前夜祭はしんしんと
窓の隙間から零れ落ちる冷気に起こされて目を覚ます早朝。夏の様な気候のアルカナタウンも朝は肌寒い様だ、俺は知らぬ間に布団の中に潜り込んで震えていた。
「……うぅ、寒っ。」
不意にドーンという音が街に響く。
「何の音だ……?」
布団をもう一度深く被って、俺は音の正体を紐解く……。
……花火か?
今日はアルカナ祭りを明日に控えている。街は浮かれ気分で朝から華やいでいてもおかしくない。
「セドナー!起きてるかしら?」
ガチャっと扉が開く音が聞こえてズカズカと入って来た金髪。今日は何だかご機嫌の様だ。
「おう。起きてるよ。もうダンジョンへ行くのか?ノア。」
「何言ってんのよ今日はダンジョンに行かないわよ。レベルも大分上げられたし何より明日の準備があるじゃない。」
セナのステータス立ち上げて俺は状態を確認する。今は男だが自分のステータスなので、セナの物も見れるのだ。
ステータス
【セナ・フルムーン】
冒険者ランクE
シンボル 猫 (自由)
レベル 34
スキル
『新月の加護』
『誘惑の美』
『雷の使い手』
確かに大分強くなってきたし、今日ぐらいはダンジョンに行かなくても良いか。
「準備ったって何すんだよ。紙飛行機は俺らがダンジョンに行ってる間にミオが折ってたんだろう?」
「ええそうね。
だから私達がするのはその他よ。
アンタはこれ。」
手渡されたのは金槌と一枚の設計図。そして柔かなノアの笑顔。
「……屋台作るのか?」
「そうよ。
祭り当日は宿の前に屋台を拵えて、折り紙やら食べ物やらを売るらしいわ。」
「……。」
「何よ?手伝うのが嫌って言うならやらなくても良いわよ。」
「……違う、逆だ。」
「?」
「是非手伝わせてくれ!!」
「ど、どうしたのよ急に。」
そんな驚くなよノア、日本生まれの俺からしてみれば祭りは参加せざる得ない、いや、もう義務なのだ!
……なんかテンションあがるなぁ!
アルカナ祭り……日本の祭りと同じ匂いがするぞ!
俺が個人的に興奮しているとドタドタと廊下を走る音がする。
ガチャっと部屋の扉が開かれ、猫耳の幼女ことミオが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「おにーさん!!見てみてぇ!!」
「ん?何をだ……おお上手いじゃないかこれ!成長したなぁミオ!!」
俺は金槌と設計図をベットに投げ捨てて、小さな手から渡された紙飛行機を受け取る。
その飛行機は7歳が折ったものとは思えない程丁寧に折られていて、教えた俺よりもずっと綺麗だ。
「時間もちょっとしかかかってないよ!!」
「偉いなぁ、ミオは天才だ!」
「えへへ〜!!」
つい先日まで折り紙の「お」の字も知らなかったのにこんなにもスキルアップするなんて……何だか娘の成長を喜ぶ父親の気分を味わったぜ。
ミオは俺の手を取り自分の頭に乗せる。反射的に撫でてあげると嬉しそうに耳をパタパタさせていた。
「ミオ、貴方には悪いけど私の方が上手いわ!」
ピコピコと揺れる金髪ツインテール、何で対抗心を燃やしてんだお前は。
「えー!?じゃあおねーさん
が作ったやつ見せてよ!!」
「そうだぞ見せてみろよ!」
「ふっふっふっ……。あまりの上手さに驚いて腰を抜かさないでよ?」
ノアは空間を捻じ曲げてポッカリと空いた穴に手を突っ込む。渡してきたのは16歳が作ったとは思えない程汚い紙飛行機だった。なんか無駄なアレンジを加えていて、びっくりするほどカクカクしている。
鋭く尖った先端は……最早最強の凶器だ。
「紙飛行機に魔力を込めると空へ飛んで行くんでしょ?私の奴は特別込めといたから天まで届くわね!」
「……どの程度注ぎ込んだんですか?」
「んー、虎耳が発現するギリギリまでかしら。」
それって自分の持ち得る魔力量の大半を使ったって事じゃねーかよ!
