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バロック!!  作者: 羊蔵
五章 君は愛のチェリー
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30/39

2 作戦開始

 ◎


 作戦は、戦闘経験豊富な三年生を中心に構成されている。

 故郷を失った子供の結びつきは、僕が思うより強いらしく、作戦は大人には少しも漏れることなく共有された。こんな学園にも子供には子供の世界があって、そこに大人は決して入ってこられないのだ。

 学長は容疑者を大人だけに絞っているが、それには根拠がある。

 キンモクセイが攫われたとき、生徒達にはアリバイがあったのだ。

 学園のルールとして、不測の戦闘事態には全生徒の所在確認と待機が義務づけられている。ロッカさんが霧の気配を感じたことで、その決まりが適応された。

 あの時、玉葱冠の聖堂に生徒が侵入することは不可能だったのだ。

 だが、先生たちなら隙を見て可能である。

 そもそも教員だけがアクセスできるデータベースなどが存在するので、スパイに使う教員の方が有用だ。


 そういう訳で、子供だけの作戦が進行中だ。

 今、校内には試合中の生徒の他に、運営委員、放送委員、医務員。サボり組などのグループが自然に見えるよう配置されている。その全てに三年生が配置されている。

 どんな時でも三年生一緒にいるよう厳命されていた。

 人獣相手でも頭数を揃えた三年なら撃退できる、というのが学長の分析だった。

「お前らが拳銃持った猫だとしたら、三年は鎧着たゴリラだ。ゴリラの群に囲んでボゴボゴにされりゃあ人獣だろうが尻尾巻いて逃げだすさ」


 僕としては、猫の奪還に直結するような作戦を期待していた。

 例えば、スパイが黒幕と会ってる現場を取り押さえる、とかそういうことだ。

 だが、学長は「そうはならないだろう」と言った。「黒幕がユダと直接会うことはないはずだ。スパイっつうのは信用されないもんだからな」

 黒幕と繋がっているのは十体のうちでも上位の人獣だけだろうと言うのだった。


 よって、スパイを捕まえても敵の情報は得られない、というのが学長の考えだ。

「それに、あの十人の人獣のなかには『始末人』が含まれてるはずだ」

 と学長は言う。

「始末人?」

「文字通り、スパイがミスったときの口封じ要因だ。いや、主な役目は『〈ルーシーの欠片〉の回収要員の方かな』

 獣との融合には〈欠片〉を使う。用済みになったスパイからそれを回収する必要があるということらしい。でも、それは下位とはいえ人獣を簡単に倒す力を持っているという事じゃないのか?

「俺はそいつが出てくる前にユダを確保してぇんだ」

 と学長は言う。

 今回の作戦で、キンモクセイを取り返すことは叶わないのだろうか? いや、今はユダの確保を優先しよう。恩知らずな僕でさえ裏切者の事を思うと、穢らわしい気持ちになる。それにユダは黒髪の生徒を殺したのだ。

 それに、使い捨てのスパイだからって、少しくらい有益な常用も持っているはずだ。キンモクセイを攫った場に、そいつは確かにいたはずなのだから。


 ◎


「裏切り者と話したいなんて学長らしいけど、私はちょっと反対だな……」

 一番霊場が呟いた。

 誰かがファールボールを打ち上げた。球技大会は続いている。

 まんのう町は返事をしなかった。

「敵は〈ミストチルドレン〉かと思ってたんだがな。裏切り者なら気が楽だ」

 代わりにそんなことを呟いた。

 ミストチルドレンというのは、深淵派の邪法で生み出されたバロック使いのことだ。その言葉を聞くたび、僕はなぜか人獣の深奥にいたやつのことを思い浮かべてしまう。理由は分からない。とにかく十体の中でも別格に見えた。

