1 メモリアルパークよしふみ
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作戦を聞いたその日の夕方にはもう、僕らは姫路に到着していた。
〈ルーシーの欠片〉の候補地は複数ある。
シコク支部の戦力の半分近くが狩り出される大規模な作戦となった。
現地の教会支部に調査依頼を出せばいいと言われそうだが、そうもいかないらしい。
ルスキニア教会日本支部の暗黙の契約として、ルーシー絡みの事件は、できるかぎりシコク支部が受け持つ、そういう前提がある。
感じの悪い話に聞こえるが学長に言わせれば「都合が良い」のだとか。
どんな組織にもスパイはいる。ならば作戦はシコク支部だけで実行した方が予後はいいのだ。作戦が成功するにしろ失敗したにしろ。
ところで僕には作戦とは無関係な、でも重要な不安が一つあった。
ロッカさんと御輿先生のことだ。なんと彼女らが二人だけで任務へ向かったと聞いたのだ。
その件で僕は移動の間中、まんのう町に愚痴を言い続けていた。新幹線を降り、バスに乗り、教会の姫路支部へ挨拶し、候補地へ向かうまでの間ずっとだ。
「泊まりになるような遠方へ男と女の子を二人で? ああいうのってどうなんだろうな?」
「しつこいぞ。ロッカもわきまえてる。迂闊なことはしない。先生が手を出したならそれは自業自得ってヤツだが」
「そういう話じゃないだろ。そういう話じゃないよな?」
「黙れ。着いたぞ」
まんのう町が立ち止まった。
「ここ?」と僕。
夜が近づいていた。
黒ずみ始めた夕陽のなかに、墓石やモニュメントが影になって聳えている。
「ここに〈ルーシーの欠片〉が?」
「『その可能性がある』と情報部は言っている」
破壊された〈ルーシーの欠片〉が、日本のどこかで復活した。それを深淵派より早く回収する事が僕らの任務だ。候補地はいずれも怪異の噂のある土地だ。
「『聖体あるところに怪異あり』つってな」
という学長の言葉を僕は思い出す。
僕らの派遣先は墓地だった。
「これは単なる心霊スポットなのでは?」
霊園の入り口にアーチ状の門があって、そこに神妙な書体でこう記されていた。
【メモリアルパークよしふみ】
墓地といわれて想像するものと、少し違っている。
綺麗に整っていて、でもうすっぺらい。遺骨の分譲住宅とでもいいたくなるような場所だった。
宗教ごとにエリアデザインが別けてあって、それがまた軽薄な感じを加速させている。
「『メモリアルパークよしふみ』誰だ、よしふみって」
「墓場を『メモリアルパーク』って表現するの、配慮より『皮肉で言ってんのか?』って感じが勝つよな」
軽く悪口を言いながら、僕らは墓地を巡った。
本当にここに〈ルーシーの欠片〉があるのか?
「それで、僕らまずどうするんだ?」
「〈狭間の地〉の入り口を探すんだろうが」
「そんなこと言われた気がする」
情報部がピックアップしてくれた候補地には、条件が二つある。
一つは、最近になって怪異が目撃されていること。
二つ目は、そこに〈狭間の地〉があること。
聖体と狭間の地には似通った性質があるらしく、聖体は大抵、狭間の地で発見される、のだという。あるいは逆で、聖体のある所に狭間の地が生まれるのかもしれない。それは僕には断定できない
とにかく〈ルーシーの欠片〉にも同じ性質があると想定したのだ。
候補地が多かったため、何とかして絞り込む必要があった、という事情も関わってはいる。
「聖体と狭間の地か……そういえば『彼』が聖体を隠したのも狭間の地だったな」
「あの狭間の地は教会も未確認の場所だったから、それも都合が良かったのかもな」
とまんのう町。
「とにかく〈狭間の地〉の周囲か、その中へ入って探せばいいわけ?」
「そうだ、と言ってる。俺とお喋りして楽しいか」
まんのう町はいつも以上に愛想のない受け答えをする。機嫌が悪いのか?
