#83 南くんの特技
二人を見送ってから、南くんと初めて会った日のことを思い出していた。いきなり百点満点の笑顔で話しかけてきた『南くん』は、今思えば、きっと物凄く緊張していたんだ。だってあんな顔、友達と呼べる仲になってから一度も見ていない。
「ねえ、けいさん」
「ん?」
「吉澤さんってピアノ弾くんだよね」
大学まで歩いて行こう、と言い出したのは南くんだった。暑いけれど、今日はまだなんとかなる。沖縄の暑さを経験したからかもしれない。
「そうだよ。……あれ、そういえば、南くんも」
最初の頃の噂話だ。サッカーとピアノをやっていて、大きい犬を飼っていた。結婚指輪は遂には彼の父親の形見で、ただの意味深なアイテムだったけれど、その他の噂については真相を聞いていない。
「みんなすごいよな、フェイスブックまで見てそんなこと噂してたんだよね」
小さく頷いた南くんは、自分が自分のために噂を泳がせていたという自覚があるからか、少し呆れている。過去の自分の行動に、だろう。
「サッカーと白いピアノと、大型犬。あと、英語がペラペラ」
英語は、そりゃあペラペラだろう。同級生が外国人ばっかりだったと、恵さんも言っていた。
「サッカーはクラブに入ってたわけでもないし、大型犬は友達んちの犬。白いピアノも友達んち。英語は……まあ」
きっとこれを聞いたのがもっと前なら、受け取り方は違っていただろう。けれど、もうそんなことは些細なことでしかない。家族想いで、ちょっとずれていて、行動力の鬼で、責任感が強い。そんな人が南くんであるということは変わらない。
「でもさ、ピアノは……俺も、自信あるんだよね」
横顔のまま言った。多分、少しだけ、言うのを迷っていたのかもしれない。私が、ピアノを弾いているところを告白した晴貴くんのことを知っているから。
「聞かせてくれるの?」
うん。こちらを向いた南くんの顔が赤いのは、暑さのせいかもしれない。思えば、私の頬も熱い気がする。
南くんの足はサークル棟に向かっていた。私もサークルに入ったことがないから、立ち入ったことがない場所だった。入り口の警備員さんと何言か話して、南くんは鍵をぶら下げてきた。
「けいさんのこと、ちゃんと惚れされ続けられると思う」