「ん? うわ」

 その時、一番霊場が小さな声を上げた。

 私服の子供が一人、しゃがんで一番霊場の脚に見蕩れているところだった。

 少し前『ほうしかつどう』で知り合った小学生だ。まんのう町に急所攻撃したり、ロッカさんをイヤらしい目で見ていたクソガキである。

「お前、どこから入ってきた」

 まんのう町が子供を確保した。

「何だよ、お祭りだろ?」

「祭りじゃねえ球技大会だ。学校行事だ」

「嘘つけ。あんな野球、昔の少年ジャンプくらいでしか存在しねーよ」

 グラウンドでは、よしふみがデットボールで三年をデットしかけている。点数は一〇〇点差がついていた。

「ウチの野球はああなんだよ。いいから帰れ。部外者立ち入り禁止だ」

「引っ張るなよ。帰るからせめて更衣室の場所だけ教えてくれませんかねぇ」

「覗く度胸なんてねぇくせに。行くぞ。『SETO』のコミックスにサインしてやるから」

「いらねーよ! 助けて! この人異常者です!」

「失礼なヤツだ。俺は主人公だぞ。しかし見張りは何やってんだ?」

 まんのう町はクソガキを連れ出そうとする。

 状況次第でここは戦場に変わる。子供をいさせるわけにはいかない。

「一人で行っていいのか?」

 と僕。

「ゾロゾロ一緒でも大人に疑われるだろ」

 確かに。子供くらいで三年を呼びに行くのも不自然だ。この学校のどこかにユダの仲間がいる。警戒態勢を見抜かれては最悪だ。

 それで僕だけが着いていくことにしたのだが、すぐ後に僕はこの甘い判断を悔やむことになる。


 ◎


「そうか、今日土曜で休みか。知ってるか、四国じゃ土曜にジャンプ売ってたんだぜ。たまに金曜に出てた。妙な気分だったよ、自分がジャンプで漫画になってたなんてな……いや、岸本先生がパクってたと言ってるわけじゃない。だが……いや、これ以上はちびっ子のまでは止そう」

「怖いよー。サイン会で面倒かけるタイプのファンだよ」

 クソガキは名前をモリ・モリアキといった。

 モリアキを連れ、校門目指して歩いて行ったのだけれど、途中、僕の視界の端にさっと、白黒の影が走った。コロコロと小さなヤツらが後ろに続く。

 猫だ。

 まんのう町たちと離れ後を追った。

 捕まえてみると、やはり寮にいるはずの親猫二人と、五匹の子猫たちだった。

 どの子も落ち着きがない。

 生徒達の緊張を感じ取ったのだろうか? 戸締まりはしてあったはずだが、親子で協力して寮を抜け出したに違いない。猫は液体であるという研究結果もあるというし。本当に不安だったらしい。みんなで僕の服の中へ入ってきた。

 寮はいざという時の拠点の一つだ。

 霧が出ても大丈夫なよう、結界と呼ぶべき仕掛けで常時護られている。

 猫たちを寮へ戻そうと、方向を変えて歩きだした。途中、実習棟の影にロッカさんと御輿を見つけてしまった。二人きりで身をよせ合っている。


 近くに三年はいない。ロッカさんの方から手引きしたのだろうか?

 二人はこちらに気づいていない。

 僕は何もできなかった。膝が笑い喉もからからに渇いていた。

 しかし、声も出せず見つめているうち、今見ているものが僕の想像した場面じゃない事が分かって来た。

 ロッカさんの唇が動いて何か囁いた。

 声はここまで届かない。御輿は一瞬凍り付いたように動作を止めた。それは見落としかねない微妙なぎこちなさだったが、次の行動は極めて感情的だった。

 御輿はどこか遠くの方を振り向いた。日陰からはみだしたその横顔は驚愕に青ざめていた。

 またロッカさんの唇が何かを囁いた――と思う。

 次の瞬間、目の前で起こった出来事を、僕の理性は拒んだ。何が起こったのかしばらく理解できなかった。

 御輿の姿が獣に変わっていた。無数の翼がはえた獣。

 巨大な水晶の塊が降って、ロッカさんを叩き潰す。

 車道に落下した雛鳥みたいにあっけなく、ロッカさんの姿が消えた。

 サイレンが鳴り響いたのはその時だ。

 学長との打ち合わせにあった開戦の合図だった。


 バロックは携帯していた。でも僕は運動着姿で、戦闘用のコートは身につけていない。大人たちに不審がられる、という理由だったけれど、せめて霧から身を守るための小物くらいは用意しておくべきだった。そうすれば猫たちを護ってやれたのに――と、後になって思う。

 そのとき僕がやったことは、我を忘れて〈獣〉へ斬りかかった、というだけだった。

 人獣が振り返る。僕の力任せの一撃と、金の錫杖がぶつかった。

 絶望的な手応え。

 僕の宝石刀が『彼』から譲り受けたバロックが、粉々に砕け散っていた。

 ――と思う。

 ほぼ同時に〈虚無の霧〉があふれた。バロックの加護を失った僕の体は、霧に喰われ、原初の欠片にまで分解されていった――。


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