#77 好きじゃないわけあるか
きっと涼子さんには終始辛い話を強いている。私が呼び出したからかなり心苦しくて、なかなか目を見ることができない。けれど、ふと目配せした先の彼女は、なんだか唖然としていた。
「ずっと、おかしいと思っていたんだけど」
私たちの見解が勘違いだったとしても、そうじゃなかったとしても。これだけは、はっきりさせないといけない。
「なんで晴貴くんは、好きでもない私とそんなに結婚したがるんだろうって。そんなにまでして叶えたい目標があるのかって」
晴貴くんは、この数年である程度距離は縮まったとはいえ、さっき自分で言っていた通り、私のことなんて大して知らないだろうし、興味もほとんどないはずだ。そんな相手を好きであるはずがない。
「好きだよ」
「⁉」
何故か、南くんが顔を真っ赤にしてむせた。
「わかんないけど、少なくとも今は。方便じゃない。好きになる努力はしたかもしれないけど。好きでもない相手と結婚できるわけない」
ずっと真剣な顔をしていた癖に、急に表情を緩めるものだから、私も、涼子さんも、ついでに南くんも、赤面して言葉に詰まる。晴貴くんの不思議な魅力を南くんもきっともう既に感じている。曲がりなりにも、素敵な人なのだ。
「じゃ、じゃあ。私は、晴貴くんは涼子さんのこと好きだと思っていたんだけど、それは」
「好きじゃないわけあるか。だから結婚なんてできるわけない」
私たち三人の中で確信に変わる音がした。晴貴くんの一風変わった一人芝居に、みんな勝手に勘違いして、気を遣って、勝手に振り回されていただけだと。
「……晴ちゃん」
やっと口を開いた涼子さんは、感情を振り回されてすっかり憔悴していた。
「結婚できないって言われて、嫌われたかもしれないってずっと思っていたの。そうじゃなかったことはすぐわかったけど、私は傷ついたよ。さっきも好きって言ってくれて嬉しい、嬉しいけど……」
柔らかい言葉尻が震える。俯きがちになってしまった涼子さんの前髪に隠れた瞼も、ぷるぷると震えていた。
「駅でも、なんで来たのなんて怒ってるから、私、いよいよ蚊帳の外なのかなって……」
晴貴くんはらしくなく口を数回パクパクさせて、焦りを顕にしている。やっぱり、涼子さんのことがすごく好きなのは間違いがないんだ。本人は、よく理解していないのかもしれないけれど。
「ちょっと、吉澤さん。聞きたいことがあるから、外に出ない?」
急にわざとらしく声を上げた南くんは、しきりに私に目配せしてくる。涼子さんはこのままだと卒倒するか泣き出してしまう。きっと晴貴くんにはそれを気遣う余裕がないから、一旦場をおさめようというのだろう。小さく頷いて、彼ら二人が席を立つのを促した。




