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バロック!!  作者: 羊蔵
三章 聖・体・ルーシー
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19/39

4 ほうし活動

 ◎


「装飾部に行ったんだって? うちの支部の装飾部は教会の女の子達に人気なんだよ。顧問の方がイギリスでのブランド起ち上げに関わってたデザイナーさんだから」

 学校を出ながらロッカさんと楽しく会話した。

 三人娘とまんのう町、それにパーの人――御輿先生まで一緒だった。

 女の人たちは、装飾部のでどんなものを作ったのか知りたがった。

 バロック使いにとって、バロックは武器であり祈りであり宝石であり遺骨でもある。そのため、みんな技師たちを尊敬していた。。

 僕は事情が違うから『彼』から託されたもの、という感覚だった。


「なあ~これ撮影? AVの撮影だろ?」

「AVの意味知ってて言ってるのかクソガキ。違う、これは職場見学だ。学校の課題」

 近所のクソガキが絡んでくる。

 〈予報〉に従って小さな公園にかけつけた。

 この公園のそれも公衆トイレのなかに、もうすぐ極小規模の霧が発生するのだという。

 ロッカさんたちはトイレの中で〈救助〉の準備に取り掛かっている。

 事件が起こる前に来て〈救助〉というのも妙に聞こえるが、処置を行うのは発生以降である。霧に喰われそうになった土地を〈救助〉すると思えばいいだろう。ちなみに〈奪還〉任務でも間違いではないが、僕ら――特にシコク支部――が〈奪還〉と言うときは獣狩り込みの任務を言う場合がほとんどだ。

 閑話休題。

 僕とまんのう町は見学というか研修みたいな建前できここにいる。つまり必要じゃない。警備役を命じられたが小学生を遠ざけるくらいしかやることがない。

「お疲れさまです」

 公園では、教会神戸支部の人が先に来て待っていた。学生ではないし、教師でもない。作業着のような服を着ている。普通の会社員に見えた。彼は御輿先生と確認書類についてやり取りを交わしている。本来なら、ここの〈救助〉は神戸支部の仕事なのだ。


 ルスキニア教会はいろいろな形で支部を持つ。

 僕らは教会と呼んでいるが、今のルスキニアは宗教団体ではないらしい。

 支部のほとんどは表向きの仕事を持っている。

 例えばブランド品の工房だったり、農場や、警備会社だったりする。そして学校も。

 神戸支部は海運業を経営していた。

 企業に船を貸し出したり、そういう仕事の合間に、教会の仕事をするのだ。もちろん〈霧の発生予報〉が出ると、駆けつけて処理にあたる

 それをシコク支部が請けおうのである。

 シコク支部が、神戸に間借りしている身分だから、というのが大まかな理由だ。

 でも、前に述べたように、シコク支部のバロック使いは獣狩りに飢えているから、案外進んで引き受けたのかもしれなかった。

 聞いたところによると、他所の支部にはバロック使いがほとんどいないらしい。だから、神戸支部の方でも我々を便利に使えて都合がいいはずだった。

 ちなみにこの手伝いを、シコク支部では〈ほうし活動〉と呼んでいる。この呼び方はなんだかイヤだ。


「おい、まだか」

 まんのう町がトイレの方へ声をかける。子供の相手にも疲れてきた。

「おー」

 女子トイレからは曖昧な返事。笑い声も聞こえる。

 もう〈ほうし活動〉は始まっている。〈虚無の霧〉の処理を行っているはずだが、緊迫感は薄かった。

 本来ならロッカさん一人か、三人娘だけでもいいような案件だったのだ。

 情報部の予測によると、現れる霧は極小規模かつ発生確率20%ほど。

 『極小規模』というのは人的被害が起こりようのないほど、狭い範囲の霧を指す。

 実際のところ〈虚無の霧〉は宇宙のどこかで常に発生している、と考えられている。でも、蠅一匹吸いこめないようなミクロな変異なので、誰にも気づかれない。宇宙は膨張しているというけれど、同時に霧に食べられて減ってもいるのだ。今のところ収支がプラスへ傾いているというだけのこと。

