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65/87

#65 heart tone

 自分の思考回路は、なるべく他人には覗かれたくない。それはいつからか胸の中で蔦を張るようになった信念だった。だから、初めて彼女に声をかけられた時は、不快を通り越して危機まで覚えた。けれどその後自分の目に入る彼女は、普通よりもずっと人に踏み込もうとしない人間だった。ライブの後意気投合した男性が彼女の父親と知ったとき、宿命から逃げようと思っていた気持ちが、あまりにも昂ぶった。

 けいの家に初めて挨拶に行ったとき、彼女は間違いなく困惑していたし、嫌だったはずだった。なのに、彼女は嫌だ、と言わなかった。そんなことは間違っている、と言わなかった。それどころか、どうしてとも聞かなかった。そのとき悟った。彼女は、すばやく目の前の困難から目を逸らし、考えないようにする人だった。それは、本人も無意識のうちに。


 けいのその性質は、俺の目的にとってかなり好都合だった。普通の家庭に育った彼女には、心配はできても口や手が出せないような事情がたくさんあった。それを上手くコントロールするのは自分のやるべきことだったし、それ自体はそれほど難しくなかった。普通なら抱き得るはずの人並みの不安を、けいは抱えていたとしても口や態度には出さないし、長年付き合ってみて、気にもしていないから溜まっていくことがないと知った。


 涼子は、許嫁の約束を断った後も傍にいてくれた。元々親同士が決めたことで、幼馴染だった自分たちに何か変化が起こったわけではない。彼女はけいとは対照的で、全ての事々に思い悩んでくれていた。


「私には、晴ちゃんを支えることはできないから」


 二つ年上の、少し危なっかしくて心優しい幼馴染。小さい頃から、ずっと口癖だった。その言葉は自虐ではなく、形通りの夫婦のように夫を支える妻になるというような生き方は、自分たち二人には似つかわしくないという意味の反抗心だった。


 涼子にピアノを聴かせたくなかった。


 小さい頃は一緒にピアノを弾いて遊んだ。ピアノを習っていた涼子を羨ましがって始めた習い事だった。一緒に音楽をしてくれる大人と出会ってみたら、涼子から派生したはずのピアノが涼子から離れる理由になった。

 だからきっとあんな顔をしていた。忘れなければいけないけれど、友人(・・)としていつか回収しなければいけない罪を背負ってしまったのだ。




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