温き食卓の誓いと、寝落ち寸前の召喚術
お読みいただきありがとうございます、つむ教授です!
第8話『国王の打診と、戦々恐々の参戦表明』では、インヴェルズ王国のヴァルデマール国王陛下から、まさかの全力の引き止めと感激を受けてしまったアルカ。
第9話の舞台は、無事に国王との謁見を終え、ようやく自分たちの家であるルートハーバー男爵領へと帰る馬車の道中、そして我が家へ帰ってきてからのシーンです。
のんびり快適な領地経営を進めたいアルカは、これからの生活の準備として、ついに能力の検証を始めることに。
しかし、頭脳は38歳元教授、魔力は無限でも、現在の肉体はか弱き五歳児。
前世の悔しさと今世の温かい家族への本音、そしていざ検証を始めたアルカを待ち受けていた、自身の意外すぎる弱点や「まさかの早とちり」の連発をぜひお楽しみください!
インヴェルズ王国の王都での謁見を終え、私たちは再びガタゴトと馬車に揺られていた。
目指すは、我が家であるルートハーバー男爵領。
窓の外に広がるのどかな景色を眺めながら、私は馬車の揺れに身を委ねる。
それにしても、ヴァルデマール国王のあのガタガタと震えながら感激していた顔は、今思い出しても少し面白い。
(のんびり快適な領地経営をするために、魔王軍という最大のリスクを真っ先に排除するのが一番効率的だからそう言っただけなんだけど……)
国家最高権力者にあそこまですがりつかれるとは思わなかった。
とはいえ、学園に入学するのは七歳からと決まっており、期間は三年間。
現在の私は五歳なので、学園に通い始めるまでにはまだ丸二年の猶予がある。
(つまり、この二年間は誰にも邪魔されることなく、徹底的にのんびりと領地経営の土台を作れるということね。美味しいものを食べて、快適な環境を整えるには十分な時間だわ)
前世の頭でタイムラインを計算し、私は小さく満足の笑みを浮かべる。
ふと、視線を落とした自分の小さな幼児の、白くて短い手を見つめた。
(……前世の私は、人生のすべてを研究に捧げて、あと一歩で世界を変えられる新理論を完成させられるところだった。それなのに、誰にも見届けてもらえないまま、あの薄暗い研究室で一人で死んでしまったのよね)
胸の奥をチクリと刺す、未完成の論文への無念と悔しさ。
あの時の孤独な終わりを思い出すと、今でも少しだけ視界が翳る。
前世の一ノ瀬教授は、若くして成果を出した天才ゆえに、周囲からは常に完璧を求められ、弱音を吐く相手もいない孤独な人生だった。
生きるための燃料として、パソコンの画面を見つめながらコンビニのパサパサしたサンドイッチや冷めたカップ麺を胃に流し込むだけの、ひどく味気ない食生活。
だが、その時、私の両隣から「むぎゅう」と凄まじい圧力がかかった。
「アルカ! お外の景色ばっかり見てないで、お兄ちゃんのお顔も見てくれよな!」
「もう、レオンは暑苦しいわよ。アルカ、お姉ちゃんの隣は居心地が良いでしょう?」
レオン兄さまとソフィアお姉さまが、私の小さな体を挟み込むようにしてこれでもかと頬ずりをしてくる。
お向かいに座るパパとママも、そんな私たちをこれ以上ないほど優しい眼差しで見つめていた。
前世では、成果を出さなければ誰も私を認めてくれなかった。常に完璧な教授でいなければ、居場所なんてなかった。
なのに、この人たちは、何一つ成果を出していないただの五歳児の私を、どうしてこんなに無条件に愛してくれるのだろう。
お家に帰れば、ママが作ってくれる温かくて美味しい手作りのスープが待っている。大切な人と笑顔で囲む食卓が、こんなに幸せだなんて、前世の私は知らなかった。
(……あぁ、そうね。もう私は一人じゃないんだわ。前世の悔しさは消えないけれど、今世の私はこの温かい家族と、お父様が命がけでもぎ取ったこの領地を、私の知識で完璧に守り抜いてみせる。二度と、大切なものを途中で失ったりしないために)
小さな胸の中で、私は静かに、けれど強く誓うのだった。
そのためには、まず神界のスロットマシンで手に入れた能力を検証しておかねばならない。
基本として、私のスキルはすべて頭の中で念じるか、あるいは言葉に出すことで発動するらしい。
私は馬車のシートに深く腰掛け、そっと目を閉じた。
心の中で『召喚術』と強く念じる。
すると次の瞬間、私の目の前の空間が淡く発光し、一冊の重厚な本が姿を現した。
