第一章 雨夜の鬼 第二話「残留思念」
第二話「残留思念」
眠れなかった。
窓を叩く雨音が、ずっと耳に残っている。
『……お兄ちゃん』
あの声。
忘れるはずがない。
神代ユズハ。
三年前、鬼に殺された妹。
「……ありえない」
トウマは煙草に火をつける。
薄暗い部屋。
散乱した術式札。
壁に立て掛けられた黒刀。
討魔庁から支給された簡素な部屋だった。
陰陽師に私生活など必要ない。
鬼を祓い、生き残る。
それだけだ。
スマホが震えた。
画面を見る。
【緊急出動要請】
短い通知。
トウマは舌打ちした。
「……朝まで待てないのかよ」
場所は、第七区廃地下鉄。
近頃、失踪事件が相次いでいる区域だ。
しかも今回は、“声”が出るという。
嫌な予感しかしない。
⸻
地下鉄跡は、異様な静けさに包まれていた。
封鎖されたはずの改札。
割れた蛍光灯。
錆びた線路。
空気そのものが淀んでいる。
「霊障濃度、高めか」
トウマは札を指先で回した。
普通の鬼なら問題ない。
だが――。
『……たすけて』
声が響く。
トウマの足が止まった。
少女の声。
か細く、震えている。
『……暗いよ……』
地下の奥から聞こえる。
だが、おかしい。
人の気配がない。
なのに声だけが響いている。
「残留思念か……?」
死者の感情が、場所に染み付く現象。
珍しくはない。
だが、この濃さは異常だった。
その時。
ギ……ギギギ……。
奥の車両が揺れた。
トウマは即座に札を構える。
暗闇の中。
“何か”が立っていた。
人影。
少女だった。
白いワンピース。
長い黒髪。
俯いたまま、動かない。
「おい」
返事はない。
少女の肩が、小さく震える。
「……帰りたい」
ボソリ、と呟いた。
次の瞬間。
少女の首が、不自然な角度で捻れた。
グキッ。
顔がこちらを向く。
目がない。
真っ黒だった。
「ッ――!」
同時に、闇が爆発する。
大量の黒い手。
車両の床から無数に伸び、トウマへ襲い掛かった。
「チッ!」
札を投げる。
「縛鎖!」
紫の術式が展開。
黒い手を拘束する。
だが、多い。
次々と湧いてくる。
「低級鬼の群体か……!」
普通ではない。
一体の鬼じゃない。
怨念が集まり、一つの塊になっている。
地下全体が“巣”になっていた。
「面倒な……!」
その時だった。
『……お兄ちゃん』
耳元。
ユズハの声。
トウマの動きが止まる。
「――ッ!?」
一瞬の隙。
黒い手が足を掴んだ。
床へ引きずり込まれる。
「くそ……!」
闇の中。
無数の声が響く。
『痛い』
『苦しい』
『助けて』
『死にたくない』
怨念。
絶望。
負の感情が、直接脳へ流れ込む。
頭が割れそうだった。
その時。
少女の鬼が、ゆっくり口を開いた。
「……見つけた」
ゾクリ、と背筋が凍る。
「やっと……見つけたよ……神代トウマ」
鬼が笑った




