3 ぶかつどう
◎
「調査だっていったろうが馬鹿野郎。まんのう町、お前引率する立場だろうが。好戦的なとこ直ってねえじゃねえか。あと後ろの一年! どうやったらそんな嫌そうな顔できんの? 本気で傷つくんだけど。マジで……え? 何その顔……やめて下さいよ」
ドクロ狸は倒したものの、帰ると三年にめちゃくちゃ叱られた。
「いや、別に倒したんで」
「正当防衛だし」
「倒す前の段階のことを叱ってんの! 敵に見つかってんじゃんって言ってんの!」
調査の後はミーティングをやる決まりだった。
三年の他にロッカさんや三人娘も集まっていた。
敵がヤバイ奴だったらどうするんだ、ということで、一番霊場からは濡れタオルで殴られた。あとの二人はこっちを指さしてゲラゲラ笑ったり携帯のアプリで撮影したりしている。こういう人たちなのだ。
「それと交戦したんなら、みんなの前で戦況報告する義務があるからな」
先輩のいいつけで、戦闘の内容を細かく説明させられた。
将棋やチェスの検討みたいに、戦いをみんなで分析するのだ。
ドクロ狸との戦いを、身ぶり手ぶりを交えて説明する。
怪獣ごっこみたいで初めは照れくさかったが、みんなが真面目に聞くので、すぐ慣れた。
三年達は些細なことでも質問をはさんできたし、こちらが疑問点を上げれば、かならず説明してくれた。
シコク支部の雰囲気は個人主義に近いと思う。
軍隊のような統率は求められない。それでも情報の共有だけは厳命されている。それは融和の心というより、貪欲さのためだった。
シコクのバロック使いは、ほぼ例外なく〈獣〉に飢えている。
自分の手で一体でも多くの〈獣〉を狩りたいと欲している。みんな、オリンピックを狙うアスリートのように抜け目がない。
僕ら質問に答えてくれるのも、そうした方が結果的にたくさん情報を引き出せるからだ。
情報があれば、より効率よく、より多くの〈獣〉を狩れる。
ところで、僕らは「奪還部」とか「調査部」とかマイルドな呼びかたをされている。「獣狩り」でいいと思うけど、色々事情があるのだろう。
まあ、基本の仕事は調査なので、確かに調査部のほうが正しい。
一つの聖堂に何度も、合計で数十時間も潜伏して、獣の特質を調査する。
その記録を元に会議し、細かいところまで戦法を決める。
厳密な作戦ができたら、それが完璧にこなせるまで演習する。
そこまでしてようやく掃討作戦が実行されるのだった。
討伐はチーム混成で、戦いとは思えないほどシステマチックに進み、完了する。
不測の事態が起これば、どんなに優勢でも速やかに撤退する。
そしてまた調査と会議に戻る。その繰り返しになる。
正直、面倒だ。と誰もが思っている。
でも作戦ではみんな自分の仕事を全うしていた。
何しろ、何かあれば即撤退、からの再訓練なので、従っておいた方が手っとり早いのだ。
ところで玉葱冠の時は例外だ。
あれは救助任務だからだ。演習してる余裕なんてない。
それに、救助任務で派手な戦いになることは稀なんだという。大抵は極小さい異変でしかない。
調査部以外にも、シコク支部にはいろんな部署がある。
様々な人が、得意とする分野でシコク奪還のため働いていた。
生徒は元より、大人もかなりの人数がいた。
灰南学園には、とにかくたくさんの施設がある。例えば、教会から派遣された技術者たちの工房がある。調査部の仕事は彼らのサポートなしで成り立たない。
お説教のあと、僕らは装飾部と被服部の世話になった。何もかも部活みたいに呼ぶ習わしらしい。
装飾部はバロックの加工やメンテナンスを請けおう。それには獣から獲ってきた貴石類を使う。
教会から派遣された装具士の下で、生徒達が働いている。癖のある人が多い、というのが僕の感想だった。
装飾部では、僕の宝石刀のホルダーを作ってもらうことになった。
僕はバロックをズボンの腹へ直接ぶちこんでいた。それがみんな気になっていたらしい。「見ていて落ち着かない」というのである。
顔色の悪い装具職人が僕を担当した。
マラソンランナー並に痩せていて、短髪、さらに焼けただれたみたいな声で分かりにくいが、女の人だった。耳がピアスだらけだ。小柄だが、教会に所属する大人の人らしい。たぶん。
「へへ……すいません。私みたいな陰キャがジュエリーデザインとか。お気に障ったらこれ……どうぞピアス開けていいですよ。無慈悲に。無慈悲にお願いします。へへ。詫びピ、つってね。どうぞ泣かしてください」
怖い。
まんのう町は慣れていた。
「詫びピは今度でいい。こいつのバロックに鞘かホルダーを作ってくれ」
「あ。まんのう町パウダーの人。またパウダー分けてください。あれがないと生きていけない。好きなところへピアス開けていいから」
「分かったから、アイスピックをしまえ」
できるだけ邪魔にならないように。
僕の注文はそれだけだった。そもそも不満を感じていないのだ。
結果、布で刀身を包む形におちついた。
布は獣の金毛と宝石を編みこんだ特別製だ。
普段は折りたたみ傘みたいにくるくる巻いて金具でぶら下げておける。
戦闘になっても簡単にほどける。解いた布は腕にでも巻きつけておけばいいし、ひらひらさせたままでも邪魔にはならない。むしろ生地の方にもバロックの力は宿るそうだから、実質短刀の機能が増したことになる。
まんのう町も腕輪の調整を依頼した。
獣から奪った貴石を取りつけたり、特殊な彫金を施すそうだ。装具士はバロックの性能を上昇させるだけでなく、機能の調整もできるのだという。
次に、被服部へ行った。
調査部は大抵、ここで造ったコートを着て聖堂界へ赴く。
霧の害を防いだり、人間の気配を隠してくれたり、それにバロックの力が宿れば相当な防御力も期待できる必需品だ。これも〈獣〉から得た毛皮や装具、宝石を使う。コート以外にも色々つくるそうだ。
今回、僕らはコートを新調した。
僕のコートはそもそもぶかぶかの借り物だったし、まんのう町の服も〈深淵〉戦でボロボロになっていた。
「ひゃー若者だ。胸板薄いねー。いや、良い意味で。いいよね薄い胸板」
僕を担当したのは、いっけん子供みたいな大人の女性だった。髪がキャンディみたいなピンク色だった。そしてたぶん変態だ。
この人は歌うような声で、終始話し続けた。
採寸をとったときも、完成したときも同じようなテンションで同じようなことを言っていた。少年の胸板とか鎖骨とかくるぶしの話だ。
出来上がった毛皮のコートを、僕の裸の肩にかけて、
「ひゃー。ビジュアル系バンドみたいよ。グー。待って。ボタンは一つだけにして。チラつかせるのよ、鎖骨を」
「そもそもシャツを来たらダメですか」
「おへそも。おへそを隠さないで。もっと自分のおへそに誇りを持って!」
僕は疲れ果てて、すべての対応をまんのう町に任せた。
彼のコートは僕のとは違っていた。
僕のがふわふわの黒い毛皮なのに対し、向こうは重厚な革製の質感だ。
「ポーズ取ろうかポーズ」
また変な風習が始まった。被服部は僕らの写真を撮影した。『部室』の壁を見ると、他のバロック使いたちの写真がいっぱい貼ってあった。
「『SETO』何巻の表紙がいい? いろんなポーズがある」
とまんのう町。バロック。
もう一つ重要な部署に〈情報部〉がある。
情報部の仕事は、僕には説明できないくらい複雑で部署も多い。
僕に身近なのは、彼らの発進する〈霧の発生予測〉だ。
台風のように〈虚無の霧〉の出現を予測するのだ。
「玉葱冠のときは予報が出なかった」とまんのう町は言った。「俺たちは、遠征でたまたまお前の学校の近くにいたんだ。ロッカが霧の気配に気づいて救助へ向かえたんだ。あいつは霧に敏感だからな」
「さすがロッカさんだな」
と僕。
予報が出なかった理由は、今ではよく分かっていた。
自然発生した霧じゃないからだ。
『猫盗みクソ獣野郎』がルーシーの欠片を使って呼んだのだ。僕の猫を盗むために。
「そういうことだよなあ?」
とぶち切れながら僕。
「破片でちょっとした霧を呼ぶくらいならリスクはないんだろうな。〈ルーシーの遺産〉がなくても敵はバンバン使って来るだろう」
「冷静に分析してないでもっと怒れよ、猫が誘拐されたんだぞ。鶏がフライドチキンにされるのとはワケが違う」
「鶏に謝れ」
歩きながらまんのう町はもう少しだけ『予報』の話をした。
「〈発生予測〉の技術は、ルーシー以前にはなかった。正確には四国の消滅以降、ルーシーの論文が発見されて、ようやく確立された」
ルーシーの名が出たので、僕は思わずまんのう町の顔を伺った。
「ルーシーに興味があるのか」
彼は見透かして言った。
ここ最近、僕はみんなにルーシーのことを訊いて回っていたのだ。
みんながルーシーをどう思っているか。
ルーシーに対するシコク支部の見解を知っておきたくなったからだ。
分かったのは、ルーシーには色んな側面がある、ということだった。
側面の数だけ違った評価があった。
シコクを滅ぼした大罪人。
強力なバロック使い。
天才的研究者。
教会のカリスマ。
特に技術者として高く評価されていた。
人造聖体以外にも、色々な成果を残したらしい。
彼の遺した技術が今の教会を支えている、という皮肉な状況のようだった。
だから、皆ルーシーを語るとき、複数の顔で語る。
あるいは完全な無表情になる。
いずれにしろ部外者の僕にはピンと来なかった。
◎
灰南学園の広い敷地に生の演奏が鳴り響いていた。
昔滑走路だった広場の一角に、仮設ステージが建っている。
「ロッカたちのライブがある」
まんのう町が思い出したように言った。僕は急いで駆けつけた。最低でも三日前から教えておけ、と言いたかった。
仮設ステージで、ロッカさんが歌っていた。
一番霊場、パワーシティ、ラーメン三八は楽器演奏。
さらに彼女らの背後に少年少女のコーラス隊が整列していた。
玉葱冠戦でもロッカさんは歌を使っていた。
そういう技術が「部活」として存在するらしい。
「偶像部」というひどい名前がついていたが、みんなは〈聖歌隊〉と呼んでいるようだった。
「ロッカたちが使うあの歌は〈人造秘蹟〉とか呼ばれる。教会の最古から存在した対〈獣〉用の戦闘技術だ」
まんのう町が説明した。周囲は大音響に包まれている。
ロッカさんに関わる情報なので、僕も顔を寄せて訊き返す。
「バロック能力とは違うのか?」
「バロックなしで使える技術を目指したらしい。攻撃向きじゃないバロック使いでも戦えるようになる。ロッカ自身は、さらにバロックを使って〈人造秘蹟〉の効果を上げているけどな」
僕は玉葱冠を押しつぶしたあの光輪を思い出す。
「あれがその技術なのか? 人造……なに?」
「歌も技術の一つだな。人造の聖典を使う部隊もある」
「また新しい単語だ」
「人造聖典ってのは自分らで造った賛美詩とか……まあ、歌集だと思えば良い。仏教でいうならお経ってとこだな。何にしろ、人造秘蹟の力の源は信仰心だ」
「でも人造なんだろ?」
「そう。信仰心を得るために、偶像や聖典を捏造しているわけだ」
「教会なのに捏造とか言っていいのかな」
「今のルスキニア教会は信仰団体ではないからな。奇跡もは自分たちで製造する。このライブとかも〈人造秘蹟〉のいわば燃料である信仰を集めるためにやってる」
「これがねー」
「ロッカを偶像にしてな。雑誌のアンケート結果でコミックスの発行部数が増すみたいなもんだ」
「その例えはよく分からないけど。ロッカさんが人気なのは納得だな」
「古参だからな」
コイツは感性が死んでいるのかな? 可愛いし優しいからだろ。
加えて今日は凜々しい。
僕はステージ上のロッカさんを見る。男だけじゃなく女生徒からも黄色い声援が飛んでいる。
「でも、これって信仰かな?」
「宗教もアイドルも歌手も同じようなもんだろ」という答えが返ってきた。「でもデカい利益を生んでいる」
ミもフタもないことを言う男だ。
でも『推す』ことで彼女の力が増すなら素晴らしいことだ。僕も信仰とやらをやってみてもいい。
初めは宗教臭の強い楽曲が続いた。たぶんノルマみたいなものだろう。
何曲か終えるといったん中断して設備替えが始まった。
パワーシティとラーメン三八の軽快なMCによると、ここからは一般のヒット曲をカヴァーして演奏していくぜー。との事。
ややあって、みんなで再登場した。
ギターに持ち替えたラーメン三八が、いきなり気の狂ったような超絶技巧、あるいは単なるメチャクチャを披露した。
音響でできた竜巻とでもいうような演奏のなか、ロッカさんの声だけが澄んでいた。
たぶん狙ってやった対比なのだろう。背後でコーラス隊が天使の歌声で「サツガイせよ」みたいなことを歌っている。
観客が一気に熱狂した。
まわりの馬の骨どもに負けないよう、僕も信仰心を燃やした。
コールを送ったり、頭を振ったり、ぴょんぴょん跳んだりした。
ライブはここからも何曲か続いたが、僕は「君は恋のチェリー」という曲が気に入った。昔の映画に使われた曲なんだという。
歌うロッカさんの横顔が、僕を切ない気持ちにさせた。
「みんな愛してるぜー」
ロッカさんのやや棒読みなコールでライブは終わった。
「キャアアアア」
ファンの生徒が押しよせる。
三人娘のひとり「パワーシティ」は身長が一八〇センチメートルに及ぶということ以外は清楚なお嬢様タイプの女の子。彼女はその圧倒的フィジカルでファンの波から聖歌隊を守っていた。
「列んでくださーい。列を抜かさないでくださーい。頭を握り潰しますよー。私は冗談を言いません」
一番霊場やラーメン三八が協力してファンを誘導していた。
何か、ライブ後のお楽しみがあるようだ。
「押すなっつってんだろ! ギターのサビにされてえかあ!」
「はい、ごくろうさまー。パウダーの時間だぞー。今からまんのうパウダーを配っていくぅー」
またまんのうパウダーかよ。
「ウオオオオオーッ!」
ファンが茶碗を掲げる。だいぶ話が違ってきたな。
ロッカさんは一人一人の茶碗にまんのう町パウダーをかけていった。
手品師みたいな手つきで。あるいは洗礼みたいに。
手の中からパウダーが出現して、ほかほかのご飯にキラキラ降りそそいだ。
「邪教」という言葉が脳裏に浮かんだが、僕は口にしなかった。
「俺のパウダーを宗教に使うな」
まんのう町は文句を言っている。文句を言いたいのはこっちだ。
僕らは居残って片付けを手伝った。
ロッカさんは、人造秘蹟をひとことで説明して、
「かわいいと信仰は造れるからね」
と言った。誰一人神さまの話をしない。
その時、支給の携帯端末が鳴った。情報部からの〈霧の発生予測〉だった。
御輿先生(パーの先生)が駆けつけて、ロッカさんたちに指示を下した。
「約一時間後に、霧の発生が見こまれる。といっても極小レベルの予測だけどね。被害はないと思うけど処置へ向かってくれるかな」
それから先生は僕の方を見て、
「君も見学に行ってみるかい?」




