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バロック!!  作者: 羊蔵
四章 同行二人(デッドマンズパーティー)
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27/39

5 TATARIでSOTOBA

 ◎


「がははははッ! オーバーケーがーでーたーぞー!」

 灰錆女は爆笑しながらUMAを量産している。

 彼女の歪んだ認知では、死者は自分の方なのだ。

 だから特殊な力が扱える。だから友達は生きている。

 だから彼女は笑っていて、だkらその咳きこむような爆笑は、ときどき嗚咽と区別がつかない。


「出てこーい。お前の言う通り幽霊はいたぞ! それは私だあ! がはッがはははは! どこだー? オカルトくそ女!」

 灰錆はバロックの力を放出し続ける。額のバロックが枯れたように色あせ始めている。


 僕は近づいて来たサメを切り伏せる。そのあいだも灰錆から目を離せない。

 再びまんのう町の忠告。

「集中しろ。女は置いておけ。今はこの状況を利用するんだ。敵は混乱しているはず。もちろん、ほんのわずかな逡巡だろうが、上手くやれば、俺たちに手番が回ってくる」

 まんのう町は手をかざして怪異の観察を続けている。邪魔をしない方がいいだろう。〈欠片〉の場所が判明すれば僕らは有利になる。

 僕は、自分のするべきことを自分で考える。

 少しでもサメを倒しておくか、見晴らしの良い場所を探すか、囮になるか。灰錆女に対して、出来ることは……多分ないのだろう。

「がははははッ! オーバーケーだぞー! 私は! ここにいるぞ!」

 UMAたちは灰錆の周りを無為にうろついている格好だった。目的を与えられていないせいだ。

 これに乗って偵察に出たらどうだろう?

 一つ目入道の背中に掴まろうとして、僕はやっぱり灰錆を無視できない。

 ずんずん歩いて行って、灰錆の腕を掴んだ。

 バロックの祈りに対して僕が出来ることはないかもしれない。でも、だから何なんだ?

「オバケだぞ! 私が間違ってた! オバケは実在した! ねえ? もう、お前が正しかったって証明されただろ、 だから出てきてよ……!」

「お前がオバケなのは分かったよ」

 真珠の涙とともに灰錆が振り返った。

「聞いてくれ。はは。私は幽霊に、なった!」

「――うん」

「あいつの身体が私の腕を擦り抜けて落ちてった。私が幽霊になったからだ」

「うん」

「あいつの血は暖かかった。生きてるからだ。でも私はサメに食われても平気だ、幽霊だから! オカルトくそ女はオカルトで死んだりしない! 耐性があるから! オカルトでオカルトくそ女は死なない! 私はオカルトクソ女じゃないから幽霊になった! 暴力を振るうし、あいつが一人で行ったとき止めなかったし、オカルトを信じないから、私は死んで当たり前だろ? それが正しいことなんだ。そうだろ?」

「そうだね。でも、もうやめよう」

「やめない! まだあいつが戻ってきてない。もうすぐだ。オバケがいるって知ったらすごいぞ。はは。あいつ、とんでくるから見てろ」

「もう会えないよ。だってお前、死んでオバケになったんだろ?」

「――でも、あいつは……でもオカルトくそ女だから……」

「大抵のオカルトくそ女はオバケに会ったことないよ」

「でも……あいつはオバケを見たって言ったよ」

「あの人虚言癖あるから」

「あるけど……」

「それより怒らないのか」

「怒る?」

「黒髪がひどい目に合わされたろ」

「でも生きてる。死んだのは私の方なんだ、だから……」

 これが、彼女の祈りだ。

 友人の死を否定し続ける。だから、心がどんなに悲鳴を上げていたとしても、彼女は決して哀しいとは言えない。バロック使いは正しく哀しむことができない。でも怒ることはできるかもしれない。


