#76 notification
俺の家は医者の家系で、親は同じく医者の家系である涼子の父親が病院長をしている病院の勤務医だ。まあ、歳も近いから涼子の父親とは友人と呼べる関係だと思う。それで、同じくらいの歳の子供がいるとなれば、跡継ぎ同士結婚して一緒に病院を継いでくれればとても安泰だと言われて育ったから、当然結婚すると思われていたし、思春期の前までは俺もそう思ってもいた。
だけど、親の勧め通り医者になる道に進みながら、やりたいことを見つけてしまった。今のところ、大学も最後まできちんとやり通すつもりだけど、医者になるつもりはない。だから、家を継ぐつもりの涼子と結婚するのは相応しくないと思って許嫁を断った。
高一の時にたまたまライブで修さん……けいのお父さんに声をかけられて。色々聞かれたから色々話したら、けいと結婚しようって話になって。けいは告白してきた子ってくらいでその後も接点がそれほどあったわけじゃないけど、修さんの話を聞いてたらそうしようって気になった。
「俺の話はそれだけ。何かあるか?」
「…………」
我先にと話し始めた晴貴くんの口調には淀みがなかった。けれど、なんだかあまりにも引っかかりがなさすぎる。なさすぎて、何か怪しいのではないかとも感じてしまう。この違和感を言葉に表すことがすぐにはできなくて、思わず南くんをふと見る。南くんは、うーん、と考えている顔だった。
「涼子さんとの許嫁を断ったことと、私との結婚は、関係ないってこと……?」
「……まあ、ないわけじゃないけど。二人にとっては、別に気にすることじゃない」
涼子さんもなんだか腑に落ちていない顔をしている。勿論、私もだんだんわかってきた。自分が勘違いしていたのかとも思うけれど、多分、晴貴くんの考えていることはこの中で彼自身にしかわからないようなロジックによるものだ。
「けいさん……早川さんには、吉澤さんは許嫁を断るために早川さんと結婚の約束をした、みたいな風に聞いていたんですけど」
一人借りてきた猫のようだった南くんが口を開いた。晴貴くんは同級生だけど、彼が敵意を剥き出しにしていることもあり、距離を測りかねているみたいだった。晴貴くんは相変わらず顔色一つ変えず、私たちに目配せをして答えた。
「音楽の道に進むなら、いつどこでどんな風にお金がもらえるかもわからない身分になる。だから、当然誰かと結婚して普通に暮らすっていう、ずっと思い描いていた未来は得られないと思った。俺個人としては、許嫁は断るし、誰かと結婚なんてできないだろうと思っていたけど、けいと結婚できるなら、勿論その方がいい」
納得は、できなくはない。でも、私たちのことを考えて出した結果なのか、すぐにはわからない。私に関しては自分がなかったのだから関係がないとしても。
「まだ結婚なんてできない歳だったけど、結婚させてもらえるなら、責任持たないといけないと思った」
私はずっと父親に懐疑的だったから、だんだんわかってきた。もしかして、晴貴くんも被害者なのではないか? 早川 修の押しに、大人らしい対応として、娘をよろしくと言われて自分にとって悪い話でもなかったからって、何年も私を結婚相手として大事にして。こんな風に、揉め事すら責任を持って解決しようとして。




