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バロック!!  作者: 羊蔵
四章 同行二人(デッドマンズパーティー)
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28/39

6 同行二人

 ◎


 高所を得た。

 敵の現れる方角も分かった。

 後はタイミングを計るだけだった。

 影で方位を図りながら、まんのう町が指示を下す。

「オバケ女、俺の指示する方角に塔を倒せ」

「いつぶっ倒せばいいんだ? はよせんと勝手に倒れるぞ」

 と灰錆。

「この手の怪異が消えた瞬間だ。つまり敵に〈欠片〉を獲らせる。その瞬間がチャンスだ。敵は逃げる前に俺たちをどうするべきか一瞬迷う。その一瞬を突くんだ」

「つまり戦うんだな? 人獣と」

 僕も確認する。

 確かにその方がいいと僕も思う。

 敵もすぐ〈欠片〉の探知方に気づくだろう。歩いて〈欠片〉を取りに行けば、鉢合わせになる。だとしたら、ここかで奇襲を仕掛けるほうが有利だ。

 〈欠片〉を取るときには敵も警戒するだろうが、まさか上から襲われるとは思わないはず。

 まんのう町は注意を促して、

「だが、一手一手の戦いになる。失敗すればこちらが隙を晒すことになる。それに一撃で倒さなくてはならない。人獣は聖堂から別の聖堂へ移動できる。一瞬の機会を失えば、逃げられてしまうだろう」

 その時、彼の手から怪異が消えた。

「――奪われたぞ! 〈ルーシーの欠片〉を獲られた! そしてヤツはまだ留まっている。危険を冒してでも俺たちと戦うべきか迷っている! 今だ!」


「たーおーれーるーぞー」

 僕らの作戦はシンプルだ。

 敵はまだ〈ルーシーの欠片〉の位置に居る。その方角めがけて、UMAの塔を倒壊させる。

 僕らは、ピッチングマシーンに投げられるみたいにして、聖体めがけて飛んで行くことになる。着地はエクトプラズムで何とかする。してくれると願う。

 聖堂から去るために、たぶん敵はいったん人獣の姿になる。そこも隙の一つだった。完全に獣化する前に討ち取ってやる。

 塔が傾いていく。

「くらえー! これが私たちのTATARIじゃああああああ!」

 一気に加速した。

 爪先から重力が消える。

 霧を裂いてぶっ飛んで行きながら、僕らは霧の中に敵影を認めた。

 刃と拳を振るう。

 『11ぴきのねこ』とまんのう町の光弾が、森を震わせた。

「――やったか」

 ややあって灰錆の声がした。

 僕らもどうやら無事だ。

 彼女がエクトプラズムのドロドロをクッションにしてくれたおかげで、着地の衝撃は最小に抑えられていた。

 攻撃の反動で短刀がまだビリビリ鳴っている。

「手応えはあった――が」

 僕もまんのう町も立ち上がる。

 お互いの姿が見えていた。

 霧が薄くなってきている。

 それは聖堂の獣が死んだことを意味する。〈人獣〉ではなく〈聖堂の獣〉が。

 地割れの走った土の上に、サメの死骸があった。

 人獣の姿はない。

 すでに別の聖堂へ移動したのだ。

「逃げられた――」

「サメを盾にされたな」

 まんのう町が冷静を装って言った。

「ああ、それに――」

 息をつくと、遅れて流れ出した汗が背を伝った。ゾッとするような冷たい汗だった。

 あの攻撃の瞬間、僕に見えたのは太い獣の腕だけだった。それと今思えばサメの背中。敵はサメの獣を使って防御したのだ。

 僕らの攻撃を防ぎつつ、姿を隠すこともできる両得の作戦だ。その後、粉塵にまぎれて姿を消したらしい。さすがに三人相手では姿を見られる恐れがある。そう考え撤退を選択したのだろう。

