第70話:氷の国クリファへ
ガチャン
…行ってきます。
軽いリュックを背負い外に出る。衣服は収納魔法で保管し、すぐに必要な分をリュックに詰めこんだ。氷の国クリファは遠い。しかも移動手段がかなり限られている。最速で行くには馬車に乗るしかない。これからの長時間の移動に覚悟しながらも前に進む。
カラン カラン
「いらっしゃい〜」
元気な看板娘がお出迎えする。キレイなエメラルドグリーンの髪と眼が特徴で観光客には大人気だ。ここはいわば“馬車の駅”旅する魔術師には必須の施設だ。
「どこへ行くんです?お客様」
「クリファまで頼む」
「あ〜すいませんお客様。例の異常気象で手前の町までになるんですけど」
「なら、その町まで」
「は~い承りました!“プラウ”までですね」
手際よく紙のチケットに書き込むと、印を押してジェイドに渡す。
「あっちの方は寒いですから対策はしといてくださいね」
「大丈夫だ。ありがとう」
チケットを受け取ると、駅の奥に行く。すると、待ち侘びていたように帽子を被ったおっさんがジェイドを睨む。
「話は聞いてたぜ。珍しいねその歳でクリファへ行くなんて」
「そうですか」
「クリファは別名“死神の笑う都”と言われているんだ。なんせ天候が不安定でな、晴れていると思って薄着で外に出たら、急に寒波に襲われて凍死なんてザラだぜ」
「なら気を付けます」
「ま、幸運を祈るよ若き旅人」
ヒヒーン
イカつい見た目の馬が大きな籠を引き、こちらへやってきた。馬車といってもその速度は常軌を逸する。ゆうにスポーツカーを超える速度を常に出してくれる。それに加えて、加速魔法をかけることで超高速での移動を実現している。
「用意はできたぜ。今日は貸切だな」
客は俺一人。こんなシーズンにクリファに行く人はさらにいない。それも狙っての今回の旅行だ。ただメルスまでそこにいるのは想定外だが…
ジェイドが乗ると、おっさんが前の席に座り込みこちらへ向く。
「しっかり捕まっとけよ!落ちても知らないからな!」
ヒヒーーーーーーン!!
「いってらっしゃ〜い」
ドドドドドドドドドド
砂塵が舞い、砂煙で後が見えないほど加速する。
「ケホッ 何度見てもスゴい煙だわ」
見送るといつものように駅舎に戻っていった。
ドドドドドドドド
ガタ ガタ ガタ
「 }%^^)-“{…-“{/+ 」
予想はしていたが凄い揺れだ。快適とは程遠く、おっさんが何か話しかけてくるが何も聞こえない。
そのような揺れの中でも幸いな事に、他の客がいない分スペースには余裕があり、楽な姿勢を維持する事ができた。すると馬の速度が安定してきたのか話が聞こえてくるようになった。
「……っとこれがクリファの成り立ちだ。興味深いだろ?」
「何も聞こえませんでしたが…」
「そうか」
何とも不思議なおっさんだが悪い人ではないらしい。やがて町を抜け、草原へと駆け出した。もう建物は見えなくなっていた。地面には草、両サイドには山が広がる。豊かな自然を感じる地帯である。
「ふ~んジェイド君かいい名前だな」
馬に繋がれた紐を片手にチケットを見ている。こんな揺れの中でも余裕を感じる姿には手練れだということを証明していた。
「ちなみに俺はデザ・ラインって言うんだ。家族と仲間からは“デザおじさん”って呼ばれている。気軽にデザおじさんって呼んでくれ」
こんな会話をしていると、次第に馬の速度が落ちていく。
「そろそろ休憩にするか」
いくら強靭な肉体を備えていても、動物がゆえに休息は必要不可欠だ。馬が止まると、操縦席からスッと降りた。
「ジェイド君は昼食持っていたかい?」
「いえ、揺れると聞いたので食べると気持ち悪くなると思いまして」
「ん〜最初は揺れたけど後はそんなに揺れないはずさ。ほら、腹減ったろ」
すると一切れのサンドウィッチを分けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「腹が減っては旅はできないからな。それはそうとこれから向かう“プラウ”って町は良いところだ。キレイな街並みだし、何より港がある。避暑地としては最高な場所だが、イマイチ知名度がないんだよな〜」
「へぇ〜そうなんですか。でも極北に近い地ですけど港は凍らないんですか?」
「良いこと聞くね。あそこの海は温暖な海流と分岐するところにあってな、一年中海が凍らないんだよ。でも寒い事には変わりないけどね」
タメになる話を聞いていると、突然デザおじさんは立ち上がった。
「そろそろ休憩終わりますか。ここからは目的地まで休憩なしだ」
操縦席に乗り込み、ジェイドの方を見る。
「ここから後2時間くらいだ。しっかり掴まれよ」
ヒヒーン
馬が急加速を始めた。後ろに引っ張られる感覚が鮮明に分かるほどのものだ。最初はガタガタと揺れるも、次第に安定していく。
「ジェイド君は何をしにクリファに行くんだい?」
「ただの観光です。このシーズンなら人も少ないと思いまして」
「いいタイミングじゃないか…いや最悪と言っても良いか。知ってるかい?あのニュース」
クリファの異常気象は、出発前にも世界的なニュースになっていた。だとしても既に予定は決まっていた。行くしかないのである。
「帰る時もちゃんと話してくれよ…死体輸送はゴメンだぜ」