「お前が許してもあの人は犯人を許すかな?」

 と僕は言った。

「え? あいつなら……超ぶち切れる」

 目から鱗、といった感じで彼女は言った。「あいつ頭がおかしいから」

 友達とはいえ、すごい言い様だな。

 僕は続ける。

「じゃあ、お前は? お前は怒らないのか?」

「でもぶちぬかれたの私の腹じゃないしなあ」

「この期に及んでこの言葉が出てくるのすごいな……」


 何なんだ、こいつらの関係性は。でも二人にとってはかけがえのない関係なんだろう。まるで姉妹のように親しくて薄情だ。


「彼女がここにいないなら『幽霊』のお前が、ぶち切れるべきじゃないのか? 残念だけど、もう会えないんだから」

「本当に会えない? 私が幽霊になったから?」

「……そうだよ。ごめんな、僕らが間に合わなかったせいだ」

 彼女はきらきらした目でこちらを見ている。

 バロック使い特有の子供みたいな顔だ。目の中で、人間的な論理とバロックの祈りがせめぎ合って、虹色の火花を散らす。

 僕は繰り返す。

「もう呼んでも彼女には会えないんだ」


 このあたりで、僕は自分が泣いていることに気づいた。

 といって、悲しくて嗚咽しているとかではなく、なんというか共鳴反応みたいな感じだった。僕の胸の猫型をした空虚に風が吹いて、結露を生じている。自分でも何を言っているのか分からない。僕はバロック使いの泣き方に慣れてないんだ。

 でも、灰錆の方は何かを感得したみたいだった。

 真珠のこぼれる目に、新しい感情、目的意識のようなものが浮かんでいる。あてのない祈りが指向性を得た。


「私が犯人を? つまり、祟りということか?」

 論理が不明だけど、清々しい顔で言うので僕も乗ることにした。

「ああ。祟りだ」

「TATARI! そうか。つまり祟りを魅せてやれば良いんだな! あいつに届くくらいでっけえ祟りをよ! オバケは見えなくても、祟りは見える! なぜなら犯人がむごたらしく殺されるから! 逆さまになって死んで一帯に血の雨が降る!」

 剣呑なこと言いだしたな。

「そういうことだな! えーとお前名前なんだっけ?」

「え。ウルタール」

「ウの字」

 ウの字?

「行くぞウの字。リアル祟りを特等席で見せてやる!」

 何か共犯にされている。やだなあ、怖いなあ。


 ◎


「見とけよウの字~。リアル祟りはこういうモンだってのをなあ~おげげェエエエエッ」

「汚いなあ……」

 灰錆は口の奥まで指をぶちこみ、エクトプラズムを吐瀉する。

 エクトプラズムは髪とか肌からも分泌できるようだが、得意のなのはゲボのやり方らしい。すごく嫌だ。

「おい、勝手に何を始めようとしてる」

 まんのう町も気づいて声をかけてきた。

「僕にも分からない。たぶんイカれてるんだと思う」

「イカれてると思うならやめさせろ」

「でも利用できそうだ」

「何?」

「おい、エクトプラズムを一旦ここへ集めることってできるか?」

 僕はゲボ女に訊く。

「おえぇえ……おお……で……出来るが?」

「またゲボで疲労困憊じゃないか」

「作戦があるのか?」

 まんのう町が僕へ訊いてきた。

 その通りだ。エクトプラズムを見て、僕には閃いたことがあった。

「んねこが――」

 作戦がある、と言おうとして、僕はなぜか「猫が」と言ってしまう。疲れのせいだ。

「猫?」とまんのう町。

「間違えた。作戦と言いたかった」

「猫と作戦間違えないだろ」

「間違えるんだよ僕は」

 純然たる言い間違いだが、そのとき不思議なことが起こった。


 僕はエクトプラズムに触れてしまっていた。

 白いドロドロが、軍手を裏返すみたいな感じで変化した。猫の姿に変わっていた。

 でも、猫と言ってもキンモクセイにはほど遠い。

 猫は一つ目のオバケで、口の中は真っ赤。シャアと鳴いたあと、くるりと裏返って消えてしまった。後には白い塊が残った。

「なんだ、これ? 僕が猫って言ったから?」

「俺にやらせてみろ」

 まんのう町は何か気づいたらしい。

 灰錆の頭をバスケットボールみたいに掴んだ。

「おげげ~」

 灰錆の口からおどろおどろしい槍が飛んだ。槍はサメの一体を串刺しにしたあと白く溶けた。エクトプラズム製だ。

「なるほど。さわった人間の意識に勝手に反応するのか」

 どうやら、まんのう町がやらせたらしい。

 中世の拷問器具みたいな女だ。もしくはシャンプーの容器。


 まんのう町はさらにプッシュして、携帯端末、ポラロイドカメラ、等を吐き出させた。

 彼は女子高生の吐瀉物を弄って、

「……撮影機材とか、印刷フィルムみたいなのは無理なようだ。出せるのはハリボテだけだ」

 エクトプラズムのカメラは作動しなかった。

 想像力に感応して蛸のように姿を変える代わり、複雑な機能は再現できないみたいだ。

 そういえば入道達も単純な動きしかしない。感覚器が機能しているのかも微妙だ。灰錆の命令がないと大したことは出来ないらしい。だとしたら「人獣を探せ」「居場所を報告しろ」といった命令も使えない。なんでも出来るように見えて、案外制約の多い力だ。