(おぉ……本当に空中に浮かんでいるわ。これが世界に一冊だけの魔導書ね)
今回は頭の中で念じて発動させたため、周囲の人間には見えていないようだ。
魔導書は私の視線や脳波に反応し、手を使わずとも念じるだけでパラパラとページがめくれていく。
前世の地球で言えば、最新鋭のホログラムディスプレイを脳波で操作している感覚だ。洗練されたユーザーインターフェースに、元教授としての学者脳が静かに感動を覚える。
さっそく最初のページを読み進めていく。
魔力無限(∞)の私にとって、本来なら莫大な魔力コストは実質ゼロ。
どれだけ強力な存在を呼び出しようとも、魔力枯渇のリスクはない。
しかし、その下に書かれた等価交換のルールが私の目を引いた。
(召喚獣を生成するためには、そのランクに対応した『魔石』が絶対に必要……。やっぱり物質的なコストは必要ってわけね)
記載されている魔石のランクは、一番下のGから始まり、F、E、D、C、B、A、そして最高峰のSへと上がっていく。
ランクが上がるにつれて、呼び出せる召喚獣の大きさも比例して大きくなっていく仕様らしい。
(なるほど。高ランクになるほど質量も強さも桁違いになるのね。……でも、今の私はただの五歳児。手元に魔石なんて一個もないわ)
これでは今すぐ馬車の中で検証を始めるのは無理だ。
私は一度魔導書を消し、目を開けた。お家に帰ったらパパにおねだりしよう。
そうこうしているうちに馬車は領地へと入り、私たちの家である城館の前へと到着した。
長旅の荷物を下ろすパパのクラウスの元へ、私はトコトコと駆け寄る。
「おとーさま、アルカね、きらきらした、ちいさい魔石がほしいな。お部屋で遊ぶの」
幼児の可愛い声を意識しておねだりをしてみる。
するとパパは、娘のあまりの愛らしさにタジタジになりながらも、デレデレな笑顔で大きく頷いた。
「ア、アルカが魔石を……!? ああ、もちろん、パパがいくらでも用意するぞ!」
パパが爆速で持ってきてくれたのは、倉庫に保管されていた最低ランクの『Fランクの魔石』だった。
革袋の中に、ぎっしりと百個ほど詰まっている。
「ほら、アルカ。倉庫にあった魔石の袋だよ」
「わぁ、ありがと――う、わ、わわっ!?」
受け取ろうとした瞬間、私の体が前にのめりそうになった。
頭脳は大人、魔力は無限。だが、現在の私のフィジカルは、か弱きインドア派の五歳児なのだ。
百個の魔石が詰まった革袋は幼児の腕力にはあまりにも重すぎ、持ち上げるどころか床に引きずられて転びそうになってしまう。
「あ、危ないアルカ! すまない、パパが部屋まで運ぶからね!」
(ぬぬぬ……完全に幼児の肉体を甘く見ていたわ。筋力不足という致命的なボトルネックを抱えていたなんて……)
優しくパパに抱き上げられ、魔石の袋と一緒に自室のベッドへと運んでもらう。
気を取り直した私は、さっそくもう一つのスペシャルスキル『次元統括』の検証を始めた。
まずは、発動の言葉を頭の中で静かに念じてみる。
(――次元統括――)
すると、私の目の前の空間がぐにゃりと歪み、小さな「うずまき」が出現した。
今回は念じて発動させたが、もし言葉に出して唱えた場合は、他人にもハッキリと見えるうずまきが目の前に現れることになるのだろう。
うずまきの中にそっと手を突っ込んでみると、ひんやりとした不思議な感覚があり、いつでも中のものを取り出せる状態であることが直感的に理解できた。
(次は収納の実験ね)
私はパパがベッドに置いてくれた、百個の魔石が入った革袋を両手で持ち直した。
そして、目の前にあるうずまきに向かって、心の中で強く念じる。
(――入れ!――)
瞬間、手に持っていた革袋が吸い込まれるようにして、うずまきの中へと消え去った。脳内に直接流れ込んでくる収納空間の情報から、仕様を分析する。容量は無限。ただし、生き物は収納できない。
無事にうずまきの収納検証を終えてホッとしたその時、部屋が少し薄暗いことに気づき、私は壁にある部屋の照明用の魔導具に手を伸ばした。
「えっと、これをこうして……魔力を少し流せばいいのかしら?」
前世の学者脳で理論は分かっていた。だが、直感的に動かすこちらの世界の魔導具の操作は、私にとって未知の領域。
さらに【魔力無限】というバグ能力のせいで、ほんの少し流したつもりの魔力が、規格外の出力となって魔導具へ流れ込んでしまったのだ。
バチバチバチッ!!!