「必ず生きて帰りますよ」
「なんかその言い方すごく心配!」
物騒な話をしながらも馬は懸命に駆けて行く。
2時間後
ドドドドドドドドドド
次第に景色は広大な草原から変わっていった。遠くにはかすかに建物が見えてきた。
「そろそろ到着だ。このまま行くぞ」
長い長い馬車での移動は、目的地に無事辿り着くことができた。
ざわざわざわ
朝早く出発したこともあり、昼下がりの町である。駅の近くには市場があり、賑やかな様子だ。
「ジェイド君はこのままクリファに向かうのかい?」
「えぇ、そのつもりです」
「ちょっと待ってくれよ。天気図を見るわ」
デザおじさんは、小さな時計型の端末で確認する。
「あぁ…今日はここで一泊した方がいいな。これから大荒れになる予報だ」
少し危惧はしていたが、現実のものになってしまった。天気図を見せてもらうと、ちょうどクリファの辺りに雷雨がびっしりと張り巡らされていた。
「宿を取らないといけませんね」
「実は俺もここで一泊するから、そこの宿を紹介するわ」
そう言うと、ジェイドを掴み町の酒場の近くの宿を紹介してもらった。
チャリ チャリーン
「いらっしゃ… おっとこれはデザおじさんじゃないか。チェックインはまだだよ」
「用はチェックインじゃねぇんだ。この坊やの予約を取りたくてな。部屋の空きはまだあるかい?」
「ちょっと確認するよ……… ん~… あ!ちょうどさっきキャンセルがあった部屋があるね」
「おぉ!よかったなジェイド君」
「一泊2000ウルだよ」
「ん〜ちょっと安くしてくれねぇか?ジェイド君はまだ学生なんだ」
受付のおじさんがじっとジェイドを見ると
「どこの学生だい?」
「フェストル学園の1年生です」
「お!超超名門校じゃないか!こんな庶民の宿にはもったいないくらいの逸材だよ」
オーバーすぎるくらいの反応をする。目を見開いたままジェイドの肩を揺さぶる。
「分かった!出世払いも込めて1000ウルでいいよ。特別だぞ!」
何と半額になってしまった。デザおじさんのおかげなのか学園のおかげなのか、スゴい得をしてしまった。
「よかったなジェイド君!いや…様」
「いえいえ、とんでもない君で呼んでください」
もはやデザおじさんまで萎縮してしまった。やはりフェストルの威光は凄いものがある。
「じゃ、チェックインまで時間があるからプラウを楽しんできてね!」
「あぁ、二人でブラブラ回ってくるよ」
おじさんが外までお見送りをしてくれた。まさか馬車の運転手と町を歩くとは想定していなかったが、この状況ではありがたすぎる程だった。
「この町はな、花が有名なんだよ。ほら見て」
おじさんが指を指した先には、黄色い花が沢山咲いていた。これは“モック”って花なんだが、何と1日に3回花が咲くんだ」
「どういう事ですか?」
「朝、昼、晩と咲いたり萎んだりを繰り返すんだ。よく解明はされていないらしいんだが、珍しいって事でお土産には喜ばれるんだ」
「お土産って言っても枯れないんですか?」
「結構強い花らしくて、極端すぎる環境以外では意外と大丈夫らしい。花瓶に入れるくらいがちょうどいいね」
よく見渡すと、それ以外にも花がたくさん咲いていて美しい街並みだと再認識させられる。小さい町だが、活気はどの町にも負けていない感じである。こうして町の名所を回っていると、すっかり日は紅くなっていた。
「そろそろチェックインの時間だな。その前に飯でも食いに行くか」
すると宿の近くにある酒場に寄った。
「いらっしゃいませー」
入ると元気な声の元には大きなビールを持った店員がいた。
「2名で」
「かしこまりました〜あの席へどうぞ」
「この辺はあまり安い飲食店がなくてな。こんな場所だがいいか?」
「大丈夫ですよ」
酒場には生で演奏が行われており、夜に向けて客は盛り上がっていた。席も徐々に埋まっていき、店員も大忙しだ。
「今日は俺の奢りでいいよ。出世払いって事で」
すっかりジェイドを気に入った様子である。この様子だとフェストルの学生は色々旅行しにいった方が得なのかもしれない。
「お待たせいたしました〜」
ドンッ!
すると巨大な肉塊が運ばれてきた。
「これ食べ切れるんですか?」
「……いや分かんね」
奢りという事で遠慮していたらとんでもないモノを注文されていた。おじさんの胴体が見えないほどの肉塊。普通こういうのはパーティで切り分ける物だろう。
「じゃあおじさん頑張るわ」
必死になって二人で肉塊を喰らう。これは食事という名の勝負なのか?フードファイターさながらの勢いで完食する事に成功した。
「……ウプッ……もう無理…」
おじさんは張り切りすぎて7割ほど食べていた。腹は膨れ上がり、風船のようになっている。これはすぐに動けそうもない。
「よぉそこの兄さん。それを食べ切るなんて凄いねぇ〜」
振り向くと、そんな言葉とは裏腹に柄の悪そうな集団が席を囲んできた。
「見たことねぇ顔だな。じゃあ観光客さんにはこの町の流儀を知ってもらおうか」
へっ へっ へっ へっ
平和な光景は一瞬にして崩れた。こんな時に限っておじさんは寝てしまっている。他の客は危険を察したのか離れている。助けを呼ぼうにも、対応してくれそうな人がその場にいなかった。
「裸でこの町を出てもらうぞ」
血が走る。