こんな物騒なもんに何全力出してんだ!もしコレを街に向けて投げたらそこらへんの建造物を2、3壊して、更に飛んだ軌跡には歩行者の死体で溢れかえるわ!!
「きっと1番最初に売れるわね。
ほら私も褒めなさいよ。」
……ノア。
俺の手を取って頭に乗せるんじゃない、凶器を製造する様は下手くそは撫でたりしねーぞ。
「セドナさーん!」
「あ!お父さんだぁ!」
外から聞こえる声にミオが反応して窓を開ける。俺もミオにつられて窓を覗き込む。宿の外にはハチマキを頭に巻いたゴローが木の板を持って此方に手を振っていた。
「まさか神格者様に手伝って頂けるなんて光栄でーす!」
「え!?まだ手伝うとか言って……」
「ほらセドナ早く行きなさい。
私は女将さんの料理を手伝うから。」
「……。へいへい。」
毎日師匠に料理を作っていた俺からすれば女将さんの方を手伝ってみたい。けれど紙飛行機も満足に折れないノアに屋台作りが出来るとは思えない。渋々金槌と設計図を持って俺は窓から飛び降りた。
「いやーセドナさん流石ですねぇ。
窓から飛び降りるなんてまるで猫の様です!いや我々の方が猫に近いですけどな!あっはっはっは!」
なにその獣人族ジョーク……。
しかも俺の方が猫に近いし、そもそも猫自体だからアテが外れてるぜゴロー。
「っとまぁ冗談はこの辺にして…。
そっちの板を持っていて下さいますか?」
「おう、これだな?」
※ ※ ※
「お、終わった!!」
「やっと完成しましたね!」
オレンジ色が街に影を落とす夕方。
人通りの少ないこの通りも、祭りの前日ともなれば騒がしいものだ。
俺とゴローが汗水垂らして作っていた屋台は材料の全てを組み終えて完成していた。
「ありがとうございますセドナさん。」
「良いよこれくらい。」
「貴方に出会えて本当に良かった。
こんなにも親切にしてくれるなんて……ずずっ。」
「なんで泣いてんだよ……俺もこの宿を選んで良かった……うぅ。」
「気持ち悪いわねアンタ達。
なんで2人して泣いてんのよ。」
「ノア……。
お前には分からないのかこの感動が!?ゴローと協力して作った屋台の美しさが!!」
「そうですノアさん!
私達に泣くなという方が酷だ!私とセドナさんの客と宿主、獣人族と人、一般人と神格者の垣根を越えた男と男の友情をっ!!」
ガシィ!
俺はゴローと熱い握手を交わす。
お前って奴は……良い男だぜ。
「お疲れ様アナタ、セドナさん。
はいこれ特製ジュースです。」
「ありがとうカプチ、屋台に置いといてくれ。」
今更だけど女将さんの名前カプチって言うのか、可愛いな。アイスコロコロぐらいの衝撃だ。
「ありがとう女将さん。
喉が渇いて仕方なかったんだ。今すぐ頂くよ。」
俺がジュースに手を伸ばすとビシィッっとノアに手を弾かれる。
「なんだよ?」
「アンタそれ飲んだら変身するでしょ?」
……忘れてた。
俺はジュースからそっと手を引いて、乾いた喉を涙で濡らした。
「みんなー!出来たよ!!」
一機の紙飛行機が俺の足元へ飛んでくる。それを拾い上げて声の方を向くと、何機もの紙飛行機を持った姉妹がトコトコとこちらへやって来ていた。
「まぁ!すごい量ね!」
「ミオがおにーさんに教えて貰ったから何時もより早く多く作れる様になったんだよ!」
屋台の上にドサッと置いた大量の紙飛行機。1枚1枚丁寧に折られていて、決してやっつけ仕事でないことは見て取れた。
「こんだけあれば余裕で足りるな。
ミオ、カノンありがとうな。」
「お父さんもお疲れ!お母さんも!
