第一章 雨夜の鬼 第十三話「残された器」
朝日が村を照らしていた。
本来なら。
すべてが終わった後に訪れるはずの、静かな朝だった。
だが。
村人達の悲鳴が、その平穏を引き裂く。
「ぐぁぁぁぁぁッ!!」
「身体が……熱い……!」
生き残った村人達の胸元に、黒い紋様が浮かび上がっていく。
まるで呪印のように。
黒い霧が彼らの身体から溢れ出していた。
レイカは震える声を漏らす。
「そんな……黄泉門は閉じたはず……」
だが、違った。
ズズ……ッ。
崩壊した黄泉門跡地から、再び黒い泥が溢れ出してくる。
それは地面を這い、村中へ広がっていった。
トウマは剣を握り直す。
「……まだ終わってないのか」
彼の視線の先。
黒い泥の中心から、小さな白い手が現れる。
その手は、ゆっくりと地面を掴み――。
少女が姿を現した。
白い着物。
長い黒髪。
虚ろな瞳。
ユズハだった。
「……ユズハ……」
トウマの声が震える。
だが、少女は首を横に振る。
「違うよ、お兄ちゃん」
その声は、確かにユズハのものだった。
けれど。
瞳の奥には、人間の感情が存在していなかった。
「私は、“最後の器”」
その瞬間。
空が再び裂けた。
黒い亀裂の向こう側。
無数の目が、こちらを見下ろしている。
亡者達の呻き声が村全体に響き渡った。
レイカが叫ぶ。
「トウマ! あれを見ちゃ駄目!!」
だが遅かった。
空の“目”を見た村人達が、次々と発狂していく。
「アァァァァァ!!」
「頭の中に入ってくる……!」
耳を押さえ、地面を転げ回る村人達。
黒い霧はさらに濃くなっていった。
トウマは奥歯を噛み締める。
「どうすれば止められる……!」
ユズハは静かに告げた。
「黄泉門は、人間の未練がある限り消えない」
その言葉に、レイカが顔を上げる。
「……未練?」
「悲しみ。後悔。憎しみ。執着」
ユズハは悲しそうに微笑んだ。
「人間が苦しむ限り、“門”は何度でも開くの」
トウマの脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。
雨の日。
泣いていたユズハ。
守れなかった約束。
救えなかった後悔。
彼自身の未練。
黄泉門は、それを利用していた。
「だったら……!」
トウマは剣を構える。
「全部、断ち切る!」
黒い霧が爆発的に膨れ上がる。
その中から、巨大な異形が姿を現した。
人間達の怨念が融合した怪物。
無数の顔。
無数の腕。
全身を覆う黒い呪印。
村そのものが化け物へ変わろうとしていた。
レイカが最後の力を振り絞る。
「神代封呪式、再起動……!」
彼女の足元に白い魔法陣が展開される。
しかし。
バキッ――。
術式に亀裂が走った。
「しまっ……!」
限界だった。
封呪式が崩壊する。
巨大異形が咆哮を上げた。
その瞬間。
トウマは剣を空へ向ける。
「神代封呪術――」
剣が白く輝く。
トウマの全身から、凄まじい霊力が噴き上がった。
「魂断解放」
世界が白に染まる。
挿絵(By みてみん)
光の中。
トウマは、ユズハへ手を伸ばしていた。
少女は、泣きそうな顔で微笑む。
「……やっと、会えたね」
次の瞬間。
白光が村を包み込んだ。
轟音。
絶叫。
そして――静寂。
やがて光が消える。
村を覆っていた黒い霧は、完全に消滅していた。
空の裂け目も閉じている。
村人達は、その場に倒れ込みながらも生きていた。
レイカは荒れた呼吸で周囲を見回す。
「……トウマ?」
返事はない。
その先で。
トウマは静かに倒れていた。
胸元には、黒い呪印が刻まれている。
そして。
彼の耳元で、小さな少女の声が響いた。
「封印、完了」
トウマの瞳が、ゆっくりと赤く染まっていく。
――続く。




