#86 今日の南くんは
事故みたいな出会いが続いて、自然と『南くん』の仮面は剥がれていった。そのことを、本人は本当は望んでいたから、言ってしまえばよく懐かれたのだと思っていた。指輪という鎧も脱がせて、そして、自由になってほしいと口では言った。けれど、寂しかったんだ。
「うん」
ああでも、言っていたではないか。一目惚れだったと。ドキドキして、変なことをしてしまったと。私は、最初から一人で勘違いして傷付いたりへこんだりしていたのだ。
「じゃあ、今はなんで?」
また一つ、零れるのを彼が拭ってくれる。すごく優しいけれど、腫れてしまいそう。けれど、手を振り払う気にはならない。
「私、南くんと、結婚とか、未来とか、考えられてないよ」
どうして一緒にいるんだろう。どうしたいんだろう。好きだったのかもしれない。でも、絆されて、流されて、彼の抱えたものを知って、私はどうしたいんだろう。南くんに責任を持ちたいと言った。都合が良いままでもよかった。けれど、お互いの幸せを確認し合った二人を見ていて、私はそんな独り善がりは、責任ではないと知った。
「けいさん」
南くんの手のひらが離れていく。急に熱を失った首元は、涙と汗が乾いてひんやりとする。南くんが差し出したのは、指輪だった。
「これは、結婚とか、何年間とか、そういうんじゃなくて、俺のことを責任持ってくれるなら、受け取って欲しい。預かるんじゃなくて、もらって欲しいんだ」
銀色の指輪。しばらく預かっていたこともあり、もう見慣れたその指輪は、けれど、異様なまでに光り輝いていた。そして、気付く。
「それ……」
「母さんにもらってきた。あんなことしちゃったから、今はまだ結婚を前提にとか、言えた立場じゃないけど……。俺にとってけいさんは、絶対大切な人だから」
南くんに責任を持つこと。この指輪を受け取ったら、それは約束になる。どんな形になるかはこれから探していくけれど。南くんの目的があってもなくても、普通に考えたら、結婚になるのかもしれない。
受け取りたい、と思った。私と彼を繋いでくれた。彼の嘘であり、彼の父親の愛であり、私の嘘であり、私の、欲望であった。
「俺は、けいさんと一緒にいたい」
その手を取るために、私が手ぶらでは薄情ではないか。そうしなければならないからではない。私が、そうしたいからだ。
指輪をのせた南くんの手を、左手で包む。そして、指輪を手にとった。
「私は、南くんと一緒にいるよ」
こんな簡単なことだった。順番を間違えた私たちに必要だったことは。南くんは真っ赤な顔で首を傾けて、一旦手にした指輪を私の右の薬指にはめてくれた。
今日の南くんは、王子様みたいで、世界で一番かっこよかった。
2017年から書いていた「今日の南くん」もこれにて一旦完結となります!
2年間以上も南くんとけいちゃんに付き合うことになるとは思ってもみませんでした。
長く期間があいてしまった箇所もあり、話が色々な方向に逸れましたが、書きたかったものは書けたと思います。
私自身、南くんや晴貴くんの生き方に影響を受けたり感化されながら、日常生活とのフィードバック合戦での作品でした。
皆様の毎日が少しでも潤っていたら幸いです。
滞っている他作品もある程度手はつけていますが、完結作品の方が番外読み切りを書きやすいので、季節モノなど南くんで書けたらと思います。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!