うちの宿は全然お客が来ないけど、明日はきっと来てくれるよ!」
カノンがそう言った時に、ゴローが娘2人を抱きしめる。それを女将さんが優しく見つめる。それは家族があるべき最高の姿だった。
「ははっ!凄い量の紙飛行機だなァ!糞猫!どんな卑怯な手を使ったんだァ?」
しかし幸福な時間は長く続かなかった。
※ ※ ※
静まり返る通り。
歩き行く人も足を止め、声の主に視線をぶつける。それは背丈の低い不細工な男。歳は40歳程度だろうか……いやもっとかもしれない。
金の指輪をこれでもかと全ての指にはめているので、自分は金持ちだとアピールしたいようだ。男は2人の大男、所謂ボディガードを引き連れてゴローの元へと歩いてくる。
「セドナさん、ノアさん。
ここは何もしないで見ていてくれませんか?」
ゴローが小声でそう言うので俺とノアは口を瞑る。
「ようゴロー元気だったかぁ?」
「……ダモダ様お久しぶりです。」
女将さんとミオは男を見るなり耳を畳んで尻尾を縮こませる。怯えているのだ。
「お前の宿、最近どうだ?」
「どう?と申しますと……?」
「客は来るかって意味だよォ。
ちょっと考えれば分かんだろ?」
「はい、すいません。
集客率はぼぼゼロに近いです……。
現在はお客様が2名おりますが、それも珍しいことでして。家計も中々厳しいですね。」
「ははっ!!だろうなぁ!
だって俺様が建てた数件の宿の方が立地も条件もサービスも全てお前の宿より上回ってるから!!」
男が指差すは1つ先の通り。
俺達が通り過ぎた宿のひしめく煌びやかな所、あの宿はこいつの物だったのか。
「近いうちにこの土地も買ってやるから待ってろよ?」
「……。」
「嫌ってんなら他の物でも買うか。
例えばそこに居る娘2人を奴隷として買い取ってやるよ!あはははは!!」
ミオが泣き出しそうになるのを、女将さんが優しく抱きしめる。カノンも唇を噛んで悔しさを滲ませる。
目の前の男が何者か、何故こんなにも突っかかってくるのかは分からない。1つ言えるのは黒く澱んだその笑みに俺が耐えられない事だ。
ゴロー悪りぃ……約束破るぞ。
「おい!不細工!」
「ああっ!?誰が不細工だぁ!?」
「いけませんセドナさん!」
「お前だ成金野郎。
その気持ちの悪い面を俺に見せるんじゃねえ。とっとと失せな。」
「……威勢の良いガキだな……。
どうやら命が惜しくないらしい。」
音のがパチンッと指を鳴らすと両隣の大男が動き出す。はっ。全然怖くねぇ。こんな奴ら文字通り瞬殺だ。
「ダ、ダモダ様おやめください!
こちら神格者様ですよ!!」
「なにぃ!?」
男は短い両手で大男を急いで止める、良い判断だ。
「し、神格者様でしたか。これは無礼を失礼しました。」
俺に一礼し、着ていた服の襟元を正す。
「私は【ダモダ・カレスタンドリー】と申します。アルカナ図書館の奥にある大豪邸、アレが私の家でして良かったら遊びに来て下さいな。」
一様、作法は弁えてるらしい。
もう1度、型にはまった一礼を俺にして顔をニヤつかせる。
「絶対行かないけどな。」
「それは残念です。ではこれはせめてもの気持ち。お近づきの印にこちらをお納め下さい。」
彼がモノイレロから取り出したのは掌サイズの金塊。そして俺の手を無理矢理とると、その金塊を握らせた。
「おいゴロー。
神格者様を呼んだとて勝ったと思うなよ?お前に付けられた刻印はまだ消えてないからなぁ。……ククク。」
「それはもう過去の事。
私はもう貴方の物ではございません。」
ピクッとダモダの動きが止まる。ゴローの言葉に見る見る機嫌を悪くする彼は屋台へと歩き、目の前で足を止めた。
「おいお前ぇ!この紙飛行機、全部寄越せ。勿論金は払う。」
「こ、これは明日のやつで……」
「どうせ明日売って金にするんだろ?なら今俺が買い占めても文句ねぇだろうが!」
カノンの声は男に届かない。札束を屋台にドンッと乗せ、男は闇雲に紙飛行機を奪い取っていく。そして無理矢理買い込んだ大量の紙飛行機を地面に散らした。
「おいお前ら……踏め。」
……!!
「「…へい。」」
男の命令通り、2人の大男は紙飛行機をぐちゃぐちゃに踏み潰し始める。
「や、やめて!!