 話が逸れたが、要するに〈救助〉任務で、玉葱冠の時みたいな戦いになることはめったにないのだった。

 だから、バロック使いでなくても技師に造らせた道具で対処可能らしい。


「あのお姉さんたち本物のJK? 彼氏いる? パンツ見たことある?」

「……クソガキ」

 小学生たちは居座り続けている。

 このクソガキたちは、とうぜん〈救助〉任務のことなんて知らない。

 そもそも〈虚無の霧〉の存在も〈消えた領土〉のことも世間には伏せられているのだ。

「俺ら小学生ってさあ、女子高生とお風呂入っても罪にならないよね?」

 いい加減、このクソガキ共を遠ざけるべきだと僕は感じ始めていた。ロッカさんの前で下ネタに付き合わされるのはゴメンだ。

「お前、少年ジャンプ読んでるか?」

 まんのう町は声を和らげた。子供へ歩み寄っているつもりらしい。

「『SETO―灼熱伝―』知ってるか? 大人気連載中の、アニメも大ヒットのSETO」

「当たり前だろ」

 子供達は食いついた。

 まんのう町はねっちょりとした笑みを見せて、

「そうだろうなあ」と言った。「ところで主人公のセトな。あれは俺だ」

 クソガキたちは、しばらく顔を見合わせた後、

「……マジで!?」

 と意外な盛り上がりを見せた。

 まんのう町は気を良くして、

「内緒だぜ。あっちで中忍試験編の話き聞かせてやるから、その代わり静かにするって約束しろよ」

「すげええ! サインください!」

「分かった、分かった。しょうがねぇな任務中だってのに」

「すげー本物だあ……って言うわけねえだろ!」

「ぐおおおっ!」

 まんのう町が崩れ落ちた。

 子供の金的蹴りが命中したのだ。これはまんのう町が悪い。

「信じる別けねえだろ! こいつ気持ちわりい!」

「いるんだよこういうイカれたファンがよ」

「二度と俺らの岸本先生に迷惑かけるんじゃねえぞ!」

「ぐおおおおっ!」

 ひどいことになっている。

 僕は他人のフリをして立っていた。

 女子が戻って来た。

「どうしたお前ら」

 これは突っ伏したまんのう町と追撃中の小学生を見た、一番霊場。

 あとからロッカさんも出てきて、

「終わったよ」

 と言った。虚無の霧を処理したという事だ。


 霧は予報通り出たらしい。

 僕らは何も感じなかったけれど。

 それは子猫よりも鼠よりも向日葵の種よりも、もっと小さい規模の霧だった。

 バロックを使う必要はなく装飾部支給の道具で処置したとのこと。

 ロッカさんは、手のひらに収まった砂時計、あるいは容器を見せてくれた。

 処置の内容はこうだ。

 発生予測に従い、指定された空間を特殊な布でおおう。

 すると霧は力を失い、貝殻片そっくりのわずかな粒子に変わる。あとはそれを容器に閉じこめて終わり。砂時計であることに意味はない。〈聖歌隊〉で流行っているだけだという。

「もう少し規模が大きいときは人造秘蹟を使用するけれどね」


 シコク支部意外では人造秘蹟の方がメジャーな技術なのだ。

 神戸支部の男性は水田と名乗った。水田さんはときどき僕らバロック使いを痛ましい目で見た。

 シコク奪還に取り憑かれた戦闘部隊。歪んだ子供たち。

 他支部から見たシコク民は、そういう印象なのだ。

 来年子供が産まれるんだ。水田さんは教えてくれた。


 ◎


 〈ほうし活動〉の帰りに中華街へ寄った。

 御輿先生が買ってくれた桃まんを食べ歩きした。

 小学生たちはショッピング中、女子のスカートを覗こうとしたりした。あまりに目に余るので、一番霊場が追い払った。餞別に桃まんを投げてやったら意外にも喜んでいた。

 〈ラーメン三八〉がカンフーシューズを買いたいとか、よく分からない主張をした。

 僕らは中華街の奧へ入っていった。

 歩きながらロッカさんに質問した。ルーシーのことをどう思いますか。

「ルーシーについて?」

「ええ、まあ。僕だけぜんぜん知らないんで」

 ロッカさんは桃まんを意外とワンパクな感じで頬張ってから、

「私、会ったことあるよ」

 と言った。僕は驚く。

「え? どこで?」

「どこでっていうか、学長といるときに何回か」

 そうだった。ロッカさんはシコク消失よりずっと前から教会の子だったのだ。

 そういえば学長のことをお義父さんと呼んでいた。いったいどういう事情があったのだろう。でも今はルーシーの話だ。

 僕以外誰も驚いていなかった。

 御輿が付け加えた。

「学長を除いて、ウチでルーシーと面識あるのは、あとはシゲさんくらいじゃないかな?」

 シゲさん。学生寮の管理人さんだ。多分最年長だし、学長と親しそうだったから、ルーシーを知っていても不思議ではない。 

「私もルーシーには会ったことはない。会ってみたかったけどね。当時は東京のにいたから」

 と御輿。どうやら彼はシコクの人ではないようだ。それに、先生とはいえルーシーの知己はあまりいないようだ。シコクで死んだのかもしれない。


 ともかくロッカさんは生徒の中でも別格のようだと分かった。

 そういえば、ロッカさんのバロックを見た者は誰もいないらしい。

 怪我を治す力があるだとか、体を若く保つ能力だとか、聖歌隊に関係があるはずだとか、色々噂があった。

〈クレメントプラザのロッカ〉

 シコク消失以前のバロック使い。

 彼女はどうしてバロックを使いになったのだろう。

 直接訊ねてみるのは躊躇われた。バロックの話は、大抵センシティブな過去をはらんでいる。

 だから僕はルーシーの話だけに留める。

「実際ルーシーってどんなやつでした?

