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第72話: 動悸

 コッケコッコーー


 ん………朝か

 昨日は色々あったからか、倒れるように寝てしまったようだ。変な姿勢で起きると、首からズキッっとした痛みを感じた。

「そうか、ここはプラウの宿だったな…まずは出発の準備でもしておくか」

 独り言を言いながら、荷物を整理しているところに、ノックの音が部屋に響く。


「お〜い起きてるか?朝食だってよ」

 デザおじさんの声が聞こえる。軽く返事をすると、共に宿にある食堂の席に座った。

「昨日は良く眠れたか?」

「はい、少し寝違えてしまいましたが…」

「それはいけないな。ほら、コレやるよ」

 何やらリップクリームのような物を渡される。

「ありがとうございます…これは」

「あぁ、簡単に言えば軟膏だよ。ここの名産品の一つなんだぜ」

 へぇ〜と思いながら自身の首に塗ると、嫌な感触がした。


「なんか蠢いているような感覚がするんですが」

「ん? あぁそれ生き物をすり潰して作ってるからな」

「先に言ってくださいよ……」

 首に不快感が残りながら、朝食を済ますと部屋に戻りチェックアウトの準備をする。


 ……一応持っておくか

 デザおじさんから貰った軟膏もリュックに入れて、宿のカウンターで合流する。

「やぁ少年。クリファに向かうんだろう?あっちは寒いから気をつけるんだぞ!」

 何故か握手まで求められ、温かい雰囲気で宿から送り出された。宿を出るとデザおじさんが寂しそうな目で見る。


「ジェイド君、ここまでのようだな。短い間だったけど楽しかったよ」

「お世話になりました…いつかまた会いましょう」

「あぁ! じゃあな!」

 宿から反対の手に別れ、クリファへ向かう。当然、クリファまで出ている乗り物は無いため徒歩だ。そんな時、異変が訪れた。



 ドン!!



 自身の後方から、大きな音がなった。爆弾でも起爆したかのような音の正体はすぐに分かることになる。


「フェ、フェイズだ! 逃げろ!!」

「キャーーーーーーー」


 キロロロロロロロ


 グシャ!

 突如として現れた化け物は、カマキリのような形状をしており、逃げ遅れた民を容赦なくその鎌で切り裂き、無惨にも貪り尽くす。現場は騒然となり、悲鳴の後には血の雨が降る。


 その時、ジェイドの頭に嫌な予感が走る。


 現れた方向はデザおじさんが去った方向…

 気付いたときには、既に走り出していた。逃げ出す民衆と逆の方向に駆け出す。混乱のせいなのかジェイドを止める者はいない。

「<レイズ>」


 加速魔法を使い、最大出力の状態になるとすぐに現場の残状を知ることになった。


「何と凄惨な光景なんだ…」

 生きているか死んでいるかではない。人のカタチをしているか、していないか、判別の付かないほどに血の塊で辺りを埋め尽くしていた。


 許せない…この手で葬らなければ…


「<ゼンス>」

 一本の槍をその手に生成すると、フェイズ向かい投げる。

 やがて投擲されたそれは、枝のように側面から新たな槍がメキメキと生え、巨大化していく。


 バキバキ!


 キロロロロロロロッッ!!


 あまりの威力に、仰け反る。チャンスと見て追撃を開始する。


「<ゼクシオム/グロス>」

 巨大なチャクラムは、持っている少年の図体とは合わないサイズだが、軽々と振り付けると詠唱を始める。


「<チャージ>」


 ギュイーーーーン


 いくぞ


 シャキーーーン


 投げたチャクラムは発光し、物凄い速度でフェイズを貫いた。


 ガ…ガ…… キロロロロロロロ


 気持ち悪い声を発し、倒れていく。大きな体はやがて崩壊し、形が失われていく。



 失われた命は取り戻せない…なんと酷いことか…


 そう思慮しているときだった



「危ない!!!」


「なっ?」



 グシャ!!


「デザおじさん!」


「ふ、油断すんなよジェイド君」


 ジェイドの後ろには地面から突き出ている鎌が見える……デザおじさんを貫いて……


「ど、どうして…早く応急措置を!」


「それよりもあの怪物を処理してくれないか」

 フェイズの方を見ると、死体を貪りながら再生していく怪物の姿があった。


「すぐに終わらせます」

 ジェイドは一瞬でフェイズへ向かうと、即座に詠唱した。


「<虚無なる世界へ(リ・ヴォイド)>」


 ボンッ!!!


 本気の魔法をジェイドは解き放った。やがてフェイズは、亜空間からの強力な衝撃を喰らうと、発光し消えてゆく。


 早くデザおじさんの方へ!!


「大丈夫ですか!?」


「………」

 返事は帰ってこない。


「くっ、ならば回復魔法を <フェクト>」

 上級回復魔法を使用する。しかし、その体に変化は起きない。それもそのはずだ、既に息絶えた者に回復魔法は使えない。これはその事実を示していた。


「う、嘘だろ…」

 少年の前には貫かれた死体が一つ。その周りには肉と血で織り成された荒野が広がっていた。


 こうなれば仕方がない……


 カッ!!


 ジェイドは何を詠唱し始めると、作られた荒野にオーラが充満する。


「<ウェヴェージュ>」


 ガガガガ ガガガガ!


 大きく鈍い音がすると、辺りは光に包まれた。


 キュイーーン!!



「え、何が起きた?」

 自らの手を見つめ直し、混乱しているデザおじさんがそこにいた。


「どうしたんですか?」

「俺は…俺は死んだはず…」

「回復魔法で治しましたよ」

「え…死んだ者には効果がないんじゃあ?」

「多分ギリギリで効果が出たのだと思います。こうして生きてくれて嬉しいです」

「あ、あぁ ありがとう…無茶なことをしたな俺」

 こうして不思議なことが起こったのである。生き返った者はデザおじさん一人だけだったらしい。周りの景色にはもう一度驚かされたが、その後の処理は街の人々がやってくれた。色々と感謝してもらうも、何事も無かったかのようにクリファへ向かうのであった。



 険しい山々が見える。この山を越えれば氷の国クリファである。防寒着のチャックを締め直し前に進むと、先の出来事が頭の中で蘇る。


 先程使用した<ウェヴェージュ>は、この世界における古代魔法の一つであり、端的に言うと蘇生魔法である。しかし蘇生には条件があり、まず使用者と繋がりのある人物でないと蘇生できない。2つに死亡直後でなければならない。そして3つに“生きたい”という強い願望が無ければならない。逆に言えばこの3つを満たせば蘇生する事が可能と言うわけだ。

 蘇生魔法というのは、ほんのごく一部の個性魔法として持っている者がいるくらいであり。この世界で使用できる者はジェイド合わせても片指で数えられるだろう。もっと言えば通常の魔法で使用できる者はジェイド一人だけではないだろうか。


 掘られたトンネルを潜るほどに、気温は下がる。それを肌で実感しながら進んでいくのであった。

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