#81 declaration
「涼子、ごめん」
しばらくして戻ってきた二人は、夏の日射しを浴びたからか、何か話したからか、清々しい表情をしていた。混乱していたようだった晴貴くんの瞳にも、固い意志みたいなものが戻ってきていた。
「俺にも、お前に伝えなくちゃいけないことはある。だけど、まずは聞かせてほしい。……けいも、それでいいんでしょ?」
彼には、涼子さんの話を聞いてほしい、と頼んだ。そして涼子さんには、伝えてほしい、と。だから、私はしっかりと頷いた。涼子さんには、きっとたくさんあるはずだ。晴貴くんに伝えたくて、伝えられなかったこと。二人で目指したい未来のこと。
涼子さんは俯いて息を吸ってから、晴貴くんをまっすぐに見つめた。南くんも息を呑んでいたけれど、その表情は穏やかだった。彼も彼なりに、晴貴くんを説得するのに言いたいことを言えたんだろう。
「私は、晴ちゃんが……晴貴が好き。最初は親同士の勝手な約束だったかもしれないけれど、幼馴染として一緒に過ごして好きになったの。だから、あなたの夢も応援したい。あなたの選んだことを、応援したいの」
ピアニストになりたい晴貴くんは、そうして涼子さんも幸せにできるとまでは思えなかった。夢を目指すことは、自分一人の取り組みだと思っていた。けれど、彼女にとってはそうではない。ずっと一緒に過ごしてきたから、彼の叶えたいことを応援するのは、当然なのかもしれない。涼子さんが晴貴くんの願いを全面的に聞き入れるのは、そうしてきたからというだけではなく、成人した今となっては、それが彼女自身の願いだからかもしれないのだ。
「私だってもう大人です。それに、親の仕事は継ごうと思ってる。私にあなた一人を支えて、自分も満足した生活を送る力がないなんて思わない。晴ちゃんのためにもっと頑張らなければならないとしたら、もっと頑張れるもの」
晴貴くんは何も言わない。何を考えているのかわからない表情だった。けれど、すごく真剣そうに、彼女の衝動的ともとれる強い言葉に動じない。きっと、頭をフル回転させている。私に対して責任をとろうとした時と同じように、彼女との未来を推し量っている。
「わからなくなったの。許嫁がなかったことになって……。晴ちゃんも、新しい恋を見つけさせようとしてくれたけれど、何が幸せなのかって。友達が恋人と楽しそうにしている話を聞いても、素敵な異性と話しても、それが私がずっと思い描いていた幸せに繋がっているとは思えなくて。でも、でもね」
涼子さんは言葉を丁寧に選んでいるようにゆっくりと話すけれど、その言葉一つ一つは間違いなく重みを持っていた。ずっと自分一人の中で抱えてきた想いだったのだとわかる。誰にも言えずに、しまい込んできたものだと。
「晴ちゃんがコンサートには招待してくれるから……。それが、すごく嬉しかった。あなたが楽しそうに、満足そうにしているのを見るのが、とても幸せだったの」
目元に両手のひらを当てた。涼子さんの涙声につられたのか、南くんの手が動く。キャラメル色のイケメンは、ずび、と鼻を啜って恥ずかしそうにはにかんだ。