 だがしかし、あの一合の瞬間、僕らを襲った恐ろしい力の感覚。仮に戦っていれば、僕らの方が殺されていたかもしれない。


「悪いな。しくじった」

 まんのう町が呟いた。黒髪の子を含めた全員へ向けた言葉なのかもしれなかった。

 僕らは〈ルーシーの欠片〉を奪われ、敵の姿すら見ることなく、一般人の犠牲を一人出した。それが戦果。

 つまりは完敗だ。



 人獣周り事情を知らない灰錆には意味が分からなかったろう。だが仇討ちの失敗は理解したらしい。

「そうか……祟りは失敗か。あいつの代わりに殴ってやれなかったな……」

 彼女の呟きが心に痛かった。

「なあ、俺たちは――」

 やがてまんのう町が切り出した。

 たぶん慰めようとしたのだろう。でも、ちょうど灰錆が叫んだのと同時だったので、彼が何を言おうとしたのかは不明だ。

「ヌッ!」

 灰錆は遠くを注視するような動きをしたのだ。


 起伏のむこう、消えかけた霧のあいまに、幽かに人影が見えた。

 それは、あの黒髪の女子生徒に見えなくもない。

 でもそうじゃないことを僕は知っていた。あれは影だ。シコクの卵の中でみた「日の名残り」あるいは「影送り」と同じものだ。

 あそこに彼女はいないのだ。

 そんなことを知らない灰錆は、影を指さしてはしゃいでいる。

「おい、見ろ! あいつだ。帰ってきたんだ。それに私に気づいたんじゃないのか? 見えてるよな?」

 灰錆の祈りは、黒髪の生存を信じている。そのために自身を幽霊にしてしまう。

 幽霊が「生者」へ向かって叫んでいる。

「おーい! 見えるかー! オーバーケーだーぞー!」

 灰錆はぴょんぴょん跳んで、幽霊である自分をアピールした。

 影は、霧の中に佇んだままだ。

 いずれ霧と一緒に消えてしまうことだろう。

「オーバーケーだーぞー!」

 僕らに言えることは何もない。

 まんのう町はそれでも彼女にこう持ちかけた。

「俺たちの仲間に会うべきだ。そこでなら、お前は自分の存在や矛盾にもいくらか馴染むことができるだろう。せめて――」

 そこで灰錆がゲボを吐いたので、彼が何を言おうとしたのかは不明のままである。

「オゲゲー」

「人が話してるときにゲロを吐くな!」

「オゲゲー!」

「なんで僕らの方を見ながら吐くんだ!」

「オゲゲゲゲー」

「すげえ出るじゃん!」

「ふふん。オゲゲぇええ!」

「何でちょっと得意げな顔になるんだ!」

 僕らが叫んでいる間に、吐き出されたエクトプラズムは形を変えていった。

 それがやがてある人物の姿に変わると、僕らの顔からは表情が消えていった。

「これは――」

「なんで『この人』が……」

 エクトプラズムが形成したのは、ここにいるはずのない人物の胸像だった。

 つまり、灰錆の知るはずもない人物だ。

 想像で作り出せるハズはない。僕らは彼女にふれてない。ということは、僕らのイメージを読み取って具現化したものでもないということ。

 他に、この事件のあいだ彼女に触れた人物といえば――あとはあの亡くなった友人しかいない。

 犯人の姿を見、殺されてしまった女の子。

 彼女の最後の意識がバロックに記憶されていたのだ。

「つまり――」

「黒髪の女からは、すでに託されていた、という訳か……犯人が誰なのかを」

 僕らは再び胸像を見つめる。

 黒髪が最後に見た顔。人獣の素顔。

「これが、この人が――犯人」

「おい! おい今、見たか? 応えてくれたよな?」

 灰錆は別の話をしていた。

 霧が晴れていた。

 消え去る霧の最後の揺らめきか、影が手を振ったように見えた。

 灰錆はそれを友人だと言い張った。

「私を見たんだ。そうだよな?」

 灰錆はもう見えなくなった友人へ手を振り続けた。

「オバケが出たぞー! オーバーケーだーぞー!」

 嗚咽みたいに馬鹿笑いしながら。

