#60 ためらいなく
南くんの右手が宙を動くのを、なにしろ自然な動作にしようとしすぎていて、目で追ってしまう。太腿にのせた私の左手首に、それが重ねられる。握られる。汗ばんだ手のひらが、手首にくっつく。
こちらを向いた南くんは、浅い呼吸を繰り返している。嘆願するような、助けを請うような表情に、頷いてみせる。そこまでアピールされてダメだなんて言う理由も、今はないのだ。
「どうして、飛行機苦手なの?」
「わからない。小さい頃父さんが、飛行機っていうすごい乗り物で海を越えてアメリカに来たんだよって教えてくれた時から、飛行機は怖かったんだ。遠い場所っていうのが怖いのかもしれない」
アメリカとまではいかなくても、沖縄から目的地までは千キロメートルはある。途方もないくらいの道程だ。けれど、飛行機以外の手段でだって千キロメートルを経ることができないわけじゃない。そのことが理解できる年齢になっても、どういうわけか飛行機が怖いと言うのだろう。
すー、と吐き出される息。心臓が苦しいのだろうか。頭が煩いのだろうか。人並みの感覚しか抱いていないであろう私には、南くんの苦しさはわからない。わからないから、反対の手で彼の手のひらを握った。少しだけ驚いた様子の息遣いを感じて、そのまま少しだけ手を引く。
「好きなように、していいよ。きっと、疲れたよね」
南くんはソロプレイヤーを無理やり演じていた。彼の性質が台風の目だとしても、彼女を連れて来るだとか、結婚するだとか、その人と幸せになるだとか、そんなことは一人ではできないのに。父親が亡くなったこと、自分が弱気になること、約束を果たせないこと、そのどれもが母親の命を脅かすのではないかと不安で、もう今は一人なのに、本当の一人にならないように必死に泣きじゃくりながらもがいていたのだ。
肩に頭が当たる。両の手で、彼の右手を強く包んだ。ここに来た時とは違う。南くんの言った通りではなかったけれど、答えを出すことを強いられた。そして、ためらいなく南くんが私に寄り添う。
「バラバラになる気がする」
「何が?」
南くんの声は掠れていたけれど、少し上ずっていて、後味はほんのり笑っていた。顔を見たくても、肩に寄せられているそれには首を捻っても目を向けられない。
「飛行機に乗ると、自分がバラバラになる気がする。思い出が、二つに突然分かれるみたいに」
数時間前まで恵さんと顔を合わせていた私たちは、数時間後にはいつもと同じ自室に寝転がっている。その分断された景色のことを、南くんは言っているのだろう。
「繋いでるんじゃないかな」
飛行機の航路を、地図上で紐を垂らすみたいに想像してみる。うん、確かに繋いでいる。アメリカと、沖縄と、私たちの出会った町。南くんと私は、行って、帰って来るのだから。
返事のない南くんは、いつの間にか眠ってしまっていたようで少し恥ずかしくなる。寄り添う恋人然とした姿にそれ以上照れないように、自分もまぶたを閉じて思い出してみる。南くんの突飛な行動だって、繋がっている。私が、彼が繋げたのだ。こうして、二人でそれぞれに向き合っていく結末に。




