#79 勘違いなんてしないように
「けいちゃん、ありがとうね……」
二人が席を立って、涼子さんは見るからに安堵していた。眉を下げて、大きく息を吐く。彼女の肩には、私が働きかけるまでもなく、既に重い荷物が乗っていた。諦めたような態度をとっていたとしてもずっと、晴貴くんのことを考えていたのだ。
「いえ、その……」
私は私のために行動できていただろうか。そのために、三人はどう思っただろうか。数年間見てきて、ずっと抱いていた勘違いもあったけれど、涼子さんと晴貴くんが想い合っていたという事実を確認できてよかったと思う。
「晴貴くんは、よっぽど涼子さんのことが大切なんですね」
涼子さんを呼んだと伝えたとき、表情を変えた。彼女本人にも怒ったと言う。心配なんてすることない、全て俺がなんとかすると、彼は本気でそう思っていたのだろう。
「うん。……でも、けいちゃんのことも好き、なのね」
わからなかったことは、単純な考え方ではずっとわからないようなことでもあったし、すごく簡単な答えでもあった。晴貴くんは嘘をついていたのではないし、ピエロだったわけでもない。好きでもない私と、という言葉がずっと頭の中を巡っていた。本人を前に吐き出した後、彼は私に向かって優しく微笑んでくれた。クールで何もかも完璧な吉澤 晴貴らしくない笑顔だった。あんな顔を、私がさせた。
「涼子さん」
悲しみや混乱から落ち着くことができたとしたら。私が彼女に、彼らにそうして欲しいと願ったことを成し遂げてほしい。私が南くんに腕を引かれて踏み出した一歩。それでも彼を引き止めて始めた一つのこと。二人で、叶えてほしい。
「伝えましょう。晴貴くんに。今度は、勘違いなんてしないように」
涼子さんは、確かめるようにしっかりと頷いた。私たちにはわかっている。南くんや晴貴くんを含めた四人全員に、だ。若さや挑戦なんてものを捨てて、今握り締めなければいけないものがあることを。
「なんで来たんだよ」
そう伝えるのに、こんなにキツい口調にする必要はなかった。なのに、彼女の表情がみるみる曇っていく。どうしてかいつも失敗してしまう。涼子じゃなければ、こんな風にはならないのに。
晴ちゃんが。晴ちゃんが。晴ちゃんが。珍しく少しだけ怒っている涼子が自分の名前を呼ぶ度に、バカバカしくなる。胸が、痛む気がする。そんな子供みたいな呼び方でも。
ホントはお前も、寂しかったんだよね。茶化してみるけれど、上手くいかなくて。忙しくしていて色々な鬱憤が溜まっていたせいもあるのだろう、彼女は合理的に俺を責める。そうしてお互いに首を絞められているような感覚になる。
こんなに胸が苦しいのが、幸せだなんて思えない。