「それに形の制限も正確じゃないな。ホラーっぽい補正が入るというか……」

 でも、僕の作戦には問題なさそうだ。このアイデアに重要なのはコピーの精度より物量の方だった。

 僕は灰錆に近づいて耳打ちしようとした。

「がはは! くすぐったい」

「聞け」

 と灰錆の耳を引っ張って僕は作戦を伝えた。

「ふん、ふん……なるほど! なるほどなるほどなるほどなるほど」

 なるほど多いな。心配になってきた。

「つまりは合体だな!」

「合体⁉」とまんのう町。

 そう、合体である。通じてよかった。


「オラッ合体!」

 灰錆がUMAを結集させる。

 一つ目入道や雪男が粘土みたいに集合癒着していく。溶けかけのオバケで出来た台座のような形になる。指示通りだ。

「三人で上がるぞ。たぶんまん中の方がいい」

「なんだこれは気色の悪い」

 まんのう町が嫌な顔をする。

「怖いか? これが本物のTATARIだ」これは灰錆の言葉。

「俺の知ってる祟りはこんなんじゃねえ」

「この塊を塔みたいに高く伸ばせるか?」

 灰錆に訊く。彼女は自信満々で頷いて、僕らが身構えるまもなく、それを実行した。

 エクトプラズムの足場が、上空めがけて伸び上がった。僕らは昇降機の天辺にのっているような格好だ。

「ガハハハハ! これがUMA合体! リアル怪談! あの墓場にあるヤツ……トーテムポールじゃー!」

 違う。たぶん卒塔婆のことを言いたいんだろう。幽霊が一番間違えちゃいけないやつだ。

 UMA製のトーテムポールが、僕らを乗せて高く伸びていく。

「何が起こってる、ウルタール説明しろ」

 まんのう町が叫ぶ。

 体感だがすでにビルの三階以上の高度はありそうだ。

「高いところなら敵を探せるんだよな?」

「――そういう事か」

 上空から森を見渡せた。

 傾斜に沿って霧が沈殿し、色々な影を浸している。

 影の種類は、主に動きで判別できた。泳ぐ動きのサメたち。動かない枯れ木と墓石。それに〈ルーシーの欠片〉が生み出した怪異たち。

 この中のどれかに人獣「猫盗みクソ野郎」がいるはずだ。

 ――だが。

 探す範囲が広すぎた。墓石や霧自身の濃淡に惑わされて、人影を見分けられない。

「ウの字、これ長くは持たんぞ、崩れる」

 確かに足元からきしむ気配を感じる。重力に逆らうには強度が足りないらしい。

 時間がない。

 僕は必死で目を凝らす。

 影は見える。だが、もし人獣がじっと潜んでいたら墓石の影と判別がつかない。

 人影が動くとしたら〈欠片〉を隠しに行く時だけだ。迂闊だった。敵を見つけるには、タイミングも重要だったんだ。

「おい、はよしろ」

 塔のどこかが崩れた。全体が揺らぐ。

 だめだ、見つけられない。せめて〈欠片〉のある方角が分かれば。

 僕が諦めかけた時、まんのう町が力強く言った。

「いや、十分だ」

「――見えたのか?」

「いいや。だが敵の向かう方角は解る。〈ルーシーの欠片〉の場所がな」

「それって」

「ああ、怪異の法則を解いた」


 まんのう町の手の上に小型の怪異が踊っている。

「こいつは〈ルーシーの欠片〉から投影された映像のようなものだったんだ。つまりこいつらには『光源』がある」

「光源?」

 眼下の霧の中に蠢く怪異の動きは、完全にランダムに見える。

「動きじゃない。影を見ろ」

 まんのう町の手の上にいるのは、ウスバカゲロウを大きくしたような怪異だ。その矢印に似た影が、彼の手に落ちている。

「指をかざしてみろ。怪異と平行になるように。

 言う通りにした。

 僕の指の影と、カゲロウの影が交差した。普通なら二つの影はほぼ平行になるはずだ。

「光源だ」

 とまんのう町は繰り返した。

「〈ルーシーの欠片〉がこの影をつくっている。つまり、この影と反対の方向。『光源』に〈欠片〉は存在する」



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