#54 父親の血
どっと疲れが襲いかかってくる。それは、たんに出かけて歩き回ったせいなのか、当面の問題について真剣に考えたせいなのか、妙に勘の鋭い吉澤 晴貴のせいなのかはわからない。彼には適当なことを言ってひとまず誤魔化してしまったけれど、正直、覚悟しなければいけないとしても会うのは気まずくなる一方だ。
ボストンバッグに頭を乗せる。畳に素足を引っかけるのは、少しだけ痛いけれど、なんだかその感覚を手放そうと思えない。まぶたを閉じて一つ息をついた時、階下で扉の音がした。そうして、まどろみの表面につけた足先を戻した衝撃で、少しだけ肩を揺らす。
「あら、早川さん。その格好、ステキね」
「おかえりなさい。ありがとうございます」
「梗介くん?」
「……はい、選んでくれました」
階段を下りると、買い物袋を抱えたあきさんがちょうど玄関に上がっているところだった。恥ずかしながらも答えると、満足そうに笑んでくれる。
「デート、楽しめた?」
「はい、おかげさまで。ゆっくり話ができました」
突然押しかけて迷惑だったろうに、今日も駅まで送ってくれて、私達の仲まで心配してくれる。大人らしい建前を超えた、彼女の気遣いにただただ助けられた。
「梗介くんはねえ、お父さんともよく似ていると思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ。彼のお父さんは――壮介さんは、とても他人想いで、けれど少し弱気なところがあって、そして、本当に恵のことが好きだったわ。恵が喜ぶことならなんでもしたくて、恵が笑ったらすごく幸せそうだった」
自分の好きな人のことはとことん考えているくせに、肝心なところで弱気。それは、確かに南くんにも言えることだ。
南くんから、そしてあきさんから聞く彼の父親の姿は、だんだんと私の中ではっきりとした形を持って、しかも南くんと同じようにハンサムな横顔ではにかむ。愛する人たちを置いたままこの世を去った彼の存在は、南くんのエンジンにガソリンを注ぎ続けているのだ。
「梗介くんを見て、わかったのよ。壮介さんがもうずいぶん恵に会っていなかったのは、大切じゃないからでも、ただ忙しいだけだからでもなかった。自分一人でやると決めたことを、約束のため、責任のために、果たし切るまで止まれない人だったのね」
南くんはひとりぼっちだった。父親に取り残され、日本に来てバイトばかりの毎日を送って、馴染めない日本での生活に恐れたりなんかして。詳しいことはわからないけれど、きっと恵さんのためだ。
「会わせられなかったのは、私も梗介くんもきっとすごく後悔している。けれど、嬉しくもあるのよ。壮介さんが一番に、恵が元気でいるって信じてくれていたんだと思うから」