これはみんなで作った大事な紙飛行機なの!!」
ミオの叫びが皆の耳に届く前にーー
「ぐぁぁ!!」
「がはぁ!!」
俺は1人の大男を思いっきり殴り飛ばした。続いてもう1人を……っとその必要は無いらしい。隣には同じ様に大男を蹴り飛ばして満足顏をしているノアの姿があった。
「……!!
……流石は神格者様…といった感じですね。けれどこれは私が買ったものだ。使い方までとやかく言われるのは可笑しいですよね?」
「うるせーよ。俺が気に入らない奴をぶちのめして何が悪い。」
「なるほど……。それが貴方の持論ですか。ならば私も対応を考えさせて貰います。」
「?」
「私と勝負をしませんか?」
「勝負…だと?」
「えぇ。勿論拳と拳の殴り合い……ではありませんよ。神格者様相手にそんな無謀な事はしません。」
「なら何で勝負すんだよ。」
「【集客力】…というのは如何ですかな?明日の祭り開始時刻から花火が上がり始めるまでに客の署名を集めるのです。お客様は1人1つの署名権があり、私の宿か其方の宿かを選んで書いて頂くのです。」
「……より多く署名を得たほうが勝ち、そういうことか。」
「えぇ。」
ダモダはあっけらかんにそう答える。
「負けたらどうなるよ!」
ノアがそう言うとダモダはクククッと笑い出す。
「勝ったほうが負けた方の宿を頂く。あぁ勿論私は1つの宿でしか物を売りませんのでご安心を。」
暫しの沈黙。
吹き抜ける風が寒くなってきたのは夕日を隠すように曇った空の所為だろう。ダモダの提示した勝負に伸るか反るか。正直乗る必要など無い。しかし俺の中で、すでに答えは出ていた。
「……いいぜ。」
「ちょ!?セドナ!?」
「セドナさん!」
「宿主に許可を得ず、勝手に決めて良かったのですか?まぁ今更無しなんてのは通用しませんけどね。」
「勝てる勝負だと思ったから乗るんだ。それに嫌いな奴を消せる最高のチャンスをやすやすと逃せるかよ。」
「……ふふっ。それが聞きたかったですよ。ならば私も嫌いなものは消すことにします。例えば神格者とか……ね。あはははははは!!!」
男は高笑いをしながら金の指輪をなぞる。ここから見える距離にある自分の家まで帰るのに、高級な金の移動用リングを使うのか。
「それではまた今度。」
黄金の羽に包まれた男は高笑いをしながら飛んで行った。
「何よアイツ……。
次会ったら消しとばしてやるわ。」
「すいませんセドナさんノアさん。
私が無力なばっかりに……。」
ゴローが俺に深々とお辞儀をしてくる。ミオは女将さんの腕の中で泣きじゃくり、カノンはまだ踏み潰されていない紙飛行機を一生懸命集めている。
「ゴロー。謝る前に説明してくれ。
あいつが何者なのか。そして何故この宿を狙うのか。」
ポツポツと突然降り出した雨。
それは勢いを増して立ち止まっていた人々に降りかかり、止まっていた時計の針を動き出させる。同時に雨は紙飛行機をただの紙くずへと変えていく。翼をもがれていく紙飛行機。それでもカノンは拾うのをやめなかった。
「……まずは宿に戻りましょうか。」
ノア「ね、ねぇセドナ?」
セドナ「ん?」
ノア「貴方がセナの時……お、女の子の時にお風呂とかお手洗いは……その……どうしてるのよ!」
セドナ「う……。」
顔を赤くして聞いてくんなよ……。なんかめっちゃ恥ずかしいじゃねーか。
セドナ「そりゃ普通にこなす……としか答えれねぇけど。」
ノア「……って事は自分の裸を見てるって事よね!?」
セドナ「そうだけど……。」
ノア「……たい。」
セドナ「?」
ノア「変態ッ!!!」
セドナ「え!?」
ノア「次からセナの時は私が身体を洗うわ!貴方は目隠ししてなさい!」
セドナ「風呂はそれで良いかもしんねぇけどトイレはどうすんだよ!!」
ノア「私が……ふ、拭いてあげるわよ……。」
セドナ「どんなプレイだそれ!!?」




