第一章 雨夜の鬼 第五話「九条レイカ」
『……お兄ちゃん』
改札で、ユズハが笑う。
まるで、生きている頃と同じように。
トウマの呼吸が止まった。
「……ユズハ」
足が前へ出る。
だが、その肩をレイカが乱暴に掴んだ。
「正気!?」
「離せ」
「駄目よ!」
レイカの声は鋭かった。
「あれは“引き寄せ”よ! 死者の未練を使って、人間を黄泉へ落とす術式!」
「……ッ」
トウマの拳が震える。
分かっている。
理屈では。
だが、目の前にいる。
ユズハが。
三年前、失った妹が。
『お兄ちゃん……』
悲しそうな声だった。
『どうして、来てくれなかったの?』
胸が軋む。
脳裏に、あの日の炎が蘇る。
崩壊する街。
血だらけのユズハ。
伸ばされた、小さな手。
『怖いよ……』
「やめろ……」
『助けて』
「やめろッ!!」
トウマが叫ぶ。
瞬間。
鬼たちが一斉に襲い掛かった。
「来るわよ!」
レイカが霊銃を抜く。
バァン! バァン!
紫の光弾が鬼を撃ち抜く。
トウマも札を叩きつけた。
「雷破!」
轟音。
紫雷が地下を走り、鬼を焼き払う。
だが、次から次へと湧いてくる。
まるで黄泉門そのものが、鬼を生み出しているようだった。
「くそっ……!」
レイカが後退する。
「このままじゃ押し切られる!」
「門を閉じればいいんだろ」
「簡単に言わないで!」
レイカが怒鳴る。
「あれは災害級霊門よ! 普通の術じゃ閉じない!」
その時。
黄泉門の奥から、巨大な手が現れた。
黒い。
人間ではない。
何十人もの腕が絡み合ったような異形。
地下空間全体が軋む。
「……ッ!?」
レイカの顔色が変わる。
「まずい……!」
巨大な手が、ゆっくりこちらへ伸びる。
空気が凍った。
触れるだけで死ぬ。
本能が理解していた。
だが。
『お兄ちゃん』
ユズハだけは、悲しそうに立っている。
『もう一人にしないで』
トウマの瞳が揺れる。
「……やめろ」
『ずっと苦しかった』
「やめろ……!」
『会いたかった』
限界だった。
感情が、理性を飲み込む。
トウマは一歩、黄泉門へ踏み出した。
「――駄目ッ!!」
レイカが叫ぶ。
その瞬間だった。
トウマの胸元。
古びた護符が、突然光った。
白い光。
優しい熱。
そして。
『トウマ』
別の声が聞こえた。
懐かしい。
だが、ユズハではない。
母の声だった。
「……母さん?」
瞬間。
世界が止まる。
黄泉門の向こう。
ユズハの顔が、ぐにゃりと歪んだ。
黒い。
巨大な“何か”が、その背後で笑っていた。




