#72 南くんのおとしもの
彼の目線に捕まらなかったことがただ一つ救いだとも思ったし、ほんの少し寂しいような気持ちがした。既読がついて返ってこないその画面で、伝えるべきか迷う。南くんは、画面を見ていない。
「……南くん」
びくりと肩を震わせて振り向いた表情は、どうしてか泣きそうだった。初めて一緒にお酒を飲んだ日の、彼の寂しそうな泣き顔を思い出す。
何してるの。どうしたの。そんな言葉は、意味がないような気がした。何をしているのか、どうしたのかは、なんとなくわかる。それに、私が何をしているのか、どうしたのかも、彼にはわかるだろうから。
「けいさん……」
今の南くんは、感情を司る部分がきっと柔らかくなってしまっている。色々なことに疲弊した後、湯上がりに夜風に当たった私の脳は、この日最後の仕事をしている。なんだか甘やかしちゃいけない気がして、彼に向けていた足を止める。
「明日、晴貴くんと元許嫁の人と話すんだけど、南くんも来てって。晴貴くんが」
「えっ? ……うん」
萎れた朝顔みたいな南くんは、きっといつもみたいに明快に頭が回っていない。でも、こういう時こそ、私は彼の手を強く握って引っ張るべきだ。私のことを、振り回して欲しいと。
「南くん、ウチ、来る?」
言い終えた瞬間、心臓がびっくりして跳び上がったような感じがする。その気持ち悪さに胸に手を当てると、自分で思っていた以上に、脈打っていた。
南くんはぽかんと口を空けたまま、目線を下げ、上げ、口を閉じて、え、と再度漏らした。
「心配なんだろうなって思ったら、安心して寝られないなって思ったし……。南くんも、そうでしょ」
オーラをどこかに落としてきてしまったとはいえ、目の前にいるのは人気ファッション誌の読者モデルみたいにイケてる男の子だ。でもどうしてか、弱っているような彼を前にすると、私にも何かできるような自信が生まれてくる。もしかしたら、自分がそうすることで落ち着きたいだけなのかもしれないけれど。
部屋着のTシャツの肩は、半乾きの髪が当たって湿っている。少し冷えたそれに触れた南くんの手のひらが、異様に熱く感じる。そのまま、後ろにそっと引かれた。
「何か言ったらいいのに」
結局、照れ隠しだけれど。後ろから抱きとめられてしっとりした温かさが、気持ちいいような、悪いような、微妙な感覚と、何も言わない南くんに対する、少し可笑しくてむず痒い気持ちが共存する。
「……けいさん、好き」