それでも彼は説明して、
「資料には石像を探せとある。石像の周りを反時計回りに七周回ると狭間の地へ行けるらしい」
墓地は、すでに狭間の地のある場所として教会に登録されている。つまり以前に調査した場所だということ。その時には聖体はなかったのだ。怪異の噂も。
ということは、ここは「脈あり」なのかもしれない。
怪異の原因があるはずだ。それがトリックとか出ないなら〈ルーシーの欠片〉の仕業というわけだ。
少し気になったことを僕は口に出してみた。
「狭間の地ってルールがあるのか。僕の知ってるとことは違うな」
キンモクセイの廃墟へ入るには、特に作法のようなものは必要なかった。
「お前とその地の相性がたまたま良かったんだろう」
「狭間の地も色々なんだな」
僕らはしばらく歩いた。
やがてまんのう町が呟いた。
「石像が見つからないな」
僕もそう思っていた所だ。資料で指定された付近を通路に沿って歩いていたのだが、何もないまま一周してしまっていた。
「墓地だから観音像とか地蔵だと思って僕は見てたんだけど――」
「なかったな、そんなもの」
「他に石像なんて墓場にある? まんのう町は墓場に詳しい?」
「詳しいわけあるか」
「あと怪異が起こるって言ってたけど、どんなの? オバケ?」
「おい、どうでもいいだろそんなこと。今は任務中だ。ふざけたこと言うと俺はお前を殴る」
「今日めちゃくちゃ機嫌悪くない?」
無視された。
僕は腹ごしらえすることにして、ポケットからおにぎりを取り出す。
駅弁が欲しかったのに、まんのう町に止められたのだ。僕が毎回、漬け物や里芋を残すのが気にいらないらしい。あるいは残り物を食べさせられるのが嫌なのか。自分は鮭の皮が苦手なくせに。
「おにぎりにまんのうパウダーくれよ」
パウダーを要求すると、これは素直にくれる。彼はこの秘密のパウダーに自信を持っていて、いつも瓶詰めで持ち歩いているのだ。いつもありがとう。そしてバカじゃないのか。
そして、そろそろ気づいてきたのだが、たぶん、まんのう町はオバケが怖いんだ。
ずっと怪異の話を避けているし、樹木の影が風に動くたび身構える。街灯のせいで僕の影が彼にかかった時などは、危うくチョップで斬首されるところだった。
こいつは機嫌が悪いんじゃない、ビビってるのだ。
僕はカマをかけてみる。
「まんのう町、オバケを信じてるか」
「……そんな訳ないだろ。ジャンプ読んでみろ『SETO―灼熱伝―』の主人公がオバケ如きを怖がってる描写があるか?」
バロック。
恐怖のあまり訳の分からない言い訳まで始めた。
これは効いてるな、と思い、僕は続ける。
「そういえば学校で幽霊を見たことがある」
「貴様、訳の分からんことを言うと許さんぞ」
まんのう町がムキになるので僕はますます面白くなった。
でも、詳細を話してみて目論見が外れた。
まんのう町は冷静になってしまったのだ。
僕の怪談話の内容はこうだ。
「学校の地下で見たんだ。あの『シコクの卵』の街で。夜の路地の向こうに人影みたいなのがいた。夜の雲みたいに白い影が幽かに揺れながら、僕の方を見てた。近づくと滲むように消えてしまったけれど」
まんのう町は普段の声でこう答えた。
「それは単なる影だ」
「影じゃなかった。影だとしたら何の影?」
「影は比喩だ」
「何の影の比喩?」
「獣を倒せば土地は戻ってくる。だが人は戻らない」
「知ってる」
「人は戻らないが、稀に人の気配や、文字通り影だけが戻って来たりするんだ」
「人間の? 気配だけが?」
「物理法則のバグみたいなもんだ」
