第一章 雨夜の鬼 第七話「神代封呪式」
地下空間に、巨大な白い陣が展開された。
幾重もの文字列。
円環状に広がる術式。
それは現代陰陽術とは、まるで違う。
「……何、この術式」
レイカが息を呑む。
白い光が、地下全体を包み込む。
鬼たちが悲鳴を上げた。
『アアアアアアアッ!!』
上位鬼の身体が崩れ始める。
黒い肉が焼けるように剥がれ落ちていく。
だが――。
『貴様ァァァァ!!』
巨大な腕が、トウマへ叩きつけられた。
「ッ!」
轟音。
床が砕ける。
トウマはギリギリで回避した。
だが、腕が掠っただけで制服が裂け、血が飛ぶ。
「トウマ!」
「問題ない……!」
護符の光が、さらに強まる。
頭の中に、術式が流れ込む。
見たこともない文字。
知らない詠唱。
それなのに、理解できる。
『封ジヨ』
母の声。
『黄泉ヲ閉ザシ、穢レヲ断テ』
トウマは札を握る。
「……そういうことか」
視線を上げる。
上位鬼の胸。
赤黒い“核”が脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓。
「レイカ!」
「何!」
「三秒だけ止めろ!」
「はぁ!?」
無茶苦茶だった。
だが、レイカは笑った。
「後で借り一つよ!」
二丁の霊銃が火を吹く。
バァン!!
バァン!!
バァン!!
紫の霊弾が、上位鬼の顔面を撃ち抜いた。
『グオオオオオオッ!!』
怯む。
その隙。
トウマは駆けた。
崩壊する地下。
瓦礫を飛び越える。
鬼の腕が迫る。
避ける。
さらに加速。
そして――。
「封魔穿!」
白い光を纏った札を、核へ叩き込んだ。
瞬間。
世界が止まった。
『――――』
音が消える。
次の瞬間。
白い光が、地下を飲み込んだ。
⸻
絶叫。
鬼の身体が裂ける。
黒い肉。
無数の顔。
怨念。
全てが、白い光に浄化されていく。
『嫌ダ』
『消エタクナイ』
『苦シイ』
『助ケテ』
悲鳴が響く。
だが、止まらない。
術式陣が回転する。
「封印開始……!」
レイカが叫ぶ。
黄泉門が軋み始めた。
黒い鳥居に亀裂が走る。
門の奥。
ユズハの姿が見えた。
『……お兄ちゃん』
優しい声。
今までと違う。
泣きそうな顔だった。
「……ユズハ」
トウマの足が止まる。
ユズハは、静かに笑った。
『ありがとう』
「え……」
『もう、大丈夫だから』
その瞬間。
ユズハの身体が、白い粒子へ変わっていく。
「待て……!」
伸ばした手は届かない。
『生きて、お兄ちゃん』
最後に。
本当に最後に。
妹は、昔と同じ笑顔を見せた。
そして――消えた。
「……ユズハァァァァッ!!」
叫びが地下へ響く。
同時に。
黄泉門が崩壊した。
轟音。
黒い空間が砕け散る。
白い光が全てを飲み込み――。
⸻
静寂。
気づけば。
地下鉄跡は、ただの廃墟へ戻っていた。
鬼の気配は消えている。
残ったのは、焼け焦げた線路と、静かな闇だけだった。
トウマは、その場に立ち尽くしていた。
「……終わったの?」
レイカが呟く。
トウマは答えない。
ただ、自分の手を見る。
そこには――。
砕けた護符だけが残っていた。
⸻
その頃。
誰もいない暗い部屋。
巨大なモニターに、一部始終が映し出されていた。
「……神代封呪式、確認」
低い男の声。
画面には、トウマの姿。
そして、砕けた護符。
「やはり、“器”は生きていたか」
闇の中。
一人の男が笑う。
その瞳は、金色に光っていた。
「面白くなってきたな――神代トウマ」




