#74 自分の幸せのために
出かける支度をしながら、昨日からの自分の言動に何度目かわからない羞恥心を覚える。ベタベタな南くんを半ば突き放すような態度を取っていたのは、もちろん恥ずかしかったからだ。時々、そのことを忘れたかのように漏らしてしまう。私は今、南くんに惹かれているのだということを。
「結婚の話を、白紙に戻すだけだからね」
南くんと付き合いたいから晴貴くんと決別したいのだと主張するのは間違っているのではないかと、ずっと思っていた。晴貴くんは南くんも納得させると言ってくれたけれど、そういう意味では、本来は関係がないのだ。けれど、晴貴くんは、これは私が南くんに惹かれてしまっているせいだと思っているのだろう。
「俺、なんて言えばいいんだろう……」
私の漏らしてしまった態度のおかげで自信を取り戻したのか弱々しさは失ったものの、南くんはまた先のことを心配し始めてしまっている。
「南くんのおかげで行動できていること、私は感謝しているから。私は、南くんのことがなくても、晴貴くんのためになることをしたかったから」
ワックスをつけたての南くんの明るい髪色が、いつも通りこの状況に不似合いなことに少しだけ安心する。細かいことを考えずに南くんを部屋に招いて、泊めてしまった。沖縄で同じ部屋に寝ていたとはいえ、少し話をした以外に何かをしたわけではないとはいえ、何だか恥ずかしいことをしてしまったのではないかと思ってしまったから。
「晴貴くんは、南くんも納得させるために話をしたいんだって。晴貴くんのやり方に則るなら、私が結婚の話をなしにするなら、みんなを納得させる結論にしないといけない」
だから、話を聞いてくれればいいよ。自分でも驚くほど、頼もしくなったと思う。不安は当然ある、というより不安しかない。言ってしまえば虚勢でしかないし、何の根拠もない態度だ。けれど、そのくらいは責任を示していたいと思う。
駅へ向かう途中、道もわからないので私に追随していた南くんはずっと黙っていた。少し様子を窺うと、色んなことを考えていそうな難しい顔をして下の方を見て歩いて、振り向いた私に気が付かない。父親が亡くなってから今まで、こうやって一人で考えてきたんだろうと思う。大切な家族である恵さんを幸せにするために、自分の幸せを手にするために。




