉元に冷たい感触を覚える。
目線を下げると、鈍く光る刀身が首からあと数センチの所まで突き付けられていた。
「……ひぃぃぃ!!」
「ねぇ……セナちゃんであっても兄さんの事を悪く言うのはやめて欲しいなぁ?」
「はい!了解しました!!」
シャルナの目が笑ってない……
唯のお兄ちゃん大好きっ子かと思いきや、ヤンデレ要素を含んでいたとは……俺氏ピンチなのでは?
「……はっ!?
ごめんなさいセナちゃん!!
私、兄さんの事になると、すぐカッとなってしまうんです……この性格を直さないと、重い女って思われちゃいますね……はぁ……。」
「あぁ……思って貰えるだけ嬉しいかも知れませんよ?」
「ですよね!私と兄さんは愛し合っていますから!」
え!!?
「ちょっ……ちょっと待って下さいシャルナ、話が飛躍した感が否めないのですが?」
「唯一の妹が自分を慕い、そして愛しているのですよ?兄さんも愛を返してくれるのが当たり前……ですよね?」
そんな乙女の顔で恥じらわれても……
「シャルナがどれだけ愛していても、相手が既に女性を愛している可能性もあるでしょう?そうした場合どうするのですか?」
「殺します。」
「「は?」」
ノアと見事なシンクロ率を叩き出す程、シャルナの言葉に対して、俺達の反応は限られていた。
「だから兄さんを殺すのです。私以外を愛した罰として。」
「そ、それは違うんじゃ……」
「先ずは兄さんが愛した女性からですね。最初にそちらを潰します、その方が絶望を与える事が出来るので。
あ!でも先に兄さんを殺す事によって、泥棒猫に苦痛を……ってのもアリですね!」
淡々と綴られるシャルナ流処刑方法。
段々俺は彼女しか愛してはダメな様な気がしてきてならない。このまま聞き続ければ、彼女以外を愛するという行為は、この世で1番犯してならない罪では無いのか?と疑うレベルだ。
ノアに関しては、「私が守らなきゃ……私が守らなきゃ……。」と虚ろな目で連呼している。この場面に出くわした冒険者は、行方を眩ましても可笑しく無い。人間生きている限り悩みは無くならない。それは異世界でも同じだ。呪い、所持金、マイナ達が帰って来ない現状……シャルナの重い愛は、【 それ以上か同等の悩み】というラベルをつけておく事にする。
数時間後ーー
川沿いで一夜を明かした俺達の元へ、マイナと冒険者3人が帰ってくる事は無かった。
※※※
非常に由々しき事態である。一晩にして4名もの仲間が行方不明になった、これは今回の事件と関係があるだろう。ディアナの名を背負った神格者と神格軍副隊長が居ながらも、未然に防げなかったのは、我が国の力不足と捉えるべきか?それとも2人が居ても防げない程、高難易度な問題と捉えるかは個人的思想による次第といった感じだ。
「何か手掛かりはありましたか?」
シャルナの問いに、俺は首を横に振る。
3人で手分けをして手掛かりを探すものの、俺は何も見つけられなかった。自身の結果報告よりも先に、問い掛ける時点でシャルナの方も芳しくなさそうだ。
残りはノア。北へ向かった彼女に期待する他無さそうだが………どうだろうか?
マイナもザンダ達も、薪を集めに行く程度の範囲、川を基点にそう遠くへ行っていない筈だがーー
「シャルナ、セナ、見つけたわ!!」
遠方、生い茂る木々の隙間に彼女の姿を捉える。指し示す先に手掛かりを見つけた様だ。
「向かいます!」
ノアと合流したのは、川沿いを出てから数十分後。
彼女の居る場所は、目測よりも遥か遠くに位置しており、俺達が拠点として構えた川沿い付近よりも森が深く広がっている。
一歩踏み出す毎に、パキッと枝の折れる音が聞こえる。これなら焚き火の材料をとなるサイズの木など、否が応でもでも見つかるだろう。
「これ……」
ノアが右手を添えていた巨木には、剣で矢印の絆後が付けられていた。これだけで無い、根元にはマイナのローブが無造作に投げ捨てられていたのだ。
「マイナのよ、セナもっとよく見て。」
「これは……血?」
ローブの裏側に付着した乾いた血。一体マイナの身に何があったのか、それを裏付けるには矢印へ進めって事か?
