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バロック!!  作者: 羊蔵
二章 ファイティングビーバー
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9/22

2 戦況報告


 ◎


 風呂に入らなくて死んだ人はいないし、人に入れられなくて死んだ人はなおいない。仮に入れられるにしてもせめてロッカさんがいい。

 などと強弁したのだが、腕まくりした三人娘は熟練の介護人みたいな手並みで、僕をくるくる脱がせいった。裏返されるたび衣服が脱がされて、気づくと浴室まで運ばれていた。

「みんなに会う前に綺麗にしようなあ。姉ちゃんがシャンプーしたろ」

「分かる? キミ臭いんだよ」

「おらっ。ちんちん出せ。ぐわああああすごい動き! 逃げたぞ!」

 身の危険を感じた僕は、ぐるぐる暴れ、浴槽から飛び出した。

「追え! 生きて返すな!」

 犯罪者どもの声を背後に、僕はケンケン跳びでズボンだけ履き、まだ泡のついたままの状態で逃げ出したのだった。


 裸足で寮内を進んだ。結構広く、空き部屋がいくつもある。

 階段を降りたすぐの部屋から、話し合う声が聞こえた。そこはミーティング室かなにかで、ロッカさんとまんのう町が、三人の先生へ報告しているところだった。


 かしこまった雰囲気はなく、みんな座ったまま話していた。お茶の匂いが廊下まで漂ってくる。

「ああ――彼だね?」

 先生の一人が僕に気づいた。

 この時の僕の姿を具体的に挙げると、髪はまだ濡れたままつんつんに跳ねて、雫をしたたらせているような状況。上は裸で、肩にはシャボンの泡が少し残っていた。濡れてまとわりつくズボンは、ボタンを閉められないままで、腰骨からずり落ちつつあった。僕はぶるぶると体を振って水を飛ばす。

 それが可笑しかったらしい、

「これは――確かに猫だね。おいで。ちょうどキミのことを話してた所だよ」

 先生が笑った。

 優男風の若い男だった。

 自信に裏打ちされた柔らかな態度で、ロッカさんの向かいに座っている。「確かに猫だね」の下りではひそひそ話みたいに顔を近づけて話した。僕はこの先生に根拠のない反感を覚えた。またの名を嫉妬だ。

 先生の姿を疑り深く観察しつつ移動して、僕はロッカさんの隣へ座った。


 先生は三人いて、厳ついのに、鋭利そうなのに、優男風と、何だかジャンケンみたいにタイプが分かれている。

 ロッカさんに馴れ馴れし優男が『パー』だ。彼は御輿みこしと名乗った。

 厳つい『グー』が胴花どうばな

 神経質そうな『チョキ』が狩谷。

 全員男だ。

 先生たちはコードネームではなく本名で名乗っている。後で聞いた所によるとコードネームを名乗るのは、生徒くらいらしい。それに別にルールってほどじゃない。

「よろしく」

 三人を代表して優男が言った。

 僕は返事の代わりにくしゃみを一つした。

「やっぱりお風呂は嫌いかぁ」

 ロッカさんは笑って、僕の裸の肩へ毛皮を掛けてくれた。優しい。ところでこの毛皮は〈玉葱冠〉が残したものらしい。鼠の毛皮か。


 テーブルの上に、きらきらした物が積まれている。最初、お菓子だろうと思ったが違った。割れた宝石や装飾を積んであるのだった。

 玉葱冠の死体から獲れたものだという。後は灰になって消えてしまった。

「この〈玉葱冠〉の遺留品から解ることはなさそうだ。深淵の襲来とは関係がないと思う」

 御輿パーのひとが言った。玉葱冠と十体の〈深淵〉は無関係だったということだろうか?

 『グー』と『チョキ』は資料を眺めながら聞き手に回っている。主に御輿が話した。

 彼は椅子ごと僕のほうへ向いて、確認してくる。

「君は学校で霧の災害に巻きこまれ、その後〈玉葱冠〉に遭遇。玉葱冠はロッカくん達に倒されるが、その後、十体の深淵が現れ、交戦した。その際、君は他者から譲渡された〈バロック〉を使用。深淵に手傷を負わせた――間違いないね?」

 僕は頷いた。話を進めろ、という意味である。ロッカさんへチラチラ目配せするな。

「最終的に、君の猫が投降するかたちで戦いは回避される。深淵はこの猫を連れて引き上げた……。この猫が何者なのかは一切不明……でいいね。まんのう町くんの見立てでは――」