 長いあいだ。

 月が傾いてしまうまで。

 彼岸へ手を振り続けた。

「元気でなあー!」


 ◎


「私の名は〈メモリアルパークよしふみ〉本物のオバケだ! よろしくなあ!」

 事件の後は大変だった。

 灰錆のおやじさんに教会のことを説明しなくてはならなかった。なぜか誤解されたまんのう町がラーメンスープをぶっかけられそうになったりした。

 灰錆は〈メモリアルパークよしふみ〉と名乗って、そのまま寮の一員となった。

 頭のおかしい女だが、ロッカさんたち先輩に対しては意外にちゃんと挨拶していた。いや……ちゃんとした挨拶ではなかったかもしれないけど、友好的ではあった。

「よろしくおねあいっしゃっしゃーす。本物の幽霊だぞ? サインをあげようかい?」

「おもろいヤツが来たな」

「事件即入寮はウルタールに続いて二人目だねえ」

「忙しい忙しい。子猫の弟に続いて女の子の弟までやって来たぜ~」

 一番霊場はウキウキと世話を焼いている。この人に到ってはもう何を言っているのか分からない。

 よしふみはバカなのか、着の身着のままやって来ていて、前の学校の制服一丁しか服がなかった。

 それでとりあえず、一番霊場が倉庫にあったスウェットを着せたのだが、それが変な服で、背中のところに「同行二人」とプリントしてある。

「なにこれ」

「お遍路グッズだ」

「なにそれ」

 シコク消滅の際に偶然持ち出されたものの一つだそうだ。元はお土産物で売ってるものだったらしい。

「お遍路が着るヤツの普段着バージョンてことなんだろうな、あれは」

 一番霊場はそう言うが、僕にはそもそも「お遍路」が解らない。

「お伊勢まわりとか、巡礼とかそういうやつ?」

「そうそう。シコクはそういうののメッカだったんだぞ」

 メッカと言われても。

 お遍路について説明する一番霊場は少し寂しそうだった。

 よしふみは気に入ったらしい。

「ガハハハハッ! どうだ? 似合うかウの字。ワ~レ~ワ~レ~はユーレイだ~」

 手刀で喉を震わせながら、何度目かの自己紹介をした。たぶん宇宙人の物真似でやるあれだ。この女まだUMAとオバケの区別がついていない。

「幽霊名乗るわりに知識が薄すぎるな」

 と一番霊場。詳しかったのは死んだ友達の方だからな、とはよしふみの前では言いにくい。代わりに僕はスゥエットの話を掘り返した。

「背中の『同行二人』ってあれどういう意味?」

「うーん。一人で巡礼してても、背中にお大師さんが一緒にいるよ、みたいな意味だったかな……」

 一緒にいるよ。

「……お大師さんって誰」

「あ。そこからかあ……ええと、神さま……じゃないし坊さん……だっけ? う~ん」一番霊場はしばらく考えた後「よしふみ風に言うと……『オバケ』かなあ」

 そう言った。

 これも、よしふみは気に入った。

 背中の文字を見せびらかしながら、宇宙人の物真似を繰り返している。

「ワ~レ~ワ~レ~は~ユーレイだ~!」

 同行、二人。


 ◎


「――なるほど。報告は分かった。よしふみの件もふくめてよくやってくれた。辛えことさせちまったな」

 帰還してすぐ、僕らは学長を岸壁へ呼び出した。

 この報告は電話ではできない。それに学園の誰にも、知られるべきではなかった。

 よしふみの造った胸像を持って行った。

 強い風が髪をなぶって、学長の顔を隠した。

 だから、彼がどういう表情をしたのか僕らから見えなかった。

 声は努めてゆっくりと、静かに発音された。

「正直、予測しなかったわけじゃねえが……そうか。俺たちの中に裏切り者がいる。そういうことになるな」

 人獣の顔は、この学園の人物。僕らのよく知る人のものだった。


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