「矢印を刻んだ人物がマイナであれば、彼女は連れ去られたのでしょうか?」
矢印の存在は、明らかに俺達3人に向けたメッセージ。人質としてマイナを連れ去ったのなら、まだ生きている可能性が高いとシャルナは見た訳だか……うむ、誰が連れ去ったのか。
「誰が何の為に……」
「消えた4人にその内1人のローブ、普通に考えたら冒険者達が犯人と見て良いわね。」
そうなるとこの矢印も刻み手によって意味合いが変わってくるのか……マイナでは無く、彼らが刻んでいたなら十中八九罠だな。それを分かっていても今は進むしか無い。
「ノア、セナちゃん。ここからは私1人で行きます、来た道を戻って、出来れば神格軍の応援を呼んで頂けると助かります。」
「今更私達に逃げろって言うの?」
「ノア……ここからは危険です、どうか言う事を聞いて欲しい。」
「危険なら尚更1人で行かせられないわね。
安心して。レベルは低いけれど、これでもドラゴンを倒したのよ私達!」
ノアは両手を腰に添えて胸を張る。
「僕もシャルナ1人で行くのは賛成出来ません。」
「でも!」
「シャルナ、1人より2人、2人より3人の方が強いに決まってるわ、出来る事も増える。幾ら副隊長でも、背中に目は無いでしょう?
もしあいつらが今回の犯人なら相手は3人、私とセナを連れて行けば丁度良いわね。」
「未知こそ最大の敵。相手が何者かも分からない時点で、最悪の可能性を覚悟する事になっても……来ますか?」
「当たり前よ。シャルナこそ如何なの?」
「愚問ですよノア。私は軍に入隊した時から魂はこの剣に、心は兄さんに捧げました。」
そこには柔らかい何時もの笑顔では無く、神妙な面持ちに鋭い眼光を放つ【副隊長】のシャルナが居た。 彼女は何百、何千と居る軍人の上位に食い込んでいる逸材だ。その歳で上り詰めるには、並々ならぬ努力があった筈。今更死ぬ覚悟があるか?などと言う質問は最早必要無いだろう。
「死んでもらっては困りますよ?なんせ兄探しのお手伝い、何もしてないですからね。」
俺は、貰ったブレスレットをチラつかせながら呟く。それを聞いたノアは目を細めて可愛らしく笑う。
「私は簡単にはくたばりません。死ぬ時は兄さんと共に。ですから!」
確固たる信念を持つ女性は美しい。
例え愛が重かったとしても……
「あ、相変わらず愛が重いですね……お兄さんも嬉しい事でしょう……」
「勿論です!」
「私だってシャルナに負けないぐらい好きなんだけど……」
「ん?」
「な、何でも無いわよ!」
カサカサっと巨大クモが木を這い回り、俺達が進もうとする方向へと消えて行く。風が吹き抜けると木々がざわめき、遠くに狼の遠吠えが木霊する。きっとこの道は森の最深部へと向かうもの、レベル30そこらの俺達は少々厳しいか?
「シャルナ、もう貴方の許可無く私は進むわ。
途中で投げ出すなんて性に合わないもの。」
彼女は金髪を揺らし、先陣を切って行く。相変わらずの様子だ、心配は無用でしたか。
「はぁ……ノアには負けました……。」
常に真っ直ぐ自分を持つ姿勢。もし俺が主人公の物語があるのなら……よっぽどノアの性格の方が主人公向きだな。風は弱まり木々の合唱は勢いを落とす。狼の遠吠えはもう聞こえない。
自然の中での不自然な静寂は、自然と耳には入って来ないものだ。
何時からかなーー
そう、最初からか。
ギルドで助けられたあの時、初めて出逢ったあの時から、私は彼に惹かれていたんだ。
自由奔放な姿と、運命に抗う姿勢に。
自分に無いものを持つ彼に。
私は感情を出すのが苦手だ。
鳥カゴの生活から生み出されたモノは、自己を嫌い、他人を拒むだけの腐った翼と他力本願で解決力に乏しい錆びた足枷。
足枷を解いてくれた姉に感謝し、飛び出したあの日から、私は鳥カゴでは見つけられない恋を知った。
……けれど違う。
私の翼は腐ったままだ。
彼に伝えたい事を言葉に出来ない。
彼女の様に率直に言えたら、貴方が好きだとちゃんと言いたい。
私は感情を出すのが苦手だ。
もし言える日が来たら拙い言葉で好意を伝えたい。そして、彼にならこうも言える日が来るかもしれない。
鳥カゴから連れ出してと。