「僕の猫の安全は? あんた達はそれを保証してくれるのか?」

 僕は遮った。

 彼は僕の目を見て、

「不明点が多すぎる。断定は出来ない」


 その正直な一言で、僕は少しだけ、こいつを信用してもいいかな、と感じた。でもキンモクセイ奪還に役立つかは別だ。

 それに、取り返せたとして、その後こいつらがキンモクセイを返してくれる保証はない。

 彼はこうもつけ加えた。

「――だが、今、君の猫がどういう状態にあるのか、推測を述べることはできる」

「どんな推測?」僕は食いついた。

「深淵が猫を殺す理由は見当たらない。殺すならあの場でそうしたのだろう。完全な存在である深淵は食事を必要としない。つまり食べるために殺すことはない。また猫の方も餓死の心配はない。獣のいる聖堂の中は、時間の概念が失われているからだ。君も霧の中では食事なしで平気だっただろう?」

「つまり僕の猫は無事?」

「そう推測はできる……髪、拭きなよ。まだまだ濡れてる」

 僕は頷く。

 ロッカさんの意見とも重なるなと考えた。

 確かに、深淵の獣はキンモクセイを厳重に扱った。猫の安否については、彼らの推測を採用してやってもいいかもしれない。

 でもそれは一番重要なことではない。

 今、僕の手の中に猫がいない。それが問題なのだ。それ以外はただの理屈に過ぎない。猫を失った者に必要なのは猫であって理屈じゃないんだ。


 僕は要求を切り出した。

「それで深淵とかいうやつらの居場所は?」

 まんのう町がうんざりたように溜息をついた。

 ロッカさんの方は、子供のよちよち歩きを見守る母親ような笑顔で、僕を見ている。かわいい。でもそんなここ気にしてる場合じゃない。これは猫の話だ。

 御輿が苦笑した。

「猫のために行くのかい?」

 これにはカチンと来た。

「あんたら場所だけ教えてくれればいい。自分で取り返しに行く」

 僕はズボンを探る。宝石刀は腹とズボンの隙間に押しこんであった。

 浴室に忘れたかと思ったがちゃんとあった。まるで短刀が自分の意志でついてきたみたいに。


 先生たちの視線が短刀に集まった。

 これが報告にあったバロックなのだと解ったのだろう。

 御輿は質問を返してきた。

「霧や獣について質問しないんだね」

「それは猫より重要?」

「――ふうん、なるほど」

 御輿は、自分でセクシーだと思っているであろう仕草、すなわち片肘をついて、その手へあごを乗っけるというポーズを取った。

 身の程知らずの小僧を面白がる大人の態度、そんな風情を漂わせて、こう言った。

「深淵は、獣の中でも支配者クラスの個体を指す。彼らは通常の獣より強大な力と、広大な聖堂を持つ。そして、下位にある獣の聖堂へ出入りする権能を持っている。だから玉葱冠の聖堂へ入って行けた。この意味が分かるかい?」

「深淵の居場所は? どこにいる?」

 御輿は諦めたらしい。権能とやらの話は置いて、僕の質問に答えてくれた。

「……獣の棲む聖堂界は、我々の世界とは切り離された空間にある。こちらから居場所と特定することは難しい。その代わり彼らもこちらの世界へは入ってこられないけどね」

「教会は獣と戦うんだろう。なら聖堂へ入る方法があるってことだ」

「もちろん。しかし地道な作業になる」

「今すぐ追いたい」

「それは無理だ」

「ならここにいる理由はない」

「ここ以外ではなおさら無理だ。それとお茶だ」

「……お茶?」

 御輿は絶妙のタイミングで、お茶のお代わりに立った。おかげで僕は立ち去る機会を失ってしまった。


 彼はティーポットを持ってこう続けた。

「『無理だ』と言ったのはね、通常の深淵を相手にした場合の話だ。だが、今回の事件にはイレギュラーな部分が多い。そのイレギュラーな部分に解決の糸口が潜んでいる、と僕たちは考えている」

「具体的な話をしてほしい」

「ごめんね。僕は『先生』だからね。生徒へ対して不確定な見解をおしつけたりはできない」

「誰なら僕にGOサインと情報を出せる?」

「そりゃあ、此所で自由に指令を下せるとなると――」

 御輿がそこまで言ったとき、三人分の足音が、廊下をペタペタ近づいて来た。僕は反射的に身構える。

 裸足で腕まくりをした例のセクハラ三人組みだ。

「いた! 風邪ひくよ~もう~」

「逃げた。何もしてないのに逃げた!」

「おらっ。来るんだよ。みっともない格好してコイツは!」 

 一斉にお姉さんぶってくる。

 先生たちは苦笑している。ロッカさんも僕の濡れた髪をくりくり抓んで言った。

「格好。ちゃんとしたようがいいよ。これから学園長に会うんだから」

「学園長」

「深淵との戦いにGOサインを出せるとしたが、学園長だけだよ」

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