「ひゃあっ!?」
部屋の照明魔導具が、まるでスタジアムのフラッシュかと思うほどの強烈な爆光を放ち、パカパカと猛烈に明滅し始めた。
目が潰れるかと思うほどの光の暴力に、私は頭を抱えてベッドに転がる。
(ちょ、ちょっと待って! 加減が全然分からないわ! 私、もしかして経済の理論は完璧でも、こういう日用魔導具の操作に関しては致命的に不器用なんじゃ……!?)
ハァハァと息を切らし、ようやく光が収まった照明を見上げながら、私は己の意外な弱点に冷や汗を流すのだった。
前世の頭をフル稼働させて、この世界の魔導具の出力規格について、さらに深く考察を掘り下げようとした、その時だった。
(……ふぇ? なんだか、急に、頭が、ぼーっと……。それに、もの凄くお腹が空いて……)
頭脳は38歳元教授でも、現在の肉体は五歳児。知性を限界まで暴走させたせいで、幼児特有の凄まじい眠気と急激な空腹感が、一気となだれ込んできたのだ。脳が強制シャットダウンの危険を告げている。
(だ、ダメだわ……肉体の三大欲求には抗えない……。でも、寝る前に、これだけは……!)
私は最後の力を振り絞って、再び『召喚術』の魔導書を出現させた。
百個のFランク魔石は、すでに収納空間へと収められている。
(よし、これで最初の召喚獣が……。一番下のランクの必要素材を確認……)
最初のページを詳しく読み進めた瞬間、私は驚愕の事態に目を見開いた。
魔導書には、こうはっきりと記されていたのだ。
『Gランク召喚獣:必要魔石なし』
(えっ、一番下のGランクって、魔石がいらないの……!?)
わざわざデレデレなパパにおねだりして百個ものFランク魔石を用意してもらい、幼児のフィジカルで重い袋に振り回され、魔導具を爆光させて眠気と戦いながら検証したというのに、最初から何もいらなかったなんて。完全に私の早とちりである。
(はは、やってしまったわ。でもランクが上がれば絶対に必要になるんだし、このFランク魔石は次の段階に上がってから使いましょう……。うう、もう限界……)
私は小さく苦笑いしながら、前世の頭で冷静に計画を修正する。
魔石がいらないのであれば、今この場で私の無限の魔力だけで生成が可能ということだ。
(記念すべき一体。一体どんな子が生まれてくるのかしら……)
私は半分閉じかけた目で、空中に浮かぶ魔導書に向かって小さな手をそっとかざした。とろけそうなほど強い眠気と戦いながら、私は最後に小さく口を開く。
「よし……。これから、初めての、召喚獣を作っていこう……ふにゃあ……」
第9話をお読みいただき、ありがとうございました!
無事にインヴェルズ王国の王都から帰還し、のんびり快適な領地経営の準備を始めたアルカ。
パパのクラウスに幼児の可愛い声でおねだりをして、倉庫から最低ランクの『Fランクの魔石』が入った革袋を出してもらいましたが、五歳児の肉体は思った以上にインドア派で重くて持ち上がらないというトホホな弱点が発覚してしまいました(アルカを抱き上げるパパ、デレデレだけどさすが元Aランク魔術剣士ですね!)。
さらに『次元統括』のうずまきの検証を終えたあと、部屋の照明を何気なくつけようとしてフラッシュさせてしまうという、意外な魔導具音痴(不器用)っぷりまで露呈することに(笑)。
頭をフル回転させたせいで幼児特有の強烈な眠性に襲われながら、いざ『召喚術』の魔導書を開いてみれば、まさかの「一番下のGランクは魔石不要」という衝撃のオチ。
最初から魔石はいらなかったという早とちりに苦笑いしつつ、眠気と戦いながらベッドで「ふにゃあ……」と寝落ち寸前になりながらも、初めての生成に挑むアルカでした。
次回、第10話。
魔石不要のGランクから、一体どんな規格外な召喚獣が誕生するのか――!?
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次回もどうぞお楽しみに!




