#67 夢の意味
「突然ごめんなさい。……涼子さんは、晴貴くんのことが好きですか」
うん、と小さな肯きだった。静かに息が一つ吸われる。何の前触れも脈絡もなく聞いてしまったけれど、彼女はしっかりと座してこちらを向いてくれている。
「好きよ。晴ちゃんには、晴ちゃんの思う幸せを叶えてほしい」
「……私は」
涼子さんは、もうずっと諦めてしまっている。それは紛うことなく私のせいだ。彼女なりの役割を自分で見つけて、こうやって私ですら励まそうとしてくれている。
「晴貴くんには涼子さんが必要だと思うんです」
彼に、許嫁がどうとか、涼子さんがどうとか聞いたことは今までなかった。この関係に疑問を持っているくせに、それも変な話だったけれど。
でも、話してくれたことがあった。小さい頃から気がつけば傍にいた。遊ぶ時はいつも一緒で、歳は違うけれど一緒に勉強もした。彼女があんまり楽しそうにするから、自分もピアノを習った。
「涼子はさ、俺に甘えてるんだよ」
同じくらい勉強ができて、同じくらい大人の対応もできて、けれど彼女はいつも下手だった。二人が結婚してくれたら病院は安泰だと言われた時、屈託のない笑顔で頷く。晴ちゃんが良いって言うならそうしようかな。晴ちゃんが好きなら食べてみようかな。そんなの、あんまり自分がなさすぎる。
「初めて自分でやりたいって言うくらい、ピアノ好きだったものね」
どうしてそんな皮肉が言えるんだろう、と思いかけて、すぐにやめた。この人は気づいていないんだ。自分がどれだけショックを受けているか。泣きそうな顔をしているか。俺がピアノを始めたのが、何故だったのか。
「多分、涼子さんは私と似てるんです。晴貴くんとの未来を考えることに、向き合えていますか」
返事は、すぐには返ってこなかった。ずっと昔に諦めて、彼女は私と晴貴くんの未来を受け入れた。それを逃げだなんて決めつけることは、私なんかがしていいことじゃない。けれど、周りの人を想う彼女の心は、自分の本当の気持ちに蓋をしてしまったのではないか。私が、自分のことを考えて他人から目を逸らすのと同じように。
「晴貴くんに本当の気持ちを話そうと思います。涼子さんも、もし都合が良ければ来てくれませんか? ちゃんと、話したいです」
緊張と逸る気持ちで、手が震えた。自分がこんなに他人に働きかけたのは初めてだった。




