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バロック!!  作者: 羊蔵
一章 穴あき・インザ・ウルタール
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5/15

5 玉葱冠戦後


 ◎


「聖堂の主が死んだ」

「急な作戦だったけど、たいしたことなくて良かったね」

「周囲以上なし。ラーメン食って帰ろうや」

 私語しながら、大中小の三人娘が優しい人の所へ戻って来た。


「〈聖堂の獣〉が死んだら〈聖堂街〉も消える。元の世界に戻るとき、空間の歪みが起こるから私たちと離れないようにしてね」

 優しい人が説明してくれた。そういえば僕は彼女らの名前を知らない。

「えっと……」

「名乗ってなかったね。私は……そう〈ロッカ〉。〈クレメントプラザのロッカ〉。この子たちは順に〈パワーシティ〉〈一番霊場〉〈ラーメン三八〉」

 三人娘を大きい順で紹介してくれる。

 変な名前だ。もちろんあだ名だろうけど、こういう時、あだ名のを名乗るものなんだろうか?

「あと向こうで仏頂面をしているのが――」

「――〈まんのう町工場〉」

 聞こえていたらしい。男は自分で名乗った。同年代の学生に見える、背の高い男だった。

 愛想がないのに愛称で名乗ってくるのが変な感じだった。

 まんのう町は瓦礫の高いところに立って、周囲を見張っている。だがそれにも、形式上といった感じがある。どうやら危機は本当に去ったらしい。


「ああ、僕は――」

 僕は気づいて自分も名乗ろうとした。

 まんのう町の質問の方が早かった。ロッカさんへ向けた言葉だったが、おそらく僕の話だった。

「バロック使いなのか?」

「いいえ。でもなぜか守り石を持ってて助かったみたい」

「……どういうことだ?」

 猫の首輪の事を話しているらしい。

「これが霧の害から二人を守っていた。つまり霧が現れる前から、霧に対応できる物を持っていたということ」

「お前、これをどこで手に入れた?」

 まんのう町が初めて、僕に直接訊いた。


 僕は答えなかった。

 まず、訊き方が偉そうで気に入らない。

 そして首輪は〈彼〉が僕らに遺してくれた物だ。迂闊なことを言っていいものか?

 短刀の方はどうだろう?

 彼が遺したもう一つの物。

 ロッカさんは首輪を〈守り石〉と言った。あの宝石刀にも何か力があるのだろうか? ここで彼らに見せて没取されたりしないだろうか。


「〈虚無の霧〉から生還した人はね、普通みんな自分のバロックを持ってるんだよ」

 ロッカさんが説明してくれる。

 でも、僕には彼女の意図が分からなかった。彼女は言い方を変えた。

「バロックは霧の害から私たちを守ってくれる」

「……僕の猫の首輪が、そのバロックってやつなのかな?」

「正確には違うけど、まあその理解で良いかな。猫さんの首輪もバロックと同じような働きをするから」

「つまりバロックは何?」

「バロックは〈虚無の霧〉か〈聖堂街〉つまりここでだけ手に入れられる物質。例えば一番霊場の指輪も、まんのう町くんの腕輪にもバロックの石が使われている」

「あの光っていたヤツ?」

「そう。バロックがあるから私たちは〈獣〉と戦える」


 彼女は〈バロック〉とやらの説明を続けて、

「〈虚無の霧〉は現実を消し去って〈獣〉と〈聖堂〉に造り変える。でもね、一部の人間はそれに抗って、霧の中から力を掴み取ることができるんだよ。その力を教会は〈バロック〉と名づけた……」

「バロック」

 僕にはそういうことは起こらなかった。首飾りの護りがあったからだろうか。


 僕は〈ルスキニア教会〉から来たという五人の男女を見渡す。

 まんのう町は腕組みして話に加わる気はない様子。

 三人の女の子は、ひそひそと別の話で盛り上がっていた。一見、普通の学生見える。

「そう。私たちみんな〈虚無の霧〉から生還した〈バロック使い〉だよ。教会は私たちみたいな生還者を保護する団体だから」

「――何のために?」

 僕が呟くと、ロッカさん、そして三人の女の子たちが、歌うように応えていく。


「なぜなら〈聖堂街の獣〉を倒して領土を取り返せるのは〈バロック〉を持つ人間だけだから」

「聖堂の獣は老いることも死ぬこともない」

「聖堂の獣は完全な存在」

「その完全を崩せるのは、歪んだもの。〈バロック〉だけ」


 僕は密かに宝石刀を意識した。短刀はベルトで締め付けてお腹の内側へ隠してある。これも〈バロック〉なのか? 〈獣〉と戦える唯一の物。

 やはりロッカさんに渡すべきだろうか。

「ロッカさん、実は――」

 空気が張り詰めたのは、その時だった。


 最初に気づいたのは、子猫のキンモクセイだった。彼は、最大限の警戒を示す唸り声を上げた。

 ほぼ同時に、瓦礫の上のまんのう町が叫んだ。

 まんのう町の腕で宝石が急速に輝きだす。

「――おい、どういうことだ」

 白い空に、裂け目が走っていた。黒い、真っ直ぐな裂け目だ。

 その裂け目が扉のように左右へ開いていく。こじ開けられた向こうは漆黒だった。


 僕らが心底恐れたのは、闇そのものではない。

 空間をこじ開けたものの方だ。

 漆黒のなかに、何かが、いる。

 玉葱冠より明らかに巨大で、荘厳な気配を持つ何かが、僕らを見ている。

 しかも、複数だ。

 空間の裂け目のなかに星のように、獣の目が光っていた。

「――来る」

 いくつもの〈獣〉の爪が、裂け目にかかるのを僕らは見た。

 鋭く、しかし美しい装具を纏った〈獣〉の腕。

 それらが、空にできた扉を一気に引き裂いた。

「――構えろ! 新手の〈獣〉が来るぞ!」

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