「あれは幽霊じゃない?」
「違う。それに魂とかそういうものでもない。あれは人間のなごりだ。残り香だとか、写真だとか、一〇〇万光年旅してきた光みたいなものだ。俺たちにそれが見えたときには、星は失われていて、もう存在しない」
死者のことを言っているのだ。
或る意味、幽霊よりは墓場にふさわしい会話ではあった。
「僕が見たのはその残り香ってこと? 星の光?」
「『日の名残り』とか『影送り』と表現するやつもいるな」
「ふーん」
過日の名残り。あるいは過去から現在への影送り。
思いがけずしんみりしてしまった。
まんのう町はしかし平気なようだった。もう慣れているらしい。それはそれで哀しいが。
あるいは墓場の恐怖が甦って来て、それ所じゃないのかもしれないが。
「とにかく、学校だろうが墓場だろうがオバケは出ない。そんなものは存在しないんだ。いいか、じゃれ合いは終わりだ。もう二度とオバケの話はするな。二度とだ。いいか、今度この俺の前で、この俺の前で幽霊とか怖い呼び方をしたその時には――」
「おい……」
僕はまんのう町の言葉を遮った。「おい後ろ……」
力説する彼の後ろを、白い影が横切ったように見えたのだ。
彼も素早く振り向いてそれを視認した。
「……まあこの話はいい。二度とするな。それより腹が空かないか? 明るい店に入って騒々しいメシを食べたい。お好み焼きとか」
「いやもう見えてるだろ、現実を認めろよ」
〈それ〉は、僕らの周囲に無数にいた。
一度気づくと、周囲のあらゆる場所にいた。
樹木の影や、物体の輪郭、石畳に長く伸びた小石の影などから現れては、目の中の埃みたいに回遊している。
ちょうど水中の魚が、身を翻したときだけ光るみたいに、一瞬、白くはっきり見えるのだ。
そのせいで今まで気づかなかったのだろう。
サイズはコバエからトンボ、時に蛇くらいの大きさにもなる。いや大きすぎて気づかなかったが、人間大の影もあった。暗闇だと視界が煙っただけに感じられるのだ。花火を直視した後の残像みたいに。
そういったものが、墓地を消えたり現れたりしている。
「おい、まんのう町。これ確実にオバケだぞ……」
「――いや、これは……聖体の起こす怪異だ」
まんのう町は恐る恐る白い影に触れた。
白い影は手をすり抜けた。
だんだん目が慣れて、影たちの細部が見さだめられるようになってきた。
それは筋骨隆々の歩く石膏像だったり、羽の生えた魚だったりした。
オバケと言うにはおどろおどろしさが皆無だ。
「見ろ。オバケなんている訳ないんだよ! バカが! このザコめが」
まんのう町がハシャギだした。
僕は無視して怪異を観察する。
意志だとかはなさそうだ。手を近づけても反応がない。羽虫か、単なる投影画像のような感じだ。
「なあ、こいつらの出てくる方へ行けばいいんじゃないか?」
僕は思いついて言った。
「何だと貴様」
「いや、オバケとかあの世へ行けって話、してないから」
怪異は〈ルーシーの欠片〉のせいで起こる。なら怪異の出所をさぐればいいのだ。
そこに〈ルーシーの欠片〉はあるはずだ。あるいは〈狭間の地〉の入り口が。
「幽霊をたどるんだ。行くぞビビりくん」
「黙れ。ビビってないし二度と幽霊なんて言葉を使うんじゃない。許さんぞ」
僕らは墓地の裏手にたどりついた。
ちょっとした広場になっている。そこにダビデの石膏像が飾ってあり、どうやらそこが〈狭間の地〉の入り口だった。
「なんで墓場にダビデ像なんだよ……」
よしふみのセンスはちょっとおかしい。




