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第一章 雨夜の鬼 第十四話「赤い瞳」

雨は止んでいた。


村を包んでいた黒い霧も消え、朝日が静かに大地を照らしている。


だが。


その空気は、不気味なほど静かだった。


生き残った村人達は、互いの無事を確かめ合いながらも、誰一人として笑っていない。


黄泉門を見てしまった。


その記憶が、深く心に焼き付いていた。


レイカは倒れているトウマへ駆け寄る。


「トウマ! しっかりして!」


肩を揺する。


だが反応はない。


彼の胸元に刻まれた黒い呪印は、ゆっくり脈打っていた。


まるで心臓のように。


「……嘘……」


レイカの顔から血の気が引く。


封印は成功した。


そのはずだった。


なのに。


黄泉の力が、トウマの中に残っている。


その時だった。


トウマの指先が、小さく動く。


「!」


ゆっくりと瞳が開いた。


赤かった。


血のように赤い瞳。

挿絵(By みてみん)

その瞬間。


周囲の空気が凍り付く。


村人達が恐怖の声を上げた。


「ば、化け物……!」


「目が……!」


トウマはゆっくり身体を起こす。


だが、その表情には感情がなかった。


まるで別人のように。


「……ここは」


低い声。


レイカは震えながらも、トウマの前へ立つ。


「トウマ……? 分かる……?」


彼はレイカを見る。


数秒の沈黙。


やがて。


「……レイカ」


その声に、彼女は安堵しかけた。


だが次の瞬間。


ドクン――。


黒い呪印が激しく脈動する。


トウマが苦しそうに胸を押さえた。


「ぐっ……!」


地面に黒い霧が溢れ出す。


空気が歪む。


村人達が悲鳴を上げて逃げ出した。


レイカは叫ぶ。


「駄目! 感情を乱されたら黄泉に呑まれる!」


トウマは必死に呼吸を整える。


脳裏に、無数の声が響いていた。


――苦しい。


――助けて。


――憎い。


――死にたくない。


亡者達の怨念。


黄泉門の残滓が、彼の精神を侵食していた。


「……うるさい……!」


トウマが叫ぶ。


その瞬間。


ズガァァァァン!!


見えない衝撃波が村を吹き飛ばした。


家屋が砕ける。


地面が裂ける。


レイカは吹き飛ばされながら叫んだ。


「トウマァァ!!」


黒い霧の中心で。


トウマがゆっくり立ち上がる。


彼の背後に、巨大な黒い影が現れていた。


それは亡者の集合体。


だが以前の怪物とは違う。


まるで“守護霊”のように、トウマの背後に立っている。


赤い瞳が光る。


「……これが、黄泉の力……」


その時。


彼の脳裏に、小さな少女の声が響いた。


「お兄ちゃん」


トウマの表情が揺らぐ。


黒霧の中に、ユズハが立っていた。


幼い頃のままの姿で。


彼女は悲しそうに笑う。


「その力を使っちゃ駄目」


「ユズハ……?」


「使えば使うほど、お兄ちゃんは戻れなくなる」


その瞬間。


黒い影が咆哮を上げた。


無数の亡者の声が空間を埋め尽くす。


トウマは頭を抱えた。


「ぐぁぁぁぁぁぁッ!!」


レイカは立ち上がる。


焼け爛れた右腕を押さえながら、彼女は封呪札を構えた。


涙を流しながら。


「お願い……戻って……!」


トウマの赤い瞳が、ゆっくりレイカを見つめる。


その瞳は。


人間と怪物の境界で揺れていた。


――続く。

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