#62 南くんという人
「けいさん、やっぱり家に帰るの?」
「うん、とりあえずね……」
飛行機が着陸するまでぐっすり眠っていた南くんは、よっぽどそのことが嬉しかったのか、目を覚ましてから席を立つまでずっと私の手を強く握って離してくれなかった。
じっとしていたとはいえ、長時間の移動でやっぱり疲れた。止まらないあくびと涙を手のひらで拭って、南くんに頷く。
「俺も話、しなきゃいけないと思うから。落ち着いたら連絡してね」
まずは私が晴貴くんとちゃんと話さなければいけない。それで話が解決するとも思えないけれど、南くんが話さなければというような話でもないはずなのだ。元々は、私たちだけの問題だから。
「そうだ、すっかり忘れてた」
手を合わせた南くんは、少しいたずらっぽく笑む。首を傾げると、その首の後ろ側に両手が伸ばされる。
「指輪、持ってるよね。一回、返してもらってもいい?」
「う、うん」
それを外す動作は、顔が近すぎると言うには遠いけれど、私の首筋をしっかり見つめる瞳と睫毛、私の方はそれを自然と見つめる状態になる。南くんの綺麗な顔をそんな風にノーリスクで見られる時間が何秒もあるというのは、あんまり心臓に良くない。
「預かっててくれて、ありがとう」
純白な笑顔だった。少し前まで、嘘をついて他人を遠ざけていたなんて思えない、子供みたいな表情だった。指輪のことは、私は憎くは思わない。曲がりなりにも、私と南くんを結んでくれたのは、大きな嘘の一つであるその指輪だったのだから。
「もう、いいの?」
「うん。だって、けいさんが傍にいるならこれは必要ないから」
少しだけ、忘れていたことを思い出した。南くんは、普通に振る舞えているかを見守ってもらう代わりに、私に指輪を預けていたんだった。私が傍にいるなら、必要ないということ。それは、一緒なら何一つ隠さない、『南くん』ではなく、南くんとしていられるということ。
「……そうだね」
だって私は、もう彼を『南くん』とは見れないのだ。大好きな両親を繋ぎ続けるためなら、かっこ悪いことだってなんだってする。そして、そうやって嘘をついても、それが自分の望んだことだと笑ってみせる。そんな、すごくかっこいい人が、南 梗介だと知ってしまったから。