「うーん、普通のお兄さんだったけどな」

 ロッカさんは二口目で、桃まんの四分の二ほどを食べてしまう。

「そういえば詩を書いてもらったことがあるよ」

「詩?」

 訊き返したのは御輿先生だった。興味を引かれたらしい。

「四行くらいの短い詩。その場の座興で書いてくれただけのものですよ」

「しかし、ルーシーのすることだ。きっと何か重大な意味が――」

「ありませんよ。先生もルーシーに興味が?」

「いや……そういう訳では。でも〈ルーシーの遺産〉の一つには違いないからね……」

 御輿先生は無表情になった。シコク支部の人がルーシーを語るとき、よくする顔だ。

 ロッカさんだけは違う。彼女は世間話のようにルーシーを語る。

「一応、ずっと昔に調書は提出しましたけど、問題なしって判断されたんじゃなかったかな」

「そう……しかし」

「大げさでは?」

「そうかもしれないね……」

 この話は終わりになった。


 さらに散策していると、店の幅三メートルもないような模型屋から知り合いが出てくるのに遭遇した。

 プラモデルを買いこんだ二人の先生。チョキの狩谷先生とグーの胴花先生だった。そこへ、向こうからシゲさんが合流した。シゲさんは調味料を買っていたらしい。

 三人は模型同好会のメンバーなのだという。

 曰く、これは教会の仕事とは無関係で、純粋に模型を楽しむための集いだという。

 いい大人が集まって、ホワイトホースを呑みながらトロピカルザクを作ったりするのだという。トロピカルザクが何なのか僕は知らないけど。


 彼らにもルーシーのことを訊ねた。どれも似たような反応だった。

 押し殺したような無表情。つまり、彼の裏切りについては擁護不可能と前置きしてから、それ以外の実績について肯定的な意見を述べるのだった。

「天才という他ない。ルーシーの発表した理論は、教会の技術を五十年進めた」

「ルーシーのためだけに教会へ援助を申し出た企業もある」

「ルーシー事件の後は、協会内の若者で後追い自殺があった」

「みんなルーシーに夢を見るんだね」

 ロッカさんはくすりと笑った。

「夢?」

 御輿が反応した。

「いい意味でも悪い意味でも。みんな彼を神格化してしまっている」

「裏切りについては一応みんな非難してるけれどね」

「裏切りっていう言葉は、仲間だと思ってた人に対して使うものですよ。会ったこともないのに、みんなルーシーを仲間だったと思ってる。不思議だね」

 人造秘蹟の偶像は、ルーシー周りの諸相をそう評価した。


 あとは普通に楽しんだ。

 ロッカさんはあまりにかわいい。やはり普通の女の子とは違うと感じる。それに僕のことがきっと好きだ。

 彼女は何か見せたいものがあると僕の肩にふれる。

 行きたい場所があると僕の手を引く。

 そして美味しいものがあると、自分のぶんを手ずから食べさせてくれるのだ。

 同じことを御輿先生にもやっているのが気に食わないところではあるけれど。

 カンフーシューズを試着したときなどは、子供っぽくカンフーキックの真似事をして、その無邪気さと、美しい脚に僕は見惚れてしまった。


「お前、ちょっと来い――」

 先生たちが去った後、まんのう町が僕を物陰へ引っ張った。そうしてロッカさん達から聞こえない所で、こう強調した。

「ロッカはやめとけ」

 僕はまんのう町を見、さらに向こうに居るロッカさんを振り返り、再びまんのう町を見返した。

「何の話?」

「質問は返すな。そして他のヤツにも訊こうとするな」

「なにを?」

「ロッカは秘匿事項を抱えてる」

「秘匿事項。いや、ホントに何の話?」

「シコク支部の秘事になってるってことだ。『それ』が隠されてること自体誰も知らないくらいの秘事だ。俺は偶然知った」

 本当に意味が分からない。

「『やめとけ』は何なのさ」

「とにかく詮索するな。それがロッカの安全のためでもある。そして『やめとけ』ってのはお前の安全のためだ。あいつが『ああいう行動』をするのは本能からで仕方がない。お前の方で自重しろ」

「つまり……何を『やめとけ』?」

「あいつに深入りするな。『今まで通り』くらいに留めておけ。それなら問題は無い。あいつもいい奴でいられる」

「つまり……『やめとけ』ってこと?」

「やめとけ」

 まんのう町は同情するような顔で繰り返すのだ。


 単にまんのう町もロッカさんを好きなのだ。それで僕にデタラメを吹きこもうとしている。そう考えることも可能だ。

 でもバカだが、まんのう町はそういう嘘をつく男ではない。たぶん本気の『やめとけ』だ。本当にバカなやつだが、そこのところは信用しようと思う。

 でも『やめとけ』と言われても困る。頭をシャンプーしてもらうとかは『やめとけ』に抵触するのだろうか? しないよな。


 けっきょく何が秘匿で、何をしてはいけないのか、それは謎のまま終わった。

 翌日、新しい聖堂の調査を命じられたこともあって、僕はこの話自体忘れてしまうこととなる。



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