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バロック!!  作者: 羊蔵
三章 聖・体・ルーシー
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17/39

2 調査任務


 ◎


「ちょっと太った?」

 がりがりだった二匹の猫も、ふくよかになってきた。特にサバ柄の一匹が、ぽっこりしてきた。僕の他に、ロッカさんや一番霊場、それにジウス学長もたらしこんで食べ物を貢がせているようだ。


 談話室の日向で猫のお腹を撫でながら、僕はルーシーについて考え事をした。ここ数日というもの考え続けているのだ。

「まあいっぺんに全部理解するこたねえよ。気になる事があったら都度都度で先輩らに訊いたらいい。それより奪還任務について覚えるべきことが山ほどあるぜ」

 最初の時、学長はそう言ったが、気になるものはしょうがない。

 ルーシーの聖体。

 ルーシーの人獣。

 ルーシーの遺産。

 ルーシーばかりだ。シコクといい僕の猫のことといい、全てルーシーのせいだと思える。同時に、どこか魅惑的な印象がルーシーにはあった。彼はどういう人物だったのだろう?

 それに砕かれた彼の聖体の欠片――。

「行くぞ。今日は聖堂街へ入って〈獣〉の調査に行く」

 まんのう町が呼びに来た。

 学長の思いつきでバディを組むことになってしまったのだ。


 組んで以来、僕らは不本意ながら、放課後の時間をトレーニングに調査にとセットで過ごす事になった。

 本当はロッカさんと一緒が良かったし、色々思うところもあったけれど、僕は黙って方針に従っていた。結局の所、今僕がキンモクセイのためにできる最善の行動は、シコクの奪還なのだ。それに戦いを想定するなら道連れはまんのう町の方がいいだろう。ロッカさんに怪我をさせたくない。

「早くしろ」

 僕は猫を下ろし立ち上がる。

 出て行く前、まんのう町は学生寮を振り返って言った。

「あの猫、お腹に子供が居るぞ」

 まじで?


 ◎


 聖堂街の調査へは、例の地下室から行く。

 四角い建物めざして歩きながら、僕は何気ない風をよそおって、まんのう町に訊ねた。

「ルーシーをどう思ってる?」

 まんのう町からすれば仇である。返事がないので僕は付けくわえた。「例えばもしルーシーが生きていたとして――」

「ルーシーは生きてはいない」

 進行方向を見据えたまま答える。僕よりまんのう町の方が歩幅が広い。

「いや、仮の話だけだけど」

「ルーシーは存在し続けている」

「……いま死んだって言ったばかりだろ」

「生きていないと言っただけだ」

「同じ事だ」

「聖体がある」

 分からないな。僕は追いかけて訊いた。

「聖体はただの研究成果だ。ルーシーの生き死にとは関係ない」

「違う」

「どう違う?」

「ルーシー聖体は特別だと言われたろ」

「人間に適合するよう造られたとか」

 そのおかげで、人獣を製造できる。

「なぜ適合できるのか。その理由は単純だ。人造聖体は人間を材料に造られているからだ」

「に――」

 僕は絶句する。まんのう町は続けて、

「そして、その素材がルーシー自身なんだよ。だからもう生きていないし死んでもいない」

 思わず立ち止まってしまう。僕はボリュームを上げて、

「わざわざ自分を材料にする必要があるのか? そんなことして彼は何をしたかったんだ?」

「それが謎だから〈ルーシーの遺産〉が必要なんだろ」

 また追いかけながら、僕は彼の表情を窺った。

 まんのう町はずんずん進んでいく。

 故郷を消し去った罪人を語るにしては静かな、冷たいとさえ見える横顔だった。


 カードキーを使って四角い建物へ入った。

 歩きながら、まんのう町は説明を進める。

「四国が消滅したのは〈聖体ルーシー〉の破壊に失敗したからだ。それで、教会には〈聖体ルーシー〉には正しい壊し方が存在する、と考えた」

「時限爆弾みたいに?」

「かもな。だから〈ルーシーの遺産〉を探すのは、深淵派への妨害だけじゃない。聖体の破壊方法を見つけるためでもある。二重に価値があるわけだ」

 なるほど。

「じゃあ〈ルーシーの欠片〉を見つけても、取扱い注意なのかな?」

「破壊はほぼ不可能だそうだ」

「そもそも破壊されたから散らばったのでは?」

「俺も詳しいことは知らんが、普通のやり方じゃ無理って事なんだろ」

「『像が踏んでも壊れない』みたいな」

「聖体ルーシーが砕かれた時、儀式の現場となった地域が消滅した」

「地域? それがシコク全部じゃなく?」

「聖体破壊の時点では、被害は現場周辺だけだった。山中だったから、犠牲者もルーシーの手下と教会の関係者のみ。もちろん霧の害だから、領土が消えたことにも四国の人間は誰一人気づかない」

 エレベーターに入った。箱が下っていく。

 まんのう町の声がくぐもって聞こえる。

「事件現場の消失。それで終わりだと、当時の関係者ですら思っていた。ルーシー事件以来、霧の発生件数が増えたが、それでも気づかなかった。『余震』みたいなものだと考えてた。だが、事件から数年後、突然四国全土に及ぶ連鎖的な消失が起きた。決壊するみたいにな。数と規模が大きすぎて、教会も対応できなかった。結局、七日間のうちに四国は完全に消えてしまったそうだ。俺の故郷もな」


 僕は真面目に聞いた。ただ、小腹が空いたので、まんのう町のポケットを勝手に探って食べ物を探したりはした。

 バディを組んで一週間以上経つ。まんのう町はもう慣れてしい、僕を無視して話し続けた。

「四国は複数回、無数のブロックに分けて浸蝕されたわけだ。ということは、四国から生まれた聖堂も、複数のブロックに分かれている。そのそれぞれのブロックに、主である獣が一体ずつ存在する」

 つまり、シコクは二つの意味で隔離された状況と言えるかもしれない。

 現実から聖堂界へ。

 一つの島から、複数の聖堂街へ。

 〈失われたシコク〉を踏破するには、そのブロックをひとつひとつ攻略していく必要がある。

「めんどうだな」

「いや、都合がいい」

「なぜ?」

「獣の強さは喰った土地の広さに比例するからだ。四国が複数に別れた、ということは、個々の〈獣〉の喰った領土は小さい。つまり力は弱くなるということだ。もし、四国全土を喰った一匹だけの獣がいたら、おそらく倒すことは不可能だったろう」

 エレベーターが目的の階に止まった。

 まんのう町のポケットにはのど飴しか入っていなかった。


 僕が未練がましくポケットを漁るので、まんのう町はショルダーバッグの補給食を放ってくれた。

 地下のフロアに出た。

 例の無機質なドアが列んだ区間だ。

 ドアには地名を記したプレートが貼られている。

 奪還済みの地域の名前だ。

 そのドアからプレートに書かれた〈シコクの卵〉へ行けるのだ。

 さらに、その〈シコクの卵〉から、未踏破の聖堂街へ入っていくことになる。

 〈調査部〉とも呼ばれる僕らの仕事は、このドアから聖堂及び獣の調査に出かけることだ。調査は時に討伐任務を含む。


 聖堂界は別の次元に存在する。

 〈シコクの卵〉は僕らのいる現実世界と聖堂界の中間に位置する。これは正確ではないらしいが、僕は面倒なのでこう理解している。それで問題はないと言われた。


「だが聖堂界のどこへでも行けるわけじゃない。『近かった場所』だけだ」

 まんのう町は、調査のたびほぼ同じ内容の説明を繰り返す。

 僕がぜんぜん憶えないという原因もあったが、そもそも説明は三度以上繰り返すべし、というのが調査部の決まりなのだ。

 まんのう町はは一応、二年生で、僕の引率役というポジションでもある。

 まんのう町は実例を挙げてこう説明した。

「例えば玉葱冠の聖堂は、お前のいた高校の一部を喰って異次元に生まれた。具体的には、実習棟および事務所周辺が霧に喰われた。実習棟には、来賓客用の駐車場が隣接していた。むろん駐車場はまだ喰われていない。俺たちは、その用駐車場から通路を造って〈玉葱冠の聖堂〉へ侵入した。その駐車場がと実習棟が『近かった場所』だから、俺たちは入って行けた。灰南学園か〈玉葱冠の聖堂〉へは救助に行けなかった。横浜から神戸の火事現場へ水をかけようとするようなものだ」

 聖堂への侵入には、現実世界の頃の地図が重要らしい。現実とのよすがは完全には切れていないのだ。

 彼は更に説明して、

「最初の被災地〈ルーシーの儀式跡〉は四国のほぼ中央にある。そこへ灰南学園からワープはできない。俺たちは〈失われた四国〉の端から順にワンブロックずつ踏破していくしかない」

 そうやって獣を倒しつつ進んで〈ルーシー遺産〉か深淵派にぶつかれば「当たり」というわけだ。宝探しみたいだ。

 シコクは大きな島だったという。

 狭間の地を利用した〈シコクの卵〉がなければ、毎回船を出すことになっていただろう。


「〈ルーシーの儀式跡〉へ近づくほど〈階層〉の高い獣ばかりになるらしい。俺たちは力を付ける必要があるな」

 と、まんのう町。

 〈階層〉というのは獣の強さをランク分けした言葉だという。バロックの強さにも使われる。

 例えば玉葱冠は三階層に区分される。

 僕らがこれから調査へ向かう聖堂の獣は〈五階層〉ほどと推測されていた。玉葱冠より二階層上だが、それでも獣のうちでは御しやすいとされるレベルだった。データ不足で数字は出せないが十体の獣は更に上だろう。

「慎重に行かないとな」

「ん」

 殊勝なことを良い合って、僕らはシコクの卵を通り、聖堂界へ侵入した。


 ◎


 ロココ調というのだろうか、精緻極まりない装飾の建築物が、どこまでも続いている。

 聖堂街の景色は獣ごとに個性があるらしいが、今回はベーシックな方だ。

 身を隠しながら聖堂街を移動した。

 一際大きな教会に、この聖堂街の主である獣が微睡んでいる。

 睡っている、というのは僕の印象だ。聖堂街の獣に睡眠が必要なのかは不明である。とにかく活動は停止している。

 幾つか聖堂を調査して知ったのだが、獣は基本的には微睡んでいる状態に近いらしい。つねに活動停止している。異物が侵入したときだけ排除に向かうのだ。そして戦いになると、個性が宿ったかのように凶暴になったり狡猾に立ち回ったりする。それは「心」というより「生態」に近いのかもしれない。


 双眼鏡で獣を観察する。

 僕らは獣の大教会が見える屋根の上に伏せている。

 横でまんのう町はレクチャーを続ける。

「俺たち調査部の仕事は、大きく分けて三つ。〈救助〉と〈奪還〉そして〈回収〉だ。〈回収〉は情報なり物質なりを持ち帰ること。これは幅が広すぎるから割愛。〈救助〉は文字通り虚無の霧に飲まれた人間の救助。〈奪還〉は霧に喰われた領土を取り戻すこと。まあ、どっちも獣狩りになるんだが。この〈奪還〉によって国土が実質増えることになるから、国も教会を支援してくれている」

 国の偉い人たちは〈虚無の霧〉および〈聖堂界〉のことを知っている、ということになる。

「今回の優先事項は?」

「〈奪還〉が最優先だ」

「〈回収〉は? 〈ルーシーの遺産〉を探せば良い?」

「それは奪還した後でいい。聖堂内を探しても見つからないはずだ。それより深淵派が潜んでないか気をつけろ。ヤツらも〈ルーシーの遺産〉を狙って侵入を繰り返してるはずだからな。方法や経路は不明だが」

 ちなみに、シコクの奪還は、ほぼシコク支部の専業みたいなものらしい。ルーシー関連の〈回収〉も、シコク支部の管轄になっている。首謀者であるルーシーがそもそもシコク支部の所属だったから、という理由だった。


「おい、獣の特徴をちゃんと観察しろよ。チェックリストにあった項目を確認していくんだ。聖堂のタイプチェックも忘れるな。獣は聖堂から力を得ているからな」

 僕は双眼鏡を外してまんのう町を見る。

「リスト?」

「暗記しろって渡しただろ」

「逆にまんのう町は暗記してるわけ?」

「……俺には豊富な実績と経験があるんだよ」

「ダメなおっさんが言うやつだそれ」

「俺は事実を言ってるだけだ。俺はちゃんと記憶してる」

「じゃあ、チェックリストの内容暗唱してみろよ」

「……獣が建物の中にいるからよく観察できないな。少し近づいてみるか」

「ごまかした」

「来ないのか。俺一人で倒せるが」

「行くよ。僕一人でもいい」

 言い合いながら、大聖堂へ近づいて行った。あまりに巨大で野球場を目指しているような気になる。一つ塔を回りこんだところで気づく。

「……いない?」

「――後ろだ!」

 建物同士の隙間から、巨大な獣が見ていた。

 言い争いしているあいだに回りこまれていたらしい。獣のほとんどは巨大だが、音もなく、しかも柔軟に動く。

 狭い路地をすり抜け迫って来た。

 獣は一見、丸々と太った体格にえるが、それは毛並みのせいで猫じゃらしみたいに膨らんで見えただけだった。実際はスリムな体型をしているらしい。細い路地へもスルスル入りこんでくる。

 貌は狸に似ていた。

 狸の目を異様に大きくしたらこんな顔になるだろう。毛並みが白いこともあって、ドクロの化粧を施したお面みたいだ。

 ドクロ狸は路地をぬるりと縫うようにして迫ってくる。よく見ると鋭い牙をしていた。

「慎重に行こうって、俺は言ったからな」

「僕も言った」

 言い争いをしながら、僕らは袋小路へ追い詰められる。

 僕らは逃げるのを止め、わざとらしく困惑して見せる。あとで詳細なレポートを書かなきゃならないからだ。

「行き止まりだよ、まんのう町」

「そのようだな、ウルタール」

「じゃあ、しょうがないよね」

 瓦礫を撒き散らしながら〈獣〉が迫ってくる。

 僕らはバロックを構える。

「ああ、命令は調査だけだが――」

「狩るしかないな